29、――あんな美人に男がいないわけはない
ローブと杖を手に入れた翌日。
私たちはガルムのギルドへと向かった。今日は初めて依頼を受ける日なのである。
朝一で来たからか、掲示板に人だかりがあるくらい。その場所以外は閑散としていた。掲示板の前で、何組かが「どの依頼にするか」と仲間同士で相談し合っている。
私たちが来ると、先に来ていた冒険者たちは場所を譲ってくれた。頭を下げながら、私たちも掲示板を見る。
「マリは初めての依頼だから、討伐依頼じゃない方がいいだろうな」
「そうだね、いきなり討伐依頼は怖いかな」
掲示板の上部には、討伐・護衛依頼などが貼られている。エクス曰く、上部に貼られている依頼は高ランク冒険者(ルビーやサファイア級など)が受けるものだそう。
アンバーでも受けられなくはないけれど、受付嬢さんに止められるらしい。
「確か、アンバー(琥珀)、ジェイド(翡翠)、ルビー(紅玉)、サファイア(蒼玉)、ダイヤモンド(金剛)の順だったよね?」
「そうだ。マリはアンバーだから一番下の段の依頼からだな」
そう言われて下の依頼を見てみると、採取依頼や街の小型害獣駆除依頼……警備依頼や運搬依頼なんてものもある。
「色々な依頼があるのね」
「採取依頼と小型害獣駆除依頼なんかは常設依頼だからな。警備依頼や運搬依頼はその時々によって、あったりなかったりする」
「そうなんだ」
私は一通り見てから、一枚の紙を手に取った。採取依頼だ。私は掲示板から剥がした依頼表をエクスへと見せる。
「この依頼を受けたいと思うのだけれど、どうかな?」
エクスは私から依頼表を受け取った後、軽く目を通す。
「いいと思うぞ」
「じゃあ、これにする!」
私は意気揚々と受付へと依頼表を持っていった。
*
「おい、あの女の子……超美人じゃないか?」
「分かる。しかも、笑った姿は可愛いって最高だな」
「最初の依頼って言っていたな、俺たちが声を掛けてみるか?」
マリが依頼を選ぶ姿を見ていた冒険者たちが囁き合う。
彼らはマリの隣にエクスがいたのも理解していたのだが……彼女一人で受付に行ったことで、彼は彼で別の依頼を受けるのでは、と考えたようだ。
当のエクスは掲示板の上部を見ていたのだから、そう勘違いしてしまっても仕方がないのかもしれない。
冒険者たちはマリをどう誘うか、盛り上がっていく。
「それいいねぇ! 初依頼は一人じゃ心細いもんな! 俺たちが手取り足取り優しく教えてあげたら……」
一人の男の言葉に、皆がうんうんと首を縦に振っていたその時――。
「終わったか?」
「うん、お待たせ! 受付してもらったよ」
「じゃあ、行くか」
可愛らしい声と男性特有の低い声に、冒険者たちの身がすくむ。恐る恐る後ろを見てみると、先ほどの美女が男性と共に歩いているではないか。
冒険者たちは理解した。男性は単に他の依頼内容を確認していただけであったことに。
全員がマリとエクスから視線を離せず、呆然と見つめていると、急にエクスの視線が男たちの方へと向いた。彼の凍えるような……絶対零度の視線を受けて、冒険者たちはまるで自分たちには倒せない魔獣に睨みつけられたような気分になってくる。
そして彼らは察した。彼は美人の彼女をこちらに見られないよう、隠していることに。
「まあ……お似合いだよな」
「うん、そうだな……」
彼らは悟った。
――あんな美人に男がいないわけはない、と。
私とエクスは門を出た。
この街もフォレスタの街と同様に、魔獣対策のためか城壁が高く組まれている。一方であちらと違うところは、城壁の周囲には堀があり、水が溜まっているところだ。
その話をエクスに訊ねると、フォレスタよりもガルムの街の方が魔の山に近いため、降りてくる魔獣が多いのだとか。そのための対策だという。
くるぶしよりも短い草が生い茂る草原の中にある道を歩いていく。
途中で分かれ道になっており、大抵の者は左へと歩みを進める。私たちはもちろん、右の魔の山行きだ。左は以前教えてくれたダンジョンの街……ラクリスに続いているのだとか。
右へ曲がってしばらく歩いているが、人の気配は全くなかった。エクスが言うには、今頃からギルドが賑わいを見せる頃なのだとか。
私はそれを聞いて思わずふぅ、と小さくため息をついた。
「どうした?」
私が息を吐いたことに目敏く気がついたようだ。私は肩を揉みながら、笑って言った。
「いや、なんかねぇ……」
自意識過剰かもしれないけれど、街の中でも外でも視線を感じていたと伝えれば、エクスは納得したように頷いた。
「まあ、仕方ないだろうな。マリは綺麗だし」
「えっ……?」
彼の言葉に、私は思わず振り向いて……まじまじと彼の顔を見てしまった。
胸中では、心臓の音が先ほどの何倍も大きな音で響いている。心なしか、頬も少しずつ熱くなっているかもしれない。
エクスって、こんなにサラッと女性を褒めるの? と目を瞬かせた。
そういえば、スタージアの記憶を含めて……彼が女性と話していたところを見たことがない。いや、ポーラさんとか女性の店員さんと話しているところは見たことがあるけれど……それってちょっと違うよね?
何度見ても、彼の表情に変わったようなところはない。彼はこんな感じで、いつも女性を褒めるのだろうか……と少し胸中にモヤが現れた時、彼の声が耳に入った。
「あのお嬢様だからな。美人に決まってるだろう?」
「あ、そう……そうだね!」
心の中の動揺を隠し、私はエクスの言葉に同意する。この心の揺らぎが彼にバレていないことを祈って。
それと同時に理解した。
そうだよね、私の外見は乙女ゲームの悪役令嬢のスタージアだもん。美人さんに決まってる、と。なんだか私がスタージアの代わりになって良かったのだろうか、と今でも思う。
エクスはきっと普通に思ったことを言っただけなのだろう。そう思うと、ドキドキしていた自分が恥ずかしくなった。
その時に前を向いていたから、私は気づかなかった。
――エクスの耳が少しだけ赤くなっていたことに。




