第28話 正体
ICPO top secret 003のDr.殺死屋がベッドに倒れこんでから約2時間後。
フロアの全体放送で呼び出しを食らい、殺死屋は起きてラウンジへと向かう。
しばらく待つと top secret 全員と指令たちが揃い、会議開始となった。
「皆さんにご報告があります。――新入りのエリーはKGBのスパイでした」
エリックの発言に室内の空気が一転する。
全 top secret は殺死屋からの情報で知ってはいたが、あえて【気付かなかった】ふりや【怪しいと思っていたが確証がなかった】ふりをした。
「……エリーはどうなったんだ?尋問中か?それとも俺らで粛清か?」
ICPO top secret 002の紅忍が全 top secret を代表してエリックに聞く。
「本日エリーは日本の警察署に連れていかれたのですが……RemembeЯによって殺されました」
「――は?」
この情報に top secret は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。……展開早くね?え?何があった??」
「殺されたってことは、Wählen Leuteの人体実験関係ってこと……なのか??」
ICPO top secret 005の人斬侍とICPO top secret 006の喰人鬼が混乱しつつ問う。
ラウンジにて安井司令とエリックから事情を話される。
「正確に言えばRemembeЯのエルダと、見知らぬ誰かですね」
エリックはモニターを操作して画面に映像を映し出す。映し出されたのは取調室の録画データ。警察からもらってきたのだろう。
――って、ちょっと待って!?まさか兄ちゃん!?
FBI top secret 005の鬼火は画面内に自身の兄である宮崎竜士を見つけて内心焦る。だが、誰も鬼火の焦りに気づいていないようだ。
殺死屋は何食わぬ顔で画面を見つめている。
「……おいおいおいおい……」
「待って。――もう一人の髪の色……」
「!まさか……」
FBI top secret 001の十字石、FBI top secret 002の霧雨、FBI top secret 003の黒曜石(通称:黒磨)が画面の中のアンノウンの正体に気付く。
「彼が何者かはわかりません。ですが……髪色からしてエルダと同じ実験施設の生き残りでしょう。WL-015の可能性が高いかもしれません」
「――!」
エリーが殺され、犯人たちの逃走を見届けたところでエリックは動画の再生を停止した。
「……あの刑事、何者?会話通じてたし関係者だよね?どこまで知ってるの?」
「彼の名前は宮崎竜士。警視庁捜査一課の刑事です。今回の件で妹の宮崎燈里もエルダと同じ施設で被検体になっていたことが判明しました。……今までは世界の【裏】も知らない一般人でしたし、恐らくこの後も知らないで生きていくのでしょう」
「そう……」
ICPO top secret 008の死神ネルガルの問いにエリックが返す。
ネルガルは回答を受けて考え込む。
「そして、エルダとアンノウンは宮崎燈里が生きていると言っていたため、宮崎刑事の妹の方がWL-015なのかもしれません」
「――待って。腕見せてたよね?あれ何か意味あるの??」
霧雨が問う。
「監視カメラにも映らなかったので、何なのかはわかりません。上腕部を見れたのは宮崎竜士1人でしょう。宮崎刑事は記号が書かれていたと証言していますので、何の意味があったのかは分かりかねます」
「そっか……。文脈的にWL-015が誰か分かるかと思ったけど……」
霧雨はぐしゃり、と頭をかき上げた。
「警察はエルダとWL-015は一緒に居ると見て行方を追っています。そして、同時に宮崎燈里の存在も鍵になると判断したようで捜索を開始しました。ただ、映像からわかる通り……」
「記憶喪失の可能性が高い、と」
「はい、そうです」
FBI top secret 004の朝吹が発言する。
エリックはすかさず肯定した。
「前途多難、だねぇ☆」
「ええ、本当に」
エリックはため息をついた。
「あんたたちがするのはエルダとWL-015の行方を追うことよ。そして、宮崎燈里も追って、いち早く手に入れなさい」
ここで安井司令が今後の方針を話し始める。
「記憶がなかろうとWählen Leuteの元被検体。強化されている可能性が高いわ。――こちらの戦力に加えるの」
「……他は?どうするんです?」
FBI top secret 006の一縷が問う。
「エルダは生け捕りで地下粛清場行き、アンノウンは宮崎燈里と同じで見つけ次第ICPO日本支部に連れてきて。アンノウンと宮崎燈里はICPO日本支部に従い top secret になるのであれば生かし、従わないなら殺す。――いいわね」
安井司令の声は室内にこだました。
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会議が終わり、解散となる。
どさくさに紛れて殺死屋はこっそりと行方をくらました。今日の待機要員ではないためバレないと判断しての行動だった。――が。
「居ない……」
殺死屋を探していた top secret が居た。ICPO top secret 004のDr.殺人鬼だ。
殺人鬼はICPO日本支部内をうろつき、仲間(鬼火)を獲得。最後に忍の仮眠室をノックした。
「……お前らか……」
忍は彼らの目的を察していた。ゆえに面倒くさそうな表情を隠そうともしない。
「……どうしても聞きたいことがあるんだ」
殺人鬼は忍に問いかけた。
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場所を変え、ICPO日本支部の地下。忍が無断で改装している一室に3人は移動していた。
秘密の話になる。誰にも聞かれない、静かな場所で話したかった。
「じゃぁ……鬼火の姉は……」
殺人鬼の言葉に忍の表情が曇る。
Σがエルダたちと同じ施設出身だとは明言していなかったが、今日の一件でバレてしまった。
「同じ紅の薬を打たれてる。被検体番号はWL-013らしい」
「……姉ちゃんも……。あ――だから」
鬼火はΣの容姿を思い出す。
「薄めの茶髪に【ピンクが混じっている】、だろ。瞳も【赤みがかかっている】茶色だ。……殺死屋はウィッグとカラコンで隠しているが」
「本当だ――……って、あれ?」
ここで殺人鬼が気付く。そう、おかしいのだ。
「え……待って?……Σは何でエルダたちのようにピンク色に変化していないの?」
殺人鬼の戸惑う声色に、鬼火は目を見開く。
「――あ」
鬼火も気づいた。
だが、こちらは軽く考えているようだ。
「色によって進行具合が変わるから、忍のおかげじゃね?」
鬼火は【忍の作った薬】のおかげだと捉えている。
だが、忍の薬は万能薬ではない。
「だとしても、あそこまで色が戻ることはないんじゃない?過去にピンクだったら忍が覚えているだろうけど、今のところそんなことは聞いてないし」
「ああ。髪色は拾った当初から変わっていない」
忍は断言する。事実だ。
「なら、本当におかしいよ。……映像で見た限り、僕の兄も髪の毛が真っピンクだった。だから、Σ――君の姉も少なくとも真っピンクになっていないとおかしいんじゃない……?」
「……言われてみれば、確かに……。え……?……何でだ……??」
殺人鬼の冷静な分析に、鬼火は混乱した。
「弟子は……【途中で失敗作として捨てられた】と聞いた」
「――!」
「エリーの配合がよくなかったのか、弟子が抗体のようなものを持っていたのか……色がなかなか変わらなかったんだろ」
「だから……!」
「――んで、なんでか日本……しかも俺の家のすぐ近くに捨てられてて、ちょうど色味が出始めた段階で【忍者に伝わる秘伝の薬】を飲んだ。……本当にあの薬に効果があったとは思わなかったが、きっと副作用をかなり抑制してたんだろうな」
「それで……。あの髪色、なのかよ……」
「憶測だがな。それ以外考えられない」
忍の考察に殺人鬼と鬼火は納得した。
Σの髪色も瞳の色も、薬の副作用から見るととても中途半端だ。
【失敗作だから捨てられた】という言葉は、【Σが途中で居なくなった】ということとも整合性が取れている。
つまり、そういうことだったのだろう。
「――で。僕の双子の兄は姿を消してるんだけど……?」
殺人鬼は忍にジト目を向け、何か知っているなら吐けと促してくる。
「……そこまでは知るか」
忍は呆れで半眼になり、殺人鬼を見返した。
――お前ら、俺が何でも知っていると思うなよ……?
まぁ、殺死屋が何をやっているか大体の想像はつくのだが。
忍は大きなため息をついた。
「……あいつのことだ。被検体同士の秘密の会話ついでに、きっと斎槻にゃんを迎えに行ってるんだろうよ。いやマジで知らんけど」
FBI top secret 007の斎槻は現在RemembeЯのアジトで父親非公認のお泊まり中だ。
そのせいで実父であるFBI top secret 002の霧雨がガチギレしていて、ICPO日本支部内の雰囲気が最悪になっている。事前に親の了解くらいとっておいて欲しかった。……相手、無法者の国際的なテロリストだけど。
「……なら……いいけど……」
殺人鬼は俯き、袖をぎゅっと握っている。
どことなく殺人鬼の歯切れの悪さに引っかかる。忍は問うことにした。
「……どうした?何か気になるのか?」
「……その……。また遠くないうちに、兄が居なくなっちゃう気がして……」
殺人鬼は言いにくそうに、不安そうにもじもじと返してくる。
きっと、双子だから色々と感じるものがあるのだろう。
同じ施設で過ごしたエルダが日本に居るということもあり、嫌な気配を感じ取っているのかもしれない。
――組織からの脱走の可能性、か。
もし脱走した場合は待機役以外の top secret 全員で該当者を探し、見つけ出して殺さねばならない。確かこれも48時間以内のルールだったか。相変わらずヘビーすぎる。
当然、その役目には身内である殺人鬼、侍、喰人鬼が立候補するのだろう。手を下すならせめて身内で、ということになりそうだ。
だが、現状【忍が用意する薬】がなければ彼らは相当困るはず。
薬の作り手である忍をRemembeЯのアジトで拘束する方法もあるが、現状その方法は取られていないし、忍自身拘束されても逃げ出せる自信がある。
忍は周囲に「定期的に髪を染めて、人相を変えるためにカラコンを付けている」と言っているが、忍自身も【とある組織】の強化兵なのだ。本当は金髪が地毛だし、黄緑色の瞳も素だ。
大人しく top secret を続けて忍から薬を貰い、時々エルダに渡しに行く――これが殺死屋が採るべき一番の正解だろう。
だから、現時点で忍は殺死屋が遠くには行くことはないと踏んでいた。
可能性があるとするならば嫌な方――死別だ。こちらは殺死屋の身体の状態から見て十二分にあり得た。
「……そうならないといいな」
殺人鬼よりも深い部分を考えていた忍は、気休めを言うので精いっぱいだった。
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「厄日だ……」
宮崎竜士はため息をついた。
つい先ほど警察病院で血を抜かれたばかりで腕が痛い。
宮崎は刑部警部との話し合いで【聞かないこと】を選択した。ゆえに血を抜かれた理由は不明だがWählen Leute関係なのだろう。
現在、宮崎竜士は自宅で荷物を詰めている。後ろには警察官が立っていた。
しばらくはとある宿舎に監視付きで泊まり込むこととなった。その間仕事に行かなくていいようだ。きっと逃走防止措置なのだろう。
泊まり込みの期間は検査の結果が出るまでのおおよそ2日。場合によっては一生とも言われたが後者はご遠慮願いたい。
宮崎は知らないが、実は宮崎はWählen Leuteの可能性を疑われていた。
陽性の場合、部隊で研修後に公安の暗部に新設された【いわば日本版の top secret 】に有無を言わせず配属される事が決定していた。
GHQの統治のせいで自国にこういった秘匿部隊を持つことができなかったが、つい最近になり規制が緩和された。Wählen Leuteはかなり珍しい。今はまだ誰もいないが、警察や自衛隊から見ると悲願の部隊創設とメンバーの獲得だった。
ただ、彼らの期待は外れる。宮崎は後日陰性の結果が届き、無事家に帰れることになる。
「終わりました」
宮崎は荷物をまとめ、警察官に声をかける。
玄関の鍵をかけ、監視の警察官とともに自宅マンションを後にした。
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――ダァン!!
壁を蹴り付ける激しい音が地下に響く。すぐ横にある壁を蹴られた忍は動じないが、正面に居る人物に辟易していた。
「――ねぇ、他にも何か知ってるよね?」
壁を蹴り付けた、正面に居る人物――霧雨が忍を詰める。
霧雨の後ろには頭を抱えしゃがみ込む十字石と、両手を合わせ謝罪のジェスチャーを申し訳なさそうに送ってくる黒磨が居た。
きっと全力で止めてくれたのだろう。だが、霧雨の怒りは止まらず殺死屋不在のため事情を知ってそうな忍に向かった。とんだとばっちりである。
「え……あ……、霧兄、どうどう……」
鬼火は顔を引きつらせながら霧雨をなだめようとする。……全く効いてはいないが。
忍の隣には鬼火と殺人鬼が居た。ちょうどWL-015に関する会話が終わった後で、地下の無断改装した秘密部屋から出たところだったのだ。
殺人鬼は真っ青になり、一言も発せていなかった。気持ちはわかる。
「……まず、その足をどけてくれ」
「……」
霧雨は足を退ける。が、その顔は相変わらず怖いままだった。圧も強い。
「何回も言うが、俺は知らん。殺死屋に聞け。マジで」
「居ないから君に聞いてるんじゃん?」
「何で俺なんだよ」
「リーダーでしょ。それに、Σのこともある。……早く言いな?」
「だから……っ、あ゛ー、もう!マジ鬱陶しい……!!」
忍は頭をぐしゃぐしゃと搔きむしる。
「斎槻にゃんがどこにいるかは知らん!!!殺死屋もな!?」
「――いい加減吐けよ」
「だから、知らないもんは知らねえんだわ!!確かにRemembeЯの居るおおよその座標は聞いてはいるが――」
「へぇ?――知ってんじゃん」
「だから知らねえんだわ!!!!!」
忍は嫌気がさしながらも、殺死屋からおおよそのアジトの位置を聞いていることを伝えた。
霧雨は怒りつつも「良くできました」と言わんばかりの視線。
余程息子のことが大事なのだろう。忍は気持ちはわかるが怖いなと思った。
そして、その10分後。
「――と、いうわけで。行こっか!」
5階の廊下。
絶望漂う面々の前で殺意のこもった満面の笑みを浮かべた霧雨が宣言する。
「……」
巻き込まれた面々は無言だった。返事をする気力すらなかった。
リベンジマッチとして非公式に【Cチーム】と【Bチーム】(殺死屋以外)でRemembeЯのアジトへ乗り込みに行くことになってしまった。
どうしてこうなった、と思うが怒り狂った霧雨の暴走は誰も止められなかった。




