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第4話 転移と新天地

暴力的な風の音と、肌を()くような熱線。

嗅いだこともない乾いた砂の匂いに、意識(いしき)がぼんやりと戻ってきた。

転移(てんい)魔法の負荷で、頭は割れるように痛み、胃の中身が逆流しそうだ。


(ここは…どこだ…?)


かろうじて体を起こすと、そこは船の残骸(ざんがい)らしき木片の上だった。

視界(しかい)いっぱいに広がるのは、どこまでも続く赤茶(あかちゃ)けた砂の大地。

周囲(しゅうい)には同じように転移(てんい)してきたのであろう、船の破片が散らばっている。

そして、そのすぐそばには、気を失ったままの少女が倒れていた。


「おい、生きてるよな?」


声をかけても反応(はんのう)はない。

恐るおそる息を確かめる。


(呼吸はある。脈も問題ない。)


安心できる状況(じょうきょう)じゃないが、少女が死んだわけじゃないと確認して、「ふう」と息をつく。

「全く余計な真似を。俺は死んでやっても良かったのに、わざわざこんな目に遭うなんて」


荒涼とした景色を見渡しながら、やはり砂漠(さばく)転移(てんい)したのだと理解する。

リナをそっと抱き上げ、近くに転がる船の残骸(ざんがい)の影へと身を寄せた。

焼けつくような日差しを避け、少しでも安全な場所を確保するためだ。


少年は彼女を心許(こころもと)ない板切れの上に降ろして、改めてその姿を見た。

(俺の胸にも届かなさそうな小柄な、こんな子供が転移(てんい)をやってのけたのか?それに、あの時この剣が魔法に反応(はんのう)した気がした)


彼は軽く手を挙げて、剣を召喚(しょうかん)すると少し様子(ようす)を見てすぐに消した。


残骸(ざんがい)周囲(しゅうい)をざっと見回す。

使えそうなものはないか、武器や水、食料の手がかりを探すが、目につくのは割れた板や焦げた布切ればかり。

頼りになるものはほとんど見当たらない。

彼は額に手を当てて、どうするべきか思案した。


(まずは安全確保。次に、ここがどこなのか、周囲(しゅうい)状況(じょうきょう)を把握しなければ…)


空を見上げると、太陽は高く、まだ昼前のようだった。

だが、砂漠(さばく)の昼は過酷だ。既に体力も限界に近い。

焦って動けば命取りになるかもしれない。

彼は深く息を吸い、慎重に次の行動を考え始めた。


その時、何か聞こえた。

どすん、どすんと、重そうな足音。


魔物(まもの)か!?…」


()(ひそ)めていた瓦礫の影から、巨大(きょだい)な影がぬっと現れた。

砂埃を巻き上げながら姿を現したのは、二足歩行の大きなトカゲだった。

分厚い鱗に覆われた体躯、鋭く湾曲した爪、そして恐竜のような牙と顎。

その黄色い瞳がギラリと光った。


彼は咄嗟に立ち上がり、腰の剣に手をかけて身構えた。

巨大(きょだい)トカゲは低く唸り声をあげ、今にも飛びかかってきそうな気配を漂わせている。

しかし、その全貌が現れると人工的な荷鞍(にぐら)をつけて大きな荷物を積み、その背には一人の女性が乗っていた。


「おや、こんなところで昼寝かい?死にたいのかい、坊やたち」


頭にターバンを巻いた、日に焼けた肌の屈強(くっきょう)な女性だった。

身長は2メートルを超えるだろう、年齢の割に高身長のウォルフラムが見上げる高さだ。

彼女はトカゲの背からゆっくりと降り立つと、じろりと少年少女を見比べた。


「ふうん、見ない顔だね。何者なんだい?」


「俺たちは…旅の途中で、事故に遭った。こいつだけでいい、助けてくれないか?」


彼女は腕を組み、しばらく無言で二人を観察する。

服装や持ち物、傷の有無まで余さず目を走らせた。

「アタシはガキの面倒を見る暇はないんだ。だがウチで寝泊まりくらいならさせてやる。その子はこのゲッコーに乗せな。面倒を見るのはあんただよ。さあ、ついて来な」


女性は面倒見がいい方で、本心ではなかった。

素直に助けを求められない少年に、素直に助けたいとも言わない彼女だからそう言ったのだ。


ゲッコーと紹介された大きなトカゲの背に、彼女はリナを軽々と乗せた。

ウォルフラムはそれを黙って見届けると、自らの足で砂漠(さばく)を歩き始める。

大女はトカゲを挟んだ位置から覗き込むと、ウォルフラムに声をかけた。


「アタシはリンダ。で、坊や。あんた、名前はなんて言うんだい?」

「……ウォルフラムだ」


ぶっきらぼうな答えに、リンダは眉一つ動かさない。

「ウォルフラムねぇ。で、妹は?苗字はなんてんだい?」

「こいつはたまたま今日事故に居合わせたんだ。リナと言っていた。兄弟じゃないし苗字なんていいだろう。ただのウォルフラムだ」


その言葉に、リンダは口の端を上げてニヤリと笑った。

「ふん、生意気(なまいき)な小僧だね。ま、いいさ。この砂漠(さばく)じゃ、デカい口を叩けるような奴はすぐに死ぬか、本物になるかのどっちかだからね。アタシはハンターさ。この辺りのモンスターを狩って、街の連中の腹を満たしてる」


リンダの言葉に、ウォルフラムは足を止めずに答える。

「モンスター…」(魔物(まもの)のことをここではそう言うのか)

「そうさ。昼も夜も、ナワバリを間違えれば命はないよ。砂漠(さばく)には恐ろしいモンスターがうようよしてる。あんたたちみたいなヒヨッコが適当に歩けば、一晩どころか昼間でももたないだろうね」


どれくらい歩いただろうか。

砂と岩しかなかった景色の中に、やがて異様な構造物が見えてきた。

天を突くようにそびえ立つ、巨大(きょだい)な獣の骨。

その頭蓋骨(ずがいこつ)を門のように、肋骨を城壁のようにして、一つの街が形成されていた。

骨の城塞都市「ザハラ」。

それが、二人が流れ着いた新天地(しんてんち)の名だった。


街の入り口に差しかかると、屈強(くっきょう)な男たちがリンダに気付き、次々と称賛の声をかけた。

「よう、リンダ!お帰り!」

「遅かったじゃねえか、寄り道かい?ほら、今日のあんたの納品はもう済んでるぜ。報酬はもうちょいギルドの受理待ちだと思うがな」


男が親指で示した先には、荷台に乗せられた巨大(きょだい)なサソリ型のモンスターの亡骸(なきがら)があった。

分厚い甲殻(こうかく)は砕かれ、猛毒を持つはずの尾は根元から断ち切られている。


「これをあんたが…?」

ウォルフラムが思わず(つぶや)くと、周りの男たちが笑った。

「坊主、知らねえのか!彼女は1人であれをやっちまうんだぜ」

「さすがリンダ、ザハラ一番のハンターは昼過ぎにはこんな大仕事が終わってるんだ!」

何故だか自慢(じまん)げな男たちが口々に言った。


リンダの家は、そんな街の一角にあった。

モンスターの骨や皮を巧みに利用して作られた、無骨だが頑丈そうな家だ。


「さあ、着いたよ。あんたたち、ひどい臭いだね。風呂に入りな」

リンダはリナを寝室に運びながら、ウォルフラムに顎をしゃくる。

「面倒は見ないと言ったが、流石にアンタみたいな坊やに着替えはさせられないからね。この子はアタシが着替えさせてやる。覗きたいんじゃなきゃ、さっさと行きな。風呂場はそこ出て右だ」


言われるがままに風呂場へ向かい、シャツを脱ごうとしたウォルフラムは、ズボンのポケットに無造作に突っ込んでいた硬い感触を思い出した。

それは晩餐会(ばんさんかい)から持ち出してしまっていた、3枚の金貨(きんか)だった。


(あ…皇帝(こうてい)が変わった記念のデザインの金貨(きんか)を受け取ってたんだったな…)


ウォルフラムはその金貨(きんか)をじっと見つめ、金貨(きんか)に彫られた人物を思い出した。

金貨(きんか)の絵になっているルークは故郷(こきょう)アークライト帝国(ていこく)の新王だ。

カリスマ性が高く身分を問わず多くの人々に支持されている、若くも頼もしい天才だった。

剣技を懸命に訓練してもルークには全然及ばなく、落ち込むこともあった。


『ウォルフラム、焦ることはない。お前の努力は、私がよく知っている。鍛錬を続ければ必ず結果(けっか)はついてくるさ。だがもっと近道ができそうかどうか、明日は私が見てやろう。たまにはお前と話したいしな』


厳格な面もあるが、ウォルフラムにはそんな風に優しく声をかけてくれるような存在だった。

多忙な中でも広い目を持ち、困った時には助けてくれる存在だった。


(最高の新王だ。なのに、俺は…)


最後にルークを見た時の情景を思い出す。

それは腕を切り落とされ、地に膝をつく彼の悲惨な姿。


(やったのは、俺だ。俺があんなことを…)


ウォルフラムは動揺して呼吸がしづらくなった。

すると、彼から黒いオーラが放たれて悪魔のような爪、角が現れ、黒く禍々(まがまが)しい姿になっていく。


「ダメだ、出てくるな…っ!」


そう言ってなんとか抑え込むと、元の人の姿になった。


(早く、コイツと一緒に消えなくては…)


ウォルフラムは息を切らしてそう考えた。


湯を浴びて居間に戻ると、獣の血と油の臭いが混じり合って漂っていた。

リンダが大きな布を広げ、その上で巨大(きょだい)な大剣や、傷のついた鎧を手入れしている。


「助かった。礼を言う」

「ん。で、どうしたんだい。何か言いたそうな顔して」


ウォルフラムは少し逡巡(ためら)った後、本題を切り出した。

死ぬための情報(じょうほう)を、集めなければならない。


「街で見た、あの巨大(きょだい)なサソリ。あれをあんたが?」

「ああ、あれくらいは朝飯前(あさめしまえ)さ」

その言葉に嘘がないことは、彼女の(まと)雰囲気(ふんいき)と、手入れされている大剣の凄みから伝わってきた。

「…そうか。あんたほどのハンターでも、苦戦するモンスターはいるのか?」

「あ?そりゃいるさ。山ほどね」

「へえ」

「?あんたポーカーフェイスだけど、嬉しそうに見えるね?」

「ああ、いやその…この地のことをよく知らないから聞いてみたんだ。知らずに無駄死にするのも嫌だしな」


ウォルフラムの取り繕った言葉に、リンダは怪訝な顔をしたが、特に追及はしなかった。

「気になるなら、冒険者ギルドに行きな。ハンターになりたいって手続きすりゃ、ギルドの図書室で好きなだけモンスターの情報(じょうほう)を調べられる」


ウォルフラムは早速ギルドへ向かった。

受付で手続きをしたいと告げると、ザハラでの通貨が必要(ひつよう)だと言われる。

彼は黙って、ポケットから一枚の金貨(きんか)をカウンターに置いた。

「これでいいか?」


受付係の男は、最初面倒くさそうにそれを受け取ったが、帝国(ていこく)紋章が刻まれた純金の輝きに目を見開いた。

価値が分からないわけではない。

だが、こんな辺境の街で、帝国(ていこく)金貨(きんか)などお目にかかること自体が異常だった。

男はゴクリと喉を鳴らし、慌てて金貨(きんか)をウォルフラムに突き返した。


「しょ、少々お待ちください!」


男はそう言い残すと、カウンターの奥へと駆け込んでいく。

しばらくして、威厳のある、いかにもギルドの責任者といった風貌の男が、先ほどの受付係を伴って現れた。


「これはこれは、お客様。部下の者が大変失礼をいたしました。登録でございますね?手数料(てすうりょう)はこちらで結構ですので、どうぞこちらへ」


責任者は深々と頭を下げ、ウォルフラムを別室へと丁重に案内した。

手続きは驚くほどスムーズに進んだ。


ギルドの図書室に籠もり、ウォルフラムは頼るように書物を読み漁った。

実は彼は自分の死に場所を探していた。

生きられない理由があった。


(クラーケンの時は失敗した。まさかあんなお節介に遭うなんて。とはいえ、あの子供を放っておいて俺が死ぬのは流石に薄情だったからな)


ウォルフラムは2つしか年が変わらないリナのことを「子供」と見ていた。


リンダの家に戻ると、彼女は呆れたように腕を組んでいた。

「助かった。俺にできることはあるか?」

「チビスケ、あんたは大層な事故だったようなのに、まさか今日のうちにギルドに行くとは思わなかったよ。いつ休む気だい?料理長がご飯を作ってあるから、食ったらさっさと寝な」


その夜。

ウォルフラムは静かにベッドを抜け出した。

テーブルの上には、リンダに宛てた書き置きと、礼代わりの金貨(きんか)を一つ。

彼は一度だけリナが眠る部屋に目をやったが、すぐに背を向け、音もなく家を出た。


夜の砂漠(さばく)は、昼間とは違う死の匂いに満ちていた。

冷たい風が砂を巻き上げ、遠くで得体の知れない獣の咆哮(ほうこう)が響く。

昼間あれほど賑やかだったザハラの街は巨大(きょだい)な骨の亡骸(なきがら)のように静まり返り、家々の窓から漏れるわずかな灯りだけが、人の営みを伝えていた。


ウォルフラムはギルドで脳に焼き付けた地図と、見慣れない星の位置を頼りに、街の裏門から砂漠(さばく)へと足を踏み出す。

目指すは「鳴き砂の盆地」。アトラトル・サンドワームの巣だ。

書物によれば、盆地はザハラから半日ほど歩いた場所にあるという。

夜の砂漠(さばく)は危険なモンスターが跋扈(ばっこ)する魔境だが、今の彼にとって、それは些細なことだった。


月明かりだけが頼りの道中、彼は何度も自問した。

(本当に、これでいいのか)


彼は1枚の金貨(きんか)に彫られた国王の絵を見つめた。

(兄上、本当にごめん)


ナイフで自決する道も考えた。

だが、それは過去にうまくいかなかった。

できれば、誰にも知られずひっそりと死にたかった。


やがて、空が白み始める頃、風の音が変わったことに気付く。

ゴォォ、と地鳴りのような、それでいてどこか悲しげな音が、足元の砂を(ふる)わせている。

鳴き砂の盆地。目的地に、着いたのだ。


盆地は、巨大(きょだい)なすり鉢状の地形で、見渡す限り砂、砂、砂。

風が渦を巻き、砂が絶えず不気味(ぶきみ)な音を立てていた。

書物の通り、生命の気配はどこにもない。ただ、死の気配だけが満ちていた。


ウォルフラムは、盆地の中心へとゆっくりと歩を進める。

ここだ。ここが、俺の墓場だ。

彼は砂の上に静かに座り、目を閉じた。

あとは、砂漠(さばく)の主が、自分という供物を見つけに来るのを待つだけだった。


不思議(ふしぎ)と、恐怖はなかった。

ただ、ようやくすべてが終わるという、静かな安堵だけが彼の心を包んでいた。


どれほどの時間が経っただろうか。

地鳴りのような風の音に、明らかな異変が生じた。

足元の砂の振動が、徐々に、しかし確実に大きくなっていく。

最初は小さなさざ波だったものが、やがて地面全体を揺るがす巨大(きょだい)なうねりへと変わった。


来た。


ウォルフラムがゆっくりと目を開けると、信じがたい光景(こうけい)が広がっていた。

目の前の砂の大地が、巨大(きょだい)な渦を巻いて陥没していく。

まるで、大地そのものが巨大(きょだい)な口を開けたかのように。


次の瞬間(しゅんかん)、砂の渦の中心から、天を突くほどの巨体が姿を現した。

アトラトル・サンドワーム。

岩のような鱗に覆われた体は、城壁よりも高く、その全長は視界(しかい)に収まりきらない。

そして、天に向かって開かれた巨大(きょだい)な顎の内側には、鋭い水晶のように輝く歯が、幾重(いくえ)にも螺旋(らせん)を描いて並んでいた。


「待ってたぞ」


彼はわざと声を出し立ち上がると、サンドワームに更に近づいていった。

サンドワームに目はないが、それは確かにウォルフラムを認識して彼の方を見下ろした。

天を覆うほどの巨体が、ゆっくりと、しかし抗いようのない速度で、彼に向かって降りてくる。

風圧で体が浮き上がりそうになる中、ウォルフラムは薄く微笑んだ。


「兄上…どうか、お達者で…」


それが、彼の最後の言葉だった。

視界(しかい)が闇に閉ざされる。

直後、轟音(ごうおん)と砂の奔流(ほんりゅう)が全身を打ち据え、肺から空気が根こそぎ奪われた。

呼吸ができない。

肩に、膝に、そして胸に、巨大(きょだい)な歯が突き刺さる鈍い感覚(かんかく)

しかし、痛みを感じる間はなかった。

肉体の感覚(かんかく)が急速に麻痺していく中で、ただ自分の意識(いしき)だけが、ゆっくりと闇の底へ沈んでいくのが分かった。


鳴き砂の盆地に、再び静けさが戻る。

そこに、彼がいたという痕跡は、何一つ残されてはいなかった。

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