05 初夜しないと出られない部屋
「ちょっと!開けなさいよ!!!」
エリンがドアを叩くが反応はないし、扉はビクともしない。外からかんぬきでもかけられているようだ。
夜、エリンはリュドヴィックと共に寝室に閉じ込められていた。
・・
事の起こりは十五分程前。
風呂から上がり、自室でのんびりしているエリンのもとに執事長・エドが訪れた。
ブルーノの幼い頃からずっとこの家を守っている初老の男性である。エリンが最も信頼している使用人なので、見事にしてやられた。
大切な用があるから来て欲しいと連れだされた先がリュドヴィックの部屋だった。
リュドヴィックの部屋がどこになったかも知らないでいたエリンは、まんまと騙され部屋に押し込まれた。
「えっ、何!?ちょっとエド!?この部屋はなに?」
「うわっ!?」
「ええっ、リュド!?」
突然知らない部屋に押し込まれたと思ったら、目の前にリュドヴィックが立っていて、エリンは心臓が止まるかと思った。
バスローブを着てリラックスモードだったらしいリュドヴィックも心底驚いたようで胸を抑えていた。
「エド、どういうこと!?」
扉の向こうに聞こえるようにエリンは声を張り上げた。
「お嬢様、いえ、奥様申し訳ありません。ブルーノ様からの指示でございまして」
「えっ!?」
「今日が初夜なのだから同じ部屋で過ごすようにとの命令です」
あのやろう……とつい汚い言葉で罵ってしまいそうだ。父はこの場に存在しなくても迷惑をかけてくるのか。
そして、冒頭のシーンに戻るのである。
しばらくエリンはドアをたたいてみたが、もう去ってしまったのか反応はない。
「もう諦めるかあ」
エリンが後ろを振り向くとリュドヴィックはまだ茫然としていた。
かわいそうなリュドヴィック。今日は長旅で疲れて休みたいだろうに、まだ一日は終わらせてもらえないらしい。王子として暮らしていた頃はこんなひどい扱いもされなかっただろうに。
部屋を見渡してみる。ここがリュドヴィックの部屋になったようだ。
しっかり清掃もされていて、他の部屋に比べて家具や調度品も揃っている。
あのブルーノも一応元王子の部屋はきちんと用意したらしい。……つまり事前にこの部屋を作る余裕があったわけで、もっと早くエリンに結婚のことを伝えることはできたと思うと腹立たしいが。
しかし、そんなことにいちいち腹を立てていられないほど今の状況に困惑していた。
キングサイズのベッドがいやに目につく。
「父が本当にごめんなさい」
「あ……いや、うん」
「既成事実を作れってことね。そんなことしなくてもリュドはルロワ家の領主になることを受け入れているのにね?」
父の魂胆は見え見えだが、確かに初夜といえば初夜である。
……いつのまに結婚していたのか、全く知らないが。
「え……あ、うん。そうだな」
リュドヴィックは落ち着きなくその場をうろうろしている。
エリンもその場から動けずにいたので扉の前にいるままだ。
ここで二人突っ立っていても仕方ない。結婚したのであればそういったことも受け入れなくてはいけないのかもしれない。腹を括らなくては、とエリンは思った。
「それで、どうする?」
「どうするって!?」
リュドヴィックはついに声を荒らげた。この状況に追いやられたら無理もないが、あまりにもリュドヴィックの落ち着きがないので、それを見ているエリンは冷静になってきた。
「私は何にも恋愛経験がないので、リードして欲しいんですけど」
「なんだって!?」
リュドヴィックは顔を真っ赤にして狼狽えて始めた。
その様子を見ているとエリンはさらに気持ちが落ち着いてきた。
常に穏やかに微笑んでいた学園の王子はどこにもいないな、などと心のなかでぼんやり思う余裕もあるほどにまで。
「リュドは婚約者もいたし、ほら、あの聖女とも恋仲だったじゃない」
「な……バカな!!!ぼくは、キ、キスだってしたことがないぞ!!!」
「な……」
その返答は予想していなかったので、エリンまで固まってしまった。
シャルロット嬢をエスコートするリュドヴィックはいつだって紳士的でスマートで乙女達の憧れだったのだ。あの様子から当然キスくらいしていると思っていた。
リュドヴィックのカミングアウトに一瞬きまずい空気が流れる。リュドヴィックはしまったという表情で真っ赤なままだ。エリンは耐えきれず吹き出した。
「おかしいか……?」
「おかしい!あ、ごめんね、リュドのことがおかしいんじゃないの。
私達いつの間にか結婚させられて、こんな風に閉じ込められて、こんな話までして。むちゃくちゃだわ」
エリンがバカにして笑ったわけではないと気づいたリュドヴィックは睨むのをやめた。
「今日の朝まで私は結婚することも知らなかったのよ!」
「……僕も外に出されたと思ったら道中で初めて知らされたんだ」
なるほど、それでずっと不貞腐れていたわけかとエリンは合点がいった。
幽閉されていたリュドヴィック。突然ドラゴン島行きを命じられて、そこで結婚をしてドラゴン領主として今後は生きろと言われたらあんな態度にもなるだろう。それには心底同情する。
「ほんとにめちゃくちゃね。こんなにロマンチックさの欠片もない初夜なんてあるのかしら」
「本当にな」
エリンの言葉にようやくリュドヴィックは身体の力を抜いて口元だけ笑みを浮かべた。そのまま大きなベッドにトスンと座り込む。
このハチャメチャな婚姻に迷惑を被る同志としてはエリンを認めてくれたのかもしれない。
「どうせ今夜は部屋から出してもらえなさそうだし、よければお互いのことを話さない?私達お互いを何も知らないわ」
「そうだな」
「もし疲れていたら眠ってしまってもいいから」
「君が部屋にいるのに、それは無理だろう」
また顔を赤くしてリュドヴィックは狼狽えた。
どうやら彼はエリン以上に、恋愛免疫がないらしい。
皆の憧れのリュドヴィック王子しかエリンは知らない。これから、リュドヴィック・ルロワをたくさん知ろう。
「じゃあ朝までお話しして開放してもらえたら、それぞれ昼寝でもしましょうか」
時間はたっぷりあるのだから。
なんせもう夫婦になってしまっているのだ、これから何十年も時間はある。
明日一日くらい眠ってしまってもいいだろう。