第22話 新人と裏事情
ゴールデンウィークの終わりごろになった。
隊員は朝練を終え、自主練しながら地下訓練室でたむろしてた。
ICPO top secret 002の紅忍は壁に背を預け、女性陣の戦闘を眺めつつ水分を取っていた。
忍自身、他の top secret の訓練の為に朝からずっと戦っていた。ここで小休憩だ。
ICPO top secret 007の魔女っ子ルナはサブウエポンのナイフで、ICPO top secret 009のΣはサブウエポンの短刀で戦っている。
本来ルナは魔法のステッキを使い、ICPO top secret 001の黒真珠の補助として時々戦っているだけのため、戦闘の経験値が足りていない。実践を重視して忍に育てられたΣと戦うのは丁度良いと思えた。
FBI top secret 003の黒曜石(通称:黒磨)は相変わらず落ち込んではいたが、警視庁捜査一課勤務の宮崎竜士の襲来で多少は切り替えができるようになったらしい。危機感のなせる業だった。
同じチームメンバーで徒手格闘をしていた。
その他隊員は戦っていたり、休憩しつつ喋っている面々も居た。
裏事情では問題しか起こっていないが、もう仕方ない。探り合いの視線をスルーしながら、再度水が入った古めかしい水筒に口を付ける。
ブツッ……
《 top secret に継ぐ。10分以内にラウンジに集まりなさい。もう一回言うわね?10分以内にラウンジに集まりなさい。以上》
ブツッ……と音が切れ、安井司令からの放送が切れた。
「……呼び出しかぁ……」
「まぁた何かあったのか?」
「トラブルは御免だな」
ICPO top secret 004のDr.殺人鬼、ICPO top secret 005の人斬り侍、ICPO top secret 006の人喰いが口々に呟く。
「とにかく、向かおうか」
「だな。行くぞ」
ICPO top secret 001の黒真珠、FBI top secret 001の十字石が互いの top secret に声をかける。
top secret は【A、Bチーム】【C、Dチーム】の順にエレベーターに分かれて乗り、5階へと向かった。
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「来たわね」
忍たち【A、Bチーム】がラウンジに入るや否や、若干不機嫌な安井が出迎えた。
隣にはエリックと知らない女性が居た。女性は金髪で眼鏡をかけた、西洋の顔立ちの美女だった。多分、ハーフではないだろう。外人っぽい。
会議前から不機嫌なのかよと思いつつ、忍は適当な席に座る――が、ICPO top secret 003のDr.殺死屋は安井から遠く離れた席へと向かった。
「……?」
声をかけようか迷いつつ、忍は殺死屋の顔を覗く――!?
殺死屋の顔色が悪い。真っ青だ。
俯いて顔を見せないようにしているが、冷や汗だらだら。よく見ると震えている様子だ。
嫌な予感がする。
忍は咄嗟にΣの手を握り、殺死屋の居る、目立ちにくい席へと着席した。
「え――?」
Σは不思議な顔を向けてくるが、殺死屋の表情で何かを察したらしい。ひとまず黙ることにしたようだ。
置いて行かれたFBI top secret 005の鬼火は不思議な表情をしていた。だが、忍が裏で何か問題を抱えつつ動いていたのは知っていたため、事情を後で聞くことにして平静を装い前を向いた。
黒真珠、ルナ、ICPO top secret 004のDr.殺人鬼は疑問の表情を浮かべたが、殺死屋たちが後ろの席に座るので、目立たないようカモフラージュの為に忍の周辺に座ることにした。
その時、ふとルナが呟く。
「私――あの人、嫌い」
「あ、私もです。……何か、気持ち悪い……」
その言葉を聞き、女性陣以外の【A、Bチーム】メンバーが眉を顰める。殺死屋に至っては驚愕の表情でΣを見つめた。
「理由を聞いていいか?」
「えーと……。強いて言うなら、女の勘……?」
「ルナに同じく、です。あと、何か寒気?震え??もします……」
Σは自分の身体を抱きしめるような仕草をした。
【うしゃぎ】が居れば抱きしめていたのだろうが、【うしゃぎ】は仮眠室でお留守番だった。
Σの回答にルナは驚く。
「えっ!?……私はそこまでじゃないけど……でも、警戒したほうが良いと思う」
ルナは再度警戒を促した。
「……?そんなに怪しそう……?普通じゃねー……?」
「僕も……普通に美人な人だと思うけど……?」
「ヤバいのか……??俺には全くわからないが……」
鬼火、殺人鬼、侍はよくわかっていないようだ。だが――
「……警戒、していたほうが良いだろうな。必要以上に関わらないようにしよう」
忍は結論付け、警戒するように促す。
理由は殺死屋の様子と――ルナたちの【女の勘】。
【同性に嫌われる人間に、碌な人間はいない】――この格言を知っていたからでもあった。
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「集まりましたね。本日集まってもらった理由は2つあります」
【C、Dチーム】がラウンジに到着し、各々が座席位置を不審に思いながら適当な席に着いた後。エリックは話を切り出した。
「1つめは彼女の紹介です。名前はエリー。FBIから来た、新人ですよ」
「はじめまして。エリーです」
「彼女――エリーは皆さんのバックアップに入ります。医師免許も持っているため、現場で怪我をしたときは気軽に頼ってくださいね」
エリックはエリーを明るく紹介し、エリーは笑顔で挨拶した。
だが、そのエリーに対して暗黒の視線を向けている者がいる――安井だ。エリックに近づき、仲良くする女が気に食わないのだろう。
――うっわぁ……。醜い恋愛バトルは他所でやってくれ……。
安井の視線にドン引きしつつ、忍は室内を見回す。
【C、Dチーム】の反応は様々だった。
「きれいな髪の、お姉ちゃんにゃー」
「へー。新入りなんだ……」
「うお、美人」
「エリック副司令と並ぶと、様になるな」
といった、エリーを怪しまずに賞賛を送る者。
FBI top secret 007の斎槻、FBI top secret 006の朝吹、FBI top secret 004の一縷、ICPO top secret 006の人喰いの4名だ。
「……うわ……巻き込まれたくないなぁ……」
「怖っえぇ……」
安井の視線と空気から面倒ごとの予感を感じ取り、肝を冷やす者。
ドン引きしている黒磨と十字石の2名だ。「これ以上の面倒ごとは必要ない」と思っているのだろう。
「……へぇ?……面白くなってきたね」
「Oh LaLa……!キャットファイトか。……ミスターエリックはモテるねぇ……☆」
反面、楽しみ始める者も居た。
冷え切った瞳で上司陣を見つめるが、口元は緩んでいる。双方の top secret 年長者(FBI top secret 002の霧雨とICPO top secret 008の死神ネルガル)は良い性格をしているようだ。
「2つめは【RemembeЯ】の動向です。……数日前、日本の研究施設が爆発した事件は知っていますよね?犯人はRemembeЯでした」
エリックは言葉を切り、ホワイトボードに建物の写真を貼り付ける。
「実は、研究員を殺害した後に建物を爆発していたようです。この一件により、本格的に日本で動き出したと思われます。これからは出動回数が増えると思いますが、どうか皆さんのお力を貸してください」
top secret 隊員の方を真っすぐ向き、エリックは言葉を締めた。
国際テロリスト集団である【RemembeЯ】は粛清対象。だが、エリックにとっても【RemembeЯ】は捕まえたい敵だ。
エリックが捜査につぎ込む熱量は凄まじかった。
普段であればすぐにでも情報が巡ってくるはずだが、今回は時間がかかったようだ。……日本の警察が、ICPOに情報を渡さないよう工作していた可能性が考えられた。
気持ちはわかるが、すぐにでも教えて欲しかった。
「集まってもらったのはこの2件だけですよ。お手を煩わせてしまいましたが、どうぞ訓練を再開してくださいね」
にこやかに発言したエリックに、忍はこれ幸いと訓練の話題に切り替えることにする。
「じゃ、水分取ったら地下でもっかいやるか。敵役は俺が。――いつも通り、中心で引き受ける」
「えー忍、スパルタじゃーん……」
「RemembeЯとかと戦って、あっさり死ぬよりいいだろ。はいはい、行くぞー」
忍は鬼火の言葉を無視し、全員が地下へと向かう用に誘導する。
結果、全員がぞろぞろと外へ出て、自販機へと向かう。
忍は出て行く集団に紛れつつ、エリーから殺死屋とΣが視線に入らないよう気を付けつつラウンジを出た。
そして、すぐに自販機とは違う方向――Σの仮眠室がある方向へと向かう。
その様子を見た他の top secret は訝しむ。
忍は殺死屋から手を離し、後ろ手で【警戒】のハンドサインを送った。
サインを受けた十字石や霧雨の瞳が鋭くなる。
何人が見たのだろうか。後ろを向いていたからはっきりした人数はわからない。だが、確実に意図は伝わっただろう。ここはこれで良しとする。
「Σ。仮眠室で【うしゃぎ】を回収したら、即地下へと向かってくれ。俺は殺死屋と地下で話す」
「わかりました」
本当はΣを1人にしたくはない。
だが、まずは殺死屋と話さなければ。エリーはきっと碌でもない。
Σは仮眠室の鍵を開け、扉付近までお出迎えに来ていた【うしゃぎ】を抱きかかえる。ついでに飲み物を冷蔵庫から回収した。
再び部屋に鍵をかけ、廊下で告げる。
「――行けます」
「わかった」
3名とぬいぐるみでエレベーターホールへと向かう。
エレベーターホールには他の top secret が集まっていた。どうやら水分は購入し終えたらしい。
「悪い。誰かΣを見ていてくれないか?エリーとかいう女に、絶対に近づけないようにしてくれたらそれで良い」
「なら、俺が。ルナと一緒に居させる」
「俺らも見とくから、安心してくれ」
忍の言葉に、黒真珠と十字石が返してきた。両 top secret のまとめ役が行ってくれるのは心強かった。
「……大丈夫か?」
黒真珠が聞いてくる。
黒真珠は忍を探りに行った結果、殺死屋の過去に触れていた。おおよその見当は付いているのだろう。
「悪いが、次乗らせてくれるか?……殺死屋と今後の対策を考えたい。――早急に」
「わかった。乗ってくれ」
黒真珠は道をあけ、次のエレベーターに乗れるよう前へと進ませてくれる。
忍は礼を言い、殺死屋とΣと共に前へと進む。
そして――タイミングよく到着したエレベーターに、忍たちは颯爽と乗り込んだ。
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地下訓練場に集まった面々は、適当に過ごしていた。床に座る者、寝転ぶ者、お菓子を食べている者もいた。大義名分だったはずの訓練をしている者は1人もいなかった。
その中で18歳以上は固まり、情報交換をしていた。
「やべぇよな。絶対に」
「ああ。殺死屋の反応が異常だった」
十字石、黒磨がエリーについて話す。
「そもそも同性に嫌われている時点で大体は察せるが……」
「――え、嫌われてたの!?……安井司令は独特だから、あんまり参考にならない気が……」
黒真珠の言葉に霧雨が驚きつつ返答する。
「司令はどうでもいい。妹……ルナとΣが口を揃えて『嫌い』と言った。初見で」
「あっちゃー……☆確定演出、かな?」
黒真珠の言葉に、ネルガルが苦笑いしつつ返した。どうやら【同性から嫌われる人間に、碌な人間はいない】ということを知っているようだ。
「……俺は、殺死屋の過去に絡んでいる人物の可能性が高いと思う」
「俺もだわ。あの様子じゃ、確定だろ」
「……そろそろ聞いても良い?忍との話し合いで、一体何があったの?」
確信を持つ黒真珠と十字石に、霧雨が問う。
「……多分、この後忍が明かすだろ。もうこれ以上は隠しきれないから。だが――この考察が合っていた場合、エリーは最悪の危険人物だ。絶対に近付くんじゃねぇ」
十字石は言葉を切り、18歳以上の集まりを解散させた。
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「落ち着いたか?」
「……うん。……何とか……」
忍と殺死屋は、秘密裏に改装した殺死屋のラボに居た。
殺死屋はラボに入るや否や過呼吸を起こしていた。
恐らくパニック発作だろう。過去のストレスが一気に押し寄せたらしい。
当然だろう。だって――
「あのクソ女――エリーの本名は、エカチェリーナ。僕やあの子――宮崎燈里、エルダが居た実験施設で一時期働いていたゴミだよ。」
「てことは……」
「川隅・D・芳夫と同じだよ。……紅の薬を研究して、僕たちに投薬……していた」
最悪な予想が当たってしまった。
真っ先に距離を取って正解だったが、殺死屋とΣのことがバレるのも時間の問題だった。
「あと、過去の背景から考えるとKGBスパイの可能性が高いと思う」
しかも、スパイか。
――FBIは大丈夫か?
いや、今は関係ないな。
それに、俺の所属はICPOだし。エリックさんに頑張ってもらおう。
……何でいつも、一気に問題が噴出してくるんだか。
忍は大きなため息をつき、殺死屋に今後の提案をする。
「……これ以上は隠しておけない。明かせる範囲で明かすぞ」
「――!い、嫌だ!」
殺死屋は大きな声で反対した。
だが、忍は引き下がらない。絶対に引き下がれない。
「公開する。じゃないと……全 top secret が被検体になる可能性が高い」
「……っ、ぁ……」
殺死屋は声にならないようだ。
「あまり言いたくはないが……お前の双子の弟も同じ道を辿るぞ。しかも、俺の――【一族に伝わる秘薬】でも治せるかわからない、改良版が打たれることになるはずだ」
「……」
殺死屋は俯き、黙る。
言い返すことができないのだろう。そして、双子の弟には無事でいて欲しいという思いもあるのだろう。
「……ん?」
ここで忍はとある可能性に気付く。
「……もしかしたら……誰かがエリーの実績を知っていて、対RemembeЯの意味も含めて強化兵を作ろうと……?」
「――!!まさか、安井司令が!?僕らを意思の無い兵隊にしたがっていたし……!!」
「――いや、違うと思う。だとしたらエリーをあんなに睨まないと思うし、FBIじゃなくICPOに引き込むはず」
「……なら……、誰が……」
殺死屋は顔面蒼白だ。
もちろん忍の顔色も悪い。だが、仮説を立てねば十分な対策が取れないため、脳みそをフル回転させる。
「まさか――あの、髭面のオッサン……FBIのアワード、か……?」
「……可能性はあるね。けど、そんなことしたら一般人と実力差が開きすぎて、僕らを殺せなくなるんじゃないの?」
アワードは最終的には top secret を処分したがっていた。
なら、何故力を与えようとする?
「……何か……対策が、ある??」
「Wählen Leuteの能力を打ち消したり、とか?それか……新たな薬で――Wählen Leute以外の人間を、Wählen Leuteと同様に……調整、できる……ってこと……!?」
「――あくまで可能性の話だ。だが、技術は日々進歩しているし……考えたくはないが……」
そう言い、忍は口ごもった。
「はは……っ。僕らの強化データは有効だったんだ……」
俯き、怒りのこもった声で殺死屋が呟く。その拳はかなりきつめに握られていた。
「……お前の居た施設のことは言わない。だが、それ以外は話す。――自分を守れるのは自分だけ。情報は必要だ」
「……わかった。けど――あの子は……」
「思い出したら真っ先に話を聞いてやってくれ。介入して良いなら俺も行くから」
「……わかった」
殺死屋が了承したことで話し合いは終了した。
忍は行くぞと言い、殺死屋と共に地下訓練室へと向かった。
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訓練室のドアが開き、忍と殺死屋が入ってくる。
「――待たせたな」
「忍!!」
忍の登場に、黒真珠が駆け寄る。忍は黒真珠には視線を向けず、室内に居る全員を視界に居れ、宣言する。
「部屋を移動しよう。……みんなに話したいことがある」
地獄の情報開示の始まりだった。
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忍が先導し、地下を階段で移動する。
辿り付いたのは使われていないはずの部屋だった。
「狭いが入ってくれ」
不思議な顔をする面々を無視し、忍は鍵を開け、中へと入る。
土足のはずの床には畳が敷かれ、靴を脱いで上がるようになっていた。靴箱も用意してあったので、何とか全員分の靴は室内に納まりそうだった。
室内には砥石や電気式の炉が用意されており、簡単な武器製作や暗器のメンテナンスは行えるようになっていた。
手入れに必要な道具は棚の中に格納しているのだろう。他にも棚があったが、恐らく生薬の保管場所だと思われた。室内は漢方薬っぽい匂いがした。
「……君も、地下を無断で改装していたの……。しかも、僕の部屋と近いよね?というか、階段挟んで反対側だよね……?今まで全く気付かなかったよ……」
若干呆れつつ殺死屋が呟く。
まさかご近所さんだとは思っていなかったのだろう。そして、まさかの地下無断改装仲間だった。
「お前もだろ。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
忍はさらりと言葉を返す。
全員が中へと入り畳に上がると、忍は内側から鍵を閉めた。
「――さて。司令に無断で改装した、俺の秘密基地へようこそ!ここなら誰にもバレないだろうから、好き勝手話せるぞ♪」
忍はそう言い、いたずらっぽい笑顔を見せた。
「……忍……たまに居なくなると思ったら……」
黒真珠は呆れつつも、長年の疑問が解けたような感じだった。……よく今までバレず、司令にお仕置きされなかったものだ。
「マジかよ。……よく見つからなかったな、ここ……!?てか、殺死屋も無許可で改装した部屋持ってるのかよ!!」
人喰いが引き攣った表情を浮かべる。
殺死屋「も」ということは、人喰いもどこかの部屋を無許可で改装してそうだ。……また仲間が居たようだ。
「まぁね。良くあることでしょ」
「あってたまるか」
人喰いの意図を察したのかさらりと切り返す殺死屋に、根が真面目な黒真珠がツッコんだ。
「……俺もやろうかな。新しい毒、作りたいし」
ものすごく小さな声で霧雨が呟く。
ICPO勢は司令の目を盗んで好き勝手しているメンバーが多いらしい。
なので、便乗しようと思ったのだろう。
「お前もか……」
十字石は頭を抱えた。
「じゃ、話を始める。――良いよな?」
「ああ。始めてくれ」
「頼む。この薄気味悪いもやもや解消したいんだわ」
忍の発言に黒真珠と十字石が答える。
忍は頷き、話を始める。
「まず……これから話すことにはかなりの衝撃が伴う。あー……その、かなり辛い話だが、全員心して聞いて欲しい」
忍は斎槻(小学校に入ったばかり)がいることをふまえ、言葉を簡単にしつつ説明を始める。
「まず最初に――エリーは危険だ。近付くな」
「だから警戒のハンドサインを出して、俺らを地下に集めたんだな?」
「ああ。エリーは外国のWählen Leute人体実験施設の、元研究員。あと、多分彼女の背後にはロシアが付いてるはずだ」
「――は!?」
ICPO勢はエリーが人体実験施設の元研究員であることに驚いていた。
だが、FBI勢は更に驚きを隠せなかった。
アメリカ――FBIはロシアを敵国と定めている。冷戦を思い出してほしい。事実なら、かなり危険だった。
「その実験で行われていた凄惨な……酷すぎる行いは、ここに居る殺死屋が証人だ」
「……まさ、か……」
「殺死屋はICPOに入る前、人身売買の組織に拉致されたらしい。そして、その行き先が――エリーの居た、人体実験施設だった」
「――っ!!」
想像を絶するカミングアウトに top secret は言葉を失う。
1人理解ができていない斎槻に、実父である霧雨が「知らない人に勝手に連れていかれて、家族と離れ離れになって、その後とても痛くて辛くて悲しい目に遭ったんだよ」と解説を入れた。霧雨の解説で内容を正確に理解した斎槻は、無言で霧雨に抱きついた。
「……ちなみに、クソ女エリーの本名はエカチェリーナ。このことからスパイだってこともわかるでしょ?……愛称で呼ばれるなら【カチューシャ】もしくは【カーチャ】になるはずだからね」
殺死屋の解説に、FBI勢は更に青ざめる。
FBIがどうなろうと知ったことではない。組織が崩壊するなら万々歳。だが、 top secret に関わっているのであれば対処しないとまずい。自分たちの情報が敵に流される可能性があるからだ。
「……あ、れ……?――っ!?」
突然、Σの視界が暗転し、畳に倒れかける。
咄嗟に忍が支えるが、Σは頭を押さえて苦しみ始めた。
「……う、あ……。痛い。……痛い痛い痛い――!!?」
「Σ!?」
「落ち着いて!――息できる?目は見える?何も考えないでいいから、思考を放棄して!!大丈夫だから……!!」
殺死屋がΣを抱きしめ、必死に声をかける。
【うしゃぎ】もΣを落ち着かせるべく、抱きしめつつ身体を軽く叩いていた。
殺死屋のやけに親切な――異様な対応に周囲は驚くが、深い事情がありそうなので邪魔しないでおく。
数分でΣの頭痛は収まったようだ。
Σはぐらぐらする頭で、周囲にもう大丈夫だと伝えた。
「何ですか……?これは、何なんですか??どうして、こんなに……?」
「――君は……君のままで居て。何も思い出さなくていいから……!」
意味不明の頭痛に襲われ混乱するΣに、殺死屋が返したのは「思い出さないで」という言葉。
そして、Σのことを「君」と呼んでいる。隊員名では呼んでいない。
「――え?……まさk――んむ!」
朝吹の口から思わず出た言葉は、いつの間にか横に現れた忍によって口を塞がれた。これ以上言うことは駄目らしい。
「……僕の部屋でお茶でも飲まない?階段挟んでこの部屋の反対側だし、近いよ」
殺死屋は笑顔を作り、Σに向ける。その瞳はどこまでも優しかった。
「――え……?あの……」
「……君とは楽しい話がしたいんだ。……行こ?そして、美味しいもの、食べよ?君と一緒に食べたかった、とっておきのお菓子があるんだ。ぬいぐるみの【うしゃぎ】……君も一緒に来て欲しい」
殺死屋はΣの手を引き、靴を履いて廊下へと歩き出す。
Σは困惑しつつも【うしゃぎ】を抱えた状態で付いていくことにした。何となくこの場に残らないほうが良いと察したのだ。
部屋の扉が閉まり、場に沈黙が訪れる。
忍は再度鍵をかける。
重い空気の中、最初に口を開いたのは忍だった。
「大体予想がついているとは思うが……弟子、Σも殺死屋と同じ施設に居た被検体だ。記憶喪失ではあるが」
「やはり……そう……、なのか……」
朝吹が納得したように呟いた。
頭痛は記憶喪失の――記憶がよみがえりそうになる時に出る反応なのだろう。
良い記憶ではないことは確定だ。
殺死屋の「忘れたままでいて」という言葉に物凄く納得がいった。
「ああ。戸籍は俺が保護した後に作成したものだ。……本当の家には戻れてはいない」
「え!!」
「殺死屋も……だが。まぁ、殺死屋は天涯孤独を気取ってはいるがな」
忍はヒントだけを与え、言葉を切る。
「……殺死屋の……本当の、家……?」
殺人鬼が何かに引っかかったように呟く。
「そういえば、殺死屋は仮眠室で暮らしてるって言ってて……」
「……未だに家族のもとに戻れない理由は?何かあるの??」
黒磨が呟き、霧雨が問う。
「……DNA。投薬実験により派手にゲノム情報が弄られていて、色々とヤバいらしい。また、家に帰ろうにも失踪前のDNAと一致しなかったから、本人と認められなかったんだと」
「――!!!」
ガクン、と殺人鬼がその場にへたり込む。
真実を知ったことによる反動か、過度の緊張からの安堵からか。殺人鬼の息遣いは荒く、瞳からは大粒の涙が溢れていた。過呼吸気味になってる。
「じゃぁ……まさか本当に……」
「殺人鬼の……失踪した双子の兄が、本当に殺死屋で合ってたってことか……!?」
人斬り侍、人喰いが発した殺死屋の正体に、室内がざわついた。
FBIでは殺人鬼の従弟が失踪している件が回っていたのだろう。
ICPOのルナ、ネルガルは関係性を知らなかったが、だからこそ仲が悪かったのだと理解できた。絶対に明かせないのだ。追えば逃げるはずである。
「……待ってくれ。なら、殺死屋は高校生組だってことだよな?その割には小っちゃくないか?」
「だよな……俺らとあんまり変わらないように見えるし……」
「……環境が劣悪だったせいで、弟子共々成長がかなり遅いみたいだ。それに、あと何年持つかわからない身体だ」
中学生組の朝吹と一縷の問いに、忍は答えた。
「なっ!!」
「そんな……!!」
「待って!?それ、かなりヤバいじゃん!?」
侍、ルナ、ネルガルが反応する。
「……まぁ、後は本人の口から語られるのを待ってくれ。殺死屋も言えないことが多すぎるんだ」
忍は強制的に話を終わらせた。
「忍……まだ何か隠してるな?」
「俺たちへの説明、端折ったな?……今すぐに吐け」
「あのなぁ……。他人がペラペラと話して良いことじゃないだろ。いい加減、本人からの開示を待て」
黒真珠と十字石の追及を、忍は躱した。
きっと、この2人は「言えないことが多い」という言葉に引っかかったのだろう。
……施設名や実験体番号までは言いたくはない。本人が公表すべき事案だった。
「待ってくれ。じゃあ……Σは?……本名は?――あ」
「個人情報、と言いたいが……そもそもが記憶喪失だ。……同じ実験施設に居た殺死屋は知っているらしい。だが、これも記憶のトリガーになりかねないから、今は探らないでくれ」
一縷の質問に忍は答えつつ、これ以上他人が殺死屋とΣのことを探ろうとするのを止めた。
「……あれ……?」
だが、ここで鬼火が気付いてしまう。
鬼火は頭の中で、前に話してくれた【兄の証言】が引っかかった。
「殺死屋は、俺の兄ちゃんに……【姉】は生きてるって……。日本に居るって……。……あれ……?何で殺死屋が、俺の【姉】が生きていることを、知ってんの……?」
「!!」
鬼火の震える声での問いに、忍は息をのんだ。
忍にとって誤算だった。まさか、殺死屋が鬼火の兄である宮崎竜士にヒントを与えていたなんて……。
「――まさか……!」
一斉に視線が忍へと向く。言わざるを得ないだろう。
「……俺としては、弟子に過去を思い出して欲しくはない。……エリーを見たときの殺死屋の反応を見ただろ。それに、弟子を拾ったときの身体の傷は尋常じゃなかった。かなり酷い扱いを受けていたはずなんだ」
「――!!」
肯定とも受け取れる回答に、鬼火の瞳から涙がこぼれる。
他の隊員も言葉を発することができなかった。
「もうわかったな?Σも殺死屋も、幼ない頃に攫われて被検体にされている。そして、その研究所に居た、研究員の1人が――新入りFBIのエリーだ」
忍は室内に居る全員を視界に入れ、話のまとめにかかる。
「全員警戒しろ。――好き勝手に身体を弄られたくなければな」
これは忍による、最大級の警告だった。




