第10話 多方向に貸し1つ
更新大遅刻…!申し訳ございません。気を付けます。
意識が覚醒する。
どうやら疲れ果てて寝ていたらしい。
ICPO top secret 009のΣはベッドから起き上がると、隣ですよすよと寝息を立てるぬいぐるみを見た。
ダンスホールでの粛清後、自室へと戻り着衣のままシャワーを浴びて、自分自身も服の血も落とした。
【うしゃぎ】も洗い、元の白色に戻った。
替えの服に着替え、髪と【うしゃぎ】を乾かしてベッドに倒れ込んでから記憶がない。寝ていたのだろう。
Σは時計を見る。時刻は12時を過ぎた頃だった。
食べる気はしないが胃が空腹を訴えてきた。
…あんな壮絶な体験の後でもお腹は空くのだと感心してしまう。
スマートフォンを見ると、師匠(ICPO top secret 002の紅忍)から連絡が入っていた。
起きたら連絡が欲しいというのと、昼ご飯はラウンジに用意してあるとの連絡だった。
起きましたとメッセージを送り、ヘアブラシで髪をとかす。
着衣を整え、ちょうど目覚めた【うしゃぎ】と共にラウンジへと向かった。
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Σはラウンジに着き、室内へと入る。
見ると top secret は8割以上来ているようだった。
カウンターにはたくさんの料理が並べられ、みな適当な席に座り食している。
並べられている料理は洋食メインだ。おにぎりもあるみたいだが、基本的にはパンやスープ、煮込み料理、肉料理などフレンチっぽいものが多かった。
ハーブやスパイスの良い匂いが漂ってきて、食欲がそそられる。
ラウンジにいない人間は部屋に持ち帰って食べているか、まだ寝ているかのどちらかだろう。
「おはよう。――無事、眠れたみたいだね。」
話しかけてきたのはICPO top secret 003のDr.殺死屋だ。
粛清の後なので当然シャワーを浴びたのだろう。血は付いていなかったし、服も綺麗だった。
腕を見られる前はΣに対しての視線は少しピリついていたのだが、腕を見られた日以降はΣを見つめる瞳はとても優しい。
本当なら今すぐにでも理由を聞きたいが、残念ながら今聞く気力はなかった。
「おはようございます。……寝れました。」
Σは何とか答え、無意識に【うしゃぎ】を抱く腕に少し力が入る。
【うしゃぎ】はちらっとΣの腕を見た後、何もなかったかのように殺死屋の方を向き、手を振った。
殺死屋は【うしゃぎ】の様子を見た後、一瞬懐かしいような悲しいような……何とも言えない表情を浮かべ、【うしゃぎ】の頭を撫でた。
【うしゃぎ】は普通に受け入れていた。
「Σ!……おはよう。ご飯できてるぞ。」
忍が声をかけてきた。
手にはお皿を持ち、こちらに歩いてくる。
「ネルガルは料理が上手なんだ。……一緒に食べよう。」
忍は憂いのある優しい瞳を向けながら、Σの前に皿を一つ差し出す。
Σはその皿を受け取り、忍と殺死屋の近くの空いていた席に座るのだった。
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「本当に美味しい……。え、本当に材料費だけで良いんですか……。」
「そう言ってくれると嬉しいねぇ……!何人かと一緒に作った甲斐があるよ☆」
Σが口に出すと、カウンターから声がかかる。
声の主はICPO top secret 008の死神ネルガルだ。カウンターに置いていたデザートを取りながら答えてきたようだ。
他の top secret も口々に「美味しい」「うまい」と評していた。
各々がプロ級の美味しい料理に舌鼓をうっていると、勢いよくラウンジの扉が開いた。
入ってきたのは安井司令だった。表情が硬く、少し顔色が悪いようだ。
――様子がおかしい。いつもより余裕がない感じだ。
不思議に思っていると、安井は歩みを進めて殺死屋の前に立つ。
「――何?まぁ、もうそろそろ食べ終わるけど。……また仕事?」
「……食べ終わったら指令室に来なさい。命令よ。」
安井司令はそれだけ言い残して去っていった。
その場にいた全員が近くに居た人と顔を見合わせた。
殺死屋も意味が解らなそうに眉をひそめている。
「……え。何なの。…………まぁ、いいけど……。」
殺死屋はそう言い、皿に残っていたパンのひと欠片を口に放り込んだ。
咀嚼し終えると、立ってカウンターからデザートを取り、席について再度食べ始めた。
殺死屋にとっては安井司令からの命令よりもデザートの方が優先順位が高かった。
「――じゃぁ、行ってくるよ。……わけがわからないけど。」
「あ、ああ。行ってらっしゃい。」
殺死屋は流しに食器を下げると、すぐに指令室へと向かった。
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「エリックさんを殺さないで。」
殺死屋が指令室に入ると、安井は開口一番言い放った言葉はエリックさんのことだった。
――正直、僕に言われても困るんだけど。今のところ殺す理由がないし。
「……何なの、一体。僕、何も知らないんだけど。どうして殺す前提になっているの?色々おかしくない?」
殺死屋はため息をつく。
全く持って意味が解らない。何もかもが唐突過ぎた。
――一方的な恋愛感情で急にヘラらないでくれる??てかさっさとエリックさんに告って振られれば??
指令室の壁一面に広がるモニターの前に置いてある椅子に座る安井を見る。
安井は相変わらず俯いていた。
仕事じゃないなら呼び出さないでほしい。正直、安井とは相容れないのだ。殺死屋は速攻部屋に戻りたかった。
そんな心情を知ってか知らずか完全無視して、安井は話し始める。
「――エリックさんが連れて行かれたわ。」
「どこに?」
「……ダンスホールよ。地下3階の。」
「――!!」
殺死屋は目を見開く。
まさか、エリックさんが粛清対象になりかけているとは。
原因は何だろう。RemembeЯの創始者と双子なことが関係しているのだろうか。
考えていると、安井が映像を再生する。――監視カメラの映像だ。
「先ほどRemembeЯの創始者のFredericとエルダがこの建物に侵入したわ。その関係で処分の判断が出ているのよ。……ただ、一部から反対意見が出ていることも事実。FBI top secret の手綱が握れなくなるってね。だから、うちの top secret に判断を任せることになった。それが――」
「僕ってことね。――僕が血も涙もないってこと、周りが一番よく知っているから。」
「……頼んだわよ。」
「……戻ってきたらまた気持ち悪い声でコロコロと態度替えて、頑張ればいいんじゃない??」
「――なっ!!!き、きもっ……!?」
安井の態度は結構露骨だ。
top secret に対しては塩対応なのに、エリックと話す時は声がワントーン変わり、温かみのある対応をする。
top secret を人間じゃないと思っているからだと考えていたが、観察してみるとどうも違う。他の人間――アワードに対してもそこそこ塩だった。
安井は殺死屋にドストレートに「きもい」と言われて慌てふためいた。
「――行ってくるよ。ああ、疑われないために多少なりとも痛めつけるだろうからよろしく。」
「なっ!!」
「もしかしたら、アワードさんみたいな他の担当が痛めつけた後かもしれないけど。……まぁ、看病でも買って出れば良いんじゃない?よく漫画とかであるんでしょ?知らないけど。」
そう言い、殺死屋は指令室を出てダンスホールへと向かう。
安井は殺死屋の後ろ姿を見送った。
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エリックはレンガの床に直に座り込み、俯く。
目の前には檻があり、後ろ側にはほとんどむき出しの水洗トイレ(洋式)が設置されていた。
響いてきた足音にびくりと反応する。
きっと、エリックにとっては死神の足音に聞こえていたのだろう。
見えた人影にどこか怯えたような、それでいて諦めたかのような瞳を向けた。
「やぁ、エリックさん。今朝掃除したばかりの床の座り心地はどう??」
「……殺死屋君――あなたが僕の粛清担当ですか。」
殺死屋は答えない。
「僕は……無力です。 top secret を自由にすることも、守ることもできなかった。」
死の前の告白……懺悔のようなものだろうか。
エリックは勝手に聞いてもいないことを語りだした。
「……。」
「持ち出されたのはあなたたちのデータです。本名などは記載されていませんが、粛清成績や戦闘結果などの大まかな記録は入っていました。それが、一番の問題のようです。」
「……侵入を許したICPOの緩さの方が問題だと思うけどね。指名手配出しているのに、顔も見分けがつかないってどうなの。」
殺死屋は根本的なミスを突っ込んだ。
――似ていたとしても雰囲気や色が違うんだから、見分けなよ。しかも、監視カメラの映像を見た限り、堂々と瞳の色も変えずに入ってきてたみたいだし。職務怠慢でしょ。
だが、ICPO日本支部はそう思っていないらしい。双子の片方を何とかしてしまえば潜入すらできなくなる。
【色んな意味で】都合が悪すぎて、ひとまずエリックを消してしまいたかったのだろう。
また、恐らくエリックを殺すことでRemembeЯへのメッセージにするつもりだ。
生かしておいたとしても、フレデリックに対しての人質として使うのだろう。――有効かはわからないが。
「弟に賛同している訳ではありません。ですが、Wählen Leuteは同じ人間として認められるべきだと思っています。だからこそ、テロなんかやめて、ちゃんと罪を償ってほしいと思っています。」
「……。」
「恐怖で支配するのは――間違っている。」
殺死屋は殺意が沸いた。
脳内お花畑な理想論に腹が立った。
この世界はもう根本からおかしいのに。RemembeЯを捕まえても世界は変わらないって、なぜ気付かないんだろう。
きっと、エリックさん地獄を見たことがないんだと思う。
それか、理想論にすがらないと生きていけない人間か。…いや、元からだな。
――ああ、気持ち悪い。殺してしまいたい。
殺死屋はエリックが苦手だった。
人道的には扱ってもらえるが、綺麗ごとが多すぎる。なぜFBI top secret が従っているのかがわからなかった。
人間不信の塊の殺死屋としては、安井に従うほうが楽だった。
目的のために支配してくるほうがわかりやすいのだ。
――こんな綺麗ごとを言う男のどこが良いんだろうか……。
安井も自分と同じ類の思考回路を持つ人間だと思っていたため、一気にわからなくなってしまった。
恋か?恋は盲目ってこのことなのか?
だが、安井からの信頼を得るうえでは今回エリックを処分してはいけないとわかっている。
――もう少し耐えて、その分殴ろう。そうしよう。
ぽつぽつと話すエリックを無視して、そう殺死屋は心に決めた。
「――この後、FBI top secret はどうなりますか?」
「どうにもならないよ。普通。」
「……いう必要すらない、と。」
「……。」
エリックは自虐的な笑みを浮かべる。
……なんか勘違いしているが、ひとまず放っておこう。それならそれで好都合だ。
殺死屋は聞きたいことを聞くために、いくつかあえて無駄な質問をすることにした。
「で?――裏切ったの?」
「いいえ。裏切ってはいません。…神に誓って言えます。」
「招き入れたの?タイミング被ってるじゃん。」
「連絡先すら知りませんよ。転勤――日本に来たのは上司命令です。」
「君の双子の弟と居たエルダについて知ってる??やけにピンク色な男の人だけど。ああ、この前ミーティングで聞いた情報以外で。」
「いえ、ありません。ですが今日、WL-015…ラスト?を探していると――ケリー……アカリ?も探していると言っていました。何者かは知りません。」
「川隅って研究者、何者??殺されてたよね??あの人、確か優秀だってテレビで見たことあるけど。」
「ああ…どうやらエルダが居た実験施設に関わっていたみたいです。詳しくは知りませんが、その施設でWL-015たちに出会ったようですね。」
「フレデリックの目的は??」
「知りませんよ。僕は内通者ではない。――ただ、資料を持ち出しているとなると……Wählen Leuteの情報でしょう。この前出会った斎槻君や鬼火くんを心配していましたし、引き抜きを検討しているのかもしれませんね。」
「監視カメラを見た感じ、部外者が居たようだけど、誰??目的は??」
「ああ……彼は警視庁の刑事ですね。名前は宮崎竜士というそうです。小学校襲撃の際に回収できなかった鬼火君のナイフの引き渡しでしたが、帰還のタイミングを見失い、巻き込まれたようです。」
……なるほどね。
これ以上はなさそうだし、ここでやめておこう。
「んー……調書と一致してるようだし、嘘ではなさそうだよね……。」
「神に誓って嘘は言っていません。」
「実はね、僕に委ねられているんだ。――エリックさんを殺すか殺さないかの判断が。」
「――!!」
エリックの目が大きく見開かれる。
想定外だったのだろう。
殺死屋は続ける。
「嘘は言ってないようだし、FBI勢に恨まれたくないしね。――いいよ、生かしてあげる。」
「あり――」
「ただし、頼みを聞いてもらえる?」
「……何でしょうか。モノによっては不可能に近いですけれど。」
「川隅って研究者の、Wählen Leuteについての実験結果が欲しい。出来ればエルダが関わっているやつも、全て。」
「なぜ――」
「探すんでしょ?ラストとか。……何か記録が残ってるかもしれないじゃん。」
「――!!」
「もう消去されてるものも…あるかもしれないけどね。」
「わかりました。フレデリックを……RemembeЯを捕まえるのにも役に立ちますし、願ったり叶ったりです。ですが、そんな頼みで良いんですか?」
エリックは疑問に満ちた瞳で殺死屋を見る。
殺死屋の表情は一切読み取れない。ポーカーフェイスだ。
「……今なら要求をし放題では……?」
「……実はあまり頼みたいことがないんだよね……。」
殺死屋はため息をつきながら、面倒臭そうに言った。
その様子を見たエリックが固まる。
「……え。……なぜ言ったんですか……。」
「判断するための反応が欲しかったからだよ。僕が判定役って言ったじゃん。それに――生かすとは言っても、ダンスホールから出すとは言ってないじゃん。わかる?」
つまり、まだ判定中だった…と。
ダンスホールに居る限りは死を待つのみだ。別の担当に殺されることになる。
……子供なのに底知れない。エリックは恐怖を感じた。
「そう……です、が……。」
「だから――何か起きたときの貸し1つ、ってことにしてくれない?」
「……わかりました。」
はい、引っかかった。――予想通りだね。
殺死屋はポーカーフェイスのまま、心の中で笑った。
「じゃぁ、そういうことで。上にはちゃんとここから出して生かすべきだと伝えるよ。付随して監視付きになるかもだけど、そこまでは権限がないから許してね。」
「……ありがとうございます。助かります。」
殺死屋は手に持っていた鍵で牢屋を開ける。
遠隔操作で開けることもできるが、今回は古典的な方法で開けることにした。
檻が開き、エリックさんが出てくる。
「あ、そうだ――。」
「――え。」
殺死屋はエリックさんに足払いをかけ、左頬をぶん殴った。
全力のフルスイングだった。
「――っ!!?」
エリックさんは地面に倒れ込み、殴られた場所を押さえる。
なぜだ、と目が語っていた。
「一応、拷問した体にしておかないと収まらないだろうから、何回か殴られて欲しいかな。切るほうが良いなら得物出すけど、どうする?」
「――今の感じで大丈夫ですよ……お手柔らかにお願いします。」
この後、数発殴られるエリックだった。
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上に報告を上げ、指令室からラウンジへと戻る。
ラウンジのドアを開けて入ると、斎槻以外の十字石をはじめとしたFBI勢が集まっていた。
FBI top secret 001の十字石が代表して口を開く。
「殺死屋……ありがとう。エリックさんを助けてくれて。」
6名に頭を下げられた。
殺死屋は戸惑う。
指令室に長居せざるを得なかったから、その間に噂が回っていたのだろうが、想像以上に早すぎた。
「……上の指示で確認して、ちょっと取引しただけだよ。」
――僕としては鬱陶しくて殺しておきたかったけどね。
「……でも、よかったね。大切な人が生き残れて。」
これは殺死屋の本心だった。
大切な人が生きていて欲しいと思う気持ちは、痛いほどわかるから。
「ああ。助かった。」
十字石たちは顔を上げ、殺死屋に再度礼を言った。
「……僕、喉乾いたから水飲むね。」
殺死屋はキッチンへと向かい、自分のコップを取る。
そっけない様子を見つつ、十字石が再び口を開いた。
「――殺死屋。今まで誤解していてすまなかった。」
「――なんでもいいよ。誰かと慣れ合う気なんて、ないから。」
殺死屋の返答に十字石は小さく笑い、他のメンバーと共に笑顔でラウンジを後にした。
他のメンバーも笑っていた。殺死屋は血も涙もない冷酷男ではなく、ただ口が悪いだけだと勝手に感じたのだろう。
――馬鹿みたい。慣れ合う気なんて一切ないよ。
殺死屋はラウンジのドアに冷たい瞳を向け、水を飲んだ。




