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翌日、日の出後に目覚めた私はエクスに了承を得て、キッチンで食事を作っていた。正直色々と教えてもらう身なので、何か手伝えることはないかと思ったからだ。
エクスは少しだけ悩んでから、声を上げた。
「師匠は朝が弱い。まだ起きてこないし、朝から重い食事は食べないから、昨日みたいに軽くていい……あ、野菜を入れてくれると助かる」
そう告げてエクスは自分の荷物からレタスやきゅうり、トマトのようなものを取り出しはじめた。
まるで摘み立てのようにみずみずしい。
途中の街で購入していたのは覚えているが、それも数日前の話。冷蔵庫にも入れていない野菜の鮮度が高いのは何故だろうか、と驚いた私が顔を上げると、エクスが首を傾げていた。
「どうした?」
「それって途中の街で購入した野菜? 新鮮すぎない?」
私が何に驚いたのかを理解したエクスは、納得した表情を見せた後、いつも持っている鞄を手にした。
「ああ、保存ができたのはこれのおかげだ。これは師匠特製の鞄だからな。見た目に反して容量が多く入るし、カバンに入れた物は腐りにくくなっている」
RPGゲームによくあるインベントリみたいなモノだろうか……なんか便利そう。
と思ったが、インベントリとは違い、永遠に鞄の中で保存することはできないのだそう。話を聞く限り、時間停止というよりは時間遅延のような仕組みなのかもしれない。
ただ、どんな魔法が使われているのかはエクスも知らないそうだ。エクス自身も数年間彼と一緒に暮らしていたけれど、ジャックさんの底を見た事がない、という。
そんな彼の話を聞いて、ふとエクスはゲームの主人公にいそうなキャラよね、なんて思う。私? 私はモブよ。きっと。なんて考えていたからか、私はいつの間にか彼のことをじーっと見つめていたらしい。
「な、なんだよ?」
私の視線に狼狽えるエクス。
「ううん、なんでもないよ」
もしエクスがゲームの主人公だったら、口は悪いけど仲間思いの素敵な人だろうな、なんて心の中でひっそりと思っていた。
ちなみに私のサンドウィッチはエクスに好評だった。美味しいと何個も食べてくれたエクスに対し、ジャックさんの進みは遅い。そもそも最初にサンドウィッチを見た時も、眉間に皺が寄っていた。結論から言えば、彼は野菜が苦手だったようだ。まあ……野菜を食べて欲しいと願っているエクスに謀られたのだろう。
「お嬢が作ったサンドウィッチを残すのか?」
そう彼に言われてジャックさんは渋々それを口にする。エクス曰く、私のサンドウィッチは比較的食べやすいものだったらしい。エクスが作った時よりも食は進んでいるそう。彼に野菜を食べさせられて嬉しいと喜んでいた。
師匠と弟子、というよりは……まるでお母さんと子どもかな? そんな事を考えながら二人を見ていた私だったが、思考がエクスに読み取られたらしい。ジャックさんの方を向いて食べる様子を見ていたエクスが、こちらへ顔を向けてきたではないか。その表情は心なしか、嫌そうな表情だ。
私はその考えを誤魔化すかのように、エクスに笑いかけ「美味しいねぇ」と声をかけた。
食事を終えた私は、ジャックさんの指示で家の裏にある広い空き地に立っていた。昨日魂の儀式を行った場所……麓の方にはところどころ木々が生い茂っていたけれど、反対側のこの場所……頂上側には木が生えている様子はなかった。
隣にいたエクス曰く、彼はここで魔法の訓練を行ったらしい。ジャックさんが幼いエクスに対して本気で戦いに来るため、傷が絶えなかったと呟いていた。勿論、聖属性を使えるジャックさんが傷を治したそうだが。
ジャックさんが来る間、私はエクスの昔話を聞いていた。魔法を使い始めていきなり魔物と戦わされた話、ある程度魔法が使いこなせるようになったと思ったら、「山の中で一日過ごしておいで」と言われて、死に物狂いで魔物と戦った話などを教えてくれる。
意外とスパルタなんだなぁ、と思っていると目の端にジャックさんの姿が見えた。
ジャックさんは最初に一冊の本を手渡してくる。その本の表紙には「魔法書」と書かれていた。
「これは私が書いた本なんだけど、もし分からない事があれば、これで調べると良いよ」
「え、ジャックさんが書かれた本ですか?」
試しに数ページめくってみると、図解付きで分かりやすく書かれているようだ。ありがたいな、と思ってお礼を伝えていると、後ろから驚いたような声が聞こえた。
「俺の時と違うな……!」
驚愕しているエクス曰く、彼の時は身体に叩き込まれたらしい。目で見て覚えるように、身体で覚えるように、と何度も言われて魔法をモノにしてきたのだとか。
目を剥いているエクスに、ジャックさんは微笑んで告げる。
「そうだね、あの時のエクスは幼かった事もあるけれど……魔法の理屈を理解できるかどうかは分からなかったからね。身体に叩き込むのが早いと思ったんだ。ひまりさんは逆に理論を説明した方が魔法を使えそうだからね。今だったらエクスも理解できるんじゃないかな?」
「……折角だから俺も聞く」
「良い心がけだね、じゃあ座ろうか」
小首を傾げて笑ったジャックさん。それと同時に私たちの後ろに土でできた椅子が現れた。
どうやら土魔法を使って、私たちが座る椅子を作ってくれたようだ。それだけではなく、ジャックさんの後ろに黒板のようなものまで現れる。
最後に私たちの前に机のようなものまでジャックさんの魔法で作られた。まるで学校のようだ。懐かしい……。
子どもっぽい一面のあるジャックさんだけれど、賢者の名に相応しい方だなぁ、なんて改めて思った。




