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気づけば全部のフラグをへし折っていた転生悪役令嬢ですが何か?  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中
第三章 ラクロワ領ガルム編

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31、不甲斐ない自分

 時間にして十分ほどだろうか。

 しばらくして落ち着いてきた私の耳に、エクスの鼓動の音が聞こえてくる。私はそれを聞いて、ハッと我に返った。周囲を見渡せば、黒ライオンの死体は放置されたまま。色々とやるべきことがあるのでは、と判断できるくらい思考能力が戻ってきた私は、彼へと顔を向けた。


「エクス、ごめんね……」


 私の声に、エクスは大丈夫だ、と言わんばかりに右手を小さく挙げる。

 私の気が治まるまで一緒にいてくれたことに感謝を述べた後、私は黒ライオンにゆっくりと近づいた。エクス曰く、この黒ライオンは『ブラック・ファング』と呼ばれる魔獣で、魔の山に生息する特殊個体らしい。

 他の地域で生息している『ファング』と呼ばれた個体が、魔の山の魔力を吸収したのだとか。そのため通常個体のファングより凶暴で、好戦的な巨体になったのだと言われている。


 普通のファングは群れで活動するが、そこまで強い個体ではないのでジェイド級の冒険者辺りに討伐依頼が出されるらしい。けれども、このブラック・ファングにおいては、ルビー、もしくはサファイア級の依頼となるようだ。


「そんな個体がこんな場所にいるの……?」


 思わず言葉が漏れる。その言葉が弱々しく感じる。

 これはアンバー級の常設依頼だ。安全面についても考慮されているはずだろうと思っていたのだが、それは正しかったようだ。


「いや、このような場所にブラック・ファングは通常いない。大抵が中腹あたりに生息しているし、俺が師匠に預けられてから一度も山を降りたという話は聞いたことがないな。もう少し上まで降りてきたことはあったが……」


 何やらエクスも考え込んでいる。

 彼の口ぶりから、ここまでブラック・ファング――ちょっと言いにくいので黒ライオンにする――が、来ること自体異常なのだということを理解した。


「ねぇ、この件……ギルドへと報告に行った方がいいのでは?」


 そう呟けば、エクスも同意する。


「そうだな。一旦こいつは師匠からもらった鞄に入れて……マリは大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 足の震えも止まり、しっかり立てるまで回復していた。両手で握り拳を作って気合いを入れた私を見て、エクスは問題ないと判断したようだ。


「それじゃあ、いくぞ」


 エクスは私に身体を向けて言った後、目の前に手を差し出してくる。私が瞬きを何度か繰り返した後、エクスへと顔を向けると、彼は不思議そうな表情でこちらを見ていた。

 どうやら、異性に触れることについてあまりエクスは気にしていないのかもしれない。私は差し出された手に右手を乗せ、彼の手を握りしめた。



 **


 

 ――あれ、どうしてこうなったんだ?


 エクスは帰る道すがら、ふと手に温もりを感じる。それがひまりの手であることに気がついたのは、自分の手を一瞥してからだ。その時に改めてひまりと手を繋いでいるという事実を突きつけられていた。

 そして同時に、涙をはらはらとこぼす彼女を泣き止むまで抱きしめたことも思い出す。


 エクスはブラック・ファングにおちょくられ、ひまりを一瞬でも危険に晒した自分自身を許せていなかった。不甲斐ない自身に対する怒り……それが、ブラック・ファングの最期に繋がっている。

 ブラック・ファングを倒した後、彼女の涙を見て、エクスは彼女が思った以上の恐怖を感じていたことに驚いた。


 そうだ、マリの元いた世界は魔獣がいない平和な世界だった……そう言っていたことを思い出す。

 最初はジャックの訓練を思い出し、小型の魔物から慣れさせる予定だったのだが、まさかの番狂せである。それは恐怖から身体が硬直しても普通だろう。そう思っていた彼は、再度ひまりの様子を確認する。よく見ると小刻みに震えていた。


 自分自身の不甲斐なさに怒って……そこから自分の行動は全て無意識に行われていたようだ。

 そのことに気づいてしまえば、自分の胸にほんのりと彼女の温もりが残っていることを、意識せざるをえない。そして手から与えられる温かさについても。

 

 二人の間に会話はない。

 少しだけエクスが前を歩いているからだろう。

 けれども、手からひまりとの繋がりを感じるこの空間。

 

 エクスはひまりに申し訳ないと思いながらも、もう少し、この心地よい時間を過ごせたら……とも考えていた。



 無言のまま二人はギルドにたどり着く。

 ギルド内はまだ賑わっており、特に現在は駆け出しの冒険者グループが多いようで、依頼表を確認している。


 その中を強張った表情で歩くエクスとひまりは、周囲から注目されていた。

 敏感になっていたひまりは多くの視線から逃れるため、エクスの後ろへと隠れる。その行動を他の男性冒険者が可愛らしい、と感じてさらに視線が増えたのだが……ひまりはエクスの後ろで安堵していたからか、気がつかなかった。

 そして受付の担当がエクスの表情を見て、不思議そうに声をかけると、彼は地を這うような低音の声で告げた。

 

「常設依頼の場所に、『ブラック・ファング』が現れた。依頼はカリスの花の朝露を採る場所だ」

「なんですって!?」


 受付の叫び声に、ギルド内が騒々しくなる。受付内が慌ただしくなってきた頃、筋肉隆々の巨体を持つ男性がこちらに走ってくる。エクスの前にたどり着くと、その男性は軽く右手を挙げた。どうやら、周囲の反応を見るにこの方がギルド長だろう。


「よう、エクス。久しぶりだな。早速だが、カリスの群生地に『ブラック・ファング』が出たのは本当か?」

「ああ」


 周囲は騒然とする。

 山の麓の原っぱに近い場所にある群生地。そこは魔物や魔獣が来ない安全地帯と認識されていた。強いて言えば小型魔物が単体で来るくらいなので、アンバー級でも倒せるのだ。

 そんな場所にサファイア級の実力が必要となる『ブラック・ファング』が来るとは、誰も思わない。


「『ブラック・ファング』ってあの?!」

「カリスの群生地に現れたって事実なのか?」

「いや、あいつが嘘を言っている可能性はないのか?」


 言葉がギルド内を飛び交う。エクスはこの件に関して信憑性を持たせるため、鞄の中から後ろ足を取り出す。それを目の前にいたギルド長へと差し出した。彼はそれを見て、「正真正銘『ブラック・ファング』だ」と頷いた。

 その言葉にギルドに動揺が走る。そんな中、エクスは冷静に告げた。


「群生地に戦闘の痕が残っているはずだ。あとはそれで判断してほしい」

「まあ、お前が嘘を言っているとは思えんからな……一旦調査の者を送ろう。おい、調査隊を今から組んでくれ! あとはアンバーとジェイド級の者が魔の山に向かっていないか確認しろ! 向かっていた場合は、ルビー級以上の者達を送り、戻るように伝えるんだ。今回の依頼に関しては、罰則なしで手配しろ!」


 受付達の様子が慌ただしくなる。

 そしてギルド長は依頼表の前にいる冒険者達に声をかけた。


「今日はこの件について確認が取れるまで、アンバーとジェイド級の者には街中の依頼しか受けることができないよう手配しておく」


 その言葉に「え〜」という声が飛び交うけれど、仕方ないと受け入れているようだ。その間に受付の方が一番下から該当する依頼表を剥がし、上級者用の依頼を貼っていく。

 その姿を確認したギルド長は、満足げな表情を見せたあと、エクスに声をかけて現場に案内するよう伝えていた。

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