35、私の気になった場所に依頼が?
それを言った後、私はそのまま気絶していたらしい。
しばらくして起き上がると、その間に助けた兄妹が私の元におり、泣きながら感謝を告げられる。私が「頑張ったね」と言って頭を撫でると、二人は大泣きして私に抱きついてきてしまった。
力が入らなかった私は、二人を支えられずにそのまま倒れてしまう。それが面白くて三人で笑ったものだ。
兄妹は偶然近くにいた冒険者と共に街へと戻る。
その背を見送った私たち。無事で良かったなぁ、と安堵していると、エクスが振り向いた。しかし、その表情はまるで能面のように感情が読めない。私はエクスの顔を見て、少し肩が跳ねる。その様子を見た彼が、地を這うような低い声で話し始めた。
「マリ、俺を頼ってくれたのは嬉しいが……それとこれとは違う。散々言ってきたよな? 無理するなって」
「……は、はい……ごめんなさい……」
段々と俯いていくエクス。
もう既に彼がどんな顔で話しているのかは分からなかった。けれども、声からなんとなく気持ちを察することができる。
私はあれが一番最善だと思ったのだけれど、エクスに一言「来て!」と声を掛ければ、走っている最中に事情を話せたかもしれない。ただでさえ、黒ライオンの件で心配させてしまっていたのだから……もっと報連相が必要だったんだ、と改めて思う。
エクスは俯いたまま、何も喋らない。
私が彼の顔を覗き込もうとしゃがむと、エクスが目にも留まらぬ速さで上体を起こし、私の両肩に手を置いた。その手が小刻みに震えていることに私は気がついた。
「……フロスト・グレイブに一人で対峙しているマリを見て、本当に気が気でなかったんだ。一人で突っ走るのは辞めてくれ……」
弱々しい声で告げるエクスに、私はもう一度謝罪を告げる。
「ごめんなさい。もうしません」
そう強く断言すると、勢いよくエクスの顔が上がる。その顔つきを見ると……「言質は取った」と言わんばかりの顔だった。一瞬、嵌められた? とも思ったけれど、きっと先ほどの言葉も嘘じゃないと思う。
ただ、この後も……こってりと怒られてしまったので、もう絶対一人で突っ走らないことを決めた。
エクスは先ほどの冒険者へ、ギルドに伝言をお願いしていたらしい。
私がゆっくりと立ち上がれる頃になると、ギルド長率いる調査隊がこの場所に辿り着く。そして怠さが取れた頃、調査も終わったようだ。ギルド長が私とエクスの元へとやってくる。
「充分休めたか?」
「ああ」
ギルド長の視線は私にも向いていたので、ゆっくり立ち上がって頭を下げる。
「私ももう、大丈夫です! ありがとうございます」
「……おい、お前……どこからこの女の子を攫ってきたんだ?」
「攫ってきてない!」
信じられないものを見るような目で私を見るギルド長と、眉間に皺を寄せて抗議するエクス。
こんなやりとり、どこかで聞いたような……と思い出したのが、ポーラさんだった。その時の彼女の表情とギルド長の表情がそっくりで思わず吹き出してしまう。
「本当に、婆もギルド長も……なんで俺が攫ってきた前提で話すんだ……」
「ああ、ポーラの婆さんも同じことを言っていたのか。まあ、仕方ない。お前だからだろう?」
「どういうことだ、それ?」
エクスの眉間の皺がさらに深くなる。
ギルド長はエクスを、おちょくっているのだろうか。楽しそうにエクスへと声を掛けている。そろそろエクスが険悪な雰囲気になりそうだったので、私は空気を変えようと話しかけた。
「あの、ギルド長。何かありましたか?」
「ああ、エクスを揶揄って遊んでいる場合じゃなかったな」
「やっぱり遊んでたのか」
不貞腐れるエクス。
今まで見たことのない彼の様子を見て、笑いが漏れそうになるけれど……今以上に機嫌が悪くなるかもしれないと思い、我慢する。
「いや、単に状況を教えてもらえればと思って聞きに来た。あちらの調査はほぼ終わったからな」
「状況ですか?」
「ああ。エクスにはある程度確認したが、お嬢ちゃんが探索魔法を掛けて気がついたのだろう? そこからお嬢ちゃんの言葉でどんな状況だったか聞きたいからな」
「分かりました」
私は最初から思い出すようにひとつずつ伝えていく。そして、エクスが来てくれたところまでを話し終わると、ギルド長は首を傾げて悩み始めた。
「話を聞いて、おかしなところはなさそうだが……この前のブラック・ファングといい、今回のフロスト・グレイブといい……何が起こっているんだ」
エクスもギルド長と共に頭を悩ませているようだ。
一方で私は、あの白いクマの名前がフロスト・グレイブと知る。きっと覚えられないので、今後も白いクマと呼ぶだろうとは思うけど。
頭を悩ませている二人を見て、もう一度私はここまでの状況を確認する。その時、ふと思い当たる節があり、「あ」と声を上げる。その瞬間、ギルド長の首がものすごい速さでこちらへと向いた。
「嬢ちゃん、何か思い出したか?!」
あまりの勢いに少し及び腰になってしまう私。それに気がついたエクスが、ギルド長を止める。
エクスの言葉で前のめりになり過ぎていたことに気がついたのか、彼は謝罪を口にしながら後ずさった。
「それで、何か気になることがあったのか?」
「ええと、大したことではないと思うのですが……最初フロ……魔獣を感知した時、その魔獣とは別の箇所で魔力を検知した記憶があります」
魔獣の名前を忘れてどもる私。二人はそれに見て見ぬふりをしてくれたのか、それとも私の言葉が重要だと思ったのか、私に突っ込むことなくじっと考え込んでいる。
「マリ、今はどうなんだ?」
「あ、そうだね。ちょっと探索魔法掛けてみる」
エクスに言われて私は再度、探索魔法を広げる。けれど、先ほどと同じような魔力は発見されなかった。私は首を横に振る。
「私の気のせいでしょうか……やはり魔力は検知されません」
申し訳なさそうに告げるが、ギルド長はまだ何かを考えているようだ。しばらくして彼が動き出したと思ったら、おもむろに背中から筒のようなものを取り出した。
気になって覗き込むと、それはこの周辺の地図のようだ。ギルド長は私に顔を向ける。
「大体で良いんだが……一度目に検知した魔力がどこの辺りにあったのか、分からないか?」
「あ、はい。大体で良いのなら」
そう話した後、私はギルド長が指している現在地よりも、少し左上部分に指を置いた。
「多分、ここの近くでしょうか?」
「ここはあまり冒険者も街の人も来ない場所だな」
「そうなの?」
エクス曰く、メンテーの群生地であるこの場所より奥側には、薬草の群生地や木の実の群生地などもない。そして木や草が人の腰辺りの高さまで生い茂っているため、鬱陶しいのか魔獣もあまり近寄らない場所らしい。もちろん、討伐依頼で冒険者が行くこともあるけれど、依頼もそこまで多くないため、人の出入りはほぼないと言って良いだろう。
やはりまだ魔獣がいるのだろうか、と二人で話していると、ギルド長が「なるほどな」と声を上げる。彼は私が指差した場所の少し上を示した。
「この場所なんだが……実は数ヶ月前から依頼が出ている場所だ」
「依頼が? なんでこんな場所に?」
「偶然迷い込んだ人が、ここに人影を見たと言っていてな。念のために、と依頼には置いてあるんだが……いかにせん、この場所に皆行きたがらなくてなぁ……」
なんとなく、話を聞いているだけでも依頼表を手に取らない理由が理解できる気がする。私たちが納得していると、ギルド長が申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「そこでものは相談なんだが……ちょっとその依頼を受けてもらうことはできないか?」




