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光莉は一度だけポロッと私にこぼした事がある。
「スタージアのした事は許されないと思うけれど……あんな亡くなり方は辛いよ……」
そんな言葉を聞いたら、悲惨な未来しか見えないのよね。
光莉に詳しく聞いたら、あの子泣きそうになっちゃって……それだけ辛い亡くなり方って事でしょ。
それを避けようと、どうにか出来ないかな? って思って片っ端から公爵家所蔵の本を読んだわ。
……いやぁ、スタージアのスペック、高過ぎない?
結構分厚い教科書みたいな本を、一時間もかからず読めるのよ。有り難かったわ……!
そう言えば、一冊だけ何も書いていない白紙の本があったけど、あれは何だったのかしら?
私が持った瞬間、本が光り輝いたのよね。魔法かな? と思って期待していたのだけれど……それ以降は何も起こらなかったし。
まあ、こんな感じで儀式の前はずっと図書室に篭っていたわ。
なかなか良い案がなくてね……最終的には家出すればいいんじゃない? なんて考えていたんだけどさ。
まさか公爵様が私を追放してくれるなんて、予想外の展開!
――もちろん、私にとっては最高の展開よ!
確かこの乙女ゲームは王都の学園が舞台だったはず。
学園は貴族の令息・令嬢が集まって、魔法や勉学を学ぶ場所だって光莉から聞いているわ。だからスタージアも、貴族令嬢であるならそこに行かないといけないはずよね。
でもでも! 私は公爵様に除籍したって言われたし。
……という事は、そこに行かなくて良いって事でしょう?
学園自体に行かなければ私が悪役令嬢になる事はないだろうし、=死なない!
なんで魔力がゼロ判定になったのかは分からないけど、ありがとう! 神様、仏様っ!
乙女ゲームの死亡フラグ、折れたんじゃない?
それよりもこの後の事ね。
情報交換している時に、エクスから聞いたの。
実は彼は魂の色が見えるんだって。
そんな大事な事、言っても良いの? って尋ねたけど、私も転生者だと教えてくれたから、って教えてくれた。
今の私の魂の色と、元々のスタージアの魂の色が全く違うって。だからスタージアの中にいるのが私だと見抜いたらしいよ。
イメージとしては、黒髪の男の子が主人公の某有名漫画家の作品みたいな感じかな?
「お嬢様の魂の色は青だった。青と言っても鮮やかな青ではなく……藍色くらいだっただろうか。 だが、君の色は赤みがかったオレンジ色――全く違う色だった。この事を教えてくれた師匠によれば、魂の色は生涯変わる事などないらしい。濃淡が変わる事はあるらしいが……」
ってエクスが言っていたの。
そりゃあ、「誰だ」ってなるよねぇ。納得。
エクス曰く、スタージアの体にはもう元の彼女の魂がないらしい。
え、私が乗っ取ったの? って思ったよね。
慌ててそう訊ねたら、エクスも分からないそう。
ただ、もしかしたら……元の彼女の魂の居場所は、エクスの師匠なら分かるかもしれないって。
本当は儀式の後に抜け出して行こうと思っていたけど、追い出されたのなら堂々と行けるわね!
ああ、ひとつだけ心残りがあるとすれば……このことをエクスに話せなかったことかなぁ。
「おい、お嬢」
そう、低くてイケボの……こんな声の男……。
私とスタージアを区別するために、「お嬢」と「お嬢様」と呼び分けているのよね――。
「って、エクス?!」
目の前にいたのは、スタージアの護衛であるエクス。黒髪黒目の彼はどことなく日本人を思い起こさせる。なんとなく、親しみを感じてしまう。
「どうしてここに?!」
「いや、俺はお嬢様の護衛役だったんだぞ? お嬢様がいなくなったのなら、お役御免だろ。辞めてきた」
「いやいやいや……そんな軽く辞めてきたって……」
お嬢様の護衛って、めっちゃ給料良いんじゃないの?!
それをそんな簡単に言って良いのかなと思う。
私は「いやいや、戻りなよ!」とエクスに告げたのだが――。
「お嬢は、一人で、師匠の元へ行けんの? 馬車にも乗った事のない異世界人なのに?」
その言葉にぴしりと固まった。
「歩きでいけないの……?」
街にたどり着いたら、教えてもらった場所がどこか聞いてみようかなと思っていたのだけれど……そんなに甘くなかったらしい。
「俺が教えた名前は、その街付近でしか使われない名称だから、ここで聞いても分からないと思うぞ」
「え、そうなの?!」
私は目を丸くする。
「それに……お嬢を一人で歩かせたら、物盗りやぼったくりに遭いそうだしな……」
あ、日本のように治安が良いとは限らないのね。そこを失念していたかも。呆然としていたら、エクスが肩をすくめた。
「そうだと思った。だから俺も行くぞ……まあ、お嬢様の行方も気になるからな」
「それでも助かるよ、エクス! ありがとう」
何も言わず背を向けて先を歩くエクス。私は彼の後ろを歩いていく……ふと気がついた。ほんのりとエクスの耳が赤くなっている事に。
――もしかしたら、私がお礼を言った事に照れているのでは?
きっとこの旅は面白いものになるだろう、そんな思いが私の中に芽生え始めていた。




