発達障害の娘に見えていること?
私の名前はFrancine。イギリスではちょっと珍しい名前でしょ? パパのご先祖様の名前「フランツ」から取ったんだって。男の子だったら英語でFrancisだったんだけど、女の子なのでFrancineになったの。
パパの家族は音楽家。オケでバイオリンを弾いてたヴォルフガング大叔父さんが何年もかけて調べたら、「祖先に有名な作曲家がいる」って分かったの。みんな大喜びで『きよしこの夜』の楽譜を額に入れて、お家の壁に飾っているんだよ。
ママは「芸術家の血なのね」って苦笑いしてた。カレン伯母さんが「うちの家系はみんな自閉っ気があるのよ。私は触覚過敏」って言ってたから、「やっぱりちょっと違うのね」って納得したんだって。
みんなはね、私のこと「変な子」だと思ってるの。この間、授業中にジョンと遊んでたら、ミス・モーデンが来ちゃった。だって、お勉強したくないって言ったら、ジョンが「サボろう」って誘うんだもん。
ミス・モーデンは『SENCo』なの。ママは「先公!」って大笑いしてたけど、『Special Educational Needs Coordinator』っていうお部屋にいる先生。私がお勉強をサボると「どうして?」って聞いてくるの。
ジョンはお家のお仕事を手伝っているから、いつも煤だらけで真っ黒。学校が好きみたいで、いつも窓からこっそり覗いてる。でも、みんなを汚しちゃいけないって、中には絶対に入ってこないの。
だから、ジョンと話すには窓際に行くしかない。そうすると、先生が「立ち歩いちゃダメ」って怒るの。だったら、ジョンを中に入れてあげればいいのに。何度もそう言っても、ドアを開けてあげないんだよ。
だから、いつも泣いちゃうの。そうするとミス・モーデンがNestっていうお部屋に連れて行ってくれるんだ。そこは保育園みたいで、ふわふわクッションがいっぱい置いてあるの。
ロンドンからこの町に越してきたとき、ママは「薪の燃える匂いがする! 煙突掃除の車が停まってる!」ってはしゃいでたの。ジョンのお仕事はたぶん『煙突掃除屋さん』なんだと思う。
でも、ミス・モーデンに話すと「そのお話は本当? それとも想像?」って聞いてくるの。「想像」って言わないと戻れないから、最後にはそう言うことにしてるんだ。
どうしてか「ジョンってどんな子?」って、ママからも聞かれたの。それで「ジョンと遊ぶのはお勉強以外の時間にする」ってママと約束したら、ジョンは学校に来なくなっちゃった。お仕事が忙しくなっちゃったのかな。
その代わりに、リンダが来るようになったんだ。お姉ちゃんのお友達のエマが「幽霊って見える人にしか見えないんだよ」って言ってた。ママも「そうね」って言ってたから、みんなに見えないリンダは幽霊なのかも。
だから、次にミス・モーデンに呼ばれたときに、「この学校には12人の幽霊がいるの」って教えてあげたんだ。他の人が見えない人たちのこと数えたら、リンダもいれてちょうど12人だったから。
だけど、ミス・モーデンは「それは想像でしょ?」って。やっぱり「想像」って言わないと帰してもらえなかった。他の人に見えないことを「想像」っていうのかな。そういうこと?
今のお家にも幽霊がいるんだよ。ママは「暗闇も怖くないし、悪夢も見ないでちゃんと眠れるから、幽霊がいても問題ない」って言うの。「きっとみんなこのお家が大好きだった人たちなんだよ」って。
私が「棚の人形がCreepy」って言ったら、ママがなんでも「Creepy・Dollがやったのよ」って言うようになったの。絶対に嘘だけど、ママが笑っているから私もつい笑っちゃう。
この前は大雨で町の川があふれて洪水になったの。次の日にママと橋を渡ったときに川の中に人の足が見えたから、「誰か溺れたんだね」言ったんだ。そうしたら、ママが「どこ? 急いで警察に連絡しなきゃ!」って。
他の人には見えないのに、警察を呼んだりしたらママが怒られちゃう。でも、嘘じゃないよ。私にはちゃんと見えたの。でも、ママが「どこ?」って言ったときには、もう見えなくなっちゃってたんだ。
ママはその後も何度もその川を見に行って、警察のニュースもいっぱい読んでたけど、その川で溺れた人はいなかったんだって。あの足はなんだったのかな。
やっぱりミス・モーデンの言う『本当』って『他の人にも見える』って意味なんだ。見えない人には見えないものがある。それが見えないふりをすれば、私は「変な子」って言われないのかな。
でも、もうすぐ来るハロウィンは1年で特別な日なの。ジョンもリンダもみんな一緒に遊べるんだよ。オレンジかぼちゃを飾っているお家は、ピンポンすればみんなドアを開けてくれるから。
この日は大人も幽霊の恰好をするの。だから、どこにどんな人が見えても、それは幽霊じゃなくて『こすぷれ』なんだって。
ロンドンに住んでたときは、地下鉄でも『こすぷれ』してる人がいたんだよ。首のないお姫様が向かい側に座ったときは、他の人もチラチラ見てた。だけど、みんな私みたいに「見えないふり」してたの。
そしたらね、お姫様の隣に座ってた女の子が「トリック・オア・トリート」って言っちゃった。大人が大きな声で「きゃー」って叫んだら、お姫様は次の駅『タワー・ヒル』で降りちゃったの。
女の子はお菓子をもらって嬉しそうだったけど、びっくりして倒れちゃった人もいたみたい。あのお姫様を見たから? ママは「地下鉄はすごく揺れるから具合悪くなる人が多いの」って言ってたけど。
難しいなあ。幽霊も『本当』じゃないなら、ミス・モーデンにはなんて言えばいいんだろう。前に「頭の中で誰かの声がするの」って言ったら、ものすごく心配されちゃったし。
まあ、いいか。あと3日でハーフターム休暇が来るの。学校のお休みだよ。家にはパパとママがいるし、お姉ちゃんもお兄ちゃんもいる。お勉強もしなくていいから、とっても嬉しいんだ。
今年もママとオレンジかぼちゃでランタンを作るの。あれを飾っておけば、きっとジョンもリンダもトリック・オア・トリートで来てくれるよね。
でも、私もパパとトリック・オア・トリートででかけているから、ジョンとリンダに会えるのはお留守番のママだけ。ママ、私のお友達にちゃんとお菓子をあげてね! じゃないと、泣きわめいちゃうよ。
来なかったって言ったら、暴れてやるんだから。だって、嘘じゃないんだもん。ジョンもリンダも『本当』じゃないだけで、私の大事なお友達なんだからね!