38、この赤い球に触れました?
遠くから聞こえる声に二人は耳を澄ます。エクスが風魔法を利用して教えてくれたことだが、人数の予想は五人。それぞれの声と、歩き方で判断しているらしい。
話をしていた後方の二人は、木箱があった手前の空洞へと入っていったようだ。こちらには三人がやってきた。
「おい、この魔力に反応して強力な魔獣が麓に降りてきたなんて……本当なのか?」
先ほどとは違う声の主が喋り出す。そして彼の言葉に私たちは顔を見合わせた。あの黒ライオンと、白いクマはもしかしてあの赤い球の影響だったのか。
もっと情報を得ることができないかと思い、私とエクスは耳を傾ける。私たちの存在を知らない彼らは、その後も色々と喋ってくれた。
「ああ、バルザス様がそう仰っていたから本当だろう。封印がなされていても、この赤い球の魔力の残滓がどうしても漏れ出てしまうって話だ。ここに封印されている魔力は質・量共に素晴らしいものだから、魔獣が好みやすい魔力なんだとか」
あの赤い球の中に込められていたのは、魔力だったのだ。
私は右手を開いたり、握りしめたり、を何度も繰り返す。そして最後に目を瞑って先ほどの魔力を感じ取るけれど……私と相性が良かったのか、既に身体の中に取り込まれているらしい。
封印といえば、『邪神』だとか『悪魔』というイメージがあったので思い付かなかったけれど……確かに体内の魔力量が大幅に増えている気がする。
あれは魔力だったのか。
彼らの話も納得できる。『強い魔力の影響を長く受けると、変異する』、それが最終的に魔獣になるとエクスから話を聞いた。だったら強い魔獣が更に強くなるには、より上質な魔力の影響を受ければいいのではないか、と思ったのだ。
私のその考えは、正しかったのかもしれない。
そんなことを考えていると、男たちの言葉が耳に入ってくる。
「まあ、俺らにはよく分からんな。とっとと回収して逃げようぜ!」
「そうだな。魔獣に襲われちゃ敵わんからな。二体が討伐された隙にズラかるのが一番だ」
「いっときの保管場所としてはいい場所だったんだけどなぁ……また探し直しか」
彼らは文句を言いながらも、魔法陣の周囲に立つ。そして何やら詠唱を唱え始めた。
彼らの詠唱により、地面に描かれていた魔法陣が光となって消えていく。あれは魔法陣の効果を打ち消す時に使用する魔法だ。
その間に空洞へ向かっていた男性二人がこちらに合流する。そして四人は魔法陣の描かれた場所の周囲に立ち、全員でもう一度詠唱を始めた。残りの一人は杖を使用し、慎重に魔法陣を描いていく。
私はエクスへと顔を向ける。これは好機だと思ったからだ。
この人たちを捕獲すれば、何を企んでいるのかが分かるかもしれない。エクスもそう判断したのか、静かに首を縦に振る。
彼は指を三本立てた。二本、一本、そして……カウントが終わると、私たちは一斉に岩陰から飛び出した。
私たちは不意打ちで、まず五人を無力化する必要がある。
エクスは首後ろに手刀を入れ、私は睡眠魔法を掛けて眠らせた。敵は仲間が倒れる音に気づくも、その時には既に私たちのどちらかの攻撃を受けていたため、すぐに意識を失っていく。
最後に魔法陣を描いていた敵をエクスが攻撃し、全ての者たちの排除を終えた。
「お疲れ様、エクス」
「ああ、マリもな」
私とエクスは黒いローブを羽織った男たちを捕縛する。足と手が動かないように、魔法で補強した。だから余程力がある者、もしくは魔法に長けている者でなければ、これは解くことができないはずだ。
全員を一箇所に集めた後、私たちは一息つく。そして捕まえた者たちを見ながら、私はエクスに訊ねた。
「この人たち、ギルドに連れて行けばいいんだよね?」
「ああ、そうだな。あとは連れていく方法についてだな……」
「私の魔法で――」
エクスに提案しようとした瞬間、背筋が急に寒くなる。違和感は後ろからだ。私は背後へと顔を向ける。するとそこには――。
「おやおや、これはこれは……」
相手は黒いローブだけでなく、真っ黒な中折れ帽を被っている。
その人はまるで最初からそこにいたかのように、飄々と立っていた。
声からして男性だろうけれど……帽子のつばで顔が隠れているだけでなく、相手の髪は腰まで伸びているため女性の可能性も否めない。
その人は帽子のつばに手を触れてから、少しだけ持ち上げる。すると、面白そうに笑っている口元だけが見えた。
「貴方たち二人で、これをやってのけたのですね。なんと素晴らしい……」
声をあげて笑っている。その時に喉仏が見えたので、相手は男性のようだ。敵であることは理解できるのだが、どうしても相手の様子を見ていると……調子が狂ってしまう。
ずっと笑っている男を見ていた私は、ふと隣にいるエクスの様子が目に入る。
彼の姿を見た時、信じられなかった。
エクスは今までにないほど……相手を警戒していた。歯を食いしばりながら相手を睨みつけ、いつでも動けるようにか、軽く足を前後に開いている。
そして額から垂れる一筋の汗。彼の緊張感が私にも伝わってくる。
その様子を知ってから、再度男を見ると……何故エクスがそこまで警戒しているのかが理解できた。
――男に隙がないのだ。
私はじっと男を観察する。
魔力量は私よりも少ないが、きっとその分魔法操作が洗練されているのだろう。エクスの気配察知を潜り抜けたことから、高度な魔法を使用できる可能性が高い。
エクスが冷や汗を垂らしている相手だ。二人掛かりで倒せるかどうかだって分からない。むしろ――。
魔力を取り込んだばかりの身体であるにもかかわらず、彼を前にして内側から震えるのを止められない。私たちが神経を尖らせて注視しているのを見て、相手の男は両肩を上げた。
「そんなに身構えなくても宜しいのですが……では、失礼致しますねっと」
目の前にいたはずの男が、瞬きした一瞬で消える。目で追うことすらできなかった。私は見失った男を探すために視線を動かすと、男は赤い球が置かれている台座の前に立っていた。
彼は赤い球を見て、わずかな間目を見張る。
そして球をまじまじと見つめた後、振り向いてこちらに顔を向けた。
「すみませんが、貴方がた……この赤い球に触れました?」




