32、私、そんなに簡単な女じゃないと思うんだけど……?
その後、エクスと私はカリスの群生地へと案内する。最初はエクスに止められたのだけれど、逆に一人になるのが嫌だった私も着いていくことにした。
案内を終えて、ギルド長に帰宅するよう指示を受けた私たちは街へと戻る。お腹が空いたのでギルド内に併設されている食堂で食事をとっていると、ギルド内が慌ただしくなった。
どうやら調査隊の編成をしているらしい。今回は、ルビー級以上が対象とのこと。もちろん、エクスもそこに名前が上がっていた。
今回は緊急案件でほぼ強制的に招集されるようだ。受付の方から招集命令を受けた時、最初エクスは渋っていた。多分私のためだろう。
けれど私が行くように告げると、ため息をついた。
結局、エクスが心配だからと今日・明日はポーラさんの店でお世話になることになる。事情を話せば、ポーラさんも了承してくれ、その分店の掃除などの手伝いを行なった。
お客がいない時は、売っている杖の説明をしてくれたり、杖を作っているところを見せてくれたり……。色々な知識を教えてもらえたからか、翌日には完全に私は落ち着きを取り戻していた。
それから五日ほど。
エクスと別行動をしていた私は、アンバーで受けられる依頼をいくつか受けていた。
日本でいうネズミのような害獣駆除の罠を張ったり、荷物運びを手伝ったり、ある時は店番の手伝いや、ギルドに併設している食堂の配膳の手伝いをしたり……直接お礼を言われることもあり、とてもやり甲斐を感じる。
特に食堂に関しては、日本でレストランのアルバイトをしていたためか、非常に手際が良かったらしい。「ここに勤めませんか?」と、切り盛りしていた方から話を受けたのも良い思い出だ。
エクスは私が寝た後に帰ってきたようだった。一週間ほどで安全性が確認できたので解散となるまで、一度も顔を合わせなかったくらいだ。
私もいつもの時間より少し遅く起きていたから、時間が合わなかったのだろう。
一人でも楽しく依頼は受けられたけれど、やっぱりエクスの顔を見ると安心する私もいた。
「エクス、お疲れ様」
「ああ……疲れた」
非常に疲れ切った顔で目の前に座るエクス。昨日は打ち上げに参加させられ、夜遅くまで他の居酒屋で飲んでいたのだという。
と言っても、冒険者の多くは飲めや騒げや、が好きらしく……ほぼ毎日そんな場所に連れて行かれたのだとか。
なるほど、だから夜遅くなって会わなかったのだろう。
エクスは首を横にひねりながら、大きなため息をつく。
「そっちは大丈夫か?」
「私? 私は楽しかったよ!」
一週間やってきた依頼について軽く話せば、エクスは楽しそうに聞いてくれる。やっぱり一人でいるよりも、二人の方が嬉しいな、そんなふうに思っていると、私の後ろから声が掛かった。
「あら、マリちゃんのお連れさんって『荒咬みのエクス』だったの?」
「あ、ロミーさん!」
私に働かないか、と声を掛けてくれたのが彼女だ。この食堂を切り盛りしているロミーさん。彼女は目をまんまるにして、こちらを見ていた。
「あれ、言っていませんでしたか?」
「聞いてなーい! お久しぶりね、エクス。良い男に成長したじゃない?」
ロミーさんもエクスと知り合いだったらしい。
懐かしい、と言いながら彼女はエクスに手を伸ばす。それに気がついた彼は、頭を撫でようとしているロミーさんの手を払いのけた。
「ロミーさんもお元気そうで」
「あら、塩対応は変わらないのね」
ロミーさんが笑いながら言うと、エクスは顔を背ける。
そんな彼を見て、彼女は私とエクスの顔を交互に見た後、にっこりと笑った。
「ふふふ、若いって良いわねぇ」
エクスはロミーさんを睨みつけているようだけれど、私は意味が分からず首を傾げる。そんな私の様子に気がついた彼女は、微笑む。
「ああ、良いのよ。マリちゃんはそのままで」
「……ありがとうございます?」
どういたしまして、と話すロミーさん。
「まあ、マリちゃんの勧誘はエクスに免じて諦めましょう。マリちゃんもやりたいことが色々ありそうだし。仕事もできるし、ちょっと心配だったから声を掛けたけど、大丈夫そうね!」
「心配……?」
エクスの言葉にロミーは頬に手を触れてため息をつく。
「そう。だって、マリちゃんぽわぽわしているでしょう? どこかそこら辺の男に引っかかりそうで……」
「え、ロミーさん。心配ってそこですか?!」
私は思わず声を上げる。
いやいや、餌をあげたら簡単に付いていきそうな猫みたいな?
そんなことないと思うんだけどな……。
心で呟いたつもりが、声に出ていたらしい。エクスとロミーさんが一斉に私の方へ顔を向ける。
「いや、着いていくだろうな」
「ええ、着いていくわね。今はエクスがいるから大丈夫でしょうけど、この子がいなかったら着いていくと思うわ。考えてみて。一人で困っていたところに『大丈夫?』って声を掛けられたら、着いていくでしょう?」
私はロミーさんの言葉に少し考え込んだ。
確かにエクスがおらず、一人で旅をしていたらそうなるかもしれない。その考えが顔に出ていたのか、二人は肩をすくめた。
「それが危ないのよ。その人が優しい人だとは限らないの。だから、エクスが抑止力になっている今が一番良いわね」
そう言われて、ふと思い出す。
そうだ、以前冒険者登録する時のように絡まれたけれど、エクスが助けてくれたんだった。私に関わっている人が良い人なだけなのだ。
まだこの世界の常識を把握できていないのだから、疑ってかからないといけないわね。
「……まずは何かあったらエクスに聞きます」
私が真剣な表情で言うと、エクスとロミーさんが驚いたようにこちらを見ている。二人は私の意識が変わったらしいことを察したのだろう、特にロミーさんは満面の笑みを浮かべた。
「それが良いわね。もし隣にエクスがいなかった時は、私でも良いからね? 私、これでもここら辺では名の知れた元冒険者なの!」
「ありがとうございます! その時は頼らせていただきますね!」
「ええ、エクスに飽きたら私の元へおいで?」
「……それはない」
最後のエクスの言葉は私に届くことはなかったが、ロミーさんには聞こえたらしい。面白いと言わんばかりの表情で笑っていた。
だから知らなかったんだ。
彼女がギルド長の奥さんで、『蹂躙のロミー』って呼ばれていたなんて。




