30_黒に光る
黒い魔物が、ゆっくりこちらを振り返った。
(あの体…帝国の鎧のようだ)
ヴィクターの纏うそれと、部分的に同じ形。そして見慣れない黒。
「お前は…何だ?」
人型のそれに言葉が通じるのかも分からないが、疑問をそのままぶつけた。
黒いそいつが嗤った。
「フッ…フハハハハ!感謝するぞ小僧!我の相性上、あの娘には本気を出せないからなあ!こうして話せるまでに力をつけたのに、なかなか出られず退屈していたところだ!」
そいつは一瞬の跳躍で側まで飛んできて、魔剣を出すと肩に掲げた。
「さて、我が何だと問うたな小僧?あの娘やこの体の臆病者は魔神だのと言っていたが、我はずっとお前たちの王宮に在った、魔剣オリジンだ。お前たちの愚かな先祖がそう名付けたのだ。」
「アークライトの先祖が、後世に残した魔物だと?」
「いいや我をこう育てたのはお前たち全員だ。我は王宮に渦巻く感情や魂を喰って力をつけた。」
オリジンは言い終わる前に、ビュッと剣を振った。ヴィクターの残像が裂かれる。
「それで?何故ウォルフラムについてる?何が目的だ?」
ヴィクターは光と共に、オリジンの背後に現れ、右手に剣を、左手にバチバチと電気を構えた。
「興味深い力だな。貴様に乗り換えるのも悪くない」
「答えろ!」
左の雷光をオリジンへ撃つ。オリジンは右手に黒炎を纏って受けた。光が弾けて、闇が揺れる。
(重い…!単純な力じゃ無理だ。魔力で押すしか!)
「非力だな。」
オリジンの黒が大きく広がり、呑まれそうになる。
「コイツの兄はもう少しマシだったぞ」
「!」
ヴィクターの雷光は勢いを取り戻し、左手に留まらずに全身へ広がった。赤い瞳が燃える。
「何もかも、お前が元凶か…!」
「ハッ!今更気づいたか。この臆病者の感情が強く出て殺し損ねた。ルークと言ったか。」
オリジンの黒も消えず、二人の立つ地からは削れた石片が砂煙と共に飛んでいく。
カッと爆発するように白と黒の勢いが増し、両者とも投げ出された。
(ウォルフラムの意志じゃなかった…!アイツを信じるべきなのか…?しかし魔法使いは…)
宙に浮く体で考え、閃光となって敵へもどる。
(アイツが必死で抑えていたものを、俺が、起こした…?)
じわりと思考が可能性を認め、不安定な息を吐き出した。
オリジンは両手からの黒い魔弾を小爆発させて空中で体勢を直しながら着地した。瞬間、オリジンの眼前に現れたヴィクターが剣を振るう。
受けに出た黒の剣をすり抜けて、オリジンの顔にヒットした。
「ふむ。小僧の感覚は残ってるんだが、受けられんか。流石に速いな。」
しかし黒い煙が舞うばかりで、肉を斬るには至らない。
「魔力の装甲か…!」
(身体はウォルフラムのものだ。しかし、加減するべきじゃない。)
ウォルフラムの言葉を思い返した。
『俺を殺せ。できなきゃ逃げろ』
(アイツにああまで言わせたんだ。剣に乗せる、火力を上げる!)
「望みは前者だろう…。殺すつもりで止める…!」
オリジンに向かって、ウォルフラムに宛てた言葉。
生まれながらの雷体質。慣れた直感が違和感を覚えた。
ゆらりと、ほんの少しだけ、自身の纏う光が不本意に揺れたのだ。
(磁場がおかしい)
途端にドッと、視界を埋めるほどの範囲で、地面から黒く光る結晶が鋭利に高々と伸びた。
「くっ…!」
光で避けたが、何処までも広がる黒が四方八方から伸びて囲まれた。右肩と左脚に受け、鎧の装甲ごと裂かれた。
(いつの間にこの広範囲に魔力をガスのようにダダ流しして仕込んでいたか!元々ウォルフラムの魔力量は凄まじかったが、これは人間業じゃない!)
『あの小娘はともかく、お前もこれを感知するとはな。』
黒い結晶に反響するように、何処からともなく声が聞こえる。
「フン、コソコソと!お前だって臆病じゃないか!」
ヴィクターが挑発する。チラリと塔の方を見た。
(魔女はウォルフラムの『何か』だ。出来れば生かしておきたい)
その思惑から、視線の先に違和感。
(このオリジンとやら、魔女の位置だけ結晶を外してるな?)
そうなるとますます、呪いをかけたのが彼女である気がしてきた。
「考えるのは苦手だ」
ビカーンと、黒い結晶の広範囲に放電した。
周囲の黒は球状に抉れ、破片が散った。
カカカンッ、弾く音の後に声が響いた。
「心剣術」
特定の方向から、散った結晶がナイフの形に黒い炎を帯び、ヴィクター目掛けて飛んできた。
(ウォルフラムの技…!)
光で避けた。
「雑だな小僧。」
オリジンの位置が分かり、ヴィクターが跳ぶ。
「よく言われるが、魔力を無理矢理結晶化する奴には言われたくない。」
光を乗せて、斬りつける。スピードは惜しまない。
「あの魔女は何だ?」
脇から首への一閃。今度は、斬った。血は赤い。
「教えてやらん」
「そうかよ!」
オリジンの肩に剣を乗せたまま、追撃の豪雷。
ゴオン、と重い音が響き、灼けた臭いが立ち込めた。
致命傷に崩れると、羽根が舞うように黒が剥がれていく。その波の間に、彼の姿は在った。
「ウォルフラム…!」
破れたローブと、焦げた服、やけに形を保った胸の装備が見えたが、それらも傷も、焼けた肌も、みるみるうちに修復されながら再び黒に呑まれていく。
「再生!?」
虚ろな青の瞳が苦しげだった。
ヴィクターは驚愕した。今になって、やっとわかったのだ。彼が殺して欲しいと言った理由が。
(死ねないのか…お前は…)
戦闘の最中では揺れない精神を鍛えてきたつもりだが、流石に胸を締め付けられた。
再びオリジンの声。
「酷いな。コイツの友じゃないのか。一度死んだぞ。」
その言葉は、罪悪感と共に激しい怒りを燃え上がらせた。
「下衆な能力だ…!」
空に手のひらを向ける。
ゴオオン!と感情に共鳴したような音で、空からの豪雷を集めた。使った左手は焼けてボロボロだが、気にしない。
(まだ動く範囲だ。チャージで終わらせず直に撃つ!)
「”天架雷”!」
受けた雷を、そのままオリジンへと曲げた。
バアンと、オリジンの右腕が被弾。光が曲がり、黒い剣が腕ごと飛んだ。
ヴィクターは眉をひそめる。
(こんなものじゃない…!周辺ごと焼き尽くすつもりで撃ったが、弾いたか…!対応してきている。数を見せるのは悪手だ。)
「……まだ捌けんな。まあ良い」
オリジンの右腕は人の肌で再生されながら、再び黒を纏う。
「お前からは、空を絶つ方が良さそうだ」
オリジンは再び黒の剣を顕現すると、地に突き立てた。
「”代天蓋”」
地に禍々しくも魔法陣が光り、黒い炎が天に伸びると花火のように散った。空から、空気が押されるように吹き荒れた。
(魔法陣…!魔法使いのものと似た形!やはり…!)
散ったそれらは見えないが、時折光を反射して、ステンドグラスのドームのように形を成しているのが分かる。
「結界…?なるほど…空の稲妻を掴めなくなった」
「それだけじゃないぞ」
オリジンは静かに呟く。形成された天蓋からも無数の魔法陣が浮かび上がると、そこから黒い剣が現れた。
ドドドッと、雨のように剣が降った。
「雷に、雨はつきものだろう。魔力の雨をくれてやる。」
オリジンが嗤う。ヴィクターは閃光となって無数の黒を避けた。しかし、
(狭い。しかも数が多過ぎる…!)
『魔力の雨』だと言われた剣は、それら同士で干渉せずに、ビームのように貫通してまっすぐにヴィクターへ飛んでくる。
「くっ!」
ビュッと脚を掠めた。しかしそれは、きっかけに過ぎない。動きが悪くなり次々と被弾する。
「ぐあああ!」
数で装甲を抉りながら、腕に肩に脇腹に、その他細々と血が飛んだ。
突然、ぴたりと雨が止む。
(何だ?動かない…)
ヴィクターが目を見張る。自身の体に、黒い手が無数に伸びて纏わりついていることに気づいた。
オリジンの影から伸びた黒が、人の手のような形を成して拘束したのだ。
「ふうむ、少し迷うな。乗り換えようか」
オリジンが手に魔剣を出しながら、スタスタと歩いて近づく。
影が成した手は数を増して締め付ける。
「はっ……ぐ」
鎧も曲がり、息が抜けた。ほとんど反射的に、ピカっと眩しく大放電が起きた。
「無駄だ小僧、我の魔力の腕だ。そんな電気が通るものか。」
確かに効いてないとは理解した。それでも抜ける息と共に勝手に放電する。
「とりあえず死んでおけ」
オリジンが心臓目掛けて剣を撃つ。その瞬間。
(もう出し惜しみできない。俺自身が、雷に成る)
ーー擬似精霊化”雷身”!ーー
光に成る。実体を捨てて、抜けた。
オリジンの剣が鎧を貫くが、そこにはもう鎧の主はいない。光を見上げた。
剣も装備も影の中に置き去りだ。光を纏うのではなく、自ら発光し、宙に浮くヴィクター。
髪や服のように見える部分は素肌との境界線が無く、その姿はもはや人ではなかった。
「ほう。情報体に成れるのか。」
オリジンが空を向いて軽く手首を振った。
再び、黒い剣の雨。
避けるヴィクターに当たるも、擦り抜け、被弾箇所がバグのようにブゥンと乱れた。
(物理に掴まれることはないが、魔力ダメージは俺の消耗だ。”雨”や”影の手”に何度も触れるわけにはいかない。)
ヴィクターは空の両手を下から上に。同時に彼を囲うような魔法陣の数々が現れた。
「"神槍"!」
魔法陣からいくつもの光がジグザグと伸びて、またも龍の形を成す。
だが今度は輪郭だけではない。生き物のように――牙を剥いた。それらが黒の雨を飲み込む。
(長くは保たない!そのまま叩く!)
ヴィクターは上げた両手をビュッとオリジンに向ける。無数の光の龍がヴィクターに従い、オリジンに向けて走った。
覚悟していた。後で後悔することも。
(俺の最大出力だ。せめて塵も残さず光に還せ。)
オリジンであろうとウォルフラムであろうと反応できる速度ではなかった。
ドドドドドッ
いくつもの光は四方八方からオリジンを射抜いた。共食いさながらに、光が光を食い、また龍を形成して牙を剥く。
しかし黒い炎が抗い、消える側から再生しようと光の中で大きく小さく、燃える。揺れる。
再び、人の姿が現れた。
それでも攻撃は止めない。
急に、黒い炎が爆発するように大きく燃えた。
ウォルフラムの姿で全身を再生する。
「返してやろう」
そう聞こえた気がする。虚ろな青の瞳が光を映して、確かに、目が合った。
(ウォルフラム!)
ジグザグに尾を引く龍が、ガクンと軌道を変えて無意識に彼を避ける。
ウォルフラムは意識を戻して、苦しながらも目を見開いた。
「迷うなヴィクター!策だっ…!」
黒い剣の雨が無数にヴィクターに当たるのと、光が再びウォルフラムの姿を喰らうのは同時だった。
二人は地に転がった。ヴィクターは欠損は無いものの、人の姿に戻ってしまった。もう剣も装備も捨てたただの無防備な少年だ。
ウォルフラムはまだ半身以上が欠損したままだが、チリチリと燃える黒が着実に再生と侵食を進めていた。
「……魔力切れだ……。すまないウォルフラム……俺の…せいだ…」
ぜえぜえと荒い息で、この後自分を殺すであろう友に、唯一言える慰めがそれだった。
ウォルフラムは束の間の意識が戻っていた。
(クソ…魔神がわざと、消えた。見せつけたんだ、ヴィクターに。)
目の前で、転がるヴィクターが意識を失った。
ウォルフラムも体が再生するにつれて、黒に呑まれて自分が消えていくのが分かった。
(このままアイツを殺させてたまるか…!動け!動け…!)
既に部位の欠損は戻ってしまった。呼吸ができるようになり、荒い息を繰り返すが、ヒューヒューと抜ける。中はまだぐちゃぐちゃだ。黒の装甲は既に半身を覆った。
びくりと、右手が動いた。
(獲った…!)
『私の故郷の対魔の呪文が効くかは分かりませんが、魔神化を防げる希望として組み込んでます。』
リナの言葉。
主導権のせめぎ合いに震える右手で、しかし素早く胸のホルダーから短剣『エヴァ・ロック』を抜いて、自身の心臓部に突き立てた。
(頼む…!効いてくれ!)
黒が呻くように縮み、装甲の縁がほどけて元着ていた服や靴が現れた。瘴気が引くのが分かる。
(……効いた)
リナの短剣はダメージは与えず、むしろ呼吸を少し楽にしたが、再生を途中で止めたせいで塞がらない傷から血が噴き出した。
視界が明滅する。指先にまた黒が滲む。
(時間がない)
ヴィクターの胸は、かすかに上下していた。生きている。
ウォルフラムはふらつきながら近づき、指先に魔力を纏わせて自身のローブを雑に斬り放つと、ヴィクターの裸身にばさりと掛けた。
「……悪いが、すぐにでもリナに触れないと、またアイツが出る。……生きろ」
黒が指へ這い上がる。ウォルフラムは身を翻し、よろめきながらリナへ向かった。
そこらじゅう、キラキラと夕日を弾く黒い結晶とガラス化した岩肌で満ちていたが、リナの周囲だけはわかりやすく秩序を保っていた。
倒れた小さな体に触れた瞬間、黒は完全に霧散した。痛みは消えないが、完全に主導権は自分に在る。
(……助かる)
抱き上げ、塔の近くの古い遺跡跡まで、足を引きずって歩く。
なるべく塔に近づくことが彼女の安全であり、つまりは再暴走を止めることに繋がる。
(できるなら塔の中へ)
しかし限界だった。石壁を背に、リナを抱えたまま腰を落とした。
(俺は……死ぬな。終われるんだ……)
喉の奥で笑いにもならない息が漏れる。
(リナ、悪いが付き合ってもらうぞ)
意識が落ちた。




