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ジャックさんに言われて、私はエクスと共に麓まで降りてくる。
この近くにはフォレスタという街があり、そこで冒険者登録をするためだ。これから実践として魔物を狩る事になっているのだが、魔の山の魔物の素材は冒険者ギルドで売る事ができるのだそう。旅をするのなら大体の人が身分証明として所持しているらしい。
エクス曰く、旅をしながらできる職業として融通がきくのはやはり冒険者。街でいちいち職場を探さなくて良いと言うのが彼の言葉だ。私も確かにその通りだなぁ、と思う。
今私がいる国……ファストル王国と言うらしいのだけれど、日本のように戸籍制度のようなものがあるわけではないらしい。なので、他国や他領に向かう場合はそれなりのお金を支払うか、ギルドカードを提出して身分を証明するそうな。
ギルドは冒険者以外にも、商業ギルド、鍛治ギルド等色々あるようで、日本でいう組合みたいなものなのかな、という認識である。
歩いて一時間ほどの場所にある街へと辿り着く。馬車でここまで乗ってきたけれど、私たちはそのまま魔の山へと向かったので、フォレスタの街には入っていないのでこの街は初めてだ。
街の入り口には門番が二人ほどおり、彼らが入場者を確認している。これは以前馬車で通ってきた街と同じだ。エクスはギルドカードを提出し、私の分の硬貨を支払ってくれた。
「エクス、ありがとう」
「マリも早く稼げるようになると良いな」
フッと笑いながら告げるエクス。なんだか彼にマリ、と呼ばれるのは新鮮だ。
ここに来る前、ジャックさんから助言を受けた。それが名前だ。エクスは今、私のことをお嬢と呼んでいる。それでは私が元公爵令嬢である事がバレるのではないかと言われたのだ。
一理ある、と思った。そもそも名前で『スタージア』と呼ばれる事に慣れていないし……ギルドカードを作る際に、馬鹿正直にスタージアと書くのは良くないと。
スタージアという名前は平民では使われないらしいので、身元が分かってしまう可能性があるからだ。そこを考慮した上で、ひまりから名前を取ってマリになった。こちらの方が以前の名前に近いので反応がしやすい気がする。
それだけでなく、外見もそのままにするわけにもいかないので、魔法で髪と目の色を変えておいた。以前エクスが掛けてくれた魔法だ。これからは自分が身を守るために、していかなければならない。
「そうね、早く借りた分は返さないと」
「……別に気にしなくて良いんだが」
流石に気にするわ、と声を上げようとする前にエクスが「ここだ」とひとつの建物を指差した。そこには周囲よりも一際大きい建物がある。扉から出てくる人たちは体つきが大きく、ガタイの良い人たちが多い。冒険者は体格が大事なのかな、と思ったけれど、よく見ると魔法職の人は華奢な方が多い。なんとなく場違いなところにいるのでは、という考えがよぎった私だったけれど、色々な人がいるんだと胸を撫で下ろした。
私は慌ててエクス後を追った……周囲から視線を感じるのだけれど、気のせい……よね? 自意識過剰よ、と私は思いながら既に受付に並んでいるエクスの元へ向かう。丁度前の人が終わったところに私は辿り着いた。
「お待たせいたしました。本日の御用は何でしょうか?」
「冒険者登録をさせたい者がいる」
「承知いたしました……ああ、もしかして後ろの方でしょうか?」
「よ、よろしくお願いいたします」
受付のお姉さんに向けて頭を下げると、私を改めてしっかりと見たお姉さんが、口を半開きにして固まっている。どうしたのか……と首を傾げると、お姉さんは私の行動で我に返ったのか、登録の説明をしてくれた。
この世界の冒険者ギルドは、日本のライトノベルで出てくるものと大きな相違点はなさそうだった。自分のランク、もしくは自分のランクよりひとつ上の依頼を受ける事ができるのだが、依頼達成率を加味してギルドの判断で昇級するらしい。昇級試験とかはない。
ランクはアンバー(琥珀)→ジェイド(翡翠)→ルビー(紅玉)→サファイア(蒼玉)→ダイヤモンド(金剛)級と宝石をモチーフにしているようだ。ここが聞き慣れないので、戸惑ってしまいそうだな……と思った。
「マリ様はまずアンバー級から始まります。右上の丸い部分が、級を示すところとなっています」
確かに右上の丸は琥珀色だ。きっと級が上がる毎に色が変わっていく仕組みなのだろうと思った。お姉さんに向けて頷くと、彼女は疑問点があるか訊ねてくる。私がない、と答えれば、お姉さんは一枚の紙を目の前に出してきた。ここに必要事項を書いて欲しい、との事だ。
名前と年齢、そして職業……職業は魔術師でいいかな?
職業に魔術師と記入したところ、空白だった部分に質問事項が浮かび上がってくる。どうやら、この紙も魔道具のようだ。増えた項目は、使用属性……聖属性は使えるけれど、少ししか使えないし……書かなくていいかな。火属性と水属性だけ書いておけばいいや。
そう思って属性を記載して受付のお姉さんに手渡す。
「ありがとうございま……す……?」
私の紙を見たお姉さんの顔が一瞬驚きに包まれていた。何かおかしい事を書いたのだろうか……少し心配になってきた。それと同時に周囲から視線を浴びているような……うん、きっと、きっと気のせいだよね……?
お姉さんは一旦席を外したけれど、すぐに戻ってきた。手に何かを持っている。もしかしてあれがギルドカードなのかな?
お姉さんが座ると、私の前に一枚のカードを出してきた。うん、予想が当たったようだ。
「こちら、ギルドカードでございます。無くしてしまうと、有料の上再発行となりますのでお気をつけください。登録は終わりましたが、依頼は受けますか?」
「いいえ、受けません。ありがとうございます!」
私はギルドカードを手に踵を返す。エクスはいつの間にか入り口で待っていたからだ。今日はそのままジャックさんのところへ帰ろうと一歩足を踏み出したところ、急にエクスの姿が見えなくなる。誰かが私の進行方向に立ち塞がったのだ。
誰だろう、と顔を上げると、そこにはニヤニヤと笑っている恰幅の良い男性たちがいた。




