39、勝てない男?
「触ってない、と言ったら……?」
エクスが静かに告げる。相手は相当の実力者だ……私たちが赤い球に触れたであろうことは理解しているはず。何故聞いてくるのか、その真意が分からずに私たちは更に身構える。
すると男は手のひらをこちらに見せながら、両手をあげていた。
「そうですか、いえ。単なる確認ですから、言わなくても問題ありませんよ」
その瞬間、また男の姿が消える。驚いた私が、一度瞬きをすると……その次の瞬間には、その男が私の前に立っているではないか。
あまりにも近い距離で、まじまじと私の顔を観察してくる。後1、2cmほどで彼の鼻先が私の顔に付くのではないか、と思うほど近い。あまりの近さに、私の身体が強張った。
男は私の様子に気がついたのか「すみませんね〜」と謝罪しながら、一歩後退していく。
エクスは更に警戒を強めた。一瞬で距離を詰めてくる身体能力……多分エクスよりも速い。些細なところで力の差を見せつけられ、特にエクスは唇を噛んで男と相対している。しかし、飄々としながらも私たちの行動を常に観察しているのか、やはり付け入る隙がない。
男は私に背を向け、台座へと戻っていく。その様子を見て、私はエクスの側に寄ろうと横へ足を踏み出そうとしたが……一瞬で男の顔が、視線が私へと向く。彼と視線がぶつかると、まるで金縛りを受けているかのように……私は微動だにすることができなかった。
エクスも私の様子を見て、眉間に深い皺を刻んでいる。私たちは男の行動をただただ、見るだけだ。
すると男は台座にある赤い球を一瞥した後、無造作にそれを右手で掴む。しかし、何も反応がない。
彼は赤い球を持ち上げ、顔の前で赤い球を一周確認する。そしてある程度観察したところで興味を失ったのか、私の方へポイっと投げてきた。無意識に私はその球を捕まえて顔を上げると、目の前の男は両肩をすくめてひとつため息をついている。
「これは使い物になりませんね。次へ行くとしましょう……ああ、その方たちはあなた方がお連れしていいですよ」
「はっ?」
「では、またどこかでお会いしましょう」
エクスが疑問の声を漏らすが……その言葉に返事はない。
目の前にいた男は右手で帽子を押さえてから、身につけていた黒いマントで自分の姿を隠す。
――そして次の瞬間……彼の姿は消える。
男がいたことで息苦しかった空気は離散し、私の身体も軽くなったような気がした。エクスは男の姿が消えた後すぐに、彼が立っていた場所へと走るが……手掛かりすら掴めない。
私があの男で理解できたのは、多分マントに転移陣が描かれていたであろう、ということか。先ほど彼が身を隠した時、魔力がマントに集まった気がしたので。
ジャックさん曰く、この世界では転移陣は対に描くのが一般的だと言っていた。ジャックさんの小屋に行く際、使用した転移陣も入口用と出口用の転移陣があったのを覚えている。
あの男はきっと入り口の転移陣をマントへ描き、出口の転移陣をどこかに仕込んでいたのだろう。だから一瞬でこの場から離脱ができたのだ。
ただ、腑に落ちないのは……。
「こいつらは、あの男の仲間じゃないのか?」
まるで私の思いを代弁するかのように、エクスの言葉が聞こえた。全くその通りだ。
「うん、私もあの人がてっきり助けに来たのかと思ったのだけれど……」
私は首を傾げる。捕まえた彼らの服を見るが、ただ単に真っ黒で無地のローブを着ているだけで、エンブレムなど何も描かれていない。ローブの下は彼ら自身が購入した服らしく、統一性は見られなかった。
エクスは頭を掻きむしると、大きく息を吐いた。
「仕方ない。こいつらが起きたら、何をしていたのか聞くしかないか」
「そうだね」
エクスの言葉に首を縦に振って同意する。
この赤い球には魔力が籠っていたという話は聞いたけれど……そもそも球の中に込められている魔力は、誰のものなのか。そしてあの男の言葉で、他にもこの赤い球がどこかにある可能性が高い。
この捕らえた者たちが把握しているかは分からないけれど、この点についてはギルドに任せるしかないだろう。
「色々聞きたいことはあるが……一旦、この男たちをギルドへ連れていくか。あとその赤い球もな」
エクスに指を差され、改めて私は手元にある赤い球を見る。魔力が抜けても変わらず鮮やかな赤い色をしているが、触れても全く反応がない。中身が空っぽだからだろうか。
私はそれをジャックさんからもらったポーチへ入れてから、風魔法で捕らえた男たちを軽く浮かせて移動させたのだった。
しばらくして魔の山の入り口まで辿り着く。すると、丁度依頼を受け始めた時間になっていたからか、多くの冒険者が道を歩いていた。彼らは私たちの姿を見て、後ろの捕縛された男たちに視線を送り……その後、近くにいたリーダーらしき男性が先頭にいたエクスへと話しかける。
「こいつら、もしかして何かやらかした奴らか?」
「ああ」
そエクスの言葉に、話しかけた男性は一瞬驚いたようだったが、彼は何かを考え込むように顎に手を置いた。そして後ろにいた身軽そうな男性へ「ギルドに伝達を」と伝える。
男性は「OK」と軽く告げると、次の瞬間には姿が見えなくなっていた。
彼を見送ったリーダーらしき男性は、エクスへと話しかける。
「こいつらを全員運ぶのは大変だろう? 今、うちで一番足の速い男に伝言を持たせた。ここなら一時間もしないうちに来るだろう」
「助かる……『真紅の盾』」
真紅の盾、は確かチーム名だ。彼らは全員がルビー級の冒険者で、とても面倒見が良いチームだとロミーさんが言っていた。
基本はこのガルムに拠点を置いているが、たまにラクリスのダンジョンで訓練しているらしい。この街の中では非常に有名なチームなのだとか。
エクスの呟いた言葉に、男性は驚いたように目を見開いていたが、ふっと笑った。
「いいってことよ。こういう時はお互い様さ『荒咬み』」
「その二つ名は……やめてくれ」
恥ずかしそうに小さく呟くエクスに、男性は一瞬目を丸くするけれど、すぐに彼の笑い声が周囲に響き渡っていた。




