第三齢「氷の翼」
旧都アイビス 鐘楼街道
崩れた鐘楼に背を向けて、男は炎が燻る中を先に進み始める。鐘楼広場の上空で螺旋を描いていた蝶たちは各々飛び去って行く。
「なんだったんだ、今のは……」
男は前に進みつつも背後を確認し、鐘楼が作り出した瓦礫の山を見やる。
「住人が姿を消したと聞いていたが……あんな化け物も居たとはな……」
懐から乾燥させたパンを取り出して頬張る。
「しかし消耗が激しいな……街区まで持たないぞ」
ぼやきながらも道を進んでいると、遠巻きに剣戟の音が聞こえてくる。男はパンを食べ終え、すぐにその音の発生源まで駆け寄り、物陰から様子を伺う。その先では、金髪のショートボブの少女が、身の丈ほどもある長剣を振るって魔物たちを相手に大立ち回りを繰り広げていた。
「(また生身の人間か……)」
少女は近未来的な特異な材質の衣装に身を包んでおり、尾のように靡く帯が複数本巻きつけられている。少女は右手に持つ長剣で薙ぎ払ってから勢いで飛び上がり、反転しながら軽く振ってもう一体の魔物を削ぎ落とし、向きを戻しながら着地してもう一体を両断する。少女は呼吸を整えて立ち上がり、腰に通したベルトから太腿あたりに提げている鞘に長剣を押し込む。
戦闘の終了を見てから男は物陰から出て、左手で銃を抜いて背を向けている少女へ構える。
「動くな」
男の言葉に少女は驚きも身震いもせず、大人しく両手を挙げる。
「こんなところで何をしている、お前」
「それ、あんたにも言えると思うんだけど」
「答える気がないなら死んでもらうだけだ」
「あたしはここにトレジャーハントに来ただけなんだけどな」
「盗掘者か」
男の殺意を感知したのか少女は姿を消しながら左側にステップを踏み、一拍遅れて弾丸が空を裂く。少女は姿を現しながら既に抜刀しており、素早く振って長剣の腹で銃を弾き飛ばす。
「チッ……」
男は負けじと長剣を背から抜き、素早くあちらの長剣に当てながら手首を返してもう一度強く当て、少女を後退させる。
「こんな危険地帯で、人間同士戦うこと自体が無意味だとあたしは思うけど?」
「一理ある、が……」
少女は長剣を向けたまま溜息をつき、地面に長剣を捨てる。
「あたしは抵抗しないから。殺したいなら殺せば?」
「……」
男は捨てられた長剣を蹴り飛ばし、自身の長剣を少女の首に据える。少女は決して目を逸らさず、男の草臥れた灰色の瞳孔を貫くような視線を注ぎ込む。
「お前、名前は」
「フレス。フレス……ベルグ」
名乗ったところで男は長剣を離し、背に戻す。そして自身の銃を拾ってホルスターに戻し、フレスの長剣を投げ渡す。
「俺を手伝うなら殺さないでおいてやる」
「まあいいけど、その代わりあたしがお宝欲しいってなっても止めないでね?」
フレスは長剣を鞘に戻す。そして二人は並んで、鐘楼街道と街区を繋ぐ大橋へと向かっていく。
旧都アイビス ベルム大橋
大きな運河の上に架けられた大きな橋には、行き交う自動車が綺麗なまま、沈黙したように放置されている。フレスが左を向いて欄干の向こう、アイビスの外まで運河の流れを辿っていくと、視界の涯で水が途切れているのがわかる。
「アイビスの中、時間が止まってるみたいだよね」
「確かにな。この車も、随分前の型式だ」
フレスは男の横を歩きつつ、視線をそちらへ向ける。
「で、あんたは何が目的でここに来たの?」
「……」
「同業者……なら取り分が減るから殺すだろうし」
「妹」
男が呟く。
「妹を探しに来た」
そう言って、男は自分の発言を疑うように右手で口を覆う。
「妹ぉ?あんたつまりアイビス人の生き残りってこと?ないない」
「ああ。まあここに生き残りはいないだろうな」
男は敢えて態度を崩さずに吐き捨てる。
「妹ねえ……あ、そう言えばここに来てすぐに魔女みたいな格好の女の子に会ったけど、あれは違うの?」
「やつなら……俺が殺したよ。鐘楼の下敷きにした」
「うわ、あんた結構エグいわね」
二人が大橋の中央に辿り着いたあたりで、鐘楼街道方面の大橋のゲート付近から爆発が起こる。
「っ!?」
二人は同時に反応し、振り向く。吹き飛ばされた自動車が燃料に引火して爆発しながら、運河へドボドボと落ちていく。
「クソッ!生きてやがったか!走るぞ!」
「えっ!う、うんわかった!」
燃え盛る向こうに燃える少女の姿を捉え、二人は反転して駆けて逃げる。燃える少女は瞬間移動を行いながら力を溜め、右手から火球を放って二人の前方にある自動車を爆発させて進路を塞ぐ。
「なんなのこいつ!?」
「フレス!水をかける手段を持ってないか!?」
二人は再び反転して燃える少女を正面に捉えて構える。
「そんな事言われたって……あ!運河に飛び降りて泳げば良いんじゃ……」
「ダメだ。あの中は妙な生き物が入ってる……!」
燃える少女はじりじりと歩み寄りながら、右手に直剣、左手にレバーアクションライフルを呼び出す。
「戦うしか……」
フレスが長剣に右手をかけた瞬間、運河の水面を突き破って巨大な魔物が現れ、燃える少女を食んで大橋を飛び越えてそのまま運河へ消えていく。
「なに、今の……」
「さあな……だが運が良い。先に進むぞ」
男は炎を払いながら大橋を進み、困惑しつつもフレスが続く。