27_塔の番人
移動する拠点は快適だった。トータス・エンペル、甲羅に庭を持つ巨大な陸亀モンスター。リナがゴーレムとして使役していた。
夜のうちに木々へ広い布を張り、薄明かりを迎えるころ。
リナは木の枝に塗料をつけて甲羅に大きな魔法陣を描いている。
亀の庭に潜んでいた虫も捕まえたのか、拳程度の大きさの様々な虫たちがリナの肩や頭に乗ったり、まわりを飛んでいる。
「お前、その虫は何に使うんだ」
数歩離れた先でウォルフラムが問う。
「見張り用ですよ。危険が近づいたら寝てても起こしてくれます。今からの休息に最適で、可愛いでしょう?」
「…お前は好きだろうな。虫とかトカゲとか。知っているかも分からんが、一応教えておくと、通常は苦手な者が多いんだぞ。特に女性には怖がられる。」
「ウォルフラムさんは?」
「…興味は無い」
リナは「ええっ」と残念そうな顔をした。
それから持っていた木の枝をポイと手放し、ウォルフラムへと歩んだ。
「結界の魔法陣を描き終えました。ある程度中の温度も快適に保つ設計ですが、そんな高価なもの、到底私の魔力量じゃ発動できないわけです。」
「…俺に何かしろと?」
リナはにっこり笑う。
「はい!こちらの、ひし形陣形が発動モジュールになるので、ウォルフラムさんの魔力をゆっくり注いで欲しいです。私達の頭上を結界が覆うまで。」
ウォルフラムは言葉もなくリナの示した場所へ屈み込んで、手を当てた。相変わらず黒い炎のような見た目の魔力が発動し、いつ見ても忌々しい。
リナは何故かすぐ傍に一緒に座り込んで見ていた。
彼女の宣言通り、甲羅に広く描かれた魔法陣に魔力が広がると、そこから上に伸びるように徐々に透明にキラッと反射する結界が形成されていった。
結界が完成する頃、ウォルフラムの瞼が急に重くなった。
「……妙だ」
体に力が入らず、側のリナを振り返ると、彼女は薄く笑いを浮かべ、倒れそうなウォルフラムを自分の膝に抱きとめた。どさ、と仰向けに崩れ、視界の上でリナが覗き込む。
「後続処理に、術者への誘眠作用を。こうでもしないと、ウォルフラムさんは最近まともに寝ていませんから。大丈夫、安全ですよ」
「……リナ……騙したな……」
それだけ絞り出したが、彼はもう意識を保っていられなかった。
「疲労がたまれば、また魔神化を誘発しますからね。しっかりおやすみなさい、ウォルフラムさん。私も寝ます」
ぱちっ
目を見開いたときには、木々のあいだから赤い空が見えた。
リナはウォルフラムを膝に乗せたまま、浮かべた魔導書に何か書き込んでいた。呪いへ対抗する接触。眠るときは手をつなげばいいが、先に目覚めて両手がふさがるのは不便だ。だから、この体勢だ。
「おはようございます。もう夕刻ですけどね。ウォルフラムさんの魔力が強いので、効きすぎちゃいました。だからゆっくり放出してもらったんですけど。」
ウォルフラムはパッと体を起こしてリナを睨む。
「お前…予告も無しにこんな…!」
そして更にハッとする。
(服が変わっている…?)
短剣の装備はつけたまま、服だけが変わっていた。
「何かしたか?」
「魔法で取っ替えただけですよー。私が衣服を簡単に替えられるの知っているでしょう。夜は戦闘で汗をかいた後でしたから。」
リナはむすっと頬を膨らませた。
(ま、実際はいろいろデータを取ったけど。彼の中のオリジンを解析しなきゃいけないのに、なぜこうも嫌がるかしら…)
「…機械じゃないんだ。着替えにしろ睡眠にしろ、薬を盛るようなまねはするな。」
「善処しまーす」
リナは目を伏せて両手を掲げ、適当に流した。
しばらくああだこうだと騒ぎつつ、リナの腹の音を聞いて結局不満を飲み込んだウォルフラムは、泉で取れた魚を捌いていた。
リナは数歩先で、同じ種類の魚を片手に持って解析中。
「うーん、水質も問題なし。むしろわずかな回復効果あり。化学物質の混入は検知されず…」
一人でぶつぶつと呟いている。
強制的に深い眠りを得た体は、驚くほど軽かった。最近強まっていた黒い気配が、自身の深くに消えている。
(何でわかるんだ…)
自分よりも自分のコンディションに敏感な他人に、管理されている。
(不快だ。だが…俺の罪を思えば、仕方がない。身の丈だ)
手際よく綺麗な切り身をフライパンに並べて、匂いを確認する。
(問題はなさそうだな。精霊が獲物を寄せるために作ったオアシスだが、それ自体は本物か…。良い餌を使って良い獲物を得ようというわけか。)
岩の上で火をおこして魚を焼く。
「スープが良かったんだがな。設備が足りない。今日は何もかも焼くだけだ」
「私は生でも歓迎しますけど?」
「危ないだろう。こんな地で食あたりでもあったらどうする。」
ウォルフラムはカチャカチャと音を立て、皿に料理を盛り付けて、リナのほうへきた。
「火を通さないで食べられる木の実でもあれば楽なんですけどね」
「お前はよく食う割に、食にこだわりが無いものな」
リナの隣に腰を下ろすと、両手に持っていた皿を彼女との間に置く。
「解析してもらったが、念のため俺から毒見する。魚は少し待ってろ。サボテンとラディッシュは合格だ。」
リナにフォークを渡す。
「ウォルフラムさん、泉の水はもう飲んじゃいました」
リナはフォークを受け取った手と反対の手で、水の入ったカップを渡した。
「!?……まあ、今回は、いい。精霊の持ち物にはお前の方が詳しいだろう。街などでは安易に人から渡されたものを食うなよ?」
ウォルフラムはカップの水をじっと見つめた。
「……魔力か?」
「はい。特に魔法式は組まれていません。精霊のものでもなく、このオアシスに集まる生命から自然に溶け込んだ魔力に見えます。魔力切れの時などは補填に使えそうな高級品ですね。」
彼女は残念そうにため息を漏らす。
「最も、ウォルフラムさんは元の魔力が高すぎて魔力切れの概念は恐らく無いでしょう。国でも壊滅させない限りは。私は逆に上限値が低すぎて、飲んでもあまり意味がないです。」
珍しく自虐的に、やれやれと首を振る。
(こいつもコンプレックスを感じたりするんだな)
―― ザハラを出て、丸四日かかった。
「もうじき、カメさんのゴーレムの動力は切れそうですが、無休の自動運転でついに目的地が見えました。」
リナが遠くに見える黒い塔を指差した。
「試練の塔…の、分家です。現代ではアイセリアの魔法使いにとって試練の塔は一つのみですが、かつては八つ、世界にあった。その一つがあちら!」
リナはうずうずしている。今にも箒に乗って飛び出しそうだ。
「設備から、上司へ手紙を送ると言っていたな。塔が機能する保証はあるのか?」
「大丈夫です。定期的に、故郷からここまで、送ってはいたんです。手紙を送る行為のことを、研究所ではピングって呼んでます。返信が来たことはありませんでしたが。」
「返事がないのに信用できるのか?」
「カラスが『届けた』と伝えてきました。確実に届いています。それに、ここにもカラスが滞在しているか、定期的に来ます」
「カラスが…言った…?」
「ええ。私たち魔法使いは古くからティダーという魔石を魂の拠り所としてきました。大いなる力を宿したその魔石が生み出したとされる使い魔が、カラス。彼らは共通の記憶を持ち、手紙を運びます」
リナがウォルフラムを振り返る。
「秘密主義で、アイセリアの中のことも外のことも教えてはくれませんが、唯一、結界の影響を受けずに世界とアイセリアを行き来する存在なんです」
「成熟した者が結界を出ると、その者の記憶が消えるんだったな。だからお前みたいな子どもが使われると」
「ちょっと語弊がありますよ! 志願したんです。今まで指示で出された子どもはいません」
リナは遠くを見て小さく付け加える。
「……勝手に出てしまった子どもはいますけど」
そのとき、ビビビッと機械音が響いた。
リナが勢いよく進行方向へ身を翻す。青い光が一直線に伸び、トータス・エンペルの結界に弾かれた。
ビームの軌道を目でたどると、遠くに自律機械が見える。胸のキャノンから煙を上げていた。
「“防衛端末プロビデンス”! まだ残っていたんですね。300年以上前の代物…!」
身を乗り出すように敵を観察するリナのすぐ後ろに、ウォルフラムも静かに近づいて視線の先を見た。
「あいつ、ギルドの資料にもいたぞ。”古代魔神サンサイダプ”。そう呼ばれてるようだ。ひとつ目から放たれるビームは即死級。謎の遺跡付近に出現、討伐履歴なし。遺跡に近づかなければ無害……遺跡がどこかは載っていなかったが、ここのことだったか」
リナは頭を抱えた。
「ギルドの認識は正しいです。私アレ系苦手なんですよ。解析できる隙がない。射程に入れば生身じゃまず避けられない速度。当たればほぼ即死か致命傷。魔力漏れもないから、残滓を拾って時間をかけた解析ハッキングもできない……」
「呼称から察するに、お前たちの作ったものではないのか? 止められないものか?」
「起動者やキーを共有された者でなければ停止コマンドを打てません。権限を持つ者が今も生きているわけもなく」
ズドン、と再び結界にビームが飛んできて、ひび割れを伴いながら小さな穴が空いた。
「カメさんは一旦後退を」
リナの指示で巨大な拠点は後ろに下がり始めた。
「せめてどこにいるか、何体いるかを探りたいです。虫さんたち、偵察を。」
ネズミサイズの甲虫、うさぎサイズの蛾やトンボが塔に向かって飛んでいく。
ビビビ、ピカッ、ビビビ、ピカッ
規則的な機械音と眩しい光が数箇所から襲い、うさぎサイズは早い段階で消し飛んだ。
「むむ。洗い出す前に壊滅しそうです…」
リナは顎に手を当て、様子を傍らに浮かせた魔導書へ記録している。
「……」
ウォルフラムは時折り腕組みした指先をトントンと動かしながらも、静かに様子を見ていた。
二十分程経っただろうか、リナの送った偵察は全滅してしまった。
「十一体、だいたいの居場所が分かりました。しかしまだその倍はいると思います…。簡易地図にマッピングしました。」
リナが魔導書から立体プロジェクターのようにミニチュアの図を表示した。
「…塔まで、出会わないルートがあれば隠れて行きたかったですが、無理そうですね。」
「高く飛んでから、塔の天辺から侵入は出来ないのか?」
「塔の上や中に、プロビデンスが隠れていたら絶望的です…」
二人は作戦会議を経て箒に乗ると、トータス・エンペルの足元の影に降り立った。
太陽は傾き始めたばかり。
目的地である試練の塔は近いようで、まだ数百メートルは広がる岩場の先。
塔までの道のりにはちらほらと人工的な建造物の跡地であろう、廃れた岩の外壁が残っていた。
「現在時刻13:25:50、記録出力を開始します。」
リナがいつものように側に魔導書を浮かせる。
「ここから十歩先は防衛端末プロビデンスのナワバリです。私は後方上空から、距離を取ってついて行きます。」
「ああ。先にいく。」
ウォルフラムは剣を手に静かに歩き始めた。
ビビビ、ピカッ
当然予想していた通り、プロビデンスのビームが飛んできた。光でウォルフラムが見えなくなるが、その光線が別の方角へ屈折したことを遠くでリナが確認していた。
――
「なるほどな。突拍子もないことを聞いてしまうが、『絶対反射』の魔法を武器かなにかに、突貫で組むことはさすがに出来ないか?」
数分前のウォルフラムの言葉。
「えっ、…あ、多分私たちの『魔法術式オーロラ』のことですね。攻撃被弾に合わせて発動すると弾くやつですか?」
(彼には言えないけど、私が勝手に見た彼の記憶では帝国の剣がジャストタイミングの防御を発動すると攻撃を反射する機能を持っていた…。きっとアレのことだ。)
「ああ、よく知っているな」
見たことがある、とは言えない。
「出来ますよ、ウォルフラムさんが知っているものと精度が同じかは分かりませんが、あれを組むのは割と簡単です。でも魔力効率は悪いし、防御のタイミングが少しズレたら普通に被弾して危ない、諸刃の剣ですよ。」
「敵と相性が良さそうだと思ったんだ。他に良い方法があるか?」
「……雷を弾くようなものです。ありますか?雷を弾いたこと。」
リナはウォルフラムにジトリと横目を向けた。しかしウォルフラムは何食わぬ顔で返す。
「結構ある」
「え゛っ!?」
(どういう暮らしをしていたら雷を剣で弾くの…?)
リナは混乱したが咳払いをして素直に彼の言葉を飲み込んだ。
「なるほど自信があるわけですね」
「何も根拠がないわけじゃない。音とリズムだ。さっきから見ていれば、機械音が鳴ってから発射までのリズムが正しく一定だ。そうだろう?」
「よく気づきますね。ええ、昔の防衛端末は装填時の音が大きかったし、ストックができずに即発射でしたからね。出力も無駄に大きすぎる」
「あの音を逃さなければ、攻撃が来る方向もタイミングも完全にわかる。そして早すぎるビームは、どの距離にいようとほとんど発射と同じタイミングで到達する」
――リナは息を呑んだ。
「本当に、完璧なタイミングで弾き返してる…。光の速度なのに…」
屈折した光は一つ目のようなコアが胸に光る機械の横を素通りした。それはガシャリと歩を進めてウォルフラムに近づく。
「チッ…外したか……」
ビビビ、ビビビ…ビビ…
複数の機械音が重なる。
「2,1…」
ウォルフラムは剣を持つ手とは反対の指先で、トントンと自身の脚を打ちながら集中した。
方角、タイミングのズレを覚えて順番に、だが流線を描くように滑らかに、あるべき空間へ刃を『置く』。
(全ての音を拾え。聞き逃したら終わりだ)
ピカピカと稲光が点滅するような光景に、リナが顔を顰める。
(捌けたかどうか、追うことさえできない…!)
砂煙が舞って乱反射したが、少しの間をおいてウォルフラムの姿が見えた。
「三体、当てた。」
弾かれた光の矢が当たった後と思われるプロビデンスは煙を上げて沈黙した。
それから連続する機械音。
多数のプロビデンスが段々と侵入者であるウォルフラムを検知する度に、その方角へ集まる。
箒で舞い、プロビデンスの検知範囲より遠く上空から見ていたリナには装填の機械音もガシャリという足音も聞こえなかった。
塔に近い方からビームの眩しい光が多数走っては、一点で屈折して多方面に散る目下の光景のみが彼女の理解できる戦況。
ウォルフラムは次々と襲ってくる光線に被弾することなく、全てを弾いていた。
しかし弾いたビームが機械砲台へと返る途中に、少しの軌道のズレで大きな岩をドッと砕いた。轟音と反響が広がり、「ビビ…」と装填音が紛れた。
(音が…!)
少し焦るが聞き逃した訳ではない。
(3,2,1…多分ここだ!)
チッ、チッ、チッ……脳裏には無意識にメトロノームを刻む。
(続いて2回!)
なんとか弾き返した。
(危なかった。敵に当てるよりも、雑音を生まないことを優先して返さねば…)
その一方で、ビームを撃たずにガシャガシャと距離を詰めてくる個体がいることに気づいた。
(先手で斬るべきか?)
戦闘前、リナは宣言していた——『集中の邪魔になるので、私は極力話しかけません』。だが今だけは声が飛ぶ。
「自爆の可能性があります!十メートル範囲に気をつけて!」
ウォルフラムはすばやく距離を取ったが、その個体から先程までとは違う小さな機械音が段々と高い音で聞こえた。
ピピピピピピ…
ビ…
別の方角、他の個体の音と混ざる。
大きな爆発音が響き、地面が震えた。リナの宣言どおりプロビデンスは自爆した。
距離をとったので爆破には巻き込まれないものの、問題は音だ。
同時に、紛れて飛来した一条がピカッと閃く。
ウォルフラムは魔剣を振り抜き、自爆機に紛れて飛んできたビーム一発を綺麗に弾き返した。しかし内心は穏やかではない。
(今、他に鳴ったか?よく聞こえなかった…!捌けない!)
爆破音のダメージがキインと耳に残り、焦る。
――
「理屈は通りますね。耳とリズム感に自信があるんですね? ですが当たれば確実に魔神化しますよ」
「そうだな…。リスク的にお前を連れて前線に出るわけにもいかないしな」
ウォルフラムは打つ手を見失って考えこんだ。
先にリナが口を開く。ウォルフラムが取ろうとしている高リスクを後押ししてしまうのは不本意だ。しかし仕事に忠実であることが彼女の正義。
「……仕方ないです。この移動中に用意していたオートシールドを百十二枚、全て付与します。私の見積では、一発被弾すれば十枚くらいは消し飛びます。それでも魔神化したなら、必ず私がもどします。そういう契約ですから。しかしプロビデンスの射程の中で、攻撃を避けながらあなたに触れることは難しそうです。先に私が被弾しそう」
「そこはあの機械が壊滅するか、逆に俺が殺されるまで待ってろ。契約破棄を断ったのはお前だ。死を見る可能性は覚悟の上だろう?」
リナはムスッとした。
(殺したくないのになあ)
しかし合理的に彼の目的を達成する以上、反論できない。
ウォルフラムは続ける。
「魔神化を解こうとしてくれるのはありがたいが、無茶をしてお前が死ねばそのチャンスすら失う。慎重にいけ。必要なら逃げろ」
しばしの沈黙の後、リナは渋々声をあげた。
「いいでしょう。術式オーロラを付与します。突貫モジュールなので、付与してから二十四時間で消えます。わざと被弾するようなことないでしょうね?」
「当たり前だ。俺だって自分を失って誰かを殺すかもしれない状況は望まない」
リナは杖の先を光らせると空中にさらさらと魔法陣を描いた。
「ここに利き手を通した後に、魔法陣を発動するための魔力をご自身で使ってください。私ではリソース不足です。剣ではなく、ウォルフラムさんの腕に直接発動するので、どの武器を持とうが使えますけど、魔剣じゃないと、プロビデンスの一撃で普通の武器は崩壊するでしょう」
―― 複数の光がウォルフラムを襲った。オートシールドの発動。目の前で光の層が現れては散る。残数は空中に光の数値で現れた。
(68…何発もらった…?半分近く削れた。)
彼は歯を食いしばり、ゆっくり後退しながら耳に手をやった。
(聞こえない…)
『お前の役割はまず死なないことだ。例え俺が被弾しようが魔神化しようが、あの機械の前には絶対出てくるな。』
最後にそう念押しされていたリナは状況を見ていたが、側に行けないことにイラついていた。
(…計算ミスだ。私の知るプロビデンスには、自爆なんて友軍を巻き込む機能はない…。魔法式 "グレネード" モジュールの音に近かったから直前に読めたけど、他にも音の阻害になる機能があるかもしれない……)
離れたところへ箒を降ろしながら考える。
(彼の反応精度の方がずば抜けて高い以上、私ができる遠隔シールドを発動したって、カウンターの邪魔になる可能性が高い…。でも、彼…耳を…)
そして決意する。
(ここでやらなきゃ魔神化は確定。最悪、この一帯が無に帰っても止まらない。今がカードを切るべきタイミングだ。)
「……遠隔結界発動、聴覚の回復、及びノイズキャンセルのモジュール構築。対象へ付与。リソース不足。魔力代わりのリソース提供、私自身の一時的体力、成長エネルギーを置換。」
普段手動で描く魔法陣を一瞬でウォルフラムの足元へ顕現した。
(魔法陣?リナか!)
ウォルフラムがリナの方向を振り返る。プロビデンスの検知範囲外から、杖をかざしている彼女の姿がはっきり見えた。
構わずピカッと追撃のビームが飛んできたが、オートシールドを削ることなく攻撃は防がれた。ウォルフラムの足元から光が伸びて小さな結界が形成されたのだ。
(あんな遠距離から…ビームを防げるような結界を?らしくない。技術はあっても、あいつの魔力で出来るレベルの芸当じゃないはず)
キインと響いていた耳鳴りと共に結界が消え、聞こえが良くなった。
(聴覚回復まで?)
魔力代わりに諸々のエネルギーを削ったリナは立てずにドサリと崩れた。
(アイツ…また何か対価を払ったな…!)
「「「ビビビ…」」」
深く考える間も無く、次の音が重なって聞こえる。
(ここだ…!)
ウォルフラムは瞬間に光る複数のビームを、それぞれの方角へ弾き返した。
(リナが魔法を発出してから雑音が減った…。必要な音がよく聞こえる。)
近づいてくる個体に警戒しながら、音に集中するとガシャリと歩を進める機械の足音が聞こえた。
(あれが自爆個体か?)
ビュッ、と先手で黒い斬撃を飛ばすが、プロビデンスは数メートル吹き飛ばされながらも無傷。
「タフな機械だ。自身のビームか自爆しか通らないか。」
ビビビ、と鳴る次の攻撃に向き直ると、先程斬撃を浴びせた方へと体を回転させ、自爆が疑われる個体へビームを返した。遠くでビームが当たったプロビデンス一機は、コアを貫通してビリビリと火花を散らすとボッと爆発した。
(結局爆発するのか。だが…聞こえる音が小さい。やはりリナの調整か?俺の聴覚がやられないように…)
それからは簡単だった。敵の自爆の範囲に入らないように距離をとりながら音の間隔でビームを返し、敵の数を減らしていく。
しかしガシャリと近づいてきた一機に違和感を覚えた。他の個体からのビームを反射で当てたが、沈黙しない。
「デカいな。形も少し違う…。一つではなく、三つ目…?コアが三つあるのか?」
大きな個体は脚をバネのように跳躍してウォルフラムの前にドッと降り立った。
両腕にサーベルを持ち、芝刈り機のように回転させながら襲いかかってきた。
受けた魔剣がガガガッと火花を散らす。
(重いっ…!)
ビビビ
背後からビームの気配。
魔剣で抑えたサーベルとは反対側の腕からも回転する刃が繰り出される。
「くっ…!“心剣術”…!」
咄嗟に左手を手刀に、黒い炎の魔力を纏い、敵の刃を払った。
魔力で覆っていても、服の袖は破け、攻撃を受けた素手からは血が飛んだ。
敵を押した反発で後ろに体を逸らし、飛んできたビームは三つ目をとらえた。
ガシャっと目の前で機械の破損部品が飛び散り、三つ目の体も後ろに逸れる。
「あと、一つ…っ!」
ウォルフラムは距離を取ろうと後ろに飛んだ。
三つ目は今度は腕ではなく複数の刃を体から生やすと、上半身だけを駒のように回転させながら攻撃しようと追ってきた。
ビビビ、ピピ!ビビビ
多方面から追い打ちの音。
(自爆も混ざっている!)
ビームを二発、弾いて自爆個体と通常のビーム個体に当て、三つ目のサーベルは脚で避ける。
しかしボッと自爆したプロビデンスの風圧で、脚が崩れた。
「くそ、爆破に近すぎたか…!」
三つ目が逃すわけもなく、なおも刃を纏って回転しながらウォルフラムへ接近。両手に握った魔剣で受けるも、ガガガガガッと音と火花を上げながら地面の岩肌にウォルフラムを追い込んだ。
(押し返せない…!)
額に汗が滲む。
ビビビ、と機械音も続く。
しかしピタリと全ての機械が、急に動きを止めた。目の前の三つ目は最後のコアの輝きを失い、停止。ビームを発しようとしていた個体は仰向けに崩れ、天に向けて光を放った後、沈黙した。
プロビデンスたちの赤く光っていた目は、どれもが暗く光を失った。
「…なんだ?」
戸惑うウォルフラムの元へ、バサバサと一羽のカラスが飛んできた。
「おお、我が主よ。人の姿になられたとは。防衛システムが失礼をいたしました。カラスの権限を昇格できたので、攻撃は停止しました。塔へ御用でしょうか?案内いたします。」
カラスは訳の分からないことを言って頭を下げた。
ウォルフラムは体を起こしてパンパンと砂埃を払った。裂けた袖をさらに裂き、その布で左腕から滴る血をきつく縛る。
「俺は魔法使いじゃない。お前が、リナの言っていたカラスか。本当に喋るんだな。」
地面からウォルフラムを見上げるカラスを訝しげに見下ろしながら続ける。
「ツレが塔に用事なんだ。今は離れたところでのびてるから拾ってくる。」
「お供しましょう。」
「信用してない。ついて来るな。」
スタスタと去るウォルフラム。
「…そうですか……」
カラスの表情など分からないが、それは寂しそうな声色で諦めた。




