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第八齢「ムーンストラック・リトリビューション」

 旧都アイビス 行政区

 膿の激流に流されるまま地下水道を移動していると、不意にそれが終わって空中に投げ出される。そのままろくに受け身も取れずに地面に叩きつけられ、激しく転がって建造物の壁面に激突して停止し、男はしばらく蹲る。

「ちょっ、大丈夫!?」

 聞き慣れた声が聞こえて男が顔を上げると、フレスが駆け寄ってきて膝をつき、覗き込んでくる。

「大丈夫に見えるか……?」

 男は左腹部に激しい傷を負っており、それらは既に化膿しきって、膿を垂れ流している。それだけでなく、男自身も膿まみれで、異臭を放っている。

「そ、そうね……わかった、着替えを探してくるから!その前に取り敢えず……」

 フレスは躊躇無く男の衣服を破き、傷口の全体を顕にしてから、右手を翳して魔法による火炎を放ち、傷口を焼いていく。

「あが……っ……!」

「ちょっと我慢して……」

 膿疱が次々に破れて膿が大量に漏れ出し、それらも焼き焦がされて凄まじい異臭を放つ。そうして間もなく、男の傷は焦げて塞がれる。

「よし。ちょっと楽になったんじゃない?」

「ああ……助かった」

 男は自ら身体を起こし、壁に背中を預ける。

「ここはどこだ……?」

「そりゃアイビスに決まってるでしょ……って、そういうことが聞きたいわけじゃないわよね。ここは行政区みたいよ。アイビスの最奥部ね」

 男はフレスから視線を外して周囲を見やる。月が空の半分以上を覆い尽くすほど大きくなり、そして殆どの部分を黒い炎に包まれ、それによって今まで空間を染め上げていた赫が弱くなり始めている。

「どうなってるんだ……?」

「さあね……あんたを探してる途中、だんだん炎が月を燃やしていって……それに合わせて月が大きくなっていってたの」

「なるほどな……」

 フレスは男が持っていた蒼い長剣を流れるように奪い取る。

「これ、なんか凄いお宝なんじゃない?」

「生きて帰れたらお前にやるよ、そんなもの……」

 男はフレスへ視線を戻し、言葉を続ける。

「どうやら……ここを滅ぼしたのは“赫”じゃ……無いらしいな」

「後で聞くわ。どっかから、まだ使える服探してくるから」

 フレスが立ち上がり、蒼光の長剣をその場に置いて近場の建物を物色していく。しばらくして、フレスが衣服を持ってやってくる。

「たぶんサイズは合ってると思う」

「ありがとう」

 男は衣服を受け取り、フレスが背を向けている内に着替え、タイトなパンツに、半袖のシャツとハーネスを合わせた活動的な外見になる。

「まあこんなものだろう」

 男は大剣鞘をハーネスにかけるように背に納め、蒼光の長剣を腰に佩く。

「俺は大聖堂に向かう。お前はどうする」

「どうする、って言われても。その剣持って帰るんだからついていくわよ。こんな危険地帯で置いていくなんて出来ないし」

 男は頷きで返し、二人は進み始める。行政区は明らかに破壊の跡が見え、倒壊した建物諸共、隙間無く埋め尽くすように黒い炎に焼かれた白百合が咲き誇り、黒い翅の蝶たちがまばらに飛び交っている。

「で、さっき言ってた赫がどうこうって何の話?」

「俺はずっと、ここが滅びたのは、赫色に染まったところに原因があると思っていた。だが……」

 男の言葉に続き、二人は周囲を見渡しながら歩を進めていく。

「黒、ね」

「だからなんだという話ではあるが……アイビスを滅ぼしたのは赫じゃない。黒だ」

 行政区は先に進むにつれて地形が落ち窪み、獣道だけを残して一部の隙間もなく白百合が黒い炎を湛えて微風に揺れている。

「ここがこんなことになった原因を取り除けば……元に、戻る……?」

「どうだろうな……これだけの異常空間を生み出している元凶が、そう簡単に退けられるとも思えんが……」

「……」

 フレスは少々疑念を帯びた視線を男へ向ける。

「ねえ、これは疑ってるんだけどさ」

「なんだ」

「あんた、本当に妹を探しに来たんだよね?」

「ああ」

「外見を教えてくれない?喋り方とか、髪型でもいいけど」

 二人は獣道を進みながら、男はフレスと視線を合わせる。

「……」

「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけばいいのに」

「嘘じゃない……」

 男は足を止め、右手で頭を抱えながら一歩退く。

「俺は妹を探しにここへ……」

「責めてるわけじゃないわ。ただ、本当の目的を……」

 男はふらふらと後退していき、目を見開き、片膝をついて崩れる。

「俺は……俺は……」

 そして傍に少女が現れ、男の耳元で囁く。

「殺っちゃえ、殺っちゃえ♪

 殺せ殺せ♪

 こーろーせっ♪」

「そうだ……魔物を殺さないと……俺が殺られる……!」

 男は立ち上がりながら背から長剣を抜き、フレスへ向ける。

「ちょっ!?」

「俺を……騙そうとしているんだな、低俗な魔物風情が……!」

「あーもう!そういうの最悪!」

 フレスも仕方なく長剣を抜き、既に襲いかかってきていた男の長剣を軽く往なしてから弾き上げ、顔面に肘鉄を叩き込んでから左拳を打ち込み、姿勢を豪快に変えながら掌底で突き飛ばす。

「急に何が起きてんのよこいつ……」

 容赦のない強烈な強打で男は激痛にひとしきり悶え、ゆっくりと体勢を戻して立ち上がる。

「ふへへ♪」

 少女は満足げに笑んで消え、男は長剣を拾って背に戻す。

「何か……よくわからんが、すまん」

 殺気立って長剣を向けてきていたフレスに、男は察して言葉を返す。正気に戻ったのを確認して、フレスは剣を収める。

「別にいいわよ。こんなところで正気でいるのも疲れるし。次やったらぶっ殺すけど」

「すまん……」

「もう聞かないから。無事に帰れればわかることなんだし」

 二人は再び、獣道を下っていくのだった。

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