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2話目
「思えば、長いような短いような……そんな日々だったわねぇ」
色々あったのだ。色々。
私は、橘陽葵。日本の大学生だった。
だった、と言ったのは、私の記憶に自分が死んだ時の記憶がなかったから。ここにいると言う事は、日本では亡くなっているのでしょうけど。
真面目で勤勉な父、のんびりとした性格の母、母の性格を受け継いだかのようなマイペースな一歳違いの妹と、父の性格を受け継いだかのような私の四人家族。家族仲はとても良く、いつも笑顔が絶えなかった。特に妹の光莉とは一歳違いだったためか、本当に仲が良かったの。
だから、私からしたら……ある日、目が覚めたら知らない場所にいたっていう感覚。
そして知らない部屋に置いてある鏡を見て、もっと驚いた。
シルバーブロンドの髪。
カラーコンタクトを入れたような切れ長の青い瞳。
そして美人と呼ばれるであろう部類の……キツめな顔立ち。
日本人とは思えない容姿だったからね。
その時は本当に混乱した。何故、どうして、何が……? 色々な感情が流れ込んできて、パニックになっていたもの。
でもその感情は一瞬で消えて行った。
その後入ってきた男性――スタージア・フォンセ公爵令嬢の護衛――の行動によって。
まさかね、自分が刃物を向けられて……「お前は誰だ」って言われるとは思わなかったよね。日本では、滅多にないじゃない?
護衛……彼はエクスと言うのだけれど、あの時の彼の威圧はすごかった。体が動かないし、喋りたくても喋れないし――。
それで問い詰めてくるんだもん。 「お嬢様はどこだ?」ってね。怖い怖い。
でも私もその時混乱していたからか……途中から苛々しちゃってね。喋らせてもくれないし、ずっと刃物を構えているから、頭がパンクしてブチギレちゃった。「そんなの私が知りたいわっっ!」ってね。
そこからは私の独壇場よ。
「あのねぇ、いきなり現れて女性に殺気を向けておきながら『お前は誰だ?』ですって? 怖すぎて喋れるわけがないじゃない! そんなことも分からないの?! それに『お嬢様はどこだ』ですって? そんなん私が知りたいわっ! 私だって今し方目が覚めて知らない場所である事に驚いて、混乱しているところなんだっての! 知らないものは知らないわっ! ……てねえ、ちゃんと理解してる? 話聞いてる? あんだーすたん?」
そう早口で言ったらエクスは怯んだらしく、呆気に取られていたし。
しばらく言いたい事を言い終えたら、彼は頭を下げて謝ってくれたの。それと突きつけられた刃物も下げてくれたわ。
その中で色々と情報交換をして、私が転生者である事も伝えたわ。
彼には転生した令嬢の名前がスタージア・フォンセ公爵令嬢だと教えてもらったの。
スタージア。
どこかで聞いたことがある名前だと思った。まるで喉の奥に小さな棘が刺さったような違和感が、ずっと残っていてね。
――でもその時は気が付かなかった。
気がついたのは翌日。
この国の事が知りたいとエクスに頼んだの。彼は図書館から貴族年鑑と呼ばれる冊子や地理の本を持ってきてくれてね。一番上に置いてあった貴族年鑑をパラパラと見ていたんだけど……ふと聞いたことのある名前が目に入ってきて……何故か……ピン、と閃いたの。
――妹の光莉が遊んでいた乙女ゲームに出てくる登場人物たちだ、ってね。
私は目を疑ったわ。
最初はただの偶然かもしれない、って思ったから……慌ててエクスを呼んで、覚えている攻略対象の特徴……宰相の息子とか、騎士団長の息子とかを伝えたの。分厚い辞書みたいなこの年鑑から探すのは、時間がかかりそうと思ったから。
エクスも貴族についてはある程度把握しているみたいで、お陰で探すのには手間取らなかったわ。ただ……全て聞いた事のある名前ばかりだったのよ。
「この方達はお嬢様と同い年です」
エクスから最後にトドメも刺されました。ええ、完全に乙女ゲームの世界じゃないの……。
ゲームのスタージアは攻略対象の一人である王子殿下の婚約者候補。つまりヒロインの恋敵役だ。彼女は王子殿下の愛を求めるあまり、ヒロインに嫌がらせを繰り返す――いわゆる悪役令嬢の立場だ、と光莉が話していた事を思い出す。
最初はよく「スタージアが!」って憤慨していた光莉だったけど、いつの間にかスタージアの話題が少なくなっていったのよね。
でもね、乙女ゲームで彼女がどうなったのかは知っている。
――死んでしまったのよ。