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「これから俺らが行くところは、通称『魔の山』と呼ばれている場所だ。お嬢に教えたノクタリアが正式名称ではあるが、その名前を知る人はここらにはほぼいない」
エクスと二人、馬車に揺られる。
今回の馬車の客は私たちだけだったようで、エクスはこれから向かう場所について教えてくれた。
魔の山は馬車を乗り継いで何日もかかる場所にあるという。
「なんで魔の山と呼ばれているの? そもそも字面が物騒よね……」
魔、って付くと、おどろおどろしく感じるのは気のせい? と思ったのだけれど、あながち間違いじゃないようだ。
「気のせいじゃない。魔物の多い山、という意味で『魔の山』と呼ばれているからな。魔物ってのは総じて危険なんだ。例外もあるが、大抵の魔物は人を見ると襲いかかってくる」
「え……」
ゲームでいうモンスターみたいなものかしら? 冒険RPGモノだと可愛らしくデフォルメされていたりするけれど……ここは現実世界だから、きっとリアルよね。
「魔物は魔力量が多いヤツほど、凶暴で制御不能になりやすい。だから、出会ったら倒すしかないんだ」
「……倒すしかない、か……あ、ねえ。この世界には、魔物しかいないの?」
ふと思ったので訊ねてみた。凶暴な魔物がうじゃうじゃその辺を歩いていたら、こんなにのんびり馬車を引くことなんてできないと思うんだ。馬車を守る護衛を付ける必要があるじゃない?
「いや他にもいる。魔物と違って、魔力を体内維持に使う程度しか持たないのが“動物”だ。人を襲うこともまずない。反撃はあるがな」
「動物がいるんだ……」
私の予想通り、この付近には動物が多いらしい。動物達は魔物と違って、無闇矢鱈に人間を襲う事はしない。だから馬車も街道を進む事ができるのだ。
それよりも、魔力の増減で呼び名が変化するという事は……。
「じゃあ、動物が魔物になることもあるの?」
「ああ。強い魔力の影響を長く受けると、変異することもある。まあこの場所は動物しかいないから、"安全地帯"ってわけだ」
「なるほど」
エクスの話はまだまだ続く。
魔の山は、スタージアの実家であるフォンせ公爵家の領土に隣接しているそうだ。隣接しているなら公爵家の領土ではないのか、と思ったのだけれどそうではないらしい。
「魔の山の魔物が強すぎて、周辺の領主たちでは管理が出来ないと聞いた事がある。それもあって、あの場所は誰の支配もない土地になっている」
なるほど。変に管理して魔物が暴走しても困るものね。魔の山にちょっかいを出すのは、蜂の巣をつつくようなものなのかも。
「で、その危険な山の近くにエクスの師匠は住んでいるの?」
「いや、師匠は山の頂上付近に住んでいる」
「ん……?」
あれ、気のせいかな。山の頂上に住んでいる……って聞こえたけど。うん、そうだよね。山の麓の間違いだよね……?
「エクス、まさかそんな危険な山に住む人なんていないでしょ? 麓の間違えじゃないの?」
「いや、頂上付近だ。俺もそこで育ったからな」
私は目を丸くする。
え、つまり私で言えばジャガーとかアナコンダとかいる南米のジャングルの中に住んでいるようなもの……? ひぃっ!
「そんなところに行って、私、大丈夫なの……?」
言葉が少しだけ震える。いや、流石に人を襲う魔物が闊歩しているって聞いたら、私だって怖いよ! そんな私の思いに気がついてくれたのか、エクスは頭を掻く。
「いや、悪い。そんな怖がらせるつもりはなかったんだが……これでも俺は元冒険者だし、魔の山くらいの魔物なら倒せるから問題ない。それに、魔物が少ない裏道もあるから大丈夫だ」
「……なら、良いのだけど……」
少々尻込みしてしまう。だって怖いじゃない? けどそれ以上に、私の本当の体の持ち主であるスタージアの存在がどうなったのか、が気になるのだ。ここで怖気付いているのでは、前に進めない。エクスを信じて突き進むしかないわ。
「ちなみに私がスタージアになる前、彼女の身に何かあったの?」
だって、私が転生したって……よっぽどの事がないと起きない事でしょう? 今まではどうやって断罪を乗り切るか、に重点を置いていたから、その点を聞いていなかったのよ。
エクスも口を濁していたから、聞かなかったけれど……そろそろ彼女の事も知りたいと思ってね。
私の言葉に目尻を下げたエクス。そして決心をしたのか下を向いて告げた。
「お嬢様は毒を飲んだんだ」