17 エリンの本当の夢
マークが飛び立ったのを見送ったエリンは
「じゃあ午後はルロワ基地に行って、数人騎士を選抜しましょうか」と言いながら、リュドヴィックの向かいの席に座り直した。
「速達便の仕事に就いてもらう者だな」
「ええ。実際の運用は先だけど、マーク以外に私たちの手紙を届けてくれる人を探しておきたいわ」
「そうだな。手始めに王都にはいない二人への手紙も届けてもらおう」
エリンが細かく説明しなくてもリュドヴィックは意図を組んでくれて話を進めてくれるので大変助かる。
「リーダーとなる年長者と、若者数名で構成したいわ。実際に運用が始まれば若者は王都に滞在させてマークのように学園に通わせたいの」
「そういえばマークも通わせると言っていたな」
「後で話すと言って忘れていたわ、ごめん」
リュドヴィックは先日の基地でのやり取りを思い出した。
「この島の者をなるべく王都の学園に通わせたいの。お金に限りがあるから全員というわけにはいかないけど」
「なぜ?この島にも学校があるんじゃなかったか?」
「あるわ。読み書きや計算だとか、歴史のような一般的な物は行っている。でも高度な勉強はできない。私もこの島で勉強した後に学園に通って身に沁みたの」
「高度な勉強をさせて島の発展に活かすのか?」
リュドヴィックの質問にエリンはうーんと少し考えてから語り始めた。
「それもあるけど、一番は島の人に外の世界を知ってほしいの。
王はここを国外だと言った。悔しいけど本当にそれが現状なのよね。
この島は独自の文化があって、ドラゴンもいる。島の人間は外に出ないし、外の人間もこの島には寄り付こうとしない。そんな状況を変えたいと思ってるの」
エリンの瞳に熱が灯るのをリュドヴィックは感じて、口を挟むことはできなかった。
「島が好き、だから島に住みたい。それはもちろんいいこと。
でも、何も知らないからここに居続けるしかない、それは嫌なの。
派遣事業をしたいのは、仕事を提供したいのもあるけど島の人に外に出てほしいから、でもある。
もし外に出て他の仕事をしたいと思ったなら、ドラゴン業を辞めてその道を目指してくれたらいいわ!」
「……」
「それに島の人間が外で活躍したら、外の人にも知ってもらえるでしょ、ルロワのことを!
島の人には世界を、もっとたくさんの可能性を。
外の人にはこの島のことを、もっと知ってほしい。
お祖父様の時代には外の人もルロワ島のことを知っていて、国を救うルロワを尊敬してくれてた!
ああ、別に敬えってわけじゃないのよ。その時代のように私の大好きな島をもっと知ってほしいの。それが私の夢!」
「……恥ずかしいな」
エリンの演説を黙って聞いていたリュドヴィックがぼそりとつぶやいた。
「やっぱり夢を見すぎかしら?」
「違う。僕は次期王だったのに、何も知らなかった。王立騎士団にドラゴンとルロワの騎士がいること、ルロワが最南の砦だということだけは知っていた。でも、それだけだ」
リュドヴィックは眉を寄せて苦しそうに小さく吐き出した。
「王はたくさんのことを抱えるんだから全ては把握しきれない。だからこちらから声を上げる必要があるのよ」
「同じ学年に君というルロワ出身の者がいることも知っていた。それなのに自分を取り繕うのに精一杯で知ろうとしなかった」
「リュド?また根暗モードに入ってるわね」
暗い表情をするリュドヴィックにエリンは片眉をあげる。
「あのね。こうやって素直に人の意見を受け入れられること、それはあなたの一番の美点よ。
リュドは不本意ながらこの島にやってきたけど、一度も島のことを拒絶したことがない。いつも、知ろうとして、受け入れてくれてる。それがどれだけ難しいことか、そしてどれだけ私が嬉しかったか全然わかってない」
じっと見つめられたリュドヴィックの瞳が揺れる。
「偏見なく受け入れて、変化を恐れない。あなたは絶対にいい王になったわ」
「洗脳された情けない男だ」
「……まあそれに関してはもう否定しない。でも、王になる器があったリュドなら、こんな小さな島なんて絶対に再興できると思わない?」
エリンは軽い口調で言ってからはにかんだ。
「君はいつもそうやって言ってくれるな」
「そうよ。リュドが自分を信じるまで繰り返し言い続けるわ。あなたは情けなくも、恥ずかしくもない」
「……君はすごいな」
「あら。すごいと思ってくれるなら、私が信じてるリュドのことも信じてよ」
「……わかった、ありがとうエリン」
リュドヴィックは降参というように肩をすくめて息を吐いたので、エリンは明るい声をあげた。
「あ、エリンて呼んでくれた!ねえ私リュドの嫌なところひとつあるの。私のこと君じゃなくて、エリンって呼んで」
「わかった」
「語りすぎてなんか恥ずかしいな!よし、お昼ごはんにしよう!ご飯食べたら基地に行くぞー!」
エリンは照れ隠ししながら元気よく立ちあがり「昼食の準備お願いしてくるわ!」と部屋から去っていった。
リュドヴィックはその姿を眩しい気持ちで見つめていた。




