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気づけば全部のフラグをへし折っていた転生悪役令嬢ですが何か?  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中
第三章 ラクロワ領ガルム編

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30、黒いライオン……これやばい

 採取依頼の場所には、二時間ほどで到着する。

 魔の山の裾野に広がる森、そこへほんの少し入ったところにその場所はあった。今回は、木に巻き付いている花から出た水滴を集める、という依頼だ。

 花はよく見ると、日本の朝顔と同じような形だ。この花はカリスと呼ばれていて、花から取れる朝露は、薬を作成するときに使うらしい。

 

 受付で受け取った瓶を手に、私は花びらの上にある水滴をひとつずつ入れていく。受け取った瓶は三本だったので、中身が全て埋まるかどうか心配だったのだけれど……花の数が多かったので問題なく作業を終えることができた。

 あっという間に最後の瓶が満杯になり、私は蓋を閉める。それを終えた後、エクスに訊ねた。


「この水、常設依頼だったよね? 結構な頻度で使うの?」

「ああ。薬を作るとき、瓶の十分の一ほどの量を使用するらしい。しかも朝露の効果は、二日ほどしか持たないと聞いたことがあるな」

「二日……!」


 なるほど、使用期限が短いということなのね……と納得する。

 ついでに言うと、全ての薬にこの朝露を利用するので、ガルムの街のように比較的大きめな街になると、薬師も多く量が必要になるのだとか。そのため私が依頼表を取った後も、この依頼表が張り出されている時があったりする。


 ちなみにこの周囲には沢山の薬草も生えているらしく、採取依頼でよく見られる薬草について教えてもらう。その中には毒草もあり、必死に頭の中に叩き込んでいた、その時。


「マリ、後ろに下がれ」

「? ……え……?」


 エクスが立ち上がり、何かを睨みつけている。


 ――彼の視線の先には、黒い何かがいた。私はそれを見て唖然とする。


 一言でいえば、真っ黒いライオンだった。

 いや、動物園で見るライオンよりも数倍大きく感じる。

 

 姿も異様だった。

 血で染まったかのような赤く光る目。それはギロリと私たちの方に向いている。

 姿はライオンだが、目と牙以外が闇夜のように黒い。


 まるで子どもが玩具を見つけたような表情で笑っている。その姿がさらに恐怖を煽る。


 そして相手から放たれる魔力。

 後々エクスに聞いたのだが、これは威圧と呼ばれており、圧倒的強者であることを示すために魔獣は魔力を常に放っているのである。それを受けた私は、足がすくみ、動こうとしてその場に尻餅をついた。

 

 恐怖で顔から血の気が引いていく。

 身動きすらできず、呆然と座る私がいる一方で、エクスは黒いライオンに対峙する。私は必死にエクスへと手を伸ばそうとするが、声も手も震えてうまく出すことができなかった。


 そんな私の様子をエクスは一瞥した後、彼も魔力を放ったらしい。

 それを受けたライオンは一瞬彼の威圧に怯むが、更に面白いものを見つけた、と言わんばかりにニタリと口角を上げた。


 私が動けないままでいると、何かが周囲に張られる音が聞こえるのと同時に、エクスの声が聞こえてきた。


「マリ、そこから動くな」

「……わか……っ……た……」


 エクスに声が聞こえたかは分からない。私が言い終わるのと同時に、彼は背中に背負っていた両手剣を鞘から抜いたのだった。



 

 そこから私は、エクスとライオンの戦いをその場で見ることしかできなかった。


 ライオンは彼が剣を出したのを見て、引っ込めていたであろう爪を出したようだ。日本の猫と同じように爪が出し入れ可能らしい。猫と違うのは、その爪の大きさも私の両手を並べたくらいの長さがあるということか。

 人の腕くらいありそうな太さを持つライオンの爪と、エクスの両手剣が交差する。そのたびに、甲高い金属音が周囲に響き渡り、火花が散った。


 しばらくして、ライオンは目を釣り上げ始める。

 どうやら、すぐ仕留められると思ったけれども、なかなかエクスを捕獲できないからだろう。また時間が経ち……苛立ちが最高潮に達したのか、一旦距離を取ったライオンは、咆哮する。

 その後一人と一頭は睨み合っていたが、ふとライオンの顔がこちらに向いた。


 そしてニターと笑ったかと思った瞬間、ライオンがこちらに走り出していたのだ。

 私は恐怖でパニックになり、後ろへ後ずさろうとする。けれども、やはり手が震えて動くことすらできない。


 後一歩で私のところに辿り着く。

 そのことを理解しているのだろう。ライオンが楽しそうな表情で、私を見据えた。


 ここまで来ると、私はライオンが爪を立て、口を大きく開ける姿を呆然と見ていることしかできない。


 ――ああ、ここで死ぬのかな。


 なんて言葉が頭の中に浮かんでくる。私の目には引き続き、ライオンが更に口角を上げて笑っている表情しか見えなかった。

 

 時間がゆっくりになったような……そんな感覚だった。死ぬ前の走馬灯、ってこんな感じなのかもしれない。

 迫り来る口と鋭い牙に私は目を奪われていた、その時。


 急にライオンが苦しみ出し……白い牙ではなく真っ黒なお腹が目に入る。

 今までで一番大きな咆哮を聞いて我に返った私が周囲を確認すると、血濡れた両手剣を持つエクスがそこにいた。

 慌ててライオンを見ると、胴体には切り付けられたであろう大きな傷から血が吹き出している。そしてライオンの後ろ足一本がなくなっていた。後ろ足は血まみれになりながら、地面に落ちている。


 咆哮と同時に口から血を吐くライオン。それが掛かりそうになり、私は思わず目を瞑る。けれども、いくら経っても濡れないことに疑問を持った私が恐る恐る目を開けると、そこにうっすら魔法が見えてきた。

 

 防御魔法だ。

 私は防御魔法を唱えることもできなかった。つまり、これはエクスの魔法だ。

 

 しばらくして血が流れ終え、ライオンも倒れたのか動かなくなった頃。

 

 ――防御魔法が解除される。

 私は呆然と地面に座っていた。先ほどよりも身体の震えは落ち着いているが、足に力が入らない。

 私の視線はずっとライオンに向いていた。今にもライオンの目がこちらに動くのではないか……と恐怖が拭えない。そんな時、ポンと優しく肩に手を置かれる。そちらの方向へ顔を動かすと、そこにはエクスがいた。


「大丈夫か?」


 彼の瞳は私を労るように優しい。

 そんな彼を見て安心したからか……私の目から涙がこぼれ落ちていく。


 一度流れ落ちてしまった涙はもう止まらない。

 エクスに心配を掛けないようにと首を縦に振るけれど……涙は全て頬をつたい、膝へと流れ落ちていく。


「……ェクス」


 かろうじて口から漏れたのは、彼の名前だけ。エクスに聞こえたかすら分からない。

 彼は私の顔を見て眉間に皺を寄せる。その表情に少し肩が跳ねてしまった。


 私の様子を見て手を伸ばしてくるエクス。無意識に私は目を瞑る。

 すると、一瞬手の動きが止まったような気がした後……私は温かい何かに包まれた。


 背中と頭に伸びる手。

 抱きしめられている、と気がついたのはしばらく経ってからだ。


「怖かったよな……」


 まるで子どもをあやすかのように頭を優しく撫でられる。

 最初はびっくりして目を丸くした私だったが、彼の温もりに縋っていたくて、エクスの服を握りしめた。


 まるで堰き止めていたダムが決壊したかのように、目から涙が次から次へと流れ出る。

 彼に抱きしめられながら、もう少しだけこの優しさと温かさに浸っていたい……そう思った私は、彼の胸に顔を寄せた。

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