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第16話 仮面の芸術家フェイン

ザハラの街がアンデッドの軍勢に蹂躙(じゅうりん)される中、リナは灰燼の竜(むくろ)に立ち向かうリンダの言葉を受け、この異常事態の根源である術者を見つけ出す決意を固めていた。


(敵はアンデッドを使役している…。これだけの規模と統率、無差別の破壊(はかい)ではない明確な意図を感じる。だとしたら、術者は戦況全体を見渡せる場所にいるはず…!)


彼女の分析は、即座(そくざ)に一つの合理的な結論を導き出す。街で最も高い建物――ギルドが管理する巨大(きょだい)な時計塔。そこが、敵の司令塔を観測するのに最も適した場所である、と。


「ウォルフラムさん、私を手伝ってくれますね?」

「契約のうちだ」


地上のアンデッドを()(はら)いながら短く応える彼に(うなず)くと、リナはすぐさま乗っている(ほうき)をウォルフラムの側まで寄せて、手を差し出した。

「一緒に行きましょう」


ウォルフラムはその手を取り、リナの後ろに()()る。(ほうき)はアンデッドの群れを眼下に見ながら急上昇(きゅうじょうしょう)し、二人は時計塔の屋上を目指した。


時計塔の屋上には、一体のアンデッドもいなかった。しかし、二人がそこに降り立ち、眼下の惨状を把握しようとした、その時だった。

地上で蠢いていたアンデッドたちが、まるで獲物を見つけた獣のように、一斉に時計塔の麓へと殺到し始めたのだ。そして、一体、また一体と、建物の壁を蜘蛛のように駆け上がってくる。


「うーん、私たちが特別追われているような気がします」

「チッ…面倒なことになったな」


その言葉通り、あっという間に無数のトカゲ系アンデッドが屋上になだれ込み、二人を取り囲もうとする。それはまさしく、ゾンビ映画のワンシーンのような光景(こうけい)だった。


ウォルフラムは狭い塔の中に押し寄せる群れを、邪魔そうに次々と蹴り落としていく。


「ここには術者本人はいませんね。囲まれる前に、一度空へ!」


彼女はウォルフラムを乗せると、(ほうき)を塔から飛び立たせた。しかし、無防備(むぼうび)に高度を上げるのではなく、逆に急降下させ、アンデッドたちの意表を突く。(ほうき)は時計塔の影に沿うように垂直に落ち、地上すれすれで機体を水平に戻すと、建物の谷間を縫うように超低空で疾走を始めた。


「……地上でどう探る気なんだ…?」


彼の(いぶか)しげな問いに、リナは自信を持って答えた。


「上空は開けていて、術者から見れば格好の的です! これより、私が視認したアンデッドの位置情報(じょうほう)を地図に落とし込み、術者の座標を『計算』で割り出します!」


リナはそう宣言すると、傍らに浮遊させていた魔導書(まどうしょ)のページを開く。

記録出力(ログしゅつりょく)、空間座標マッピングを開始(かいし)します。私の視界(しかい)と連動させます!」

彼女が杖を振るうと、空白のページに、リナの視界(しかい)に映った地形情報(じょうほう)が自動的に反映されていく。


リナが操縦とマッピングに集中する中、二人の死角である右後方から、翼を持つトカゲ系のアンデッドが三体、急接近する。

ウォルフラムは音もなくそれらを切り捨てた。

(ほうき)一瞬(いっしゅん)ぐらりと揺れたが、リナは操縦に集中したまま気にしない。

お互いが、自身の役割を理解していた。


(これだけの軍勢を完璧(かんぺき)に操るには、術者は常に戦場全体を把握している必要(ひつよう)がある…。つまり、アンデデッドがいない場所こそが、術者からの『死角』!この死角を複数見つけ出し、逆算すれば…!)


彼女は卓越(たくえつ)した操縦技術で、危険なアンデッドの群れのすぐそばをすり抜けながら、意図的に建物の裏側や物陰を次々と覗き込み、地図の空白地帯(死角)の情報(じょうほう)を着実に増やしていく。


やがて、街の主要な区画を飛び回り終えたリナは、巨大(きょだい)な竜の骨格で作られた建物の陰に(ほうき)を静止させた。魔導書(まどうしょ)の立体地図は、無数の赤い光点と、いくつかの決定的な青いポインターで埋め尽くされている。


「見つけました!あの倉庫の裏、酒場の北側…アンデッドの密度が極端に低いエリアが三箇所。この三つの死角を生み出す位置…そして、全てのアンデッドに指示を出すのに最も効率的な座標は…」


彼女の指が、地図から目線を上げ、上空のある一点を力強(ちからづよ)く指差す。


「――あそこです!」


彼女が指し示したのは、ザハラの入り口付近の空。そこには、複数体の飛龍のアンデッドが滞空しており、その中の一体にまたがった痩身長躯の人影があった。


その時、男もまた、視線(しせん)を隠す黒く優雅(ゆうが)な仮面越しに、二人を見ていた。

「こちらに気づいたようですね」


次の瞬間(しゅんかん)、リナとウォルフラムを乗せた(ほうき)は凄まじいスピードで急上昇(きゅうじょうしょう)し、男を飛び越えると太陽を背に急降下してきた。


男とすれ違う直前、ウォルフラムだけが(ほうき)から手を離し、宙に身を預けると男に向かって強烈な足蹴りを放った。

しかしその瞬間(しゅんかん)、男を乗せたワイバーンが体を捻り、男の代わりにその蹴りを受ける。主人の危険を察知したワイバーンの群れが、バサバサとウォルフラムの周りを通り過ぎ、視界(しかい)を塞いだ。次に視界(しかい)が開けたときには、先ほど身代わりになった一体が落ちていき、少し離れたところで別のワイバーンに乗る男の姿があった。


重力に従って落ちていくウォルフラムを見下ろし、男は話す。

「失礼ですねえ。王子様が、挨拶(あいさつ)も無しですか?」


リナが旋回して戻ってきて、その(ほうき)の柄をウォルフラムが掴む。彼はリナとは逆向きに(ほうき)に跨りながら、男をキッと睨んだ。

「わざわざ俺の素性を知っていると言いたいのか。いいだろう、聞いてやる。何者だ?」

「わたくしはフェイン。芸術家、とでも言いますか。わたくしの音楽は魂を創造し、このように素晴らしいオーケストラを作り出すのです」

フェインは指揮棒をふるい、アンデッドの群れを踊るように飛行させ、うっとりとその様子(ようす)を見る。

ウォルフラムを(ほうき)に乗せ、途中から会話を聞いたリナは、振り返って初めてその男、フェインの顔を見た。

赤と黒を基調とした装飾の凝ったスーツに、金髪が揺れ、指揮棒でアンデッドを使役している。


(今、ウォルフラムさんのことを知っていると? なるほど、私たちが追われていると感じたのは、彼を追って…)

しかし、もう一つ彼女には違和感があった。

(似ている…。アイセリアにも、音を介して魔法を行使する流派はある…)


「何がオーケストラだ。迷惑だ」

ウォルフラムがワイバーンの群れを斬り捨てる。

「わかっていないですねぇ!」

フェインが指揮棒を翳すと、あたりに激しい音楽が鳴り響き、その音から力を得たようにアンデッドたちの動きが早くなった。

音に合わせてワイバーンたちの口から風を斬る衝撃(しょうげき)波が放たれる。

リナは敵に背を向けたまま加速し、四方八方に避けた。その後ろでは、ウォルフラムが進行方向と逆向きのまま剣を構える。


「おお、噂の魔剣オリジン…!」

どこからか明らかに情報(じょうほう)を得ていることを隠しもしない、その態度にウォルフラムは舌打ちをする。

(この街の惨状は、俺のせいだと言うのか…)


リナはフェインの周りをジグザグに飛び回りながら、彼の音楽に連動して明滅する魔法陣を見ていた。

(魔法術式がアイセリアのものと殆ど一緒…。あの指揮棒も、杖よね。どういうこと?)

「ウォルフラムさん、彼は私と同じ魔法使いか、それに近い何かに見えます。私の少ない魔力(まりょく)より、遥かに力があるでしょうけど、物理的な戦闘力は備えてなさそうです。接近戦の方が有利と予測します!」

「魔法使い…。伝承の領域が、こうもホイホイと出てくるとはな」

「それは、私にもどういうわけだか…」


会話の最中にもワイバーンたちの猛攻は続き、リナが避けきれない衝撃(しょうげき)波はウォルフラムが剣で受けた。

「接近します」

彼女はさらに加速し、フェインの真横を横切った。ウォルフラムは再び(ほうき)から飛び降り、フェインに肉弾戦を仕掛ける。


「おっと、危ない」

フェインは指揮棒を振り、防御魔法陣を展開(てんかい)した。

ウォルフラムが魔法陣に接触すると、時計の鐘のようなボーンという大きな音が響き、そこから風圧のカウンターが放たれる。

彼は吹き飛ばされるが、ワイバーンが多数群れているのを良いことに、宙でそれらを蹴り歩き、再びフェインに接近する。


「わたくしの駒を使うとは、器用ですね。ここまでとは、仕方ない」

フェインは指揮棒を振り、「顕現せよ、渦潮の魔人メイルストロム・ジーニー!」と叫んだ。

音楽の調子が変わる。フェインとウォルフラムの間に禍々(まがまが)しいデザインの扉が現れ、中から青い肌の屈強(くっきょう)な男が現れた。上半身(じょうはんしん)に広く刺青が施された体、長い槍、黒く長めの髪を一部編んだ、どこか生気のない人形のような瞳。

「優美なわたくしに肉弾戦は似合いませんので、彼とやってください」


メイルストロム・ジーニーと呼ばれた魔人は、自らの意思で浮遊できるようだ。その巨体に似合わぬ俊敏さで槍を構えると、一直線(いっちょくせん)にウォルフラムへと飛んで来て突きかかった。

空を裂く一撃(いちげき)。ウォルフラムはそれを魔剣で受け流すが、腕に伝わる衝撃(しょうげき)は、これまで対峙したどのアンデッドとも比較にならないほど重い。


(こいつ…!人では無さそうだが、他のアンデッドとも違う…!)


押し飛ばされたウォルフラムは、体を捻って背後(はいご)斬撃(ざんげき)を飛ばす衝撃(しょうげき)により、空中で少しだけ自身の位置を調整して再び飛竜の背を蹴って体勢を立て直した。


「おや?お仲間には捨てられましたか?」

リナの様子(ようす)が見えないことに、フェインが挑発するように横槍を入れる。

ウォルフラムは答えない。彼にもリナがどこに消えたかはわからなかったが、あれだけ無鉄砲な彼女が逃げ出すとは思えなかった。それよりも、自分が魔神(まじん)化した時のために、安全な所に(ひか)えていてくれるなら都合がいいと考えた。


ジーニーがウォルフラムを追撃しに飛んでくる。


「あなたに使われるのは不本意ですから」

フェインは飛竜の群れに指揮棒を翳してその魂を無に返すと、無数の飛竜はただの死骸(しがい)に戻り、バタバタと街の入り口付近へと落ちていった。

これで、リナが戻らない限りウォルフラムの足場は無くなった。

ジーニーが振るう槍をウォルフラムは掴む。そして自身の体を引き寄せるようにして懐に入り込むと、彼の肩に足蹴りを入れて垂直に跳び上がった。真下に向けて斬撃(ざんげき)のラッシュを送り込む。

ジーニーは槍を回転させてラッシュを防ぐと、その切っ先(きっさき)をウォルフラムに突き出した。


その時、フェインの指揮棒もまたウォルフラムに向けられた。

「”静寂(せいじゃく)へのカノン”」

フェインの呪文で光の楽譜が現れ、滞空中のウォルフラムにロープのように巻き付いて拘束した。

「ぐっ…!」

腕を封じられたまま落下するウォルフラムは、魔剣オリジンを一度引っ込めた。

ジーニーの槍が迫り、ウォルフラムの右手は拘束の下から逆手に魔剣を再召喚(しょうかん)しようと瘴気(しょうき)を帯びた。その時だった。


「拘束、切らないでください!!」

弾丸のように(ほうき)を操るリナが、ウォルフラムを拘束する五線譜の一部に、(ほうき)の柄を器用に引っ掛けて連れ去った。

ジーニーの槍は空を貫く。


「何故止める?」

まるでリナに捕まっているかのような状況(じょうきょう)に、ウォルフラムは不機嫌な顔で問うた。

「お待たせしてすみません。空中戦を続けるのは不利なので、ちょっと準備(じゅんび)があって。その五線譜、ちょうど良いので借りますね」

彼女はそう言うと、魔導書(まどうしょ)から魔法陣の書かれたページを抜き取り、ウォルフラムを拘束している五線譜に当てながら杖を振るった。

「模倣魔法、”五線譜のプレイネット”…!」

その呪文でウォルフラムの拘束は光の粒子となって霧散(むさん)し、紙に描かれた魔法陣に吸い込まれると、巨大(きょだい)な魔法陣として再構築された。それは、ザハラの街一体を覆うようなサイズで、まるで子供のロープジムのようなネットを形成した。


拘束が消えたウォルフラムは、瞬時に片手を伸ばしてリナの(ほうき)を掴む。

「なんだこれは?」

「お相手の音楽魔法を元に、足場としてネットを構築してみました。部分的に壊れても形を維持するようにしてるので、煮るなり焼くなり好きに使ってください。私の(ほうき)頼りでは、戦いにくかったでしょう?」

「なるほどな」


その様子(ようす)を見ていたフェインは、(いぶか)しげにリナを見ていた。

(わざわざ手書きの魔法陣?そしてわざわざ私の魔法を元に再構築?)

「ハハハハハ!分かりました。あなた、魔法使いなのに全然魔力(まりょく)が無いんですねぇ!手書きの魔法陣なんて、涙ぐましい努力のために離脱していたのですか!」

リナはぴくっと肩を(ふる)わせ、ムッとフェインを睨んだ。

「大事なのは、魔力(まりょく)の量より魔法の使い方ですよ」


フェインはワイバーンに乗っている。その胴体は牛ほどのサイズと、竜種にしては小さい方だが、このネットの中では動きづらそうだ。

ジーニーは邪魔なプレイネットを体にぶつけて破壊(はかい)しながら接近してきた。

「”スフォルツァンド”!」

リナの呪文でプレイネットの一辺は性質を変え、鋭利な刃物(はもの)のように接触したジーニーを浅く切った。

「ウォルフラムさん、ネットの辺によって異なる性質を設けるので、視認できるようにあなたの視界(しかい)干渉(かんしょう)させてください」

リナがそっと、しかし躊躇なくウォルフラムのこめかみ付近を両手で包むと、ネットの光の辺は一部青く見えるようになった。

彼女は歌うように杖を振りながら続ける。

「青は断絶、”スフォルツァンド”」

ジーニーは腹立たしげに槍でネットを切り裂こうとした。

「黄色は粘着、”テヌート”」

槍がネットに触れるとき、その一辺は黄色に光り、ジーニーの槍にくっつき、まとわり付いた。

力づくで振り解いたジーニーは、反動で背後(はいご)のネットに背が触れる。

「赤は跳躍、”スタッカート”」

ジーニーが触れた一片は赤く光り、トランポリンのように彼を弾き飛ばした。

リナの魔法で白く光っていたプレイネットは、次々と色を帯びていく。

それはウォルフラムとリナにしか見えない遊技場のようだ。

「ウォルフラムさんが足場に使うのは、赤と白なので、比率は多めにしておきますね」

リナは(ほうき)から飛び降り、さらに呪文を続けた。

「”白鍵の和音”」

白い辺だけで構成された形は、あちこちで面になり、安定した足場として機能した。リナはその白の面にトン、と降り立つ。


フェインはリナの魔法を遠くから解析していた。

「なるほど。わたくしの魔法が元だと言うのに、簡単に分解できないように高度なセキュリティが組まれている。エネルギーの効率化もかなりのエコ設計。彼女自身の魔力(まりょく)では行使できないものの、音楽系の魔法の知識は計り知れないほどのもののようですね。故郷(こきょう)での対人経験は豊富か…。ヒヨコの体に賢者の頭がついているようですね」

フェインは顎に当てていた手を離し、人差し指をピンと立てた。

「彼女を狙った方が楽そうです」


フェインが指揮し、ジーニーはまっすぐにリナに向かって飛んできた。当然、上から降りてきたウォルフラムが間に入る。

キンッ、と剣と槍がぶつかった。リナはジーニーの背後(はいご)に回り込み、直接接触を試みる。

(触れて、解析できれば…!)

しかし、すぐにジーニーの後ろ蹴りが飛んで来て、瞬時に防御に呼び出した(ほうき)ごと吹き飛ばされた。ジーニーの半分ほどしかないリナは、その質量に抗う力は無い。

「ゔっ…!」

ジーニーはウォルフラムを振り切ってリナを追う。

「待て!…くそっ」

ウォルフラムがジーニーを追う。

リナは力なく、なんとか背後(はいご)に杖をかざし、「”スタッカート”」と唱えた。

彼女が背に受けたネットは赤く変色し、トランポリンのように伸びて衝撃(しょうげき)を抑え、すごい勢いで弾き飛ばした。

リナはネットの反発と(ほうき)のコントロール、粘着糸の網目を利用して追ってくるジーニーから逃れると、再び元いた場所の近くへと着地した。

ウォルフラムは彼女の側まで駆けてきて、ジーニーとの間に入るように位置を確保する。

「無茶するな!あの青い奴は熟練の戦士の動きだ。お前が今対応できたのは運が良い方だぞ」

「そうですね。直接接触での解析は諦めます。シューティング・スターのおかげで骨が(くだ)けずにすみました…」

リナはまだ(ほうき)越しに蹴りを受けた肩を押さえながら答えた。


「彼女を守らせませんよ。『熊蜂(くまばち)飛行(ひこう)』」

フェインが魔導書(まどうしょ)を片手に指揮棒を振るうと、彼の背後(はいご)に黒墨で描いたような五線譜が現れ、テンポの早い音楽と共に、音符のように五線譜からウサギほどのサイズの蜂が次々に現れた。

小回りの効く蜂たちが、黒い群れとなってリナの方へ向かって飛んでくる。

「『熊蜂(くまばち)飛行(ひこう)』…昔ながらの精霊契約魔法ですね」

リナはウォルフラムへ向き直りながらもプレイネット上を駆け出す。

「ウォルフラムさん、蜂も青い人も私をターゲットにしている様なので、私は術者を直接相手します。青い人はお願いします!」

「必ず抑える」

ウォルフラムは剣を構えてジーニーの行く手を阻んだ。

その言葉を背に、リナはプレイネット上を()()し、フェインの注意を自分へと引きつけるべく、黒く瘴気(しょうき)(まと)う蜂の群れへと突っ込んでいく。


ウォルフラムは、リナの覚悟(かくご)を無駄にしないとばかりに、眼前の魔人ジーニーへと意識(いしき)を集中させた。

ジーニーは、主のターゲットであるリナを追おうとするが、ウォルフラムの剣に行手を阻まれる。

槍と剣が激しく打ち合わされ、プレイネットの上に火花が散った。ジーニーの一撃(いちげき)は、一振りごとにネットの無色線、白い辺を数本断ち切るほどの威力を持つ。しかし、粘着線である黄色は簡単には断ち切れない。

ウォルフラムは、まとわりつくネットにジーニーを巧みに誘導しながら攻撃(こうげき)を受け流し、互角の戦いを繰り広げていた。


リナは慣れた足取りで赤の跳躍線を踏みながら、俊敏に方向転換を繰り返し、フェインが陣取る方角へと向かっていた。その跳躍は美しくすらある。

一方、蜂の群れはリナに真っ直ぐに着いていく。

「”テヌート”!」

リナはプレイネットに広範囲(こうはんい)に粘着効果を付与し、網目を細かく変化させ、巨大(きょだい)な黄色の蜘蛛の巣を構築した。

突進してきた蜂たちは、その粘着性の巣に次々と絡め取られていく。それでもまだ多くの群れがリナを追って飛んでいた。

「”スフォルツァンド”!」

今度は青い蜘蛛の巣を構築。飛んできた蜂は巣にぶつかると、鋭利な糸に粉々に散った。普通の女の子なら悲鳴をあげる光景(こうけい)だ。

「……あなたには、美的感覚(かんかく)が無いんですか?」

こればかりはフェインが正しい。

「わたくしの”熊蜂”は、それだけでは止まりませんよ!」

フェインが指揮棒を振るうと、巣にかからなかった蜂たちが一斉に針を向け、毒液を噴射してきた。

「”ダ・カーポ”!」

リナの合図で目の前のネット辺が白に戻り、白い面を形成すると防御壁として働いた。白の面はジュウッと音を立てて溶解した。

蜂たちは溶解した面からさらにリナに迫る。しかし彼女は微笑むと、フェインに()せつけるように手に持つ物を差し出した。

「さっき、一匹もらいました」

それは黄色の粘着線に囚われた、うさぎサイズの蜂の一匹。そして、べっと彼女は口を開けると、舌には事前に準備(じゅんび)したのか魔法陣が描かれている。

「まさか…」

リナはガブっと蜂に齧り付いた。フェインの蜂たちが再びリナに毒液を吹きかけるが、溶ける服の中から現れたのは触角を得て満足そうな少女。そのあまりに動物的な奇行を、フェインは唖然として見ていた。

「毒液は、もう効きません」

その肌けた腕や脚には、虫のようなトゲトゲとした骨層が現れていた。

「ここまで美しくない少女は初めて見ました。わたくしの視界(しかい)に入っているのが不愉快です」

フェインが指揮棒を振り、新たに呪文を唱える。

「グレネード・シンバル!」

音符が真っ直ぐリナに飛ぶ。

「ああ、”音爆弾”ですか。”スタッカート”」

リナは跳躍線を自身の周りに増やし、飛躍して蜂も音符も華麗に避けると、宙返りして頭上の跳躍線を踏み込み、今度は自ら蜂に向かって跳んで行った。(ほうき)が彼女に追いつき、彼女はそれを手に取る。

「”青春のさよならホームラン”!」

バットのように(ほうき)を振ると、一体の蜂を音符にぶつけて爆発の連鎖を呼んだ。そして次の瞬間(しゅんかん)には、フェインの目の前に爆弾の音符が。

「!!」

自身の技に被爆し、熊蜂のコロニーとなっていた五線譜が消失。彼の蜂たちは黒い霧のように霧散(むさん)し、後には、おびただしい数の半透明の艶やかな羽だけが、きらきらと光を虹色に反射しながら空に舞った。

リナは空中に散る数枚の羽を素早く手繰り寄せると、満足げに(つぶや)く。

「高質なサンプルです」

リナはそれを魔導書(まどうしょ)に吸収させると、その身に力を取り込んだ。彼女の背中(せなか)から、昆虫の翅脈を思わせる黒い幾何学的な紋様を持つ、四枚の羽が出現した。


ウォルフラムにはプレイネットの色が見えているが、ジーニーは粘着線と切断線を警戒して迂闊に足場に触れることなく浮遊していた。すぐにでもリナをターゲットにしようと飛んで行こうとするジーニーだが、ウォルフラムは赤の跳躍線を活用してすぐに背後(はいご)を追撃する。首を飛ばす様な斬撃(ざんげき)に、流石にジーニーも振り向き槍で防御した。

「行かせるものか」

槍を背後(はいご)にいなして、刺青の入った腹部に蹴りを入れる。ジーニーはウォルフラムの二倍程は体格があるが、ウォルフラムの中にも魔神(まじん)がいる。足場がある今、彼の蹴りは魔人ジーニーを突き飛ばせるだけの威力を持っていた。

切断線に飛ばされたジーニーは左肩から背中(せなか)にかけて切り傷を負い、主人の指示であるリナの追跡のためにはウォルフラムを倒す必要(ひつよう)があると正確に判断し、ターゲットを変更した。


ジーニーはウォルフラムへ飛んでくると、槍のリーチに合うように油断なく距離(きょり)をとった。力強い突きが、ウォルフラムの射程外から連発される。経験豊富な戦士の槍は、ウォルフラムが避ける方向を予測しているかのように、しつこくついて来た。その勘のいい突きに、頬が掠める。

しかしウォルフラムも少しも怯まず、魔剣オリジンを投擲した。剣士としては絶対にやらない戦法だが、彼の魔剣はいくら捨てても勝手に体内に戻って来てしまう呪いだ。

ジーニーは投擲を避けると、武器を持たないウォルフラムへ踏み込んだ突きを放つが、次の瞬間(しゅんかん)にはウォルフラムが再度魔剣を召喚(しょうかん)し、槍の側面を弾いた。彼はそのチャンスを逃す訳もなく距離(きょり)を詰めたが、ジーニーは身を屈めて足払いを繰り出す。

通常なら当たっていたが、頭上の粘着糸に魔剣を絡めて振り子状にすると、ターザンさながらに跳躍し、くるっと一回転すると真下にジーニーを見据えた。その動きは、本来の彼よりも、バランスの良いリナの動きに近い。ジーニーの頭部に両脚着地の蹴りを入れる。


強烈な一撃(いちげき)だったにも関わらず、ジーニーは即座(そくざ)にウォルフラムの脚を掴んで、彼の体をぶん回し投げ放った。

「っ!」

ウォルフラムは青の切断線に触れそうになり、間一髪身を捻って避け切った。

再び大きく距離(きょり)を取られてしまった。そして再び、ジーニーはターゲットを天秤にかけるようにリナの方を向いた。


ウォルフラムはその視線(しせん)を許さないとばかりに踏み込む。

「”ウィル・ブレード”…」

低い詠唱、そして大きな振りから繰り出された渾身(こんしん)斬撃(ざんげき)は、黒い直線上の光となってジーニーからリナへの進行を妨げるように、津波の如く広がった。直線上のプレイネットが避ける。

「俺を無視するな」

通常は戦闘時に抑える殺気を、敢えて隠さず大きく放ち、ジーニーを足止めする。こいつは無視できる存在ではないと、魂に悟らせる様に。

影の中に光って見える青い瞳。その剣幕は、彼の中に確かに黒いものが居ることを物語っていた。


ジーニーはウォルフラムの意図通り彼に向き直り、二人は同時に弾丸の様に互いへと飛び出した。

彼らをキラキラと包む花吹雪のように、蜂の羽根が降り注いでいた。

しかし再び剣と槍がキィンとぶつかった時、ブオオッと音を立てる衝撃(しょうげき)に花吹雪は吹き飛ばされた。粘着線は蜂の羽根を捉えて、その正体が視覚的に敵にもバレる。

適度な距離(きょり)を保ったままのジーニーに近づけず、ウォルフラムは敢えてさらに距離(きょり)を取ると、今度は魔剣の柄を逆手に投擲した。その投擲はジーニーを捉えておらず、彼の背後(はいご)をすり抜けた。

しかし次の瞬間(しゅんかん)、魔剣の柄は跳躍線を正確に射抜き、ゴムに弾かれたように反発。ジーニーを死角から襲う弓矢となった。

死角からの殺意に振り返り、ジーニーが槍で魔剣を弾き落とす。この隙にウォルフラムは再び距離(きょり)を詰めた。既に右手に魔剣オリジンを召喚(しょうかん)し、見える位置に構えている。

至近距離(きょり)。ジーニーは相打ちを覚悟(かくご)し、自身の胴がガラ空きになるのも厭わずにウォルフラムの胸へと正確に刺突した。ウォルフラムも自身へのダメージを厭わないかのように、詰めれば必ず急所へ当たる距離(きょり)へ躊躇なく踏み込む。

先に槍が彼の胸へ届いた。

しかし、槍が彼を貫く事はない。ウォルフラムの左手に、いつの間にか握られていた一枚の煌めく蜂の羽。ウィルブレードの光を(まと)い、鋼鉄の盾と化したその羽が、ジーニーの渾身(こんしん)一撃(いちげき)を、甲高い音を立てて受け止めていた。

そして、がら空きになったジーニーの胴体目掛け、後ろに翳した右手にて、魔剣オリジンをアンダースローで振り抜き、その巨体を縦一文字に切り裂いた。


声もなく崩れ落ちるジーニー。

同時に、時間切れとなったプレイネットが光の粒子となって消え去る。

足場を失い、宙に投げ出されたウォルフラムの体を、リナの(ほうき)「シューティングスター」だけが、まるで意思を持つかのように静かに迎えに来た。


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