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「お待たせ〜」と言ってニコニコと戻ってきたジャックさん。半目で睨むエクスに気づいていないのか……もしくは気がついていても無視しているのかは分からないが、テーブルの上に測定器を置いた。
確かに教会で使用していた水晶玉のような測定器だ。周囲の人々が賢者と呼ぶ所以が理解できる。
ジャックさんに顔を向けると、丁度目が合った。彼は私を安心させるようににっこりと微笑むと、まるで「どうぞ」とでも言ってるかのように測定器を指差した。
目の前に置かれ、私は測定器と向き合う。緊張からか私の喉は小さな音を立てて鳴った。
ジャックさんは変わらず笑みをたたえている。そしてエクスは眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。不機嫌なように見えるけれど、多分私を心配してくれているのだろう。私は意を決して測定器に手を置いた。
前の儀式と同じように測定器がキラキラと輝き始める。
あの時はその後すぐに光を失ってしまったのだが、今は私から漏れ出ている魔力が光を帯びて輝いている。しばらく光った後、測定器の中心に集まり始めた。ジャックさん曰く前者の光で魔力量を測り、その後属性を分析するのだそう。ちゃんとそうなるように魔法をかけているのだとか。
ひとつの道具に複数の魔法をかけるって、難しいんじゃないの? と心の中で考えていると測定器の中心に綺麗な光の球が現れた。
赤色の球が一番大きい。
そして青、白と続く。
「ん……? 白?」
赤は火、水は青、風は緑、地は茶色だった気がする。白なんて色はあっただろうか……。
もしかして光かな? そう考えていた私の耳に入ってきたのはエクスの呟きだった。
「それ、聖属性か……?」
「え? 聖属性?」
聖属性は回復系統の魔法が使える、と本に書いてあった。有名な某ゲームのホイミ、みたいなものだろう。小さな怪我から大きな病気まで、あらゆる負傷や病を治すことのできる、神から与えられた魔法だと言われている。
いやいや、まさか私に聖属性があるわけないじゃん、と思ったけれど、ジャックさんも驚いたような表情で私を見ていた。
「うん、確かに聖属性だね。光属性は黄色になるはずだから」
「……」
聖属性がある事に驚いていると、ジャックさんは顎に手を当て、険しい表情で測定器を見つめている。何か気になった事でもあるのだろうかと声をかけると、ジャックさんは話し始めた。
「いや、ひまりさんの聖属性の球が小さいなと思って……ちょっと測定器から手を離してもらっていいかい?」
言われた通りに手を離した私は、目の前にやってきたジャックさんと向き合う。そして、ジャックさんは厳しい表情で私の額から離れた場所に手をかざす。
目を瞑っていると、身体が温かい何かで包まれたような気がした。もしかしてこれがジャックさんの魔力なのだろうか。羽毛布団にくるまった時のように、身体が徐々に温かくなっていく。
しばらくしてその温もりがなくなった頃、ジャックさんはうなる。原因が突き止められなかったからだろうか。
「聖属性って球の形が一定の大きさだと言われているんだ。それは聖属性が『神から与えられたもの』と言われているから」
意味が分からず首を捻っていると、ジャックさんが分かりやすく教えてくれた。
「簡単に言えば、聖属性は『神からの借り物の力』と考えられているんだよ。人が努力して得られるものじゃないんだ。生まれた時……もしくは何かのきっかけで後天的に神から与えられた……そうだなぁ、純粋な灯火のようなものなんだ。分け与えられた力は、人によって多少の揺らぎはあっても、大きく違うことはないとされているんだ」
少し間を置き、彼は目を細める。
「……だが、ひまりさんの聖球は常よりも小さい。まるで、神から借りている灯火が何かに覆われ、光を閉じ込められているように見えるんだ。正直私も原因が分からない……可能性としては、スタージアくんの影響を受けてしまったのかもしれない。ただ、ずっとこの状態であることは、あり得ないと思うから……何かの拍子に封印が解けるかもしれない」
「私は現状で回復魔法は使えない、という事ですか……?」
もしその影響が外れたとしても、使い方を知らなければ宝の持ち腐れだ。眉尻を下げながら私がジャックさんに訊ねると、彼は私を元気付けるように微笑んだ。
「大丈夫、回復魔法の基礎は問題なく使えるはずだよ。魔法を上手に使うようにするためには訓練が必要だから、一緒に頑張ろう!」
「師匠がいるから大丈夫だろ。お嬢が魔法を使えなくても、なんとかしてくれるさ」
「エクス、君は私を何でも屋だと思ってないかい?」
え、違うの? と言わんばかりにぽかんと口を開けるエクスに、私は思わず笑ってしまった。
「確かにジャックさんは何でもできそうよね!」
「だろ? 片付けだけは苦手だけどな」
彼の言葉に私も元気が出てくる。まあ、もし回復魔法が使えなかったとしても、勉強だけはしておこうと思う。元気になったのが分かったのか、ジャックさんも胸を撫で下ろしたようだった。気を遣ってくれたのかな。
ジャックさんは手を叩く。
「さて……夜も遅い、一旦休んで明日から始めよう。エクスもそれでいいかな?」
「ああ」
「じゃあ、ひまりさん。明日もよろしくね」
「よろしくお願いします!」
私たちは与えられている自室へと話しながら歩いていく。だから、見送っていたジャックさんの呟きは聞こえなかった。
「エクス、私は何もできない男だよ……」




