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「なっ?!」
バルゴの慌てた声が聞こえた。ドスン、と何かが倒れる音がして音の方を見ると、そこには背負い投げされた後のような格好をしたバルゴが床に転がっている。何が起こったのか分からなかった彼は目を点にしていた。取り巻きの二人だけでなく、周囲も状況が分かっていないようだ。
絶対零度の視線でエクスはバルゴを睨んでいる。後ろにいた二人はその圧に負けたのか、一歩……また一歩後退りをしていた。心なしか顔も引き攣っているように見える。
バルゴは放心していたけれど、しばらくしてエクスに倒されたと気がつくと、彼に掴み掛かろうとした――その時。
「止まれ」
バルゴとエクス間に入っていく者がいた。ガタイの良いバルゴがまるで子どもに見えるほど、体格が大きい。そしてどこか歴戦の猛者を感じさせるような雰囲気を醸し出している。いきなりの乱入者に口を開けて呆然と見ていると、彼は私、エクス、バルゴの順に視線を送ってから目を細めた。
「受付から話は聞いた。バルゴ、お前……次に悪質な勧誘を行ったら、お前らをこの街から追放するという話を忘れたか?」
「ぎ……ギルド長……」
どうやらこの方はここのトップらしい。
チラリと奥にいた受付嬢さんがこちらをハラハラしながら見守っている。彼女が呼んでくれたのかもしれない。
ギルド長の圧にしどろもどろしているのか、追放という言葉に狼狽しているのだろうか……いや両方かもしれない。
「いや、でも……俺ら……勧誘してただけですよ?」
「ならお前らに確認させてもらうが……勧誘していただけなのに、手を上げるのか?」
「俺はそんな事――」
していないと言おうとしたのだろうが、それより前にギルド長がバルゴの言葉を遮った。
「していない、とでも言うのか? 私もこの目で見ていたんだが? まさか『荒咬み』のエクスに噛みつこうとしているのは驚いたが」
「荒咬みのエクス……?」
思わず呟いた私の言葉を掻き消すように、周囲から声が上がり始める。
「ちょっと待て……? 荒咬みのエクスって、この街だけでサファイア級に上り詰めたと言われているあの……?」
「そうだ! パーティを組んでいないのに、一人で魔の山の中腹にいる魔物を軽々と狩る……狂犬みたいな奴だと……」
「まさか、バルゴを倒した奴が荒咬みのエクスなのか……?」
周囲から聞こえる言葉に耳を澄ます。その中には私の知らない話まであった。
え、エクス……サファイア級なの? すごくない?
サファイアの次って、ダイヤモンド級しかなかったよね? ……あれ、なんでそんなにすごい冒険者が、スタージアの護衛になったの? 後で聞いてみよう。
そういえば、今更だけど乙女ゲームでエクスは攻略対象だったのかな? 顔も整っていて、ぶっきらぼうだけど優しくて、腕っぷしも強いって攻略対象にいそう。でも、そんな攻略対象がいたら、光莉が教えてくれそうだけど……。
「サファイア級……?」
私はバルゴの言葉に我に返り、彼を見る。すると彼の顔からどんどん血の気が引いていた。そして、取り巻きの二人も数歩後ずさる……が、後ろにいた他の冒険者に拘束された。当然バルゴもギルド長が縄で捕縛している。
「エクス、お前……やりすぎじゃないか?」
「正当防衛ですから」
しれっと告げるエクスに、ギルド長は頭を抱えた。
「まぁ……お前だったらこれも正当防衛か……本気の時は刃物を出すもんな……」
苦虫を嚙みつぶしたような表情で話すギルド長。ならば初対面の時のあのエクスは、本気だったのか。……あの時勢いで怒ったけど……エクスが話の分かる人で良かった、と静かに胸を撫で下ろした。
バルゴたちは屈強な冒険者たちによってどこかへ連れていかれる。彼らを見送っていると、後ろからギルド長とエクスの話す声が聞こえた。
「それより、お前……お貴族様に雇われたんじゃなかったのか?」
「ああ、仕事を辞めてきた」
あっさりと告げるエクスにギルド長は目を丸くする。
「辞めっ……?! 大丈夫なのか?」
「護衛する対象がいなくなったからな」
「護衛する対象……お前、まさか……いや、何でもない」
もしかしたらギルド長はスタージアが貴族籍を抜かれた事を知っているのかもしれないなぁ、と考えていたら、ギルド長にこちらを一瞥される。にっこりと微笑めば、何かを察したのかひとつため息をついた。
「まあ、エクス。お嬢ちゃんと一緒にいるなら、ちゃんと助けてやってくれ……そこのお嬢ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「怖い目に遭わせて悪かった」
頭を下げるギルド長に、私は左右に首を振った。
「いえ、大丈夫です。エクスに比べたら、怖くありませんでしたから。ギルド長様、私も冒険者登録をしましたので、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
にっこりと微笑んでから、私は入り口に向かって歩いていく。そして静寂に包まれているギルドを後にした。
「女性で最初からあんなに肝が座っている冒険者、初めて見たな……」
ギルド内に思わず漏れたギルド長の言葉が響いていたなんて、私は知らなかった。




