表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第五齢「在りての厭い、亡くての偲び」

 旧都アイビス 邸宅

 男が鍵のかかっていない木の扉を押し開け、邸宅の玄関へと入る。外と変わらず時間が止まったようで、そして間もなく外で雨が降り始める。男は少し驚いて振り向き、開かれた扉から見える花畑へ、紅い雨が注いでいるのを見留める。

「……。はあ……」

 男は疑問の言葉を繰り出そうとして、もはや無意味だと気付いてやめる。色こそ異様だが、きちんとペトリコールを漂わせ、白百合に灯る黒い炎を一時的に抑え込んでいるようだ。男は少し安心して正面へ向き直り、ゆっくりと歩を進めていく。廊下の壁に添えられたキャビネットの上にはいくつも家族写真が立てかけられており、男はその内の一つを手にとって見つめる。

「懐かしいな……」

 男が見るその写真には、にこやかな男女と、二人に挟まれた少年が写っている。別の写真立ても、全ての写真にその三人が写っているようだ。

「ん……ん?」

 男は何か違和感を覚えるが、思考に靄がかかったようになって判然としない。写真立てをキャビネットに戻して、再び正面を向くと、先の扉の前に少女が立っていた。

「……」

 咄嗟に銃に手をかけると、少女は翻って部屋に入り、扉を閉める。銃を左手で抜き、男は扉に張り付いてからゆっくりと開き、肘で打って一気に開放させる。警戒とは裏腹に攻撃などは飛んでこず、男は訝しみながらも部屋を確認する。部屋の中は簡素なデスクとベッドが置かれており、それに見合わない大きな本棚には医療系の分厚い本がぎゅうぎゅうに詰められていた。男が部屋に入り、ベッドの上に座る少女と目を合わせる。

「いい加減にお前の正体を教えろ」

 男は躙り寄り、銃口を少女の眉間に突きつける。

「私のこと、忘れちゃった?」

「しら……ん……」

 少女の嘲りに満ちた笑みを向けられ、男は鋭い頭痛を覚えて頭を右手で抱えて後退する。

「くそっ……!」

 咄嗟に抵抗して引き金を引き、銃弾が少女の胸を貫く。

「もお、お兄ちゃんってば」

 少女は微笑み、じゃれ合いを優しく咎めるように呟いて立ち上がる。

「ほぉら、いつもみたいに赤ちゃん作ろ?臍の緒も、いーち、にーい……」

 少女は銃創に指を突っ込んで銃弾を抉り出し、床へ捨てる。男は強烈な頭痛で狙いが付けられず、歩み寄ってきた少女に軽く足を蹴られるだけで跪く。

「はぁ……むっ……」

 少女は吐息を閉じ込めるようにしながら男に口付けし、なぜか抵抗できないままの唇を抉じ開けて舌を捩じ込み、入念に舌上から歯の隅々まで舐め回していく。男は痙攣するように白目を剥き、口の中に唾液が反旗を翻した泡が溜まっていく。

「ぷあっ……」

 男の頬に両手を添えて舌を引き抜き、少女が上気した顔で見つめてくる。

「あと少しだね……」

 左手を離し、右手で顎を掴んで口を開かせ、少女は舌先から黒ずんだ唾液を注ぎ込む。

「あ……が……」

「おにいひゃん……らぁいすき……」

 と、そこで少女は殺気を感じて飛び退き、玄関から長剣が飛んできてデスクに突き刺さり、男は正気を取り戻す。

「はぁ……っ……」

 一旦両手を床についてから一本ずつ足を立てて立ち上がり、そこにフレスが飛び込んでくる。

「大丈夫!?」

「あ……あ……」

 男はデスクに刺さった長剣をフレスに投げ渡し、銃を少女に突きつける。

「こいつが妹ってこと?」

「違う。こんなやつは知らん」

 二人に敵意を向けられている状況でも、少女は怯まず、超然的な態度を崩さない。

「愛の色、怨みの色」

 口ずさむと共に、少女を中心に赫々たる炎が巻き起こり、家中に燃え移る。

「逃さない……君は……お兄ちゃんは、永遠に苦しむんだ」

 少女のものではない何者かの声が混じり、同時に爆発して入れ替わりに燃える少女が現れる。二人は同時に吹き飛ばされて壁を貫通し、リビングまで転がって受け身を取る。

「またこいつか……!」

「なら……!」

 フレスが信号拳銃を取り出し、小型の水筒を装填して射出する。燃える少女の身体に接近した水筒があまりの高熱に破裂し、僅かな水分を注がせる。燃える少女の体表に漲る炎が少し勢力を弱め、彼女は右腕を振って炎を走らせ、二人は同時に回避しながら窓を破って外に出る。


 旧都アイビス 街区

 白百合に覆われた石畳に転がり、なおも降り続く紅い雨に打たれる。

「そっか、雨!」

「追ってこれないだろう……」

 二人の声を遮るように壁が爆発で吹き飛び、雨の最中、悠然と燃える少女が外に出てくる。

「な……!」

 燃える少女は右手に直剣を、左手にライフルを呼び出し、周囲の白百合から黒い炎を噴き上がらせて円状のフィールドを作って閉じ込める。

「やるしかなさそうだな……」

 男が背から長剣を抜き、フレスも構える。燃える少女は悠長に振り被りながら、一度の踏み込みで男まで最接近して振り、咄嗟に横転して回避されたところに振り返し、長剣で弾かれつつも抉るような軌道で振ってから即座に突きを重ね、男は三段目を躱しながら長剣を鞘と一体化して大剣とし、最後の刺突を豪快な振り上げで弾き返し、燃える少女は大きく体勢を崩す。そこにフレスが長剣を全身で薙ぎ払って燃える少女を浮かせ、身を翻して振り下ろし、男が重ねて大剣を横振りで叩きつけて吹き飛ばす。

 燃える少女は地面をバウンドしながら転がるが、何事も無かったかのように立ち上がる。

「やはりまともに殴っても倒せないか……!」

「だったら、この、雨は……」

 二人がふと燃える少女を注視しつつも雨に注意を向けると、その正体は、翅を畳んで異常に身を細めた蝶だった。彼らは地面に激突するとともに粉砕し、白百合へ溶けていく。

「蝶々……」

 気付いた瞬間に、地面から大群の蝶が舞い上がり、二人の視界を塗り潰した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ