41、無知って怖いよね
頼まれたのは、捕縛されている男が魔術を掛けられているかどうか見てほしい、ということだった。
副ギルド長が一度退出する。そして、戻ってくると彼の手には昨日捕まえた男が一人いた。
拘束された者たちの中で一番大人しく指示に従う男だという。
連れてこられた男は、意気消沈しているのか静かだ。私は少し離れた場所から男を見るけれど……残念ながら魔術が掛けられているかどうか分からなかった。
ここでなんの魔術が掛けられているか判明すれば、ギルド長たちも気が楽になるよね……そんなことを思っていたとき、また私の顔前に音を立てて飛び出してきたのは、あの本だ。
ギルド長と副ギルド長の驚く表情が見えるけれど、今はそれどころではない。
自動でパラパラと捲られていくページを見ながら、またある箇所にたどり着く。そこには新たな魔法陣が描かれていた。なるほど、掛けられた魔法や魔術を可視化させることができるようだ。
本を見ながら、私は魔法陣を描いていく。
副ギルド長も私の行動に何かを感じ取ったのか、私の魔法陣を白い紙に写す。私が魔法陣を描き終えるのと同時に魔力を込めると、魔法はその男の中に吸収されていき……現れたのはふたつの魔法陣だった。
「これは……やはり忘却の魔法と隠蔽の魔法……それもかなり精密に描かれていますね……。これは、相当な実力者でしょう」
副ギルド長でも発見できない実力者、もしかしたらあの男かも知れない。
副ギルド長は見えた魔法陣を解除しようと手を下すけれど、魔法陣が消える気配は残念ながらなかった。私も魔法を解除したい、と願うが本はびくともしない。どうやら、願いが叶うときと叶わない時があるようだ。
きっとこの魔法陣は私では対応できないのだろう。目の前の高い壁に私は拳を握りしめた。
最終的にここでは魔法陣を消去することができないため、男たちは王都へと送られることになるようだ。
もし、そこで新たな情報が判明すれば、許可を得てからではあるが……教えてくれるとギルド長は約束してくださった。けれど、そもそもできるかどうか分からないので期待はするな、とも言われてしまった。
また、副ギルド長には公爵家から持ってきた本の存在を訊ねられる。伝えていいのか分からず……私は思わずエクスを見ると、エクスは首を縦に振った。
内緒にしてほしい、と念を押したところ――。
「魔法契約を結びますか?!」
と目を爛々と輝かせて言われたけれど、二人なら大丈夫だろうとそれは断った。そして手元に本を出現させた後、これが初代賢者によって作成された魔法書であることを話すと、副ギルド長は驚きから目を見張る。
どうやら副ギルド長は本の存在を知っていたらしい。一方でギルド長は首を傾げていたが。
「初代賢者様がそのような魔法書を作成されていた、というのは魔法使いの中で密かに噂になっておりました。けれども、今までそれを誰も見たことがなかったので……私もまさか生きているうちに拝見できるとは思っておりませんでした」
じっと本を見つめる副ギルド長。冷静に努めようとしているのだろうけれど……やはり興味があるのか、声が上擦っている。私は本を閉じて、彼に差し出した。
「見ますか?」
「え……よろしいのですか?」
「もちろん!」
私は微笑んで告げる。
恐る恐る私の手から本を受け取った副ギルド長。幻の魔法書だからだろうか、本を持つ手が震えている。別に見せるくらいなら問題ないと思うのよね。この方が私を騙して、本を取り上げようなんて考えていないだろうし。それに万が一そうなったとしても、最後には私の手元に戻ってくるのだから。
一枚一枚ページをめくる副ギルド長。そして彼の手元を興味深そうに見ているギルド長。
全てを見終えると、ギルド長が不思議そうに話す。
「ほぼ白紙なんだな……魔法書と言うのだから、全てのページに魔法陣が載っているのかと思ったが……」
魔法書と言ったら、魔法陣や詠唱が書かれている本のイメージが強いのだ。
この世界にはそのような魔法書しかないのだから、そう思っても仕方がない。
「この魔法書を使用して使った魔法陣しか載らないようです」
「なるほど、だから先ほど使用していた魔法陣が載っているのですね」
副ギルド長が指差した箇所は、確かに先ほど私が魔法陣を可視化させる時に使ったものだ。しかし、隣にも魔法陣が描かれているのだけれど……見えていないのだろうか。
そう思って話しかけると、どうやら直接見たことのある魔法陣以外は他者に見えないようだ。セキュリティーがしっかりしているな、と私とエクスは口をあんぐりとあけた。
用事が終わったので、私たちはソファーから立ち上がり帰宅の途につこうとしていた。
冒険者となって初めての街でまさか、黒ライオンと白いクマに会うとは思わなかったけれど、良い経験だ。今回のことを次に活かせるように頑張ろう……そう思って部屋を退出しようとした私を、ギルド長が引き留めた。
私は声を掛けられるとは思わず、無意識に首を傾げていたようだ。ギルド長がバツの悪そうな表情で私を見ていた。
「いや、済まない。ひとつ言い忘れていた……ほら、これだ」
「えっ……あっ……」
何かを投げられ、驚いた私は狼狽えながらもしっかり両手で受け取る。投げられた物を見ると、そこには私の冒険者登録用カード――ギルドカードと呼ばれるものがあった。
名前の左側にランクが示されているのだけれど……よく見れば、私はアンバー(琥珀)からジェイド(翡翠)となっている。
私はそのことに気がついた瞬間、すぐにギルド長を見た。彼は私の反応が予想通りだったのか、説明をしてくれる。
「いや、流石にな? フロスト・グレイブを足止めできる力を持つお嬢ちゃんをアンバーのままにはできないんだ。だからジェイド級にさせてもらった」
「サファイア(蒼玉)級のエクスくんもおりますし……マリさんの依頼後の評価が高いこともありまして、級を上げても問題ないだろうとこちらで判断いたしました」
私は目を瞬かせる。
こんな簡単に級を上げていいんだ……と思ったからである。思わずエクスへと視線を送ったが……。
「まあ、マリならこんなもんだろ」
と言われてしまった。そんなものなのね……と納得したマリは知らない。
――彼女がこの街で一番早い昇級だったことを。




