前世を思い出し婚約破棄される前に修道院に逃げ出した悪役皇女の真実(旧題:救国の女神の真実)
たくさんの作品の中から見つけていただきありがとうございます!
※2024,6,9《おまけ話:姉たちのグループ通話~フェレシアからの手紙~》 を追加しました
※2024.7.29 タイトル変更しました。旧タイトル「救国の女神の真実」
※2025,4,26一部改稿しました。
拙作『創刊!王立セントラル学園 壁新聞部 ~婚約破棄のドミノ倒し~』のスピンオフです。
一応このお話単体でも読んでいただけるように書いたつもりですが、わかりにくかったらすみません。 『創刊!~』も読んでいただけると嬉しく思います。よろしくお願いします!
『こうして、かつて悪役皇女と呼ばれたフランチカは救国の女神とあがめられ、人々にいつまでも慕われ続けた。その傍らには常に一人の騎士が寄り添っていた。 END』
*
「はあ・・・。いいですねぇ。何度読んでも。この終わり方は本当にすばらしい!モデルがいいからかなぁ」
私の隣から丁寧に一冊の本を閉じながら感慨深げにつぶやく男の声が聞こえてくる。
彼は他国の恋愛小説がいたくお気に入りで、事あるごとに持ち出しては毎回同じような感想を語る。
彼が読んでいたのは、《前世を思い出し婚約破棄される前に修道院に逃げ出した悪役皇女が救国の女神と呼ばれるまで~解放したイケメンわんこ系騎士が迎えに来ましたが、私はここでのんびり農業します~》というやたら長いタイトルの小説。ここから程遠いジャンガリアン王国という小国の小説家アナスタシスが書いた恋愛小説だ。
あらすじはというと、とある大国の皇女が前世の記憶を思い出し、自分が前世で読んでいた小説の破滅する”悪役皇女”に転生していると気づく。前世の記憶を基に転生した人生では見事破滅する運命を変えて幸せになるというものだ。
なんてめちゃくちゃな設定だと読んだ人は思うだろう。
だが、これがほぼ私の人生なのだ。
私の名前はフェレシア。ロブイヤー帝国元皇女。
この小説は私のこれまでの人生を基にした恋愛小説だ。
ちなみ小説を読んでいた彼はルーイ。私の元護衛騎士。小説の中で最後まで寄り添っていた騎士のモデルは彼らしい。
実際、私には異世界で生きていたという前世の記憶がある。
この小説を書いた小説家アナスタシスの正体も私と同じく前世の記憶があるという女性でジャンガリアン王国の公爵夫人だ。
初め私をモデルにして小説を書きたいと伝え聞いた時は懸念しかなかった。
しかし、手紙で前世の記憶があること(しかも同じ国だった)が告げられ、その後何度も手紙をもらい、真実を書くわけではなく盛り上がるようにあることないことを書くというし、程遠い別の国の小説本のことだからと最後にはOKを出した。
が、実際は私の住む帝国の片田舎でも小説が出回るほど有名になり、私がモデルではないかと言いだす者まで現れて、今は少々困惑している。
*
私は大国ロブイヤー帝国ドレイク皇帝の5番目の皇女、第五皇女として生まれた。
贅沢な暮らしの中で周りに異を唱える者などなく、何かもが思い通りの幼少期をのびのび過ごした結果、わがままで傲慢な皇女サマが爆誕した。
そんな私が前世を思い出したのは父である皇帝に政略結婚を命じられ、お相手の姿絵を見た時である。
ジャンガリアン王国のアドニス第一王子。
金髪碧眼。陶器のように白い肌。目は切れ長、鼻筋は通り、薄く形の良い口。それらパーツが見事なバランスで配置された男性の絵だ。なぜか薔薇を手に持ちこちらを流し目で見ている絵だった。
見た瞬間、頭の中に前世の記憶が浮かんでくる。
そして今の世界が前世で楽しんだゲームの世界に似ていることに気が付いた。
私は、とある乙女ゲームの中で悪役令嬢(皇女)と呼ばれ、ヒロインを邪魔する人物に転生したようだ。
確か、このゲームは攻略対象者ごとに悪役令嬢が複数出てくるタイプのゲームだった。
どのルートでも悪役令嬢たちはことごとく、悲惨なラストを迎えたはず。
舞台はジャンガリアン王国で、ヒロインは王国で伯爵家に養子として引き取られるピンクブロンドの少女だ。
前世の記憶は曖昧で詳しくは思い出せないが、悪役皇女はゲームのストーリーのままでは最終的に婚約破棄され、いいことなんか一つもない役どころ。国を巻き込んでの大騒動になるルートもあったはずだ。命すら危ない。
さらには王子に全く惹かれない。いや、むしろ引く。
自身の姿絵に薔薇を手にする感覚がなんか怖い。
もちろんシナリオ通りに破滅するのもいやだが、前世の記憶を逆手にとって破滅フラグを折って、王子との結ばれる未来なんてもっといやだ。
だとしたら、選ぶ道は一択しかない!
ここまで思い至り私は心のコマンドウィンドウで ▶にげる を選択した。
私はこの状況から”にげる”ためにはどうすればいいか考えた。
皇女の身分を捨てて、帝国の端っこにある田舎の修道院で悠々自適の生活にするなんていいんじゃないか。
以前のままの私なら絶対に皇女の地位に執着しただろう。だが、前世の記憶もある今の私には皇女の地位はどうでもいいことだった。
*
ロブイヤー帝国は大陸にある大国である。
そもそもロブイヤー帝国がここまでの大国となった要因は父である皇帝ドレイクの外戚戦略だ。
初めは穏便に、しかし強引に婚姻関係をせまる。多くは皇帝の側室として姫を差し出させる。そして親戚関係として内政に口をだし、傀儡としていく。拒む国は圧倒的な武力をもって力づくで制覇する。こうして属国化、または支配された近隣の小国は数知れない。今や押しも押されぬ大国が出来上がった。
多くの側室を迎えた皇帝は多くの子を得た。やがて、皇帝の子の世代も適齢期になり、政略の駒として使われるようになった。
私には腹違いの姉たちが4人いる。それぞれ皇帝の戦略のため連れてこられた他国の母を持つ。
そして妙齢となった姉たちは次々と政略の駒として嫁がされた。
今度は私だ。
私は4人の姉たちを頼ることにした。
私たち姉妹は仲がいい。
皆、強引で尊大な態度の父が大っ嫌いという共通点があるからだ。
姉たちは嫁ぎ先にそれぞれ自分の居場所を見つけ、形の上では父の思惑通りになった。
だが、私の場合は例外だ。
断固、皇帝の思惑通りには動かない。
わがままに育てられた姫が突然、有無を言わさずに嫁がされる。こちらの意志、タイミングなどお構いなしに。ひどい場合は結ばれていた婚約を破棄させてまでも。父は思い付きで戦略を決めている節がある。それで何とかなってしまうのは天賦の才なのかもしれないが、周りはいい迷惑である。
深層のお姫様ならば、これも皇家に生まれた者の定めなどと受け入れる方もいるかもしれない。だが、私たちはそこまで大人しくはない。
1番目の姉は東の隣国に嫁いだ。彼女はとても頭がいい。今後の身の振り方を相談しよう。性格は現実主義でやや闇深いがいい案を授けてくれるはずだ。
2番目の姉は鉱山資源が豊富で裕福な属国に嫁いだ。彼女には資金の工面をお願いしよう。彼女は気前がいいが損になるようなことはしない。きっと私になにかしらの可能性を見出して、投資してくれるはずだ。もちろん私もいずれはどうにかしてお金を稼ぎ、利子もつけて返そうと思っている。返せるといいけど。
3番目の姉は唯一帝国本国内に嫁いだ。代々将軍を輩出する武闘の家だ。彼女はめちゃめちゃ強い。鍛え上げられた肢体に長髪をなびかせ馬で疾走する姿はまさに戦闘の女神だ。今、最強軍団と呼ばれるロブイヤー帝国軍を掌握しているのは間違いなく彼女だ。結婚相手の名ばかりの将軍はとことん存在感が薄い。彼女はやや脳筋だが、義理、人情に厚く人望もある。私が皇城を去った後のことをお願いしよう。
4番目の姉は今は南方の国にいる。彼女はまじないに詳しい。かの国は彼女が嫁いでから豊作続きだそうだ。
彼女は霊験あらたかな山麓に存在した今は亡き国の血筋だ。国民は豊かな自然の中精霊と共に穏やかに暮らしていたとか。彼女のまじないは本当に効く。たぶん聖女の力がある。
姉たちは一人、一人嫁ぐたびにせめてもの抵抗で4番目の姉の力を通して、父に呪いのまじないをかけていった。
皇女とはいっても所詮娘ひとりの力では大きく事態を変わることはない。彼女たちに出来たことなど、せいぜい呪いのまじないくらいしかないのだ。父の所業に比べればかわいいものだ。
しかしながら、4番目の姉に係るとまじないもバカにできない。
姉たちのそれが功をそうしたのか、父はずいぶんと禿げ上がり、腹も出て、足は強烈なにおいを発するおっさんになった。
もちろん私もまじないをかけてから”にげる”つもりだ。私は何のまじないをお願いしようか。毎日足の小指をしこたまぶつけるとか、だだ広いベッドから毎朝必ず転げ落ちるとか。うーん。熟考しよう。
私は早速、前世の知識も使い、姉たちにそれぞれ喜びそうな贈り物と手紙を出した。
間もなく4人から色よい返事がきた。姉さまたちありがとう!
*
円満に修道院送りになるように、1番目の姉にはその頭脳で完璧な作戦を立ててもらう。
悠々自適といっても生活水準はそうそう下げられないので、2番目の姉に借りた資金を投入し建物や家財などを整えさせる。周りには産業も風光明媚な景色もないと聞いたので、前世のなけなしの知識でその土地気候に合う農作物の苗や道具も揃えさせた。いずれ、収穫させた果物や野菜でジャムを作りたい。悠々自適な暮らしと言えば、ジャム作りだろう(偏見)。前世から今世に至るまで手作りなどしたことないが。
父への置き土産は父が出かけた時にだけ雨が降るにしようかと思ったが、周りの人もいちいち大変だろうから、くしゃみをすると必ず甲高い声になるというものを4番目の姉に依頼した。
姿絵を見せられて前世を思い出し、ゴネ倒してジャンガリアン王国で行う婚約式を伸ばしに伸ばしてきた。表向きには体調不良。季節。天気。気分。お気に入りの服がない。黒猫が横切った。占いの結果が悪いなどなど思いつく限りごねて、わがままを通してきた。
本心は私がヒロインのいる王国に行けば私の破滅のシナリオが始まってしまうかもしれないという恐れがあったからだ。
いや、もしかしたら、本心の本心は護衛騎士に守られるこの帝国での皇女生活をできるだけ続けたかっただけかもしれない。
が、引き伸ばすのもさすがに限界だろう。ようやく修道院の整備も終わった。そろそろ潮時だ。
私はジャンガリアン王国に婚約式に向かうと思わせ、失踪騒動を起こし、皇帝からもジャンガリアン王国からもヤバイ奴判定を受け、修道院送りとなる”いのち大事ににげるぞ作戦”を決行する時がきた。
皇城内で唯一信頼できる護衛騎士ルーイには作戦の片棒を担いでもらう。
私の専属護衛騎士であるルーイは、私がまだ前世を思い出す前、12、3歳の頃に西の辺境の別荘に赴いた際に出会った。
一目で顔を気に入り、現地の辺境軍から私の専属護衛騎士としてその場で引き抜いてきた。かなり強引に。今思えば、やり方が父に似てるわね。やだわ。
彼は西の辺境軍で見習いの騎士というか雑用係をしていた。年はまだ10歳くらいのほんの子どもだった。ただ顔立ちや立ち姿などどこか気品があり、他の見習い騎士とは明らかに違うオーラを放っていて目立っていたのだ。
というわけで、彼とはもう6、7年の付き合いだ。彼は、他の誰もが辟易するような私のどんな要求にも応えらえる稀有な存在だ。加えて、身長もみるみるうちに伸び、剣術も上達し、すっかり美貌の騎士として令嬢注目の存在だ。出自は元は平民だったが、私の護衛騎士に任命する際に辺境伯家の傍系と養子縁組されている。
どこに連れて行っても彼を見る令嬢たちの視線はかなり熱い。対して私への視線は鋭いものばかり。
私、これでも皇女サマなのに、失礼な話だ。
これを機に長らく私のわがままで振り回した彼を解放しようと決意した。
私なりの罪滅ぼしのつもりだ。
ルーイにこの修道院に”いのち大事ににげるぞ作戦”を説明した。
「私はジャンガリアン王国に赴くことはないわ。王国に向け出立してすぐに、私が強引に連れ出せといつものようにわがままに騒ぐ。で、仕方なくあなたは秘密裏に手配してある宿屋に私を連れて行き、身を隠す。その間に皇帝のことだから私の失踪は王国側の陰謀だとか難癖をつけて、攻め込もうとするはず。で、そのタイミングで宿屋の主に皇城へ私のお気に入りの紅茶を取りに行かせて、居場所を知らせ、私は皇城に連れ戻される。皇帝は王国に言いがかりをつけた手前、この政略結婚を進められず、私の修道院行きが決まる。あなたは無罪という訳にはいかないので、西の辺境に左遷という形になるわ。あなたは元に戻るだけだけど」
騒動後の彼の処遇については3番目の姉が(影の)将軍の力でうまくやってくれるはずだ。
「というわけで、あなたには悪いけど、左遷されてもらうから」
「フェレシア様、最近はどこか雰囲気が変わられ、急に修道院に寄付やら何やらと、何か企んでいらっしゃるとは思ってましたが、そんなことを計画されていたのですか」
「企むって・・、まあ、そうね」
「宿にお連れする件承知いたしました。
あの、ひとつお願いがございます。お連れするのはもちろんいいのですが、そのあと、私も共に僻地の修道院について行きたいのです。どうか私もお連れください」
「あら、でもおかしいわねぇ。”わがまま皇女に振り回され、まともに休みも取れない”と常々愚痴ってると聞いたけど?」
「だっ、誰がそのようなことを・・・」
「ふっ。目が泳いでるわよ。それに困ったわ。社交界で人気の専属護衛を連れて修道院に行くのでは目立ちすぎるわ。あなた、自分がどれだけご令嬢方から注目を集めているか知ってる?私はあくまで懲罰される立場になるのよ。
うーん、でも、そうねぇ。
・・・それでは、ほとぼりが冷めた頃あなたに迎えをやるわ。それまでは辺境地で過ごして。これまで取れなかった長期休暇も兼ねてということで」
「はい、承知いたしました!お呼びくださるのをお待ちしてます!」
彼はすっかり安心したように微笑んでいた。
*
そうは言ったが、ついに私は彼に迎えをやることはなかった。
計画通り修道院に来てから2周目の季節が廻ろうとしていた。
修道院生活と言っても修道院に閉じこもっているわけではない。私はせっせと農作業をしている。もちろん、作業自体は修道院の仲間や近所の村人などを雇って作業してもらっている。
私はといえば修道院周りの土地を買い上げ、農地整備し、前世のわずかな知識をひけらかして、威厳いっぱいに過ごしている。私は根っからの完璧な皇女のようだ。
なじめないかと思っていた悠々自適生活だが、案外なじんでいる。時間がゆっくり過ぎる中、自分で育て(させ)た物を収穫し、それを食すことにこんなに喜びを覚えるとは自分でも驚きだ。基本的には自分が食べたい物を優先的に栽培させている。
今日もいい天気だ。畑に出て、作物の成長具合の確認を終え、ふと空を仰ぐ。
こんな時、いつも思い出すのは彼のちょっと困ったような笑顔。私のわがままを必死に叶えようとする姿。呼べば、急いで寄ってる姿。はにかみながら私を呼ぶ声。
元気にやってるだろうか。
西の辺境地でも顔良し剣術良しのハイスペックな彼は、かなりの人気者だと3番目の姉からの手紙にあった。もう結婚も決まったかもしれない。もしかしたらすでに結婚して子どもが生まれる頃かもしれない。
前世の記憶が蘇った時に彼についても思い出したことがある。
彼、ルーイ・リンドベリは攻略対象者だ。しかも全ルートを攻略すると解放される隠しルートの。
彼はかつてロブイヤー帝国に滅ぼされた王国の最後の王族だ。世が世なら王子、やがて国王になる身分だ。
きっと帝国軍に攻め込まれ、追っ手から逃れて西の辺境伯軍に紛れていたのに、親の仇の子である私が引っ張りだし、仇の総本山に連れていかれてしまったのだ。
どれほどの恐怖、そして恨めしく思っていただろう。幸い、皇帝には彼が亡国の最後の王族とは認識されていないようだ。
彼が自国を再興させるのは今の段階では正直難しい。そうとなれば、できるだけ帝都から離れたほうがいいだろう。辺境の地で安寧で、今までの苦労が報われるような幸せな生活を送ってもらうことが私の願いだ。
……というのは半分建前で。
私は彼にこれ以上嫌われたくないのだ。
私にとって彼はとっくに護衛騎士以上の存在になっていたのだから。
皇帝の父はもちろん、側妃であった私の母も自分にしか関心がなく、私自身には興味がなかった。
小さい頃の私は周りを試すようにわがままに振る舞った。ころころ変わる侍女たちや周りの大人たち。
そんな時彼と出会った。私がうれしい時は一緒に喜んでくれ、思い通りにならない時は懸命に取りなしたりといつも共にいてくれた。私の全ての感情に共にあり続けてくれたのだ。
特に前世を思い出し、冷静にそれまでの自分の傍若無人な行いを振り返った時に、よく見捨てられなかったと彼の献身ぶりに感心したほどだ。
ずっと彼と共にいられたらよかったのに。
だが、遅かれ早かれ皇女であった私には彼との別れは避けられなかっただろう。
それにいくら主従関係だからとはいえ、彼にかなりの苦労を掛けてきた自覚もある。
これまでの彼の私に対する態度は真摯で好意的だった。それに偽りがあったとは全く思ってない。
私のわがままに応えるだけでなく、常に味方でいてくれたのも間違いない。
だが、今思い返せば、彼の辛そうな表情も幾度か見てきた。
私は彼のそんな顔をもう見たくなくて、彼からも ”にげる” を選択したのだ。
あれは前世を思い出す少し前の頃だったろうか。
当時新しく誂えたドレスを試着した自分の姿に大満足し、ルーイにも見せようと彼を探した。
定期的にある私のドレス試着会は、通常長時間に及ぶ。要望が多いからだが、その時間は彼を休憩させるのが常だった。
中庭の奥まった場所で彼を見つけた。薄い金色の髪のルーイと同僚の護衛騎士だろうか、栗毛の男性の後ろ姿があった。どうやら同僚の近衛隊士と休憩を取っていたようだった。
驚かせようとそっと後ろから近づいた時だ。彼らの会話が聞こえてきた。
「ルーイ、お前何だか疲れてないか。少しは休暇を取れているのか?」
「いや、休みはあんまり取ってないが、こうして休憩は度々いただいてるよ」
「そうか。そういえばな、近々、年の近い近衛隊士と城の侍女たちとで食事会の話があるんだ。お前が参加するなら侍女たちもかなり集まると思うぞ。たまには息抜きにどうだ?」
「いや、僕は行かないよ。フェレシア様に休暇を願い出るなど無理だよ」
「あのわがまま皇女様に気に入られて、振り回されてるから、まともに休暇も取れないか」
「お前、不敬だぞ。仕方ないだろ、フェレシア様のお相手ができるのは僕くらいしかいないのだから」
あの時、私はその場から全力で音を立てずに離れた。
栗毛の護衛騎士、後で覚えてなさい!と悪人のような決め台詞を心で唱えながら。
*
過ぎた日々をつらつら考えていたからだろうか。
「フェレシアさま~」
何だか今考えていた人の懐かしい声まで聞こえてきた。柄にもなく感傷的になっていたからかもしれない。
「フェレシア様、ああ!やっとお会いできた!お変わりありませんか?
それにしてもひどいじゃないですか!全然迎えが来ないんですけど。もうしびれ切らして、来ちゃいました!」
急いできたせいなのか顔をやや赤くさせ、はにかんで肩をすくめるルーイが目の前に立っている。
私の恋心はついには幻覚までみせるようになったかとややぼんやりする。ん?本物?
「え?なぜあなたがここに?」
意識が急転し、心臓が跳ね上がり、声も上ずる。
記憶の中の彼よりもさらに背が伸びただろうか。体つきも筋肉がついてたくましくなった気がする。
しかし表情は柔らかく相変わらず整った顔だ。
「だから、迎えがいつまで待っても来ないので。2年ですよ。もうとっくにほとぼり冷めてますよね」
美しい顔の眉間にしわが寄り、口をやや尖らせる。ちょっとかわいい。
「いえ、それは、だって、私はあなたを解放しようと・・」
「フェレシア様。私はあなたに捨てられたのではないですよね。専属護衛の代わりがいたりはしてないですよね。もしいたら排除しますが」
「え、いえ。捨てるわけないでしょ。ちょっと顔に似合わない物騒な言葉が聞こえたけど」
ルーイの圧の強めな言い方に私はやや後ずさりながら答える。
「私はずっとあなたの専属護衛騎士です。一生あなたについていきますから」
「いや、でも、あなたの子どももそろそろ生まれる頃でしょう?」
妄想上の彼はすでにイケメンのイクメンだ。
「え?!子ども生まれませんよ。子どもどころか結婚もしてないです」
「そうなの?」
「ええ、そうです。この2年お迎えを待ちながら辺境伯様のお手伝いをしていたら、次から次へと任務を言い渡されて。長期休暇の意味を辞書で引きそうになりました。さらにはなぜかジャンガリアン王国にレオパルド大使の護衛として派遣されて一年以上もいたんですよ。向こうでは王太子妃がやたら絡んできて」
あー、それはいわゆるゲームの強制力的なものかしら。
ジャンガリアン王国の現王太子妃がゲームのヒロインだから。結局、私と婚約白紙となったジャンガリアン王国のアドニス王子は、騒動後わりとすぐに自国の伯爵令嬢とさくっと結婚した。至極どうでもいい。
ちなみに私とアドニス王子との婚約白紙を受け、両国が協議し代替案として義弟で第七皇子だったレオパルドが、ジャンガリアン王国の王女と結婚し、在ジャンガリアン王国の大使となって赴任した。
「あの方なんなんですかね。ほんと、ずーっと商売の話で!帝都の流行りや帝国人の食べ物の趣味嗜好なんか私にはわかりませんよ」
ん?商売?何か色っぽい話ではないわね。
「そんなわけでこちらに参上するのが遅れてしまいました。申し訳ありません。ようやく辺境伯様のスキを突いてこちらに出向くことができました。今回のことをお知らせする手紙も出していたのですが、届いていませんでしたか」
「あっ、そ、そうねぇ。届いていなかったかしら・・・」
嘘だ。わりと頻繁に届いていた。初めの頃は次の手紙が届くのがちょっと待ち遠しく感じていた。ただ、手紙の内容がいつも辺境地では充実した生活を送ってるものの、早く迎えをと請うものばかりで、迎えをやるつもりのなかった私は後ろめたさが募り、いつの頃からか封を切らずに引きだしに入れっぱなしにしていた。
もし、婚約とか結婚とかの幸せ全開の内容でも書いてあったらと想像するとペーパーナイフを持つ気になれなかった。私は彼の幸せを願いつつ、それを直視できるほどできた人間ではない。
「目をそらされてるということは。フェレシア様、もしかして届いた手紙を読まずに食べでもしたんですか?」
「食べないわよ。ちゃんと引き出しにしまってあるわよ」私は黒ヤギさんではない。
「ちゃんとしまっただけで、読んではいないということですか?私からの手紙はどうでもよかったですか」
なぜ、こんな尋問タイムが始まってしまったのか。
「違うのよ。私にはあなたの人生をこれ以上振り回す権利などないわ。今はもう皇女ではないし、ただのフェレシアなのよ。あなたが仕える人間ではないわ。
充実した生活を送っているなら、それならそれでいいかと考えて。あなたはこれまで辛い思いをした分これから幸せになっていいのよ」
かつて社交界では優良物件のルーイに全く婚約の話がないのは、私のわがままな独占欲で婚約を邪魔しているからだと噂されていた。私も”わがまま皇女”の呼び名を耳にしていたし、若干、自覚もしていたがもちろん婚約の邪魔などはしてない。ただ、休暇はあまり与えてなかったかもしれない。彼しか私を受け入れてくれる人などいなかったから。
「いいえ、いいえ」ルーイはかぶりを振りながら彼の真剣な表情で一歩近づいてきた。
「私は幼い頃に両親、妹を殺されています。私が生まれた国の内乱に巻き込まれて。その戦乱から助け出してくれたのはロブイヤー帝国軍です。助けてはもらったものの家族も故郷も失い、私は一人ぼっちでした。周りは良くしてくれても”自分だけなぜ生き残ってしまったんだ、ここにいていいのか”とずっと考えていた。
そんな頃にフェレシア様に出会い『この子がいい。この子でないといやだ』と言われたんです。そして私に護衛騎士という新たな居場所を与えてくださった。私がそれからの日々でどれだけ救われたか。
以前、騎士仲間に休みもないと愚痴っていたのは、私の代わりを務める者は他にいないという遠回しな自慢です。それなのに2年もおそばにいられなくなるとは。あの騒動の時、素直に辺境になど行くのではなかった。しかし、ご安心ください。これからずっとおそばにおります。辺境伯様にはお暇を頂いてきましたから」
「内乱で・・。帝国軍は仇でない。私は恨まれてないの?・・・。えっ?辺境軍を辞めてきた⁉」
私は心の声をそのままつぶやいてしまった。
ルートは眉をやや下げて、肩をすくめた。
「仕方ないじゃないですか、任務、任務と。私が何度もフェレシア様のところに行きたいと訴えても辺境伯様はのらりくらりと・・。挙句の果てには辺境伯様のご息女と結婚して、辺境伯地に残れと言い出しやがって!あ、いえ。言い出されまして、辞表を丁重にたたきつけてこちらまで来ました。
あっ、このバケツは向こうの作業小屋に片づければいいですか?」
「そうね、お願い。・・ってナチュラルに手伝い始めようとしないでよ。どうするの、これから」
「ですから、フェレシア様のおそばで暮らします。フェレシア様のお手伝いをしつつ、この村の警らの仕事に就く予定です。村長とも会ってきました。近くの空き家も貸してもらえることになりました」
「あなたなら王都でもどこでももっと、華やかに暮らせると思うわよ。こんな田舎じゃなくて。何度も言うけどあなたには幸せになってほしいのよ」
「フェレシア様」彼がさらに一歩近づいて、ひざまずいた。
「フェレシア様は先ほど、ご自身が”今は皇女ではなくただのフェレシアだとおっしゃいました。
僕も正規の騎士ではなくなり、まして、すでに亡い国の王子でもありません。ただのルーイです。立場が同じというのは厚かましいですが、どうか言わせてください。
私はあなたを心からお慕いしております。どうか、この先もあなたのそばで歩んで行くことをお許しください」
顔がじわじわ熱くなるのがわかる。
「私は一応修道院に入っているし、年上だし。許すもなにも・・」声も小さくなってしまう。
「以前は立場も違い、さらに婚約もされていた。だから、この気持ちは誰にも言わず、一生自分の胸に秘めて生きていこうと思っていました。そう決めても気持ちをお伝えできない苦しさが常にありました。
しかし、今あなたにこうして伝えられた。それだけで私は十分です。お返事はいただかなくともいいのです。これからも私の気持ちも行動も変わりません。あなたと共にあり続けたいだけなのです。厚かましく願うなら、あなたの一番近くで。あなたのそばにいることが唯一私が幸せなることです」
*
ルーイが私のそばで暮らすようになってしばらく過ぎた頃、父ドレイクが皇帝の座を降りて、離宮に蟄居した。
義長兄である皇太子が半ば強引に父から皇帝の座を奪い取ったのだ。彼も父の思い付きに振り回されていた者たちの一人だ。
私の元に新皇帝の封蝋の手紙が届けられたのはそれから間もなくだ。
新皇帝就任による恩赦で、私の還俗が決まった。
ジャンガリアン王国とのあの騒動で私の行動が結果的に戦争を防いだとお義兄様、いえ陛下が評価されたそうだ。
どうやら当時、かの王子はすでに現王太子妃の伯爵令嬢に求婚していて、私との婚約を群集の面前で強引に破棄しようと画策していたとか。実際にそんなことをしていたら、帝国の姫に恥をかかせたとか言われて当時の皇帝に攻め込む口実を与えてしまっていただろう。
「その話は私がジャンガリアン王国に派遣されていた時に聞き及んだので、密かに王子をぶん殴っってやろうかと思いましたが、行動を見ていて関わるのも価値のない奴でしたので捨て置きました。フェレシア様も記憶から消去して構いません。
そうそう、ご存じですか?ジャンガリアン王国の一部の貴族から、フェレシア様は”救国の女神”と呼ばれてるそうですよ。
それよりも、還俗おめでとうございます!」
「ありがとう。でも女神って・・ずいぶん大仰ね。還俗と言われても大きく生活は変えないわ。このままこの地で作物を育てて、どんどん新商品を開発して販路を広げるわ」
さらに、今回の恩赦により私は3代限りの公爵家を叙爵し、この修道院を含む帝国の端の領地を下賜された。
今回賜った領地は大陸のやや北部に位置していて、けっして開発が進んでいるとはいえないし険しい山地もある。
しかし、ルーイにとっては大きな意味を持つ。
「帰ってこられるとは・・・」
彼はかの方角の山々を潤んだ瞳でしばらく見つめていた。かつての彼の故郷の一部も領地に含まれていたのだ。
新皇帝はルーイの身の上を知っていたのかもしれない。
私はその後も前世の知識と、1番目の姉の知恵、2番目の姉の財力、3番目の姉の人脈、4番目の姉の聖なる力などで産業のなかったこの地を農作物の一大産地へと成長させるべく行動した。
大都市まで生産物の輸送に時間がかかるため、手始めにピクルス、漬物、干物など日持ちする加工品を多く開発させた。干し芋は私がとても気に入り、重点的に開発させたおかげで名物になった。野菜のジャムもなかなか好評だ。
同時に街道も整備させる。
さらにはハウス栽培や病気に強い品種の改良、土壌改良に抑制栽培なども導入していった。
その結果周辺にも食品加工の作業場や販売店なども増え、人々も物も集まり始めた。もう村というより町といっていいレベルに発展をみせてつつある。
この地より始まった主に農業分野の発展は帝国内外に広く伝わり、後に『農業革命』と呼ばれることになる。
*
時は流れ、さらに数年後。
再びルーイが瞳を潤ませることになる。
居を移した領主館の庭のテラスでソファに座り広大な麦畑を眺めながら、私はお茶を飲む。
すぐ横で同じく麦畑に目を向けてお茶を飲む、領主の護衛兼副領主の任に就いているルーイに私は告げる。
「え?子どもって、フェレシア様!本当ですか?」
ルーイがソファから飛び上がる勢いで立ち上がる。
私の目の前でひざまずくと、私の手を両手で包みこみ自分の額にあてる。見降ろした肩が小刻みに震えているのがわかる。
家族が増えることは彼にとっては得難いものだったのだろう。
「ふふ。たぶん間違いないそうよ。だから、いい加減私を様付けで呼ぶのはやめてちょうだい。春先にはいずれ、あなたを父上様と呼ぶ家族が増えるのよ、ルーイ」
優しく肩をさすりながら、私も視界がわずかに歪む。結婚した私たちに天使がやってきてくれた。
*
こうして、かつてわがまま皇女と呼ばれた私は家族や姉や兄たち、多くの人々に囲まれ、愛を知り幸せを感じて生きていく。もう ”にげる” 選択はしないだろう。
小説のモデル依頼が舞い込み、出版され、現物を読み、顔から火が出る思いをする私と三度瞳を潤ませるルーイの姿が見られるのはさらに10年ほど先のお話。
*終わり*
《おまけ話:姉たちのグループ通話~フェレシアからの手紙~》
※①:1番目の姉アンス
②:2番目の姉ドゥーチェ
③:3番目の姉トレシュ
④:4番目の姉ネリャ
*
通話開始
④「もしもーし、聞こえますかぁ?」
③「おお!聞こえるぞ!コレ凄いな!!」
①「トレシュ、うるさいぞ。少し声を落とせ」
③「あーごめん。でもアンス姉さんも内心はしゃいでるだろ。この手のひらサイズの石板、どうなってるの、ネリャ」
④「なんか、やってみたらできちゃったの。石板の真ん中の光る石に私の念力を送ることで相互通話ができるのよ。しかも最大4人同時に」
①「驚きを通りこして薄ら恐ろしい力だな」
④「んー、何か言いましたぁ?」
②「これ・・・、どうにか商売にできないかしら?」
③「さすが!ドゥーチェ姉さん、すぐお金に絡めるねぇ」
②「そ、そんなことないわよ」
①「まあ、ドゥーチェの金好きは今に始まったことじゃないからな」
②「アンスお姉様まで。もう!」
④「ねえねえ、姉さまたちにはフェレシアから手紙と何が届いたのー?」
①「ああ、私にはフェレシア監修特性エンボス入りの銀食器一式だ。ちょうど使っていた物が毒で真っ黒になったばかりだから助かる。是非フェレシアの願いを叶えるよういい策を授けよう」
②「また、毒を入れられましたの?お姉さまの国、どうなってるの?」
①「もう最近は挨拶みたいな感じだな。しかし、律儀に銀食器に反応する毒を盛るところがかわいい。私なら絶対にわからないあの毒を使うがな・・・」
②「その思考が怖い・・・。
あ、わたくしにはガラス製造の品質アップのヒントを教えてもらったの。うちの国で大量に取れる珪砂が有効活用できるのよ。ついでに片手をあげた笑顔の猫の置物も。なんでも金運が上がる縁起のいい物らしいわ。フェレシアには言われた金額以上に用意するわ。これは非常に有意義な投資よ」
③「やっぱり、お金絡みw
私にはこれだ!あっ見えないか。今着てるんだが、フェレシアがデザインした”ろすごり風ドレス”っていうドレス。めっちゃかわいいんだよ!黒地に白や薄紫色のフリルとリボンとレースをふんだんに使った物で、最大の特徴はふんわり広がったスカート丈が膝上なんだ。で、これまたかわいい長めの靴下をガーターベルトで止めるという斬新なドレス。お揃いの柄のヘッドドレスもセットで。気分が上がる!なぜか、旦那も喜んでる。フェレシアに頼まれたことはきっちり実行してやらないとな」
④「あんなに勇ましい姉さまがフリルやリボン大好きって軍のトップシークレットよね。兵士の士気にかかわるものぉ。ううん、かえって士気が上がるのかしら・・・?
ネリャにはもちろんこれでーす。お酒いろいろ詰め合わせ~。おいしー」
①「やっぱり、また飲んでるのか。お前の血筋は酒に溺れなければ、長く繁栄していただろうに。
で、何を頼まれたんだ?」
④「フフフ。聞いて!!フェレシアのお願いが ”皇帝がくしゃみをすると必ず甲高い声になる” まじないをかけて、なのよーw』
①「ぷっ」
②「え、ええ~w」
③「アハハハ、何それ」
④「ねー。私も手紙を読んで久しぶりに声を出して笑ったわ。フェレシアね、私たちが嫁ぐときに皇帝にまじないをかけてたことは知ってたみたいなの。でも内容が”禿げろ、腹出ろ、足臭くなれ”だと思ってるみたいなのw」
①「そんなのただ、皇帝の老いだの不養生だの不衛生だのの結果だろ」
②「そうよ、私たちのは・・・、特にアンスお姉様のなんか口に出すのも憚られる内容よ」
③「ほんとにフェレシアはかわいいなぁ」
④「かわいいわよね。皇帝も一番かわいがってるもんね。伝わってないけど」
①「自分の意志の通し方や人の使い方なんか皇帝とフェリシアは一番似てるからな」
②「それでこの顔だけいい王子との縁談、無理に進めたのよね。フェリシアがいつも護衛騎士連れまわしてたからイケメン好きだと思い込んで」
③「イケメン好きじゃなくて、あの護衛騎士のイケメンが好きなだけなのにな」
④「全然、わかってないーw」
①「いずれにしても我々はフェレシアの味方でいてやればいい。あの子がどんな道を選んでも」
②「そうね、あの子の無邪気さにはいつも救われるもの」
③「そうだな。自分はわがままだと思ってるのもかわいい。汚れた私たちの癒しだな」
④「今度聖水でも送ろうかしら。姉さまたちもいるー?っていらないかぁ」
①「ああ、いらん。いまさら聖水ごときでは何も変わらん。じゃあ、また連絡する。皆、息災でな」
②「はい、アンスお姉様こそね。ではごきげんよう」
③「おう、また話そうなー」
④「はぁーい、みなさまにも神のご加護を」
通話終了
*おわり*
読んでいただきありがとうございました。
作中の世界観はオリジナルのものでとてもゆるい設定(爵位、修道院、農業知識などなど)です。乙女ゲームもあまり理解がありません。広ーい心で気楽にお読みいただけると嬉しく思います。
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