第12話 臨場
仮眠室に荷物を運び終え、ICPO日本支部のとある部屋へと入る。
そこにはアワードをはじめ、他の職員が働いていた。
エリックは歩みを進め、アワードに告げる。
「お疲れ様です。――引っ越しは終わりました。これより仮眠室で生活します。」
「わかった。部屋に戻れ。」
「はい。失礼いたします。」
引っ越しの完了報告をしたエリックは、踵を返して仮眠室へと向かう。
段ボールを運び終えた段階のため、かなりごちゃついている。
――今は生活を整えることだけを考えよう。
エリックはエレベーターのボタンを押し、段ボールの開封と部屋の整頓作業へと戻るのだった。
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清水葵はラーメンを食べつつ苦笑いしていた。
向き合って座っている2名も顔色が悪いし、通路を挟んだ席の学生2名も警戒していた。
――あーあ……疑ってるよ。でも、人が多すぎて今は言えないんだよね……。
清水は神崎叶奈がΣだと知っている。もちろん息子の巴もだ。
だが、他の人は知らない。
だからこそ、叶奈に気配無しで近付かれたことを警戒していた。――同業者もしくは暗殺者じゃないのか、と。
神崎叶奈の正体は、リアル忍者の――ICPO top secret 002の紅忍の弟子なので、気配はなくて当然だった。
むしろ、忍の弟子なのに気配があったらおかしいし。
――確かに、引っ越した当初やICPOで見かけるまではものすごく警戒したけど……。あー、大丈夫だよ。毒なんて入っていないから。あはは、そんなに怪しまなくても……。
通路横のテーブルでは朝吹が水をまじまじと見つめていた。
氷が浮いているから、比重が変わるようなものは入っていないだろう。……そんな顔をしている。
鬼火は即座に帰るかどうか悩んでいる様子だ。部外者……兄たちがいるから行動に移せていないようだが。
清水は警戒している仲間を見て再度苦笑いしつつ、「大丈夫」という意味のハンドサインを送る。
ハンドサインを見た仲間たちが不思議な顔をするが、清水は気にすることなく、麵が伸びないうちにすすった。
息子の巴は父親が出したハンドサインには見向きもせず、一生懸命ラーメンを食すのだった。
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――全然食べた気がしなかった。
兄の視線から外れた勇希は、笑ってはいるがどことなく顔色が悪い。
霧兄が大丈夫と言っていたが、本当なのだろうか。
兄がいる手前迂闊な行動をとることもできず、表面上取り繕いながらの食事だった為、あまり楽しくはなかった。
笑顔の裏でもやもやしていると、兄に話しかけられる。
「じゃ、帰るか。車こっちだから、後ろに乗ってくれ。2人とも送るわ。」
「ザキミヤさん、運転よろしくっす。」
「だから、宮崎だっつの!!」
宮崎と成宮がわちゃわちゃしながら車に向かって歩いていく。
「兄ちゃん……ありがとう。」
「ありがとうございます。」
勇希と慎士は礼を言い、後ろを追いかけた。
~♪
車に乗り込む直前、宮崎のスマートフォンが鳴った。
「――はい。」
宮崎は即座に電話に出る。
ほぼ同時に成宮にも着信があり、成宮も同じように電話に出た。
勇気と慎士は「急展開か?」「どっかに臨場じゃね?」と視線で会話する。
兄たちの顔つきは険しい。
「――え?湾岸倉庫で立てこもり??俺らも臨場ですか?――はい。……はい。わかりました。失礼します。」
電話を切ったタイミングはほとんど同時だった。
即座に弟たちに振り向き、言葉を発する。
「勇希!悪いが仕事が入った。お前ら自力で家まで帰れるよな!?」
「慎士、寄り道せずに真っすぐ、気を付けて帰れよ!!」
そう言い、兄たちは急いで運転席と助手席に乗り込む。
「え?あ、ああ。いってらっしゃい――」
勇希の言葉を聞く暇もなく、即座に車を発進させた。
幸いにも乗っていたのは覆面パトカーだったので、赤色灯を点けサイレンを鳴らしながら車を走らせる。
「――って、早えぇよ……。」
ものすごいスピードで臨場していった兄たちの車はもう見えなかった。
取り残された勇気と慎士は途方に暮れた。
さてどうやって帰ろうか、と考えていると、ラーメン店のドアが開き、清水たちが出てくる。
子どもの食べるスピードに合わせてのんびり食べていたから、退店が勇希たちより遅かったようだ。デザートも食べていたし。
勇希たちを見て最初に言葉を発したのは黒瀬だった。
「――あれ?宮崎は??」
「あー、応援要請来て臨場した。」
「マジか。……相当忙しそうだな。」
久々に会えた中学時代の同級生と話したかったのか、黒瀬は少し残念そうな様子だった。
「にしても、ここで会うとはねー……。」
「本当にな。どんな偶然だよ。」
「ラーメンおいしかったね!!」
清水父――霧雨が驚き、十字石が同意し、斎槻が楽しそうに話しかけてきた。
「おー!美味しかったよな!!」
「うん!!」
勇希は斎槻に笑顔で返答し、頭をなでる。
「あ、良かったら駅まで送って行こうか?俺の車7人乗りだし。」
「ありがとうございます。助かります。」
「乗って乗って!んー……まぁ、嫌じゃなければ家まで送るけど――」
~♪
車に向かって歩き出したところで、一斉にスマートフォンが鳴る。
全員分、だ。
グループ通話なのだろう。
瞬時に顔を見合わせ、全員で出る。
「――はい。」
「総員、今すぐ出動して!!RemembeЯが湾岸倉庫に現れたわ!!今日はチームは関係ないわ!!」
「――!!はい!!」
即座に通話を切り、清水の車に乗り込む。
「FBI top secret!」
声紋認証でロックを解除し、各自鞄から衣装を引っ張り出して着替える。
FBI top secret 001の十字石
FBI top secret 002の霧雨 (本名:清水葵)
FBI top secret 003の黒曜石(黒磨) (本名:黒瀬計磨)
FBI top secret 005の鬼火 (本名:宮崎勇希)
FBI top secret 006の朝吹 (本名:成宮慎士)
FBI top secret 007の斎槻 (本名:清水巴)
得物も取り出し、戦闘準備は完了した。
――!?湾岸倉庫は兄ちゃんたちが臨場した場所だ。そこにRemembeЯが居る!?
「――大丈夫か?何かあった??」
鬼火と朝吹は焦る。顔色が悪い2人の様子を見た黒磨が聞いてきた。
「兄ちゃんが……。兄ちゃん達が臨場したの、湾岸倉庫なんだ。」
「――え!?」
車内の空気が凍った。
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《――各局、湾岸倉庫にて立てこもりが発生。至急応援願います。……繰り返す――》
宮崎は警察無線を聞きながら車を走らせる。
本来なら事件に当たった後は次の係が出動するのだが、今回は緊急事態なのか自分たちの係にまで応援要請が来た。
不思議ではあるが、緊急事態だ。
宮崎はとにかく急いでいた。
《はーい、緊急車両通りまーす。道を開けてくださーい。》
マイクを通した成宮のやる気のない声に反応し、一般車は道を開ける。
宮崎はその開いた隙間を上手くすり抜けて信号に突入する。
《赤信号通りまーす。》
宮崎はそのままのスピードで進んでいく。
今の状況だと、現場にはあと10分ほどで到着できると思われた。
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鬼火と朝吹の話を聞き、霧雨は問う。
「てことは……。かなり急ぎなんだよね?」
「ああ。」
真っ青な鬼火と朝吹を見て、霧雨は車の前方に視界を向ける。
「――じゃぁ、飛ばしますか!」
霧雨の言葉を聞き、黒磨と十字石の顔が引き攣る。
鬼火と朝吹、斎槻はよくわかっていない。
「へ?」
「は?」
「飛ばすって、ちょっやめ――!?うわ!?」
霧雨は満面の笑みで車のエンジンを入れ、即座に急発進した。
唸るエンジン音、普通車で爆走する一般道路。……免停待ったなしの所業だった。
十字石の制止など、一切聞く耳を持たない。
「ヲイ、霧兄――っ!?」
「えーい♪」
ギュン!!
勢いよく車体が曲がり、遠心力で体が大きく傾く。
再び十字石が霧雨に呼びかけるが、完全無視している。それどころかかなり楽しそうだ。
「ぐえっ。」
カーブの遠心力で引っ張られ、シートベルトに締め付けられたのだろう。十字石やその他は苦しそうだ。
「……うあー……乱暴な運転ですね……。ウィッグとれたじゃないですか。」
「は!?さっきのラーメン屋の店員!?なぜここに!?」
「へ!?君、何で乗ってるの!?」
最後部座席に座っていた十字石の隣には、ラーメン屋の店員――神崎叶奈が乗っていた。膝にはスクバと【うしゃぎ】を乗せている。姿は真っ赤な戦闘衣装だった。
叶奈の前の席には黒磨が座っているのだが、誰しも気付いていなかったようだ。
「あ、やっぱり乗ってた?」
「はい。乗り込ませていただきました。」
霧雨の問いに叶奈は答える。
対して十字石は殺気を滲ませながら問いてきた。
「お前――何者だ?」
「いい加減気付いてくださいよ……私がICPO top secret 009番のΣだってことくらい。」
叶奈はウィッグを被りなおし、視線を向ける top secret へと向き直った。
「え――Σ!?」
十字石と鬼火の絶叫が車内に響く。
想定外だったようだ。
黒磨は顔を引きつらせながらΣに問う。
「待って!?一切気配感じなかったけど!?」
「私は師匠……ICPO top secret 002番の紅忍の弟子ですよ?」
「あ、そ、そう……か。」
黒磨は納得した。
「あのゼロ気配の達人の……。」
朝吹も同じことを思ったのか、納得していた。
「と・こ・ろ・で。――こんな一般道路でえげつないスピード出して良いと思ってるんですか!?」
「緊急時だし、臨場のお陰で白バイ居ないし、大丈夫♪」
「ていうか、この車絶対改造してますよね!?」
「車検も通るから大丈夫♪」
霧雨はそう言い、えーい♪とハンドルを切る。
Σの訴えは聞き入れてもらえない。
「息子さんの前ですよ!?良いんですか!?保育園の先生ですよね!?」
「大丈夫、大丈夫~♪」
霧雨は満面の笑みで、相変わらずのスピードで運転していた。
さすがにヤバいと思っていたΣは古参のFBIメンバーに話を振る。
「あの、霧雨さんは止められないんですか!?無理なんですか!?」
「それ、俺も思って、いた……。うぷ。」
鬼火は荒い運転に酔い始めていた。
「あー……。昔、アメリカに居たときに犯罪者とカーチェイスになってね……。それ以降、あんな感じ。」
もう二度と霧雨のハイスピード運転には乗りたくなかったのに、と車の握れる場所にしがみつきながら黒磨は呟いた。
十字石も同様に恐怖していた。何度か霧雨が運転する暴走車両に乗せられたことがあるのだろう。
【うしゃぎ】はΣの膝の上で揺られ、放心状態になっている。
助手席に座る斎槻はあまりのことに固まっていた。声すら出せていない。
「……一体、何に目覚めてるんです……??」
「これ、本当に大丈夫だよな……??事故らないよな??」
朝吹は真っ青な表情で聞いてくる。
スピードが出ているのは大丈夫なようだが、事故った時のことを考えている様子だ。
だが、その問いに答えは帰ってこなかった。
「あ、そろそろ目的地だから止まるね~!」
「は!?止まるって、お前、ちょ、やめ――」
十字石が急いで止めるが、もう遅い。
ギャギャギャギャ――キキーッ!!
車は霧雨の見事な運転で、スピンターンして停車した。
停車した場所は目的地からは少し離れるが、警察が居ないうえに規制も張られていないので都合が良さそうだった。
「じゃ、行こっか!――って、あれ??みんなどうしたの??」
霧雨は運転席から降りて、同乗者を見る。
鬼火は酔い、斎槻は相変わらず驚きすぎて声が出せなくなっていた。それぞれ朝吹と黒磨が介抱していた。
【うしゃぎ】は放心状態でぐったりしている。Σは【うしゃぎ】の安全確認が一番大事だった。
同乗者は戦闘前なのに疲れ切っていた。……戦闘前なのに。
「……???」
不思議な顔を向けてくる霧雨に対し、十字石は思いっきり叫ぶ。
「――だから、毎回毎回元気なのはお前だけだっつってんだろーがぁーーーっ!!!」
霧雨のスピード狂に、十字石はキレた。




