第2話 邂逅
「――うわ……これは酷いな。」
規制線が貼られたCafé de Aliceにて。
俺――警視庁捜査一課の宮崎竜士は、靴カバーを付け、鑑識の邪魔にならないよう慎重に店内に入る。
あらかた死体は運び出されたが、まだ幾ばくか残っており、生々しい現場だった。
どれほど壮絶だったか。
散らばるガラス片や、弾痕、血痕を見渡し、そっと手を合わせる。
「あ、お疲れ様です。ザキミヤさん。」
振り返ると、頭髪が落ちないよう頭にカバーを付け、靴カバーもつけた鑑識の男が立っていた。
コイツの名前は成宮慎斗。
薄めの茶髪の24歳男性だ。
「そりゃ、酷いに決まってますよ。あの有名な大量殺人鬼の現場でやがりますからねぇ。」
成宮は軽薄そうに返し、床に持っていた鑑識道具が入った箱を置き、ため息をついた。
コイツは相変わらず変な敬語を使う…。
てか、いい加減ザキミヤ言うの辞めろ。宮崎だっつの。
……まて、今、大量殺人鬼って言ったか?
即座に聞き返す。
「成宮、どういうことだ?」
成宮は気怠そうに答える。
「どうもこうも、言葉の通り。ほら、そこの柱にぐるぐる巻きにされている男。あれ、昨晩脱走したマック・H=Bでやがりますよ。俺らが昨晩急に叩き起こされて、臨場させられて、寝不足になった原因の大量殺人鬼。弾丸の量、散らばり方からコイツが恐らくこの現場の犯人っすね。」
成宮が指をさした先には柱にぐるぐる巻きにされている外国人の男がいた。
「そうか。…いや、どんな状況だよ。」
どうやったらぐるぐる巻きになるんだ?
銃が乱射されていたであろう、この現場で!?
「防犯カメラが銃撃で壊されていましたんで、中の状況はほぼほぼわからないと思うっすよ。だから、野次馬の映像に頼るしかないっすけど…残念ながらココ、死角。確信犯っすよ。コレ。」
…店内に特殊な殺し屋でも居たのだろうか。
だからといって店内で殺しあうのは止めてほしい。被害者の身にもなれ。
脱走後に落ち合うにしてはあまりにも可愛すぎるカフェに違和感を覚えながら、手袋をはめ、糸を確認する。
…うん。綺麗に巻かれてる。
おかしいな。抵抗だってしただろうに。何でかな?
というか、落ちている銃がバラバラになっている事が一番おかしい。
何で鉄の塊が綺麗に切断されているんだ!?
何でも日本刀で切ることができる【某名作の泥棒】の仲間がいたとしか思えない。
…が、現実にいるわけがない。
マジで何なんだよこの現場。
「解剖してみないとわかりませんが、何らかの要因で何者かに殺されてしまっちゃっていますね。……銃を乱射したであろう、大量殺人鬼が。」
しかも大量殺人鬼死んでるし!
殺されてるし!
凶器現時点では不明だし!
司法解剖の結果待ちになるが、不可解なことが多すぎる。
「……マジで何なんすかね、この現場。」
状況を簡易的に説明したのち、チベットスナギツネを彷彿とさせる表情で遠くを見つめる成宮だった。
「…完全に同意だが、いい加減その変な敬語止めろ。あと、俺は宮崎だっつの。」
「無理っすね。」
「ヲイ。」
そんなやり取りをしながら、その他の情報を共有してもらう。
そうこうしていると、1人の警察官に呼び止められる。
確か、裏口から店外に逃げた店員や関係者から事情を聞いていたうちの1人だ。
「どうした?」
「宮崎さん、すみません。どうやら店員が1名行方不明のようです。」
「は!?」
警察官は、クリアファイルに入った履歴書を宮崎に渡す。
「この子です。」
……あーうん、殺して逃げたかな…?
…正当防衛効くか?いや、無理だな。糸が綺麗すぎる。殺意ありそう。
…こんな現場だから、せめて情状酌量つけてやってほしいな…。
「ありがとう。確認する。」
宮崎はそう思いながら受け取り、中身に目を通す。
履歴書を見る。
神崎叶奈。16歳――高校生か。
「アルバイトか。」
「へー。頭が良いって有名な私立高校の生徒っすね。」
プロフィールを頭に叩き込み、顔写真に目を向け――止まった。
履歴書には制服姿の女子が写っている。
……なんだ?
言いようのない感覚だった。
「まぁ、こんな状況ですし?情状酌量くらいつくんじゃないっすか?……ザキミヤさん??」
成宮に声をかけられ、我に返る。
――ダメだ。髪色が近い高校生くらいの女の子を見たら、ついつい細部まで見つめてしまう。
――だが、この感覚は何なのだろう。
疑問に思いながら、他のメンバーにも情報を共有すべく、履歴書を持って移動する。
そして、捜査本部が立った後。
捜査に当たった警察官は、重要参考人の女子高生の行方を捜索しつつ、不可解すぎて迷宮入りしそうなこの事件に頭を悩ませるのであった。
――拝啓 お父様、お母様。あと師匠と両親。バイト先の方々。
お元気でしょうか。
私は絶賛拘束中です。
ドラマでしか見たことがないような、手錠が通せるプロ仕様の机に座らされ、手錠をされています。
わーい人生初手錠ー。嬉しくなーい。(棒読み)
……私、悪いことしてなくね?正当防衛じゃね??まぁ見ちゃったけどさ??
そして。
なんと、腕を組み正面に座る、お怖い女の人に睨まれています。
もしもしポリスメン…!!!ちょっとこれはないんじゃないでしょうか!?
連れてこられて以降、「見た?」という感じの問答の後、血液を抜き取られ、今に至ります。
絶対ここ警察じゃない。まさか警察に捕まったほうが良かったと思う日が来るとは。
取調室(仮)にノックの音が響く。
「入って」
女の人が返すと、スーツの男性が入ってきた。
「検査結果です。」
そう言い、資料を手渡す。
……私は何かのウイルスに感染しているのだろうか。いや、でも隔離されてないし……
そんなことを思っていると、おもむろに女の人が笑った。
「――へぇ?」
…とても、黒い笑みで…笑った。
ゾッとした。
「ご苦労。ついでにあの2人を呼んできて。」
「承知いたしました。失礼いたします。」
再び沈黙が訪れる。
「…あの…一体これはどういうことでしょうか…。」
無視された。
正面にいる女性は30歳手前だろうか。
肩より少し長いミディアムヘアの黒髪黒目だ。
服装は濃紺のパンツスーツ姿。
足元は黒いパンプスを履き、胸元には真珠のネックレスがかけられている。
中に着ているのはワイシャツではなく、オフィスカジュアルでよくあるタイプの白ブラウスだった。
そう――この人は圧をかけるだけかけて、こちらの質問を無視する傾向があった。
とんだ災難である。
せめて自分の状況くらい教えてほしかったが、まだ帰れそうにないことはわかった。
一刻も早く帰りたいのに。
そう考えていると、ノックの音が響いた。
入ってきたのはあのコスプレの男女だった。
「…失礼いたします。」
青白い顔で入ってくる。
……もしかして、あのとき急に真っ青になったのは、目の前のこの人が原因か?
「あなたたちの失態、今回は見逃してあげる。」
とんだ上から目線である。
こんな人が上司だったらいやだなぁ…。絶対パワハラの温床じゃん?
「彼女は入隊の基準を満たしていた。あんたら2人で世話しなさい。」
「!!!」
「…え、どういうこと??」
驚き、目を見開く2人に聞いてみた。
が、返事は帰ってこない。何なんだよ一体。
「服は9号室に用意しておくわ。これ、手錠の鍵。後よろしく。」
そう言い放つと、女の人はさっさと返っていった。
……えーと、放置かよ。
途方に暮れていると、コスプレ男のほうが手錠の鍵を外してくれた。
自由の身である。地味に嬉しかった。
手錠を片付けたコスプレ男が、私に目線を合わせ、口を開く。
「本当はきちんと状況を説明したいんだが、まずは更衣を済ませてほしい。…巻き込んでしまって、すまなかった。」
コスプレ女も口を開く。
「さっきの女の人が司令…私たちの上司なんだけど、ほんとせっかちだし、すぐヒスるから…本当にごめんね。」
2人から謝られてしまった。
「…いや…それってパワハラでは?」
それより労基に駆け込んでほしかった。こんな上司嫌だ。断固拒否する。
てか入隊とか着替えってなんだ…。
「こっちだ。付いてきてくれ。」
コスプレ男女に案内され、エレベーターに乗る。
ここは地下だったらしい。
「仕事内容に関しては、さっき見たとおりだ。指示が下った犯罪者を粛清する。」
…それって、私も人を殺すってこと?
一気に不安に襲われる。
それに、今日みたいなのがデフォルトなら、命がいくつあっても足りない。
あんなこと、したくなかった。
「…着いたぞ。」
着いたのは5階。
エレベーターを降り、たくさんの扉がある通路を真っすぐ進む。
通路の広さはホテルの廊下程度だろうか。意外と狭かった。
突き当りの一つ手前の部屋、9号室に案内される。
「着いたぞ。ここが9号室。君の部屋だ。」
扉が開けられ、中に入るとビジネスホテルの1室のようだった。
室内にはシャワールーム、時計、机、椅子、クローゼット、ベッド、棚が配置されていた。
トイレは共用で、同じフロアにあるようだ。
「ここは仮眠室であり、君の私室でもある。…悪いが司令を怒らせたくない。5分で着替えてくれ。服はクローゼットにあるはずだ。」
「私たちは外で待ってるね。」
「あっはい。」
急がなければならないようだった。
クローゼットを開けてみる。服が入っていた。
が、問題があった。
わかっていたことではあった。
なにせ、あの2人が特徴的な恰好をしていたから。
なんとなくは理解していた。
だが、キツイものがある。
私に用意されていたのは真っ赤なスーツ。
あの、「グー!」とか言っていた女性芸人の着ていた様な。あの、高学歴芸人が着ているような――そんな目の覚めるような赤色だった。
白のブラウスに、赤のブレザー、スカートは意外にも6ボックスプリーツで同じ赤色。ミニスカートだ。
黒のオーバーニーハイソックスを履き、太ももに巻き付けるタイプのガーターベルトで留めた。
1分丈の黒のスパッツがあったので、忘れずに履く。
靴はこれまた真っ赤なヒールだった。高さは3センチくらいだろうか。
動きやすいようにか、ベルト付きだ。
そして真っ赤な伊達メガネも用意されていた。
着てみる。
――うん、ダサい!!
ていうか、任務内容的に目立ったらダメなんじゃないの??
…返り血は目立たなそうだけどさ。
……他の人の恰好は大丈夫なのか心配になってきた。
まだ見ぬコスプレ粛正集団に思いを馳せつつ、鏡を見ながら細部を調整する。
シャツインしていたが、見た目があまりにも赤すぎたため、シャツをスカートの上に出すようにした。
…少しでも赤色を減らしたかった。精一杯の、地味な抵抗だった。
任務で動くときにウィッグは邪魔になる。
私はウィッグを外し、地毛のボブで居ることにした。
ベージュのような薄茶色に赤みがかかったような髪色は、家族と師匠しか知らない。
無理にウィッグで居るよりか、少しは安全だろう。
赤色の眼鏡をかけ、鏡を見ずに外に出る。
…鏡は見たくなかった。
ドアを開けると2人と目が合う。
一瞬何とも言えなさそうな目をした2人だったが、男のほうが「ついてきてくれ」と言い、今度はエレベーターホールに行かずに左に曲がり、進んでいく。
ここには両サイドに部屋があるようで、仲間が何人いるのか気になった。
通り抜けると右手に自販機と、右奥にトイレがあり、正面には階段があった。
「入ってくれ。お疲れ様です。」
私たちは左手最奥にある広い部屋に入った。
「ここがラウンジだ。」
そこはとても広く、まさにラウンジだった。
床など、黒を基調として整えられている。
右手と正面のL字型に上から下まで全面的に窓が取られている。
こちらからは見えるが、外からは見えないガラスになっているようで、とても明るく開放的だった。
右手側手前には、長辺が3名は余裕で座れる大きなソファが、短辺には2名掛けのソファでそれぞれの辺を覆うように配置され、間にはローテーブルが置かれていた。
窓側付近にはホワイトボードと観葉植物が置かれている。
右手奥には窓以外の3辺を同じようにソファが囲んでおり、間にはローテーブルが置かれている。
手前のと違うのは、テーブルの窓側にはテレビ台とテレビが置かれていた点だった。
中央の奥には、食事をするときの様な高さのあるテーブルが1つと、椅子が4脚、机の一辺を囲むように置かれていた。
左側はバーカウンターを彷彿とさせる作りで、背の高い椅子が置かれていた。この一画だけ凄くおしゃれだ。
カウンターの裏側はキッチンになっていた。
冷蔵庫やオーブンレンジをはじめとした調理器具・鍋などの調理道具が完備されており、お茶を入れる以外に、材料さえ買ってくれば好きな時に料理ができるようだった。
…やたらと机椅子が多い。
どうやら大所帯っぽかった。
女が説明する。
「ここは会議をしたり、休憩室として使っているよ。基本的に、誰かがいることが多いかな。」
「左手のカウンターの裏のキッチンは、片付けさえちゃんとすれば自由に使って構わない。時々メンバーが料理していることがある。あ、買ってきた材料を腐らせないように気を付けてほしい。色々と悲惨だから。」
ここで生活することもあるのだろうか。
不思議に思っていると、後ろから声をかけられた。
「聞きなれない声だけど、新入りかい?」
「殺死屋!」
話しかけてきたのは、私より年下だろうか。
中学生くらいの男の子だった。
黒髪ショートヘアに青い瞳。
まるで病院に勤務しているかのような恰好をしている。
白衣の内側は、ジャージのような素材でできている濃紺のナースウェアだ。
足元は白のスニーカーを履いていた。
白衣の胸ポケットには、十字架のピンバッジが刺さっている。
服装はまともな部類に見えるが、名前がミスマッチだった。何だ殺死屋って。
「あ、朝吹も居る。」
朝吹と呼ばれた青年も、恐らく中学生くらいだろう。
薄めの茶色の少し長めのショートヘアを後ろで一つにまとめている。長い前髪は真ん中で分けていた。
こちらは青みがかったグレーのパーカーに、白のタンクトップ。
パーカーは肩の部分をわざと落として着ている。
デニムのズボンを履いていた。
足元は白地に紺のラインの入ったスニーカー。
思いっきりラフな格好だった。
私の恰好と違い、街中に溶け込めそうで羨ましい。
殺死屋は体調が悪いのかふらついており、朝吹が支えているようだったが、朝吹は一言もしゃべらない。
疑問に思っていると、目の焦点があっていない殺死屋が口を開いた。
「さっきの現場で閃光発音筒を使われてね。どうやら改良版だったみたいで、僕はいまだに目が見えなくて、朝吹は耳が聞こえなくなっているんだ。…もうしばらくしたら戻ると思うけど。」
朝吹は手にホワイトボードを持っており、”新入り?はじめまして”と挨拶してきた。
私は朝吹のホワイトボードを借りた。
「えっと、はじめまして。Σです。何もわかっていませんが、よろしくお願いします。」
先ほどの仮眠室に、”Σと名乗れ”と書かれた紙があったので、そう名乗ることにした。恐らく司令の指示だろう。
同じ内容をホワイトボードに書いて、朝吹に渡す。
「あぁ。いつもの放置だね…お疲れ様。ところで、説明は誰がするの?」
話していると、ラウンジのドアが開いた。
入ってきたのは、身長が高い外国人の男だ。
彼は優しそうな、誰とでも仲良くなれそうな雰囲気をまとっていた。
「お待たせしました!説明を担当するFBIのエリックと言います。Σさん、よろしくお願い致しますね。」
にっこりと笑い、柔和な雰囲気を醸し出す男が握手を求めてきたので応じる。
淡いグレーのスーツに身を包んだ男は細身だが身長が高い。
30代後半?だろうか。…外国人は年齢がわからない。
金髪というよりプラチナブロンドだろうか。ショートヘアに青い瞳をしている。青色のピアスを両耳に着け、左耳に金の耳環装着している。
FBIと言っていたので、彼はアメリカ人なのだろう。
なぜか手には大きなドーナツの箱を抱えている。
この箱は日本でよく見る縦にドーナツを入れるタイプではなく、ピザの箱のように平らにドーナツを横に並べるタイプの箱だ。
――この状況で、なぜドーナツ…。
だが、それよりも気になることがあった。
「Σです。…ええと…ここってFBIなんですか?東京のはずなんですけど。」
FBIは確かに日本に出入りしているが、大使館の中で主に動いていたはず。
こういったオフィスのような建物は所持していないはずなのだ。
…隠れて持っているのかもしれないが。
「エリックさん。Σは現場を見ていますが、それ以外知りません。」
すかさず黒真珠のフォローが入る。
「なるほど。では、最初から説明いたしますね。ここはICPO…国際刑事警察機構の日本支部。Σさんが加わるのはICPOのtop secretです。」
――エリックさん、思いっきり部外者では?FBIなのに?
そんな私の疑問を見透かしたかのように、エリックさんは続ける。
「今は私がtop secretの副司令を担当しているので、このまま説明を続けますね。我々FBIはとある目的のため、ひと月ほど前にICPOと手を組みました。その関係でFBIのtop secretは解決までの間はICPO日本支部にて活動しています。時々アメリカに戻ることもありますが、基本的には皆さんと一緒に居ると思ってくださいね。」
「なるほど…2つの組織がここに集まっているんですね?」
「ええ。そうですよ。top secretの活動内容は、要請のあった犯罪者の粛清です。粛清はニュースなどで表に出ることはありません。突然死や自殺、失踪として処理されます。」
「基本的に毎回戦闘だよ。抵抗しない敵は居ないからね。」
殺死屋が口を挟む。どうやら今後も戦闘が予想されるようだ。
――…私には出来ないな。あれで精一杯だ。
「無理です。辞めます。帰ります。他言しないんで!」
気付けば食い気味に、口に出していた。
が。現実はそう甘くない。
エリックさんの空気が変わった。一気に周囲の気温が下がった気がする。
「それは出来ません。ここに来る時点で選択肢は無い。逃げることは許されていないんですよ。もし、辞めるのであれば――…私はあなたを殺さなくてはいけなくなる。」
周囲もこの発言を否定していないところを見ると、これがtop secretのルールなのだろう。
――…強制入隊で辞められないって、どんな組織だよ…
エリックさんは表情を戻し、にっこり笑う。
雰囲気は元の柔和な感じに戻っていた。
待ってプロ怖い。
「安心してください。何も全ての自由を奪うつもりはありませんよ。」
「――…え」
「ある程度の生活の自由は保証します。お家にだって帰れますし、学校にだって通えます。ただ、一日の生活の中に訓練と粛清が組み込まれるだけです。ちょっと特殊な人が集まった、厳しい部活の様なものだと思ってください。……他は…今はいいです。これから少しづつ覚えていきましょう。」
黒真珠がタイミングを見計らったかのように、飲み物を持ってくる。
私はお礼を言い、紅茶を選んだ。
「あと――こちらは私からのプレゼントです。開けてみてください。」
エリックさんに手渡された小さなプレゼントボックスを開けると、中にチェーンの付いたピンバッチが入っていた。
チェーンの先のリングに何か物を通すことができるようになっており、バッジ部分には盾に十字架が描かれたようなデザインになっていた。
「ありがとうございます。これは…?」
「私はキリスト教を信仰しています。押し付けるわけではありませんが、この仕事は常に死と隣り合わせです。なので、せめて私が祈る神の加護があるようにと、top secretのみんなに十字架モチーフのものを個人的に贈らせていただいているんです。このあと手帳が発行されます。落とさないよう、それに繋げて使ってくれると嬉しいです。…説明は以上になります。さて、ドーナツを食べましょうか!」
エリックさんは笑顔を見せ、ドーナッツの箱を開けた。
中には色とりどりのドーナッツがたくさん入っていた。
どうぞ、とエリックさんに箱を差し出される。
私はそのうちの一つを選んだ。
色からみて多分紅茶味だろう。上のアイシングはレモンだろうか。
何となく柑橘系の感じがする。
…ていうか1つがでかい。一般的なサイズの1.5倍はありそうだった。ア、アメリカン…。
ルナは苺?っぽいドーナツを、黒真珠はチョコレート、殺死屋は抹茶、朝吹はプレーンの上にチョコレートがかかったドーナツを選んでいた。
エリックさんはプレーンにアイシングがかかったドーナツにするらしい。
けっこう甘そうだ。
「…その前に自己紹介をしたいかな。僕はDr.殺死屋。ICPO top secretの003番。我らが司令の輝くネーミングセンスの最高峰の1人だよ。今は目が見えていないけど…よろしく。」
殺死屋は食べるのに少し苦労しているが、朝吹がDr.殺死屋の手にコーヒーとドーナツを持たせていたので、なんとか大丈夫そうだった。
「隣にいるのは朝吹くんです。FBI top secretの006番です。ここにいる間はICPOの安井司令に従いますが、元々は僕の部下ですよ。」
朝吹はドーナツを食べながら、「今いるメンバーはほとんどICPOだよ。俺とエリックさんのみFBI。」と書いたボードを向けてきた。
「私はICPO top secretの007番、魔女っ子ルナ!ルナって呼んでね!今まで女の子居なかったから、仲良くしてくれると嬉しいな。因みに、名前と服装と武器の合わせ技は私が一番酷いと思うよ!」
「黒真珠だ。ICPO top secretの001番。…巻き込んでしまってすまない。これからよろしく。」
「さぁ、Σさん、食べましょう!そして、食べ終わったら着替えて帰りましょう。警察には上手く説明するので、心配しないでくださいね。あ、top secretのことは他言無用ですよ!」
エリックさんは「Shh……」というように、ジェスチャーしながらウインクしてきた。
美形がすると様になるな。
ドーナツを一口かじる。
「――甘い。」
いつもだったら食べないであろう、アメリカブランドの結構甘めのドーナツだが、今はこの甘いドーナツが逆に心を落ち着かせてくれている。
人生、なるようにしかならない。
辞められないなら、ここで生きていくしかない。
私は覚悟を決めることにした。
――拝啓 お父様、お母様。
私はどうやらかなりの巻き込まれ体質のようです。
今後が不安ですが、救われた命…もう少し頑張ってみようと思います。
ドーナツの甘さに救われていると、ふいに足音が聞こえてきた。
走ってこちらに向かっているようで、どんどん音が大きくなる。
何事だろうと思っていると、勢いよくラウンジのドアが開いた。
「この中にCafé de Aliceに出勤したやつ居るか!?うちの弟子が行方不明なんだが!!」
「師匠っ!?なぜここに!?」
「え゛っ!?なぜここに!?」
なんと、忍者のコスプレをした師匠に出会ってしまった。
いや、師匠はリアル忍者なのだが、はじめて見る格好に驚きが隠せなかった。
「忍!?」
「えっ弟子!?」
「…新入りは即戦力になりそうだね。」
後ろはざわついていた。
当然だ。…まさかここに知り合いがいるとは思わなかった。
「…まさか…嘘だろ……。」
「Σさんはつい先ほどICPOに入隊しましたよ。お知り合いだったんですね。」
「…あーその、うん…無事でよかった……けど…入隊......。」
エリックさんをはじめとした驚く周囲に、師匠こと忍が絶望した表情でつぶやく。
黒真珠とルナは、突入時の現場の様子に納得がいったような表情をしていた。
「ひとます、ドーナツでも食べませんか?」
エリックさんは苦笑しながら、ドーナツを勧めた。
「あー…すんません。…いただきます。」
軽く混乱しながら、忍はほうじ茶のドーナツを選ぶ。
コーヒーを淹れて席に着き、食べ始めた。
――追伸
予想外の事が起こりました。今日はいろいろなことが起こりすぎていて、理解が追い付かないので、とりあえず今はドーナツを食べることに専念しようと思います。
差し入れがなぜかドーナツになりました。うん。アメリカン。
警察コンビが好きです。