幕間
私は緊張していた。これから教会で魔力測定の儀式が行われるからだ。
なぜ儀式で緊張するのか、と言えば、周りの目があるから。
スタージアの姿で人前に出るのはこれが初めてだ。これから学園に通うのであれば、ここで無様な姿を見せるわけにはいけない、と思う。
ただでさえ私は死亡フラグを潰していかなくてはならないのに……学園で動き辛くなったら嫌なのだ。
日本で読んだ小説でも、やはり公爵令嬢ともなると礼儀作法ができて当たり前。もしそれすらできないと判断されたら……学園に居づらくなるのは目に見えている。
そのために一応礼儀作法の確認をしておいたけれど、幸いスタージアの身体が覚えていたからなのか問題はなさそうだった。だからと言って、本番失敗したら意味がない。
私は緊張を解すように周囲を見回した。現在既に何人か儀式を終えており、教会の者――進行役が令息の名前を呼んだところだった。
儀式を行う場所はあまり広くない。けれども、儀式の結果が見やすいように観覧席が設けられている。測定器が置かれた舞台を取り囲むように席が設置されており、後ろの席になればなるほど椅子の位置が高くなり……見やすいように配慮されていた。まるで大学の教室のようだ。
席に座るのは、学園入学前――十四歳から十五歳の貴族令息や令嬢だけではない。彼らの家族たちも見に来ている。中には、家族全員で観覧席から見守っている……なんて事も珍しくはない。
彼らは自分の子どもの儀式だけではなく、他の子息たちの結果も見ているのだ。
他家の子どもが自らの家に有用かどうか、を見極めるのだろう。
観覧席に囲まれた舞台の中心には、片手で持てそうもないほど大きな水晶玉が、紫色のクッションの上に乗せられている。側から見れば、占いでも始まるのではないかという雰囲気だ。
あの水晶玉――魔力測定器の上に手を乗せると、大まかな魔力量と属性が判断できるのだとか。
測定器の光量が多ければ多いほど、魔力量も多い。そしてその後中心に集まる光の色によって属性も判明する仕組みだ。
ちなみに儀式は貴族子息だけではなく、平民にも義務づけられている。そのため、もしそこで魔力量が多かったり、複数属性を持っている人がいれば、魔導学園に入学する事もできるのだ。
目の前で、また一人儀式が始まる。属性が複数と判明して大喜びする者もいれば、結果が不満なのかガックリと肩を落とす者、予想していた通りの結果だったのか、表情に出す事なく舞台から降りる者など三者三様だった。
ぼーっと儀式を見つめていると、ふと耳に入ってきた名前に聞き覚えがあった。
目を凝らして見るとその令息は他の者と違い、軍服のような服装だ。緊張しているのか、右手と右足が同時に出ている。
「……リック!」
彼の緊張ぶりを危惧したのか、家族らしき男性から名前を呼ばれたリックという令息。彼はその言葉に背筋を伸ばす。そして何度か深呼吸をして落ち着いたのか普段通りに歩き始めたようだ。
私は声を上げた男性を見る。横目でしか見えないけれど、彼も軍服を着ている。左胸には金色の勲章がいくつも輝いていた。あの功績を見たら、相当上の階級の方……騎士団長クラスかもしれない。
そう言えば、リックって名前……どこで聞いたのかと改めて考えると、光莉が言っていたのだ。なるほど、彼が攻略対象の一人なのか。
私は儀式を見ながら彼の顔も覚えておく。だって、将来私を殺すかもしれない相手じゃない? かかわらないのが一番よ。
儀式が終わるまでに頭の中に名前と顔を叩き込んでいると、彼以外にも聞き覚えのある攻略対象らしき者たちの名前も聞こえてくるではないか。
シルヴァ。彼は魔法使いが着るような黒いローブを身につけていた。測定器では複数属性を光らせており、周囲から「流石魔法師団長の息子だ」と声が漏れていたので、彼も攻略対象か。
クレマン。彼は最初から見学の者が「教皇様の養子に入った子」と話をしていたので、そうだろう。彼は聖属性に特化しているようだ。それを見越して教皇様は養子にしたのかもしれない。
モーリス。彼は宰相の息子らしい。名前も聞き覚えがあるし、攻略対象と言ったら、宰相の息子は鉄板だろう。彼も将来の宰相候補と言われているそうな。
乙女ゲームの世界だからだろうか、確かにその三人は頭ひとつ飛び抜けて顔の造形が良い気がする。後はここに王太子と主人公のグレースが入るのだろう。
名前と顔を覚え終えると、ついに私の番になった。名前が呼ばれた私は焦りを見せる事なく、優雅に歩いていく。周囲から見惚れるようなため息が聞こえるので、まあまあ様になっているようだ。
私は測定器の前に立ち、ゆっくりと手を乗せる。
一瞬、測定器の中心部分がチカっと光り輝いたように見えたが……それが見間違えだったのか、と思うほど、一向に測定器が光る様子はない。
「測定器が光らない……?」
「どうしたのかしら……」
周囲が不思議そうな声を上げる中、隣にいた教会の者も思わぬ出来事だったからか首を傾げる。再度手を乗せるよう指示されたので、その通りに動いたのだが……今度は一度も光る事なく、測定器は沈黙を貫いていた。
教会の者が周囲に集まる。そして私に下された判断は……。
魔力なし。
ホール内に騒めきが広がっていく。私は思った。ここにスタージアの父がいなくて良かった、と。
公爵は完全にスタージアの事を娘と思っていない。親子の情などないだろう。だから「駒」であるスタージアが能無しであったと知ったらどうなるか……。
こりゃ、ゲームのスタージアだって道を外すはずだ、そう私は思った。




