18
そこからジャックさんの魔法講座は続く。
「じゃあ、まずは私の魔力をひまりさんに流すね。もし何か違うな、と思ったら教えてもらえるかな?」
「はい」
そう言ってジャックさんは私の右手を掴む。握手をしているような形だ。目を瞑って感覚を研ぎ澄ましていく。手にジャックさんの温もりを感じていると、不意に冷たさを感じていた右腕が何か温かいモノに包まれ始めたのを感じた。
そっと目を開けてみるけれど、手を握っているだけで何も変化はない。多分これが魔力というモノなのだろう。
引き続き目を見開いていても問題なく魔力らしいモノは感じ取れている。
私はジャックさんへと訊ねた。
「何か温かいモノが右腕を伝っているような気がします。これが魔力ですか?」
その言葉に彼は目を丸くしている。横で見ていたエクスも、口を大きく開けていた。
「そうだよ。気がつくのが早いねぇ」
「俺なんか十分くらい掛かったのに」
「いや、十分でも早い方だよ。ひまりさんが特殊なんだ」
「特殊……」
自分でも何故こんなに早く気がついたのだろうかと首を傾げていると、ジャックさんは微笑む。
「ひまりさんはもう既に魔法を使っているからね。無意識に魔力を認識していたのかもしれない」
「魔法を……使っていた?」
そんな記憶はない……と思いつつ、「あっ」と私は声を上げた。スタージアの魂を呼び寄せた際に現れた本の魔法陣の事だろう。あれも魔法だった。
そう思っていると、エクスが「嘘だろ?!」と叫ぶ。
「あの光の中で魔法を使っていたって事か?! 魔法って魔力を認識しないと使えないはずだろ、師匠?」
光が邪魔をして、私の様子が見えていたのはジャックさんだけだったらしい。私はエクスの言葉に呆然とする。
え、そうなの? じゃあ、何故私が魔法を使えたのだろうか? 私はその疑問を解消するために、エクスと同じようにジャックさんへと顔を向ける。
「普通はエクスの言う通りなんだ。魔力というモノを認識して、魔力を使えるように訓練して魔法を使う……これが基本の魔法。ただね、ひまりさんが使っていたのは、魔法陣を利用した魔法なんだ」
「そういえば、私……宙に魔法陣を描いた記憶があります……」
「その時、魔法陣が光っていなかったかな? 光っていれば魔力を利用して描いていた証拠になるね」
そうそう、青白く輝いていたのを思い出す。
今思えば、おかしい。指で宙に描いたとしても普通は何も見えないはずだけれど、その時はジャックさんの言う通り指の軌道が光り輝いていた。そうだ、指先もほんのりだけれど光っていた気がする。
でも、いつ私は魔力を理解していたのかな?
「ひまりさんは知らないうちに魔力を認識していたんだろうね。魔法陣が使えた、という事は魔力を使っていたという事だから。私としては魔力を把握したのがいつだったのかが気になるけど……ちなみにひとつ聞いて良いかい?」
「はい」
「あの時出てきた本に見覚えはあるかな? あれは私が知っている限り特殊な魔法書なんだけど」
ジャックさんが困ったように眉尻を下げて私に訊ねてくる。
「あの本は、公爵家の図書室で見つけました。気になって触れたら、確か本自体が輝いて――」
でもその後はうんともすんとも言わなかった。そう伝えたら、ジャックさんは考え込んでいる。
そういえばあの本、どこへやったっけ……そう考えると私の手元にポンと現れたではないか。
エクスも私もそれはもう驚いて、口をあんぐりと開けたままになった。
「どこから出てきたんだ、これ?」
「さ、さあ?」
二人で顔を見合わせる。けれども、お互い答えは持ち合わせていない。
この件を知っていそうなジャックさんは、無言だ。私の手元にある本をじっと見つめていた。
しばらくして、ジャックさんは顔を上げた。
そして真剣な表情で私を見据える。
「その魔法書は……私の歴代の師匠の師匠……初代賢者様が魔力で作成したモノだと言われている本だと思う」
「魔力で作成……?」
一瞬で理解の範疇を超えた。魔力で作った? いつ作られた? 紙とかも魔力で作ったの? 思考回路があっちこっちへいく。
「もう千年以上前になるらしいけれど……初代賢者様は私と比較にならない程の魔力を持っていたんだ」
「今の師匠と比較にならないって……人が持てる魔力の量じゃないよな? 俺からすれば、お嬢の魔力量でも驚くんだが」
私の魔力も相当なものらしい。エクスからすれば、冒険者の中でも上位――片手に入るほどの魔力量の可能性があるとか。
そんな私の魔力量の数倍以上はあるであろうジャックさんが足元にも及ばない人がいるなんて……と息を呑んだ。
「そう。あまりの魔力量に一時期は神の使徒と崇められていた時もあったらしい。でも、初代賢者様は思ったそうなんだ。『魔力なんて程々あれば良い』とね。その一環で作ったのが、この魔法書だった」
「そんな簡単に作れるのかよ……? 師匠も、もしかして作れるのか?」
「いやぁ、こんな魔法書は無理だよ。今の私で作れるのは、紙一枚分くらいじゃないかな?」
何気なくジャックさんから告げられて、私は一瞬思考が停止した。彼も作る事ができる、という事にまず驚いたが、それを何十枚と作れる初代賢者様の魔力量に戦慄する。
しかもジャックさん曰く、この魔法書には何十もの魔法が使われているらしい。そのひとつが「登録制」なのだとか。
「この本は、本が認めた者しか使う事ができないんだ。多分ひまりさんは、公爵家でこの本に触れた時、所有者と認められたんだろうね。だから『出てきてほしい』と思った時、現れるようになったんじゃないかな?」
「じゃあ、触れる事はできるのか?」
私もそれが気になったので、エクスに本を渡そうとした。けれども、彼が触れるか触れないかのところで、本が透明になる。これは所有者の魔力で反応するようだ。日本で言うスマホの顔認証……よりも高度なセキュリティーな気がする。
神の使徒と呼ばれていた初代賢者様が作った魔法書だ。アーティファクトと言っても過言ではないよね。
そんな凄い魔法書、私が持っていても良いのかな……?




