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ジャックさんが帰ってきたのは、昼より少し前くらいだろうか。
その時には指定されていた材料を見つけ終わっていたので、エクスがジャックさんの研究室にあるテーブルへと置いてあった。あとはリュミエールブルームを採取したら作るだけの状態だ。
エクス曰く、インクの作成には時間が掛かるとのことで、エクスがジャックさんの小屋に置かれていた食材でサンドウィッチを作っていた。全員で軽く腹ごしらえをしてから、ジャックさんは研究室へ。私は小屋内の掃除、エクスは残りの倉庫の掃除を行っていた。
陽が落ち始め、太陽の光が赤く染まり始めた頃。
インクを完成させたジャックさんは、私がいるリビングに顔を出し、作成したインクを見せてくれた。
インクはリュミエールブルームの花びらと同じように青く透き通っている。花びらと違う事、と言えば、星の欠片を閉じ込めたような光の粒の量が花びらの時よりも格段に多くなっている、という事だろうか。
「インクも透明なのですね……これから着色するのですか?」
光の粒が多く含まれているとはいえ、透明な液体は目に見えないので本当に描けるのだろうか、と私は不思議に思う。
「いや、これで完成だね。エクスが用意してくれた大きな布があっただろう? あれはインクに反応する布を使用しているから、問題なく魔法陣を描くことができるんだよ」
そういえば、さっき片付けていた時にエクスが大きな赤い布を持っていたっけ。それを使うのだろう。
「そんな仕組みなのですね」
「そうなんだ。ただ、反応させるためには太陽の光も必要だからね。だから、外で描く必要があったんだ」
そう言って彼は右手にインクの瓶を、左手に布を持って外へと向かった。ドアノブへと手を掛けた時、ジャックさんがこちらを振り向く。彼の緩い三つ編みがさらりと揺れる。
「ひまりさんもエクスも見るかい?」
「……見てもいいのですか?」
微笑んで頷くジャックさん。私は本当に大丈夫なのか心配になって、後ろにいたエクスの顔を見る。
「師匠が言うなら大丈夫だろ。俺も行くから、見てみるか?」
「いいの? ありがとう!」
私たちは扉から出ていったジャックさんの後を追った。
そういえば、この場所は山。
小屋の周りには大きめの石がゴロゴロと転がっており、所々に岩が突き出ていたりする。そんなところで布を広げて破れないのかな? と私は思う。エクスに連れられて私たちが顔を出すと、ジャックさんはエクスへとインク瓶と布を預けた後、右手を高く掲げた。
そして右手の指先から光が溢れ……。
「……!」
思わず目を閉じる。まぶたに感じていた光が消えた事に気づいた私が恐る恐る目を開けると、そこにはテーブルのようなものができていた。いや、よく見ると土が盛り上がっているように見える。石でデコボコしていたはずなのに、その部分だけ綺麗に整えられていた。
「あれ、師匠の土魔法。はぁ、全属性使えるってどんだけだよ」
「え、全属性?」
「ああ。賢者と呼ばれてるだけのことはあるよな」
全属性使える人なんて、滅多に居ないはずだ。
確か、公爵家の本で読んだ内容だと……人は基本魔力を持っていて、無属性と呼ばれる魔法を使う事ができるらしい。ただ、魔法を使う際にはその分の魔力が必要となるので、全員が使いこなせるわけではない、と書かれていた。
そしてその中でも、魔力量が多い人に現れるのが属性。四大元素である火・風・水・土に加えて光と闇の属性があるんだって。属性を複数所持する人は本当に少なくて、魔力量が多く複数属性持ちは貴族の子どもにしか現れない、と言われているそうよ。
あ、けどひとつ気になる事がある。
「ねぇ、エクス。全属性って言ったけど、ジャックさんは聖属性もあるの?」
私の言葉に答えたのはエクスでなくジャックさんだった。彼は先程作った土のテーブルに赤い布を広げている。
「聖属性も使えるよ。もしひまりさんが使えるようであれば、教えるからね」
……あれ、聖属性って滅多に居ないはずよね?
公爵家で読んだ魔法書に聖属性って、特殊な属性だと書いてあったような気が。確か、神から愛された者に与えられる属性だと――。
そんな事を考えている間にも、ジャックさんの準備は続く。
彼はペンキに使うような幅広のハケにインクを含ませ、床の上に魔法陣のような円を描き出した。三重の円を描いた後、先程よりも細い幅のハケを手に取り、幾何学模様を描いていく。
エクス曰く、あの魔法陣はジャックさんの魔力を利用して魂を顕現させる――簡単に言えば、幽霊みたいな状態にさせるらしい。
「こんな事をやってのける事ができるのは、師匠だけだ」
エクスは肩をすくめて話す。膨大な魔力と魔法を使用できる彼だからこそ、できる事なのだ。




