表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

発達障害の娘に見えていること?

作者: 日置 槐

 私の名前はFrancine(フランシーン)。イギリスではちょっと珍しい名前でしょ? パパのご先祖様の名前「フランツ」から取ったんだって。男の子だったら英語でFrancis(フランシス)だったんだけど、女の子なのでFrancine(フランシーン)になったの。


 パパの家族は音楽家。オケでバイオリンを弾いてたヴォルフガング大叔父さんが何年もかけて調べたら、「祖先に有名な作曲家がいる」って分かったの。みんな大喜びで『きよしこの夜』の楽譜を額に入れて、お家の壁に飾っているんだよ。


 ママは「芸術家の血なのね」って苦笑いしてた。カレン伯母さんが「うちの家系はみんな自閉っ気があるのよ。私は触覚過敏」って言ってたから、「やっぱりちょっと違うのね」って納得したんだって。


 みんなはね、私のこと「変な子」だと思ってるの。この間、授業中にジョンと遊んでたら、ミス・モーデンが来ちゃった。だって、お勉強したくないって言ったら、ジョンが「サボろう」って誘うんだもん。


 ミス・モーデンは『SENCo(センコ―)』なの。ママは「先公!」って大笑いしてたけど、『Special Educational Needs Coordinator』っていうお部屋にいる先生。私がお勉強をサボると「どうして?」って聞いてくるの。


 ジョンはお家のお仕事を手伝っているから、いつも煤だらけで真っ黒。学校が好きみたいで、いつも窓からこっそり覗いてる。でも、みんなを汚しちゃいけないって、中には絶対に入ってこないの。


 だから、ジョンと話すには窓際に行くしかない。そうすると、先生が「立ち歩いちゃダメ」って怒るの。だったら、ジョンを中に入れてあげればいいのに。何度もそう言っても、ドアを開けてあげないんだよ。


 だから、いつも泣いちゃうの。そうするとミス・モーデンがNest(隠れ家)っていうお部屋に連れて行ってくれるんだ。そこは保育園(ナーサリー)みたいで、ふわふわクッションがいっぱい置いてあるの。


 ロンドンからこの町に越してきたとき、ママは「薪の燃える匂いがする! 煙突掃除の車が停まってる!」ってはしゃいでたの。ジョンのお仕事はたぶん『煙突掃除屋さん』なんだと思う。


 でも、ミス・モーデンに話すと「そのお話は本当(リアル)? それとも想像(イマジネーション)?」って聞いてくるの。「想像」って言わないと戻れないから、最後にはそう言うことにしてるんだ。


 どうしてか「ジョンってどんな子?」って、ママからも聞かれたの。それで「ジョンと遊ぶのはお勉強以外の時間にする」ってママと約束したら、ジョンは学校に来なくなっちゃった。お仕事が忙しくなっちゃったのかな。


 その代わりに、リンダが来るようになったんだ。お姉ちゃんのお友達のエマが「幽霊って見える人にしか見えないんだよ」って言ってた。ママも「そうね」って言ってたから、みんなに見えないリンダは幽霊なのかも。


 だから、次にミス・モーデンに呼ばれたときに、「この学校には12人の幽霊がいるの」って教えてあげたんだ。他の人が見えない人たちのこと数えたら、リンダもいれてちょうど12人だったから。


 だけど、ミス・モーデンは「それは想像(イマジネーション)でしょ?」って。やっぱり「想像」って言わないと帰してもらえなかった。他の人に見えないことを「想像」っていうのかな。そういうこと?


 今のお家にも幽霊がいるんだよ。ママは「暗闇も怖くないし、悪夢も見ないでちゃんと眠れるから、幽霊がいても問題ない」って言うの。「きっとみんなこのお家が大好きだった人たちなんだよ」って。


 私が「棚の人形がCreepy(気味悪い)」って言ったら、ママがなんでも「Creepy(クリーピー)Doll(ドール)がやったのよ」って言うようになったの。絶対に嘘だけど、ママが笑っているから私もつい笑っちゃう。


 この前は大雨で町の川があふれて洪水になったの。次の日にママと橋を渡ったときに川の中に人の足が見えたから、「誰か溺れたんだね」言ったんだ。そうしたら、ママが「どこ? 急いで警察に連絡しなきゃ!」って。


 他の人には見えないのに、警察を呼んだりしたらママが怒られちゃう。でも、嘘じゃないよ。私にはちゃんと見えたの。でも、ママが「どこ?」って言ったときには、もう見えなくなっちゃってたんだ。


 ママはその後も何度もその川を見に行って、警察のニュースもいっぱい読んでたけど、その川で溺れた人はいなかったんだって。あの足はなんだったのかな。


 やっぱりミス・モーデンの言う『本当(リアル)』って『他の人にも見える』って意味なんだ。見えない人には見えないものがある。それが見えないふりをすれば、私は「変な子」って言われないのかな。


 でも、もうすぐ来るハロウィンは1年で特別な日なの。ジョンもリンダもみんな一緒に遊べるんだよ。オレンジかぼちゃを飾っているお家は、ピンポンすればみんなドアを開けてくれるから。


 この日は大人も幽霊の恰好をするの。だから、どこにどんな人が見えても、それは幽霊じゃなくて『こすぷれ』なんだって。


 ロンドンに住んでたときは、地下鉄でも『こすぷれ』してる人がいたんだよ。首のないお姫様が向かい側に座ったときは、他の人もチラチラ見てた。だけど、みんな私みたいに「見えないふり」してたの。


 そしたらね、お姫様の隣に座ってた女の子が「トリック・オア・トリート」って言っちゃった。大人が大きな声で「きゃー」って叫んだら、お姫様は次の駅『タワー・ヒル』で降りちゃったの。


 女の子はお菓子をもらって嬉しそうだったけど、びっくりして倒れちゃった人もいたみたい。あのお姫様を見たから? ママは「地下鉄はすごく揺れるから具合悪くなる人が多いの」って言ってたけど。


 難しいなあ。幽霊も『本当(リアル)』じゃないなら、ミス・モーデンにはなんて言えばいいんだろう。前に「頭の中で誰かの声がするの」って言ったら、ものすごく心配されちゃったし。


 まあ、いいか。あと3日でハーフターム休暇が来るの。学校のお休みだよ。家にはパパとママがいるし、お姉ちゃんもお兄ちゃんもいる。お勉強もしなくていいから、とっても嬉しいんだ。


 今年もママとオレンジかぼちゃでランタンを作るの。あれを飾っておけば、きっとジョンもリンダもトリック・オア・トリートで来てくれるよね。


 でも、私もパパとトリック・オア・トリートででかけているから、ジョンとリンダに会えるのはお留守番のママだけ。ママ、私のお友達にちゃんとお菓子をあげてね! じゃないと、泣きわめいちゃうよ。


 来なかったって言ったら、暴れてやるんだから。だって、嘘じゃないんだもん。ジョンもリンダも『本当(リアル)』じゃないだけで、私の大事なお友達なんだからね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても心に響く作品でした。 本人しかわからない世界を子どもさんがひとりで生きるのは、寂しいですよね。 お母さまや先生が、否定しないで寄り添って、生きやすい方へ導くのは素晴らしいですね。 とても共感でき…
よかったです。 とてもよかったです。 我が子をみつめる母親の視線を感じて、じーんとしました。娘ちゃん、愛されてますね! Francineちゃんの語りがとても可愛くて、「うんうん、ジョンやリンダいるよ…
「想像」って言わないと帰してもらえないって、切ないですね。 他の人には見えないことを否定されてしまうの、寂しい。 こんなだから、妖精もいなくなっちゃうんじゃないかと思います。 でも、ママが幽霊のことを…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ