03 パートナーになってくれませんか
「意外と豪華な館だな」
放心状態から立ち直って早々失礼なセリフを吐くのはリュドヴィック。
湖の中の小島にそびえ立つ大きな館の前に到着していた。ドラゴンから降りると途端に強気である。
リュドヴィックのむくれた態度に慣れてきたエリンは気にせず館に進んだ。
管理が行き届いた庭を通り、行き着いた館の入口にはメイド達がズラリと並んでいた。
「リュドヴィック様、エリン様、おかえりなさいませ」
三十名はいるだろうか、皆深い礼をして二人を迎える。
熱い歓迎にリュドヴィックは少し気を良くしたようだ。
「なんだ、ルロワ領は潤っているんだな」
大きな館、美しい庭、たくさんの使用人。リュドヴィックはそう判断したようだ。
初めて彼の顔が穏やかになるのを感じたが現実は突きつけないといけない。
「いえ、数年後には赤字です」
「ん?」
「大きな館は過去の功績で建てられたものです。
使用人が多いのは、領民の働き口がないのでここで雇っているだけです。」
「え?」
「なので、お金はありませんよ」
説明するより見てもらった方が早いだろう、エリンは館に入ることにした。
それに気づいた執事が館の扉を開けてくれる。
中に入ると、豪華なホールと二階に続く大きな階段が広がっている。しかし煌びやかな内装に関わらず調度品は何もない。
このホールに似合うだろうシャンデリアも外されていて室内は薄暗かった。
「シャンデリアは維持するにもお金がかかるんですよ。売ればお金になりますしね」
「……」
「ルロワ領は数年後には赤字です」
「さっきも聞いたが」
「父はあの通りの性格で、頼りになりません」
エリンは立ち止まった。父から結婚の話がある前に、エリンは先に伝えたいことがあった。
エリンの後に続いていたリュドヴィックも立ち止まる。
「ルロワ領は過去の功績により栄えた領地です」
「過去というのは」
「詳しくは改めて説明します。
簡単にいうとご先祖様のおかげでお金と地位があります。
が、今はお金がありません。しかしドラゴンと人材は余るほどあります」
「はあ」
「学園を卒業して帰ってきたらやりたいことがありました。
この領と領民とドラゴンを守るために、ドラゴン事業を興したいんです」
「……」
「リュドヴィック様の優秀さは私も存じております。
突然の私との結婚、不本意だったでしょう。
ですから私のことを恋愛対象として見なくてもかまいません。
この事業のパートナーになってくれませんか?」
エリンはまっすぐ伝えたが、リュドヴィックはまっすぐ受け取れず困惑している。
無理もない。
そもそも国外追放の罪人として強制的に島送りにされたわけだし、シャルロットやチヒロを想っていたのに突然のエリンと結婚させられるわけだし、今日初めてドラゴンに乗った人にドラゴン事業と言っても困るだけだろう。
「今すぐには受け入れられないと思います。
まずは生活にゆっくり慣れてください。
私の気持ちを伝えたかっただけですから」
「ああ」
真剣なエリンの表情にリュドヴィックもようやく頷いた。
エリンには夢があった。
――かつてのルロワ領のように再興させたい。
罪人の監獄扱いをされないように名誉も取り戻したい。
領民とドラゴンの居場所を作りたい。
学園で三年間学んだのはそのためだ。
本当なら一緒に領地を守って発展させるパートナーが欲しかったのだが、ドラゴン島のドラゴン令嬢は貴族令息達には相手にされず。エリンも勉強に忙しく勧誘するほどの時間はなかった。
出来れば財産があり、跡を継がない次男や三男が来てくれたらいいなと思っていたが、まさか優秀な元王子がやってくると思わなかった。
ルイーズが壊した像の賠償金と相殺でたいして持参金もなかったが、リュドヴィックは学年首席だった。時期国王予定として教育を受けていたのだから、領主としても最高だ。
事業パートナーとしては申し分ないうえに、彼は島流しになっていて逃げ出すことも出来ない。
ゆっくり過ごしてこの島に慣れてからでもいい。
「では、父が待つ応接間に行きましょうか」
「うん」
淡い恋心は早々に打ち砕かれたが、そんなことより大切な物はある。
最初は衝撃的すぎて反発したが、もう気にしていない。
逃げ出すことなく一緒に運命を共にしてくれる優良物件のリュドヴィックが手に入ったことを実感し、エリンは満足気に歩きだした。
リュドヴィックもエリンの後に続くが、その面持ちは先程までの反抗期スタイルとも少し違う、悲しげな表情だ。
「僕は優秀ではない」
小さな声でつぶやいたが、上機嫌で前を歩くエリンにその声は届かなかった。
・・
メイドが多い。応接間にはお茶の用意をしているメイドが五人もいた。
メイドは多くてもルロワ家に金はないので紅茶と数枚のクッキーが用意されるだけだ。
二人が入室すると既にブルーノはのんびりお茶を楽しんでいた。二人に気付くとブルーノはやあ!と手を振っている。
「リュドヴィック様、ドラゴンはどうでした?」
席に座るように促しながら、ブルーノは尋ねる。
「恐ろしかったです」
エリンの隣の席に座りながらリュドヴィックは正直に答えた。ドラゴン酔いしたのかもしれない、顔が青い。そしてそのまま表情なく続けた。
「今の私はブランシャールを名乗ることを許されていないですし、気軽に話してください」
「了解!じゃあリュドって呼んでもいいのかな!?」
全く遠慮のないおっさんだ。ヘラヘラ笑うブルーノをこっそりエリンは睨む。
「君も遠慮なく、気軽に接して欲しい」
「やりにくいのですが」
「……以前と同じように接されると辛くなるんだ」
ギュッと胸が痛くなるようなつぶやきと共にリュドヴィックは目を伏せた。あの日皆の前で糾弾されてから、エリンには予想ができないほど辛い思いをしたのかもしれない。
「まあリュドもこう言ってるわけだから」
ここは遠慮のないおっさんの方が正解だったらしい。それならば、とエリンも笑顔を作って頷いた。
「リュド!よろしくね!」
エリンは手を差しだした。お互いロマンチックな気持ちには到底なれないが、これから伴侶として暮らしていくのである。仲良くしたいものだ。
「よろしく」
リュドヴィックはニコリともせずに一言。気にせずエリンはガッチリと両手を握りしめた。
心を開いてくれないドラゴンと思えば、この態度もかわいく思える。リュドヴィックのことは人見知りのドラゴンだと思うことにした。
こうしてドラゴン島で、新しい生活が始まろうとしていた。のだが。
「お父さん、その荷物なに?」
本題に入ろうとブルーノの方を向くと、ブルーノが座っているソファの横に大きなリュックが二つ置いてある。
「ああ。旅に出ようと思って」
「誰が?」
「私が」
「どこに?」
「まずはこの国を一周かな」
「はああ?」
エリンは怒りが沸騰してきたが、ブルーノは呑気にお茶を飲んだままだ。リュドヴィックは全然話についてきていない、キョトンとしている。
「どうして旅に?」
「お父さんはね、ずっと旅がしたかったんだ」
「はあ」
「リュドが婿入りしてくれて、ルロワ家を継いでくれた。私の役目はこれで終わり」
「私とリュドが二人で住むということ?」
「うん。お若い二人の邪魔をしたくないからね」
そう言うとブルーノはリュックを背負って、応接間の窓を開ける。それだけでブルーノが何をするもりなのかエリンはすぐにわかった。
「あ、待って待って!行かないで!」
しかしブルーノは窓の外に向けて口笛を吹いている。ルイーズを呼ぶつもりだ。
この部屋の窓は大きい、ここから飛び乗れてしまう。
「大丈夫、言いたいことはわかってる。結婚式には帰ってくるよ」
「違う!わかってない!」
慌ててエリンは席を立ち、窓に向かって走るが、
「領地のことは元々エリンがやってくれてたし、リュドも心配しなくていいから!」
ブルーノがそう叫んだのは、既に窓の外からだった。
ルイーズに乗ったブルーノは大きく手を振る。
「エリンのウエディングドレス姿を楽しみにしてるからねー!」
その声とともにルイーズが大きく羽ばたき、部屋の中に暴風が入り込んできた。
「うわっ、」
机の上に重ねられていた書類が部屋中を紙が舞う。
二人が目を開けるとブルーノの姿はもうなかった。
「やられた……!」
王家から押し付けられた迷惑を、全てエリンに押し付けてブルーノは飛び立っていってしまった。
呆気にとられた二人を残して。