第23話 嵐の前の静けさ
舌の根も乾かないうちに遅刻だヒャッハー!!
「やば……寝そう……。……いや、起きなきゃだな……」
ICPO top secret 002の紅忍は仮眠室のベッドから起き上がる。
決して寝ていたわけではない。朝練を終えてシャワーを浴びた後、適当に戦闘衣装を着てベッドにダイブをしていた。
忍たち【Bチーム】は今日の待機を命じられている。出動順番は【Cチーム】なのだが、万が一に備えて【Bチーム】も待機することになっていた。
「……腹減った……。朝餉は玄米と梅干と、焼き魚とだし巻きと味噌汁がいい……」
忍は心の奥底から和食を求めつつ身だしなみを整え、仮眠室のドアを開けてラウンジへと向かう。
あの衝撃の告白から1日が経った。
昨日は悲痛な空気が漂っていた。どうなることかと思ったが、今日の朝練で顔を合わせた結果、1日経ったことで各々が事情を呑み込み、幾分か持ち直しているようだった。
エリーはさすがと言うべきか上手く周囲に溶け込み始めるが、殺死屋とルナ、Σはエリーを嫌い、エリーから逃げ回っていた。特に殺死屋はエリーに会うとパニック発作を起こすようになり、絶対に2人を近付けたくなかった。
なので、率先してICPO top secret 002の紅忍が動き、ICPO top secret 001の黒真珠とFBI top secret 001の十字石、FBI top secret 002の霧雨が、エリーと仲良く(偵察)する道を選び、エリーの動向や真の目的を探ることが決定した。
女の勘だろうか。安井司令もエリーの裏に気付いている気がする。なので、安井に軽く「エリーがスパイである」という情報を流し、バッチバチに争ってもらうことにした。
恋敵(?)であり、好きな相手の敵対組織の人間だ。容赦なく思いっきり潰し合って欲しい。
「お疲れー」
「お疲れ様です。師匠」
「あ、お疲れー。遅かったな、忍」
「……朝食できてるよ。好きによそって食べて」
忍がラウンジに入ると、ICPO top secret 009のΣ、FBI top secret 005の鬼火、ICPO top secret 003のDr.殺死屋から声がかかる。
「あ、悪い。助かったわ――って!和食じゃん!!」
忍の視線の先――3人が座る机の上に置かれていたのは和食だ。豆腐と長ネギの味噌汁、だし巻き卵、焼き魚、ほうれん草のおひたしがそれぞれの器に盛られている。香の物と梅干しは一緒の皿に盛りつけられていた。鬼火は白米をよそっており、Σと殺死屋は玄米を選択していた。
「師匠、玄米は白い炊飯器です!」
「いつも和食だから助かるわ。おー!玄米超嬉しい!!」
忍は喜び、白い炊飯器のもとへと向かった。
「【Cチーム】はもうちょいしたら来ると思う。だから保温は切らないでくれな!」
「了解」
忍は鬼火に返答し、自分の分の朝食を器によそった。
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時刻は9時半頃。
殺死屋がトイレから出て廊下を歩いていると、廊下の反対側(仮眠室、エレベーター方向)から副指令のエリックが歩いてきた。手には大きな袋を持っている。中身はきっと食材なのだろう。
「お疲れ様です」
「あ……殺死屋君、お疲れ様です」
殺死屋が声をかけるが、エリックの反応はワンテンポ遅れた。
エリックはいつもと様子が違っていた。何か考え事をしていたのだろう。
――エリックさんもクソ女に【何か】感じてる……ってこと?
殺死屋は一瞬思案し、自分からは絶対に触れたくなかったエリーの話題を出してみる。
「……【昨日紹介していた新入り】は、組織に馴染んでいるの?」
「――え……?ああ、彼女ですか。……そうですね。上手く馴染んでいるとは思います」
「……そう」
エリックは返答に迷っているようだった。元々少しは怪しいと思っていたのか、昨日の殺死屋の様子を見ての回答なのか、FBI勢から回ってきた殺死屋の過去を受けての回答なのかはわからないが。
「今日は十字石君たち……【Cチーム】が待機の日ですね。殺死屋君はここに住んでいますし……。……君たち【Bチーム】はWL-015探しは一旦止めて、一緒に訓練してきてはいかがですか?」
実は、今日の5階( top secret 区域)と6階(主に指令室付近)はエリーがうろついている。殺死屋たち【Bチーム】の面々はエリーの気配を探りつつ、隠れ鬼(鬼ごっこの一種)でもするかのようにのように移動していた。
エリックはそれに気づき、殺死屋たちをエリーが立ち寄らない地下へと誘導したのだろう。
――やっぱり、FBI勢から情報は回っていたんだね。
殺死屋とΣの過去はバレたが、正体にはまだ気付かれていない様子に安堵する。このまま永遠に気付かなければいいと心の中で祈った。
「……今日は暇だし、そうするよ。――呼んでくる」
殺死屋は話を区切り、ラウンジのドアを開ける。エリックはそのまま廊下に立ち、見張り役を買って出た。
「……ただいま。エリックさんから地下で訓練して来いってさ」
「わかった。――行こうか」
「りょ!」
「了解です」
殺死屋の言葉に、忍、鬼火、Σが返事を返す。
机の上に出していたものを片付け、即座に移動を開始する。
「お疲れ様です。――ここは私に任せてください。訓練、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。行ってきます」
廊下に出るとエリックが言葉をかけてきた。
忍がチームを代表して返事をし、4人は足早にエレベーターホールへと向かった。
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地下の訓練室では【Cチーム】による戦闘が繰り広げられていた。
「――シッ!」
「はっ!!」
FBI top secret 001の十字石とFBI top secret 003の黒曜石(通称:黒磨)が1対1で中央付近で戦っている。
「――それ!」
「やー!!」
FBI top secret 002の霧雨は実の息子であるFBI top secret 007の斎槻と戦っていた。こちらは子どもに対してある程度の手加減をしているようだ。
――お、斎槻にゃんだいぶ動きが良くなったな。数日間育てた甲斐があるわー。
入口ドアを開け、すぐに視界に入った戦闘を分析していた忍は挨拶する。
「お疲れ様です。俺らも混ぜてください」
「あ、お疲れ様!――朝みたいにしてくれるのって出来たりする?」
霧雨が代表して挨拶を返し、この後の戦い方のリクエストを出した。
あのやり方は戦闘がずば抜けている2名が敵役になるため、実際のRemembeЯ戦に近い様に思えた。しかも、殺死屋は元被検体――RemembeЯの殆どと同じ条件を持つ強化兵でもある。
「了解。――殺死屋」
「背中側半分の担当でしょ?……やるよ」
殺死屋も了承し、配置につく。
「じゃ。お好きにどうぞ」
「好きな時に始めていいよ」
忍と殺死屋は自然体で構えた。手には得物を持っている。
数秒後に率先して動いた十字石により、他の top secret は戦闘を開始した。
1時間ほど経過しただろうか。
戦闘をやめ、各々は休憩に入っていた。
「いやぁ……やっぱり強いね……」
「だな……」
「うう……つかれたにゃぁー……」
霧雨、十字石、斎槻が音を上げる。
霧雨は単に【実力】だけではなく、殺死屋に施された【薬による強化】の事も含めて言っているのだろうが、どうとでも取れる言い回しだった。
「師匠ですからね」
Σは当然のことだと言わんばかりに言葉を返した。Σの頭の中では【強い=師匠】という図式だった。殺死屋も居たのだが、スルーしていた。
「殺死屋も相当だけど、一番は忍だよ……。色んなところから武器出て来るし……」
「……なぁ、忍??いつも思うけど、武器、何で尽きないの……?おかしくね……??」
「当たり前だろ。忍者舐めんなよ」
かなり疲れてそうな黒磨と鬼火の問いに、忍はさらっと言葉を返した。
忍は隣に座っている殺死屋を見る。
殺死屋は相変わらず無言を貫いていた。Σ以外とは率先して関わる気はないらしい。また、これ以上の情報共有は危険だと感じていることもあるようだ。
「エリーの事もあって5階に行きづらいが……、一旦シャワー浴びてくるか?」
汗が気持ちわりぃ、とぼやきつつ十字石が発言する。
その提案にいち早く乗ったのは霧雨だった。
「いいね。その後は早めの昼食にしない?」
「賛成」
「ご飯にゃー!」
お腹が空いていたのだろう。早めの昼食には斎槻が一番喜んでいた。
賛成と言葉を返した黒磨が楽しそうに笑う。
「お風呂……シャワーを浴びた後ね?」
「うん!!」
霧雨の言葉に、斎槻はキラキラした瞳で頷く。年相応だった。
「よし。じゃ、そうしようか」
「呼び出しがあった時の為にも、体力を温存しておきたいしね」
「ですね。一旦長く休憩したいです。……このままだと多分死にます……」
忍が決定し、殺死屋、Σが言葉を返す。
忍はもちろんのこと、殺死屋とΣもまだ余裕がある様子だった。
「え、うそ……。3人共余裕なの??どうなってんの……??」
鬼火の顔が引き攣る。これだけ戦ってまだ余裕があるのが信じられないらしい。
「……もっと鍛えろ」
忍はそう言い、移動を開始した。
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シャワーを浴び更衣を済ませ、再びラウンジへと集結する。
「じゃ、作りますか」
霧雨は戦闘衣装の上にエプロンを装着し、キッチンへと立つ。
調理は楽しくもあるが、エリーのこともある。なるべく何もかも短時間で済ませたい。
「材料は……っと。お、かなり充実している。入れたの誰だ?食って良いの?」
十字石が冷蔵庫を覗くと、かなりの量の食材が詰め込まれていた。パン、肉類やハムなどの加工品、アメリカンな冷凍食品、野菜、果物、卵、乳製品などが入っており、隙間を探すほうが大変な状況だった。
加工品やチーズ、冷凍食品は海外からの輸入品が多いようだが、使っていいものがわからない。
「ああ。僕らが来る頃にエリックさんが持ち込んだやつだね。エリックさんが突っ込んだものは自由に食べてたり使っていいって言われてるし、今日もお言葉に甘えようかな。……この状況じゃ、僕が入れた物がどこに行ったかわかんないし……」
「マジか。早めに発掘しないと腐るぞ。……エリックさんには後でお礼言わないとだな」
「知ってる……。きっと奥の方にあるんだろうから、また探してみるよ」
殺死屋の話に十字石は納得した。
冷蔵庫の中身はほとんどエリックが揃えたらしい。エリックもまた上の決定で仮眠室暮らし
だ。日々の自炊の為と top secret への【飴】なのだろう。
「ありがたいことに食材が多すぎて、逆に何を作っていいのかわからないです」
「あれ?和食系は……無いのか?煮物とかだし巻き卵とか、たらことか豆腐とか納豆とか……」
困惑するΣをよそに、和食派の忍は冷蔵庫内を物色した。
食材の購入者がエリックのため、冷凍食品や食材は洋食オンリーだった。物が多すぎるのも関係しているが、ごぼうやたらこのような和食特有の食材が見当たらない。
「BLTサンドとか作れそうだね。……あ、チーズもある」
「あ、レトルトのビーフシチューだ……。温めるだけで食べれそう……」
霧雨が冷蔵庫を物色し、黒磨が棚の中身(常温保存の保管場所)を物色する。
「霧兄、これ焼いたらパティになるんじゃ?」
鬼火が冷凍庫から薄めのハンバーグを取り出す。輸入品なので当然、アメリカンなサイズのものだった。けっこうでかい。
「……てことは、ハンバーガー行けそう?サイドは?」
「ポテトでいんじゃね?冷凍庫に沢山入ってら」
「このナゲットも揚げれば良くね?」
霧雨の問いに十字石、鬼火が冷凍庫からサイドメニューを発掘する。
「常温の保管場所……棚の中にピクルスあったよ。それっぽいソースとマスタードは……冷蔵庫の中に無かったら、これだね」
黒磨がアメリカンなピクルスを発掘してきた。
ソースやマスタードなど、ハンバーガーに必要な物も揃っているようだ。
「……もう、ハンバーガー一択で良くね??パン焼いて色々挟めばいける」
「わぁ!!ハンバーガーにゃー!!」
「……作るか!」
FBI勢はメニューを決定した。
昼食はアメリカンなハンバーガーセットになるらしい。基本的には和食が食べたかったが、本場に近いハンバーガーも楽しみなICPO勢だった。
「なるほど。じゃ、野菜洗って切るわ」
「あ、レタスとトマトです!ついでにサラダも作りましょう!お野菜大事です!!」
忍は野菜を探し、Σが冷蔵庫から取り出す。
栄養バランス的にせめて野菜を足したいと思い、勝手にサラダも作ることにした。いくつかの野菜を拝借する。
「……油ってどれくらい……?こんなもんなの……?え、多くない?減りが早いんだけど?」
殺死屋はサラダ油を小さめのフライヤーにどぼどぼと注ぐ。フライヤーを使ったことがないらしく、軽く不安になりながら油を注いでいた。
「あってるよ。でも、もう1本開けたほうが良いかも」
以前使ったことがあるのか、黒磨が返答した。ついでにもう1本棚から油を取り出し、フライヤーへと注いだ。
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調理して出来上がったものを食べ終え、片付けを済ます。
エリーをエリックが引き止め、安井と3名で6階に詰めていると知り、 top secret は5階でのんびりと過ごしていた。
世間話をしていると、急に室内上部のスピーカーから安井司令の声が響いた。
《【Cチーム】、即出動しなさい!場所は東京都XX、XX医薬研究所!――相手はRemembeЯよ。繰り返す。場所は東京都XX、XX医薬研究所!》
「――!!」
忍たちは息を飲む。
まさかの出動要請だった。しかも、相手はRemembeЯ。
「――俺ら行ってくるわ!」
十字石がそう言って勢いよく立ち上がる。【Cチーム】は慌ただしくラウンジから出て行った。
きっと仮眠室で素早く武器を揃え、現場に赴くのだろう。
「いてら。頑張れ」
「気を付けて!」
「行ってらっしゃい」
「頑張ってください!どうかご無事で!」
【Bチーム】の面々は彼らの後ろ姿を見送った。
「……RemembeЯ、か……」
殺死屋がぽつりと零し、息を吐く。きっと、色々と思うところがあるのだろう。
「大丈夫……でしょうか……」
RemembeЯはかなり強い。一人ならまだしも、集団で居たら太刀打ちできない程。
心配そうにしているΣの膝の上では、ぬいぐるみの【うしゃぎ】がくつろいでいた。
だが、鬼火は別の事に引っかかっていた。
今までのRemembeЯは日本国内で【活動】をしたところで、ただただ【関係者を殺す】だけだった。
だが――この前RemembeЯが行ったのは【施設の破壊行為】と【研究員の殺害】だ。
研究施設の背後に海外が付き、日本人を狩ろうとしている可能性も十分にある。
だが、終戦間際の731部隊の解散と証拠の焼却、終戦直後のロシアとアメリカによる研究結果の奪取により消滅したはずのWählen Leute研究機関が、何故か日本に存在している。となると、密かに消滅したはずの研究が日本国内で受け継がれている可能性が高いように思える。
今日の日本に研究所が存在していた事実にも驚きだが、RemembeЯが日本に来た本当の意味がこれなのだろう。
「日本も結構、意味わかんねぇよな……。あんのかよ、そういう施設……」
「……深く考えると楽しくなくなるぞ」
「だよなぁー……」
鬼火の呟きに忍が忠告する。忍の言葉に鬼火は机に突っ伏した。
鬼火たちFBI勢は拉致監禁されてからの強制入隊だ。
今日行く施設や前回破壊された施設がいつできたかは不明だが、RemembeЯが乗り込むような【日本の施設】に捕まるよりかは、FBIの方がまだまともだったと感じているのかもしれない。
ちなみに、鬼火は実験施設での殺死屋やΣの扱いを軽く知っていた。
昨日、鬼火は真実を知った後、帰る前に殺死屋のもとを訪ねて実験施設での扱いを軽く聞いたらしい。単なる興味ではなく、姉が関係しているから知っておきたかったのだろう。結果、深く落ち込むになったようだが、記憶を思い出させないほうが幸せだと本心から納得できたようだった。
「……誰一人欠けず、死なずに帰ってきて欲しいよな」
「不吉なこと言うなよ……!」
忍の十分に考えられる可能性がある呟きに、鬼火は悲鳴を上げた。
だが、20分後……その発言は現実味を帯びてしまう。
再びブツッ……とスピーカーに電源が入る音が聞こえ、安井の声が聞こえてくる。
《【Bチーム】、まだ居る!?すぐに【Cチーム】と同じXX医薬研究所へと向かいなさい!今、敵が……監視カメラを確認したら、RemembeЯが少なくとも4人以上いることが分かったわ!一刻も早く向かいなさい!!》
「――!!」
「は!?4人以上!?」
「……多いね。もしかして本丸なのかな?」
「ちょ……待ってください。清水――霧雨や斎槻は無事なんですか……!?」
かなり焦る安井の声に【Bチーム】は一気に不安になる。
「――とにかく、向かうぞ!5分で装備を整えろ!!」
「はい!!」
忍の声に、Σ、鬼火、殺死屋が応える。
【Bチーム】の4人はラウンジを勢いよく飛び出した。




