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「すみませーん!」
出発しかけていた御者のおじさんを呼び止めた。馬車が動き出さないことを確認すると、急いで向かう。顔が見える位置まで辿り着くと、息を整えながら先ずは挨拶をした。
「おう、おはよう。どうした?」
こんな朝早くにいきなり話しかけたにも関わらず動じないおじさんの余裕さに少し驚いたが、知らない大人に話しかけるのには慣れていないので、それがキューには頼もしかった。緊張で固まりつつあった体が普段の調子に戻る。
「あの、今から町に向かうんですよね?」
「ああ、そうだけど?」
安心した。村にやってくる行商人は少なく、毎月一人か二人しか来ない。更にいえば村を出発して次にプルーリヴァに向かう行商人は滅多に現れない。キューが上京を思い立って一ヶ月でこんな機会が訪れたことは幸運としかいいようがない。しかしまだ終わってはいない。交渉して乗せてもらわなければならない。気を引き締め直してキューは思い切り真剣な顔で訪ねた。
「乗せていってもらうことって出来ますか?」
それを聞いたおじさんは何も言わず、表情も変えずにキューを見つめていた。その状況が数秒続いたため断られるのだと思い、どうやって交渉しようか考えていたが、予想と違いおじさんの答えは前向きなものだった。
「んー、別にいいんだけどよ、途中でいくつか村に寄るからそれでも問題なければいいぜ」
沈黙の間におじさんが何を考えていたか分からないが、早朝に一人で町へ向かう奇妙な子どもに違和感を覚えていたのではないか。もしそうだとしたら、無理にその背景を聞きたださない気遣いがありがたかった。
「全然大丈夫です! ありがとうございます!」
礼をして頭を上げるとおじさんはすでに前を向いて手綱を握っていた。出発を遅らせてしまっていたことに焦って早足で馬車の後ろへ向かった。
「あー、荷台には乗る場所がないから、すまんが俺の隣に座ってくれ」
「はい!」
半分ほど進んでいたがすぐに振り向き、指定された場所へ飛び乗った。腰を下ろして息をつくと、視界の端でおじさんがこちらを見ているのに気付いた。
「俺はエダン。長い旅になるだろうから、その間はよろしく」
微笑で差し出された右手を同じように微笑で取った。
「キュー・カンバーと申します。この度は本当にありがとうございます」
言い終わる直前辺りからエダンは軽く声を出し笑っていた。キューとしては自分に笑われる要素があったと思えないので、不思議に感じ首を傾げた。
「そんなに畏まらなくていいよ。多分四日か五日はかかるからさ、お互い気楽にいこう」
「は、はい」
指摘されるとなんだか恥ずかしくなってしまい、誤魔化そうと下を向いて何度も頷いた。顔や頭が程よく温まったキューを気にせずに、発進しかけたエダンが何かに気付いた声を出した。
「そういえば、お金持ってきた? 寝具は貸すけど食べるものに関しては自分で用意、調達してもらうからね」
ポケットを触り、忘れていないこと確認した。
「あ、はい、いくらかは持ってきたので大丈夫です」
キューの返答と微かに金属が擦れる音を聞いてエダンは軽く頷く。
「よし。じゃあ出発するぞ。思ったより揺れるから落ちないように捕まっとけよ」
注意喚起をしてエダンは手綱を上から下に勢いよく振り下ろすと馬は目的地に向かって動き出した。
やがて村を出ると、キューは名残惜しそうに振り向き、村を見つめ続けていた。




