第26話 それは保護か拘束か
【ご挨拶】
お久しぶりでございます。バタバタしてたり諸事情でパソコンを初期化したりしていました。
そろそろ特捜の方も再開できると思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。
「帰ったな……」
FBI top secret 001の十字石たちは、RemembeЯの撤退を見届け、ため息をつく。
正直、手も足も出なかったのだ。互角に戦えていたのは別室のICPO top secret 002の紅忍たちとICPO top secret 003のDr.殺死屋くらいだった。
十字石は実力差を思い知り、悔しさに歯噛みをしながら痛む身体を押さえる。
他のFBIメンバーも同じ気持ちだった。
「斎槻、帰るよ」
FBI top secret 002の霧雨は、実の息子であるFBI top secret 007の斎槻に声をかける。
だが、返事は帰ってこない。室内は静かなままだ。
「――斎槻……?」
霧雨は斎槻がいたはずの方向を向く――が、そこに斎槻は居ない。
霧雨の顔からは一気に血の気が引き、激しく焦る。
――さっきまで居たはずの息子が居ない……!!!
霧雨は焦り、居た部屋を飛び出す。
「――は!?嘘だろ!?――斎槻!?おーい、斎槻!!返事しろ!!」
「待って!?斎槻、どこ!?斎槻!!?」
十字石とFBI top secret 003の黒曜石(通称:黒磨)が焦り、斎槻を探し始める。
「マジ!?さっきまでそこに居ただろ!?」
FBI top secret 005の鬼火も十字石たちを追うように室内を飛び出す。
「――っ、うわ!悪い!」
「おっと。すまん」
「何かあったのですか?」
鬼火が部屋から飛び出したところで忍たちとぶつかりかける。
「斎槻が居ないんだ!!」
鬼火は忍たちに事情を説明することにした。
「――は!?嘘だろ、いつの間にそんなことに!?」
「え、そんな……!!すれ違ってませんよね!?」
「霧兄たちはあっち行った!俺はこっち行こうと思ってる!」
「なら、俺らはこっち探すぞ!」
「はい!」
合流したICPO top secret 002の紅忍とICPO top secret 009のΣが焦り、鬼火たちの後を追いつつ別方向に展開する。探し漏れがないようにするためだ。
最悪にも現場はWählen Leuteの人体実験施設。どうか無事でありますようにと各自が念じつつ、斎槻の捜索が始まった。
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霧雨は走りながら各部屋を素早く確認していく。
ここは研究施設。敷地は広大だが、子供の足ではまだそれほど遠くまでは行けていないはず。
「居ない……」
同じフロアには息子が居ない。
霧雨は1つフロアを上がり、室内を手当たり次第に確認し、次へと向かう。
「居ない……!」
霧雨はもう1つフロアを上がり、同じように室内を手当たり次第に確認し、次へと向かう。
「――ここにも居ない……っ!!」
霧雨の悲痛な叫びが室内へとこだまする。
ここはもう最上階だ。よって、この建物内はハズレ。
霧雨は一気に階段を駆け下り、1階へと戻る。
霧雨が建物の外に出たその時。
ちょうど近くを捜索していた十字石が合流した。十字石は建物を指さして告げる。
「居たか!?こっちは居なかった……!」
「居ない……。どこにも、居ない……!!」
霧雨の悲痛な叫びを受け、十字石は知っている情報を共有する。
十字石は再び建物を指さして告げる。
「あっちは黒磨が、あっちは鬼火、あの建物が忍、向こうはΣが探してる!」
「――わかった!」
霧雨はそう言うと、誰も探していない次の建物へと向かう。
霧雨たちが手当たり次第に探していると、とある部屋に殺死屋が立っていた。
その目はどこか遠くを見つめているようで、ただただ廊下を眺めているわけではないのだろう。どこか懐かしいような、かといってあまり喜んでいないような……とても複雑な感情を孕んでいるようだった。
殺死屋は人体実験施設に居た過去がある。だから何か思うことがあるのかもしれないが、今の霧雨たちには殺死屋の心境を慮る余裕などなかった。
「おい!殺死屋!!」
物思いにふけっていたのだろうか。殺死屋は珍しく、十字石に呼ばれて初めて彼らの存在に気付いたようだ。
殺死屋はゆっくりと振り返り、十字石と霧雨の表情を見て怪訝そうな顔になる。
「……え、何?……血相を変えることなんか、あった?――ああ、残酷な被検体の死体でも見たってこと?かなり酷い部類に入るけど、あの扱い方はまだマシな方――」
「斎槻が居ないんだ!!」
事情知らないであろう殺死屋の問いに、霧雨が悲痛な声で答えた。
「……ああ。斎槻なら、RemembeЯと帰って行ったよ」
「――は?」
帰ってきた答えは意味不明だった。
霧雨の怒りがMAXになる。
――何でRemembeЯと帰る?拉致の間違いじゃないか!?
勝手に息子を拉致されたと知り、霧雨の心の中ではどす黒い感情が渦巻いていた。
十字石も意味不明そうな表情を浮かべている。
そんな霧雨の様子を見て、殺死屋は心底不思議そうに発言する。
「……?……君は……霧雨はWählen Leuteだ。そして、その息子もWählen Leuteだよ?」
「――だったら何なわけ?」
「おい、霧兄!……気持ちは分かるが落ち着け!」
「こんな状況で落ち着けるか!!」
霧雨の怒りは収まらない。息子の無事が関係しているため、霧雨は年甲斐も大人気もなく殺死屋に対して筋違いの怒りをぶつけた。
十字石が霧雨を止めに入るが、霧雨はその手を勢いよく払いのける。
その様子を見て殺死屋はただただ目を丸くする。
「……もしかして、気付いてすらいなかった……ってこと……?」
「――は?」
呆れる殺死屋に、霧雨はキレる。十字石の顔は引きつった。
「居たか!?――って、殺死屋!?え、霧兄!?」
鬼火が室内に入ってきて、霧雨に問う。だが、殺死屋が居て、しかも霧雨が怒り心頭のご様子。
「捜索隊が全員合流……ですか」
「……もう敷地内には居ないだろうな」
霧雨たちの気配を辿って追いかけてきたΣと忍も室内へと入り、状況を整理した。絶望しかない結果を忍がつぶやいた。
殺死屋は捜索隊の様子を見て絶句する。
「……本当に……、君たちは何もわかっていなかったんだね……」
「――は?喧嘩売ってる?」
殺死屋の様子に霧雨は殺気とともに凄む。殺気だけで人を殺せそうだった。
ほかのメンバーも意味が分からないのか眉をひそめていた。
殺死屋は駄目だこりゃ、と言わんばかりにため息をつきつつ、状況の説明に入る。
「……あのね……。いい加減気付きなよ。斎槻はエリーにとっては【格好の実験材料】なんだよ」
「――は?」
突然出てきた【実験材料】という言葉に霧雨の態度が変わる。
だが、【格好】の【実験材料】という言葉の意味が分からない。斎槻は普通のWählen Leuteだ。今のところ、特筆している才能はないはず。
「斎槻は霧雨と常に一緒に居たし、忍がずっとエリーの気配や動向を探っていた。それに、エリック副指令も安井司令もエリーから目を離さないよう動いていた。だから、全然上手くいかなかったみたいだけど」
「――どういうこと?」
「斎槻はエリーにずっと狙われてた。だから、RemembeЯが連れて帰った。それだけだよ」
霧雨は困惑する。
――それなら尚更、いつも通り俺が斎槻を守り抜けばいいんじゃないか?エリックさんも居るのに?
――何でRemembeЯが出てくる?
――しかも、親の許可なく連れ去る?やっていることは拉致監禁だろう!?
相手は犯罪者だ。
Wählen Leute)を【仲間】として見るRemembeЯではあるが、所属組織から見ると敵。絶対に丁重に扱ってもらえるとは限らない。
温かいご飯を食べさせてもらえるかもわからない。指名手配者集団が清潔なベッドで寝れているわけがない。お風呂に入れるかもわからない。
子どものことを思うからこそ、霧雨は怒る。
「……だからって……こんな勝手が、許されるわけが――」
「……?なんでそんなに怒ってるの?」
「――は?」
殺死屋の発言は霧雨の神経を逆なでする。一気に霧雨の怒りは頂点に達した。
だが、殺死屋としてはわざと逆鱗に触れているわけではない。何で霧雨が【RemembeЯに対して感謝をしないのか】が本当にわからないのだ。
殺死屋の視点は霧雨と全く違う。だからこその対立だった。
霧雨の怒りが分からない殺死屋は、より詳しい事情の説明を試みる。
「……えっとね……?僕の過去、忍からもう少し詳しく聞いたんだよね?どうせ鬼火からも回ってるんでしょ?僕とあの子やその他のみんなの扱われ方」
「……知ったけど、それが何か?」
「――じゃぁ、僕が拉致されたときの年齢は?WL-015探しの年齢範囲は?今の斎槻の年齢は?……ねぇ、いくつ?」
「……?」
霧雨は不審に思いながらも該当情報を記憶から引っ張ってくる。
殺死屋が拉致されたのは5歳の誕生日の少し前だと、殺死屋の双子の弟であるICPO top secret 004のDr.殺人鬼が言っていた。
WL-015探しは9歳以下の行方不明者が対象だった。
斎槻は今年で6歳になる。小学校に上がったばかりだ。
「……あ……」
――実験体の条件は……年齢がひと桁――9歳以下!?
「まさ、か……」
共通点に気づいてしまった霧雨は青ざめる。
その他のメンバーも答えに達したのか、顔面蒼白だった。
「ほんの一瞬、目を離した隙に僕たちと同じ目に遭うよ?」
殺死屋の発言が静まり返った室内に響く。
「どれだけ対策しても絶対なんて無い。……なのに、RemembeЯの良心を怒るの?」
殺死屋の言葉に、霧雨は何も答えられなかった。
他の面々も何も言うことができない。殺死屋とΣの生活を忍と鬼火から又聞きしているから、尚更だった。
「……僕から見たら、十分良心的な対応だと……。保護だと思うけど……」
殺死屋は言葉を発しつつ思案する。
霧雨は親だ。常日頃から可愛がっている息子の【悲惨な姿】を目にしたくはないだろう。しかもあの頃より薬の効能も副作用もパワーアップしているはずだ。成功すれば命までは取られないが、失敗すれば【あの施設】に居た他の子たちのように死んでいくだろう。
薬を投与され副作用に苦しむのも、薬のせいで仲間が息絶える瞬間も、仲間が死んでいき恐怖に震えるのも……殺死屋は全部見て、感じて、知ってる。
だから、薬を投与されれば斎槻が苦しむのは目に見えている。
またそれを知った霧雨が怒り、自身を責めて苦しむのも容易に想像がつく。斎槻が死んだ場合、状況はもっと悪化するだろう。だから……。
「ねぇ……一体、何が嫌なの……?」
――本当に、何で怒っているの??
息子と会えないのも、【彼】と共に【エリーを殺すまで】の数日間の辛抱なのに?
ICPOに居る事よりも、RemembeЯと居ることの方がメリットが大きいのに?
殺死屋は「本当に理解ができない」といった表情で、何が嫌なのかと飄々と言い放った。
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ここはとある山の奥の廃工場。
RemembeЯの隠れ家に帰還した面々はそれぞれの部屋に散らばっていた。
その中の一室、エルダの暮らす男性用居住区画にて、エルダは戦慄していた。
「マジか……。いや、マジか……」
エルダは先ほどとある小瓶の蓋を開けた。だが、瓶の中に入っている液体から漂う強烈なにおいに顔が歪む。
――なんだこれ。未知の毒じゃね!?ヤバそげじゃね!?本当に飲むの、コレ!?
【彼】からは大丈夫だと聞いているし、数値も改善したと言っていたが……嗅覚面でも感覚面(第六感か?)でもヤバイ匂いが漂ってくる。冷や汗が背中を伝うが致し方無い。
「……飲むか……」
エルダに残されている時間はあまりない。
――背に腹は代えられない。信じるしかねぇ。
エルダは覚悟を決め、瓶の中に入った【ドブのような液体】を一気に煽る。
「苦っ!!――う゛え゛っ、にっがぁ……!!!!!」
口に含んだ瞬間に吐きそうになるが、身体の為だ。きちんと最後の1滴まで飲み干す。
「……水っ!!……飴……!」
エルダは事前に用意していた水を飲みつつポケットをまさぐり、飴を取り出して口へと放り込む。
【彼】――殺死屋に貰った飴玉を口の中で転がす。口直しの飴は偉大だった。
しばらくして胸やけのするような酸味とえぐみ、苦味が引いた後。エルダは絶望の瞳を液体が入っていた瓶へと向ける。
「マジかよ……。これを……、毎日、飲むのか……」
エルダの目は死んでいた。
本音を言うともう二度と飲みたくはない。絶対に御免だった。
だが、背に腹は代えられない。殺死屋からこの薬の効果は聞いていた。たった2例だけだとしても、自分の壊れかけの身体を少しでも長く持たせることができるのであれば縋りたかった。
「やべぇなぁ……。はぁ」
エルダは呟き、ベッドに倒れこんだ。
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エルダが忍が作成した【秘伝の薬】を口に入れたのと同じ頃。
RISAはうさ耳フードを揺らしながら、焦げないように鍋をかき混ぜていた。
「……火は通った……」
中身は市販の白かゆと鶏肉、適当な乾燥野菜、顆粒のだしの素。塩で味が整ったら、最後に溶き卵を入れる予定だ。
世界から追われる身であるRemembeЯから見ると、RISAはかなり贅沢な食事を作っていた。猫の男の子――斎槻はあの悪名高き【エリー】に狙われるという最悪な状況だ。それ以外に、RISAとは同じ子供同士でもある。彼のことをかなり気にしているのだろう。
「……できた」
RISAは表情が乏しいながらも嬉しそうに完成を告げる。
火から下ろして3つの器に盛り、トレーの上に3つのスプーンとともに置いた。
「確か……パパは猫の男の子とあっちに居たはず……」
RISAは普段談笑スペースとして使っている部屋を目指し、器の中身をこぼさぬよう慎重に歩いた。
RISAが目的の部屋の前に到着すると、中からフレデリックが男の子を気遣う声が聞こえてくる。だが、男の子は元気がないらしい。ぽつりぽつりと言葉を返すだけだ。
――もしかして体調、悪いの?なら、おかゆで正解。……猫の男の子は日本人だし。
RISAはトレーの上に乗せたおかゆ(本人の認識では)を見つめ、軽く頷き入室する。
フレデリックと斎槻は隣り合って椅子に座り、テーブルの上には白湯が入った2つのコップが置かれていた。
「……RISAか」
フレデリックはRISAに気付き、声をかける。
「作った。……ふーふーして食べて」
RISAは斎槻にトレーごと差し出した。
「え……?」
斎槻は驚きの表情を向ける。
器の中身はおじやだ。鶏肉や野菜が入っている。匂いから食べなれない味ではないだろうと思えた。
「とりあえず、何か食べたほうが良い」
フレデリックは斎槻に食事をとるよう促す。
「……日本人は元気がない時、『おかゆ』を食べるんでしょ?……ぴったり……」
「……ん?野菜とか出汁が入っているものは、日本では『おじや』と言うんじゃないのか……?」
「……?……わからない……」
RISAはここ最近加入したばかりだ。日本語は大分できるようになったが、子どもなので知らないことも多い。
食材も大盤振る舞いしすぎだったが、斎槻の状況を考えると仕方ないだろう。フレデリックは咎めるのをやめた。
「えっと……作ってくれてありがとう。いただきます……にゃ」
斎槻は戸惑いながらも礼を言い、フレデリックとRISAと共に食事を始めた。
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「ごちそうさまでした」
斎槻、フレデリック、RISAの3人は食事を終えた。
出された白湯を飲み、それぞれが一息つく。
意外にも美味しかったおじやに驚きつつも、斎槻はフレデリックに訴える。
「……お家に帰りたい」
「悪いが今は返せない。君にとって、とても危険なんだ」
フレデリックは許可しない。それどころか危険だと言った。
「え……?お父さんもだけど、ICPO日本支部にはエリックさんも居るよ?……なんで帰っちゃダメなの?」
「危険な薬を打たれるからだ。……最近FBIに来た【エリー】の本名はエカチェリーナ。彼女はWählen Leuteの人体実験施設で働いていた。RISAは、エカチェリーナによってエルダが打たれた紅の薬の後継版……銀の薬を投薬されている。そして、君も同じように銀の薬を打たれそうになっていたんだ」
フレデリックは事情を子供にわかるように説明した。
「じゃぁ……RISAちゃんは……。殺死屋のお兄ちゃんと、叶奈のお姉ちゃん――あ、えと、Σのお姉ちゃんとおんなじ薬の……一番新しいお薬を、【エリー】に打たれてるの……?」
斎槻はRISAの銀色の髪と赤い瞳を見ながら問う。
RISAの髪色が特殊だとは思っていたが、実験の結果だとは考えてはいなかった。
「うん。……すごく痛かったし、つらかった。だから、斎槻はここにいて。……あと数日なの。……ここに居るの、短いの」
RISAの悲痛な表情に、斎槻は抵抗をやめて受け入れることに決めた。
忍による【殺死屋とΣの過去暴露】の時、斎槻はわからないことが多かった。だが、仮眠室に戻った後に霧雨から簡単な言葉で教えてもらい、おおかた状況を理解していた。
彼らと同じように苦しむのも、父である霧雨や母に会えなくなるのも嫌だった。
「えっと……おせわになります」
斎槻はフレデリックに頭を下げた。
「……暖かくなってきたとはいえ、夜は少し肌寒い。だから、羽織っておけ」
フレデリックは来ていたスーツのジャケットを斎槻の肩にかけ、退室した。
「……片づけたら、戻ってくるね」
RISAはそう言い、フレデリックの後を追った。
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ICPO日本支部に帰還した【Aチーム】(欠員あり)と【Bチーム】は、3手に分かれた。
霧雨の代わりに黒磨と忍が安井に報告へ行き、霧雨は仮眠室にいたエリックを連れて地下へ、その他メンバーはそれぞれ仮眠室へと戻った。
霧雨とともに地下3階に降りたエリックは、霧雨から聞いた話に目を丸くする。
「な――斎槻がRemembeЯに誘拐された!?」
地下にエリックの声が響き渡った。
「……声が大きいです」
「――あ、すみません……」
素っ頓狂な声を上げたエリックは、霧雨の言葉を受け、声の音量を落とした。
幸いにも、地下には霧雨とエリック以外誰も居ない。聞かれてはいないだろう。
霧雨は一呼吸置いて話し出す。
「原因はFBI新人のエリーです。人体実験を斎槻で行おうとしていた……だから数日間限定で連れ去ったようです。……親である俺には一言も相談されていませんが」
「なるほど……。味方のような動きをした、と」
「Wählen Leuteから見れば、ですが」
霧雨はエリックの言葉を一部否定した。RemembeЯは味方ではない。
「敵に塩を送る、という言葉のようですね。……確か、戦国時代のSAMURAIでしたか?」
エリックは脳内で物事の裏側を考察しつつ、言葉を発する。
上杉謙信は【侍】ではなく【戦国武将】なので若干ずれているが、アメリカ人の認識なんてこんなものだろう。
一応敵同士なのだが、RemembeЯはこちらと同じ敵――【エリー】こと【エカチェリーナ】を処分しようとしている。
FBIから見れば【エリー】はKGBのスパイ。やりようによっては水面下で手を組めるだろう。
「……親である俺には【一言も】相談されていませんが」
「……そのよう、です……ね……」
暗黒のオーラを漂わせてくる霧雨から目をそらしつつ、エリックは答えた。同時に身体的距離も取っておく。
感謝すべき事情はあれど、勝手に息子を連れていかれたのだ。怒って当然だろう。……だが怖い。怖すぎる。霧雨を怒らせたらどうなるか、エリックは身をもって知っている。
フレデリックもエリーもこれ以上余計なことをしないでほしい、そう心の底から叫びたいエリックだった。
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時はエリックと霧雨が地下で密会し終えた少し後。
1階ロビーではとんでもないことが起こっていた。
「あなたには逮捕状が出ています。……署までご同行を」
逮捕状を突き付けられた人物――エリーは、丸い瞳をさらに丸くした。
1階に呼び出されたと思ったら、なぜか日本の警察に逮捕状を突き付けられた。
スパイとして潜り込んでいるFBIに逮捕されるならわからなくもないが、出てきたのは日本の警察組織。誰だって驚くだろう。……どうしてそうなった。
エリーは逮捕状に視線を向ける。
逮捕状に書かれている罪状は公文書偽装――偽パスポートを使った罪だ。
そもそもが既存の人間(一般人)の身分を乗っ取った偽身分――背乗りでの入国だ。かなり悪質である。
だが、彼女には他にも未成年者の拉致や【この前爆破された施設内での医療過誤】など複数の嫌疑があり、この後の取り調べで再逮捕祭りを予定している。
だからこそ――逮捕状を持ってきたのは警視庁捜査一課の宮崎竜士と田中だった。
外国が絡んでいるため公安外事の管轄になりそうだが、今回は刑事1課が動くこととなった。きっと、手柄を譲られたのだろう。
「あら……。何それ。私、知らないわ」
「令状がありますので」
しらばっくれるエリーの手首に、宮崎は有無を言わせずに手錠をかける。
同僚の田中と共にパトカーへと誘導し、警視庁へと車を走らせた。
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静まり返ったロビーの陰から動く女がいた。
女は特殊な鍵でドアを開け地下1階へと降り、すぐにエレベーターに乗り6階へと向かう。
「警察が、しかも捜査一課が……?」
女――司令である安井桃子はエレベーターの中で呟く。
――あの女を連れて行ってくれるのはありがたいけれど、どうやって調べたのかしら。
安井は物陰からこっそりエリー逮捕の様子を見ていた。
エリーの逮捕で出てきたのは捜査一課。殺人や強盗、傷害、誘拐、医療過誤などを担当する部署だ。
【エリーの正体】が安井の睨んでいる通りなのであれば、公安が動くはず。だが、公安は来なかった。
――余罪が多い?だからこそ、表立って動ける刑事一課に任せたのかしらね?
ICPOの本部はフランスにあるが、アメリカももちろん絡んでいる。それに、ICPO日本支部にはFBIが出入りしている。
FBIなどのアメリカ系組織が表立って手を出すとロシアとの関係の悪化につながるから、緩衝材として日本を挟ませたのではないかという疑問に辿り着く。それなら大事になっても問題はなさそうだし……。
最終的に安井は【内部の誰かが情報を流したのではないか】と考えた。
余談だが安井の考察は当たりだ。
実はエリックが日本警察に情報を流していた。
借りを返した――というよりかは、日本警察に対する飴でもあるのだろう。そして、【自分が動けないから、代わりにエリーの排除をやってもらう】という裏の目的もあっさりと達成させた。
「何はともあれ……邪魔者は消えてくれたわね。いろんな意味でせいせいしたわ」
安井はそう零し、エレベーターを降りて指令室へと向かった。




