13
ふと気づけば、足元にある魔法陣の光も失われていた。
私が二人に顔を向けた事でエクスは我に返ったのか、私の元へと駆け足でやってきた。少し顔色を失っているような気がする。
「大丈夫か?!」
肩を掴まれ、声を荒げるエクス。その顔には汗が少し滲んでいた。
「うん、大丈夫だけどどうしたの?」
不思議そうに訊ねれば、彼は胸を撫で下ろした。
「本が急に現れただろ? あの後お嬢が本を手に取った瞬間、周囲の光が更に強くなって……お嬢の姿が見えなくなったんだ。師匠も大丈夫と言っていたけど、なかなか光の中から出てこないから――」
そこまで言ってエクスは何かを思ったのか、顔を背ける。でも何となくではあるけれど、エクスは心配してくれたのだろうな……と思った。
「うん、ありがとう! 心配かけてごめんね? 大丈夫だよ!」
そう言って、にっこりと笑ったのだけれど……エクスはため息をついてから、おでこをちょんと突いた。
「見れば分かる」
「う〜、何それ!」
二人でやいのやいの言っていたからか、私たちは気がつかなかったの。ジャックさんが複雑そうな表情で私の手にある本を見ていた事に。
「そういう事情だったんだね」
ジャックさんに声を掛けられ、私たちは片付けを終えた後室内で話をしていた。エクスは口を閉じて一言も話さず、ジャックさんは相槌を打ちながら話を聞いている。
私の話が終わると、ジャックさんがため息をつきながら言葉を漏らした。
「それならあの消耗も分かるかな。きっと彼女は魂の存在になった後、ひまりさんの魂が入った事に気がついたのかもしれない。それに罪悪感を感じた彼女は、ずっとひまりさんを守っていたんだ」
なぜ私の魂が彼女の身体へと入ったのかは分からない。ただ、最後のスタージアは、ホッと胸を撫で下ろしているような表情をしていたので、彼女にとってはきっと、この入れ替わりに意味があったのだろうと思っている。
スタージアの事を思い出していると、目の前にいたエクスが眉間に皺を寄せていた。そういえば先程から、エクスは何も喋っていない。どうしたのだろうか、と思い声をかけようとするが……その前に彼が拳でテーブルを叩いた。
「俺は、全く気づけなかった……お嬢様がそんなに思い詰めていたなんて……」
テーブルを叩いた拳は小刻みに震えている。私は彼の手に自分の手を乗せた。驚いたエクスが私を見る。
「大丈夫よ、エクス。彼女は最後、しがらみから解放されたような幸せそうな笑顔だったわ」
エクスはしばし黙り込む。
「……そうか。それなら……少しは救われるな」
その声は誰に聞かせるでもなく、亡き彼女へと語りかけるように優しかった。私たちは誰ともなく、先程儀式をした場所へと視線を送る。その瞬間、スタージアの魂のいたであろう場所が淡く光ったような気がした。
しばらく、しんみりとした空気が続いた頃。
その空気を和ませるようにジャックさんが手を叩く。驚いた私たちがジャックさんを見ていると、彼は私が作った軽食とコップをテーブルに置いた。
「いつまでもこうしている訳にはいかないだろう?」
ジャックさんの言葉に、私たちは頷く。そして思った以上にお腹が空いていた私は、目の前の軽食を手に取った。
食事を摂っていると、食べ物を呑み込んだエクスが私に声を掛けてくる。
「そういえばお嬢。この後どうするんだ?」
口の中に物が入っていた私は、もぐもぐと口を動かしながら首を傾げる。そういえば、この後の事は考えていなかったな。
私は口の中の者を呑み込んでから、エクスへと話しかけた。
「スタージアがね、『色々なところに行ってみたかった』って言っていたの。だから、旅をしようかなぁって思って」
海とか、湖とか、森とかに行ってみたい、とスタージアは遠くを見ながら言っていた。だから、その願いを叶えてあげたいなと思う。あ、でも――。
「私、お金持ってないからな」
ここに来たのも、エクスの協力があってこそ。私は一文なしで追い出されたから、お金はエクスが支払ってくれたの。
「のんびり食堂とかで働きながら、お金を貯めて放浪しようかなぁ……あ、ここに来た時に出してもらったお金は、お金が稼げるようになったら必ずエクスへと支払うから!」
大体だけど、幾ら出してもらったかは覚えているから、いつか返さないとね。そう思ってエクスへと顔を向けると……彼は額に手を当てて、ため息をついていた。
ちょっと待って、ここまでの会話で私、ため息つかれるような話をした?
首をひねっていると、エクスはわざとらしく息を吐いた。
「お嬢一人で行かせる訳ないだろう?」
「え? エクスも着いてきてくれるの?!」
てっきりジャックさんがいるこの場所でお別れかと思っていた私。その考えがエクスには筒抜けだったのか、彼は肩をすくめて話し始める。
「この世界の常識がないお嬢を一人にするなんて、『身ぐるみ剥がしてください』と言っているようなものだろ……」
「え? 私、そんなに頼りない?」
心外だなぁ、なんて思っていたのだけれど、エクスには力強く頷かれてしまった。
「お嬢は知らない誰かに声を掛けられたら、ふらふら着いていきそうで……」
「うん。エクスの言いたい事はなんとなく分かるよ」
なんとジャックさんまでもが、エクスに同意をしている。
「お嬢は師匠と雰囲気が似ているからな。悪者に騙されそうだ」
「……ん? 私も同類?」
ジャックさんは小首をかしげ、何かを思い出すように目を細めたけれど……まあ良いか、とそこで話を終わらせた。そして――。
「それよりも、ひまりさん。魔力が戻っているはずだから、それを測定してから今後について考えても良いと思うよ?」




