09 ドラゴン島の過去と赤字の未来
赤い鱗に金色の瞳、そんなドラゴンのイラストが大きく表紙を飾っている。「ドラゴン伝説」子供向けの絵本だが、それをリュドヴィックは渡されていた。
「これを見るのが一番わかりやすいのよ」
エリンは今日はリュドヴィックにこの島とルロワ家を説明することにしていた。いつものごとくメイドだけはたくさんいる部屋で、素朴なティータイムを兼ねて。
ドタバタの朝を経て、うるさいリュドヴィックに結局付き合いきれなくなったエリンは自室に戻って、それから二人とも昼までたっぷり二度寝をした。
島の案内もしたいところだが、今日は屋敷の中でゆっくり過ごすことに決めた。
「これは読んだことがあるな」
リュドヴィックが懐かしそうにペラペラと絵本をめくる。
小さな島に住む一人の少年とドラゴン。魔物がこの国を襲ったことを知り、勇敢な少年は魔物を倒しにドラゴンと旅に出る。そして無事に魔物に打ち勝ちこの国の英雄となる。よくある冒険の絵本だ。
「これは二百年前に実際にあった話をもとにしているのよ」
「じゃあこんな魔物もいたのか?」
リュドヴィックが見ているページには、赤いドラゴンと戦う黒い魔物がいる。
鋭いくちばしを持つ黒い鳥の顔をして大きな翼もあるのだが、魔物のくせに服を着て二足歩行のように見える。服も見たことがないものだ。ジャケットのような形だが、やけに袖は広がってヒラヒラしている。それにドロワーズよりふんわりしたものを履いて、鋭利な爪が丸見えになる板のような履物……なのだろうか?を足に装着している。
「そうかもしれないし、敵を魔物に比喩しただけかもしれないわね」
エリンも一緒に絵本を覗き込む、それからまた話を続けた。
「この島は昔からドラゴンと人が一緒に住んでいて最初は三十人程度の本当に小さな集落で、この国に属しているわけでもなかったのよ」
「そうだったのか」
「あるとき、この国を攻めようと南から魔物――まあただの人間かもしれないけれど、とにかく敵が現れた。でも国に入る前にこの島の人間とドラゴンがそれを阻止した」
「じゃあこの絵本の少年が君の先祖というわけか」
「そうよ、実際には少年ではなくおじさんだったけどね。
敵から国を守った功績として、この島は国の一部、領地として認められ、その時リーダーとして戦った者がルロワの名と爵位を賜った」
「ルロワ家の始まりというわけだな」
「そう。その戦いの後にルロワドラゴン騎士団を設立したの。最大の強みは空を飛ぶことが出来て自身も戦えるドラゴン、馬よりもずっと強かったわ。だから南の防衛だけでなく色んな戦争に駆り出されて、その度に莫大な報酬を得たそうよ」
「それが過去の功績か」
エリンは頷いた。この屋敷があるのも、今なんとかやっていけてるのもすべてご先祖様のおかけだ。
「でも私の祖父の時代からは平和な世界が訪れた」
今のこの国は平和だ。祖父の若い頃までは、近隣の国との争いがあったり内紛もあったらしいが、完全に落ち着いた平和の世だ。
「ルロワ領の収入はほとんどが国からの褒賞だったのよ。でも争いがなくなりその収入は激減した」
「でもルロワドラゴン騎士団は今だってあるだろう?」
「鍛えられたこの国の島の人間は強いから、今でも王都に騎士を数名派遣しているし、防衛の要として軍資金はいただいてる。島の中に騎士団基地もあるわ」
「なら……。」
「でも人口とドラゴンが増えすぎたのよ。働き口がないの」
「領地の他の収入は?」
「島で採れるフルーツも収入源のひとつだけどたいしたものではないわ。漁業や農業もしているけど島内で完結してしまう程度なのよ。とにかく人とドラゴンが溢れているの」
今やこの島も二千人は住んでいる。騎士団所属の若者と、働けない老人や子供、島の商店街でお店をしている者、ドラゴン管理者、フルーツ農園関係者、農業や漁業関係者を除くと
「三百人、三百人は働き口がないの」
「なるほど……」
「とりあえず職がない男性は皆騎士団所属にして訓練をさせて、女性はこの屋敷に雇って給金を与えたり、ドラゴン管理の手伝いをしてもらったり。贅沢な暮らしはさせてあげられないし、何よりこの島の皆はエネルギッシュなのよ。もっと働きたがっているわ」
この島の人間は皆、朗らかで前向きでエネルギーに満ち溢れている。もっと楽しく毎日を送ってほしいとエリンは願っている。
「それで将来は赤字決定というわけだな」
静かに、しかし真剣にリュドヴィックも聞いてくれている。
「そして一番頭を抱えているのがドラゴンなの。ドラゴンはすべてルロワ家が管理しているのだけど、百匹いるのよ」
「百匹!」
「いたずらに繁殖しないようにしたり対策は取っているんだけどね。もちろん騎士団や移動のために頑張って働いてくれてる子もいるんだけど。とにかく領民の生活費だけでルロワ家の貯金は消えていくわ」
「それは確かに大問題だ」
「これがルロワ家の歴史と今抱えている問題、そしてドラゴン事業を興したい理由よ」
「ルロワ領といえばドラゴン騎士団のイメージしかなかったからな……つまり騎士団とは別のメイン収入源を作りたいというわけだな」
「その通り。この島の人材とドラゴンを活かせる事業をスタートさせたいの!」
すぐに理解してくれたリュドヴィックにエリンは顔を輝かせる。
「それで具体的な案は?」
「それを今から考えるところよ」
「全くの白紙というわけだな」
「一応やりたいことはあるんだけどね……」
リュドヴィックは頭を抱えるが、エリンだって学園を卒業したてで領地に戻ってきたばかりなのだから仕方ない。
「旦那様、私のパートナーとなってくれるかしら?」
「僕がやるしかないんだろう」
エリンは立ち上がって手を差し出す。一夜一緒に過ごしてほんの少しの絆もできたのだろうか、リュドヴィックも立ち上がり素直に手を握ってくれた。
学園のプリンスの頃のような微笑みさえ浮かべて。
「今日はゆっくり過ごして。明日はこの島を案内するわ」
「今夜は大丈夫だろうな?」
「……今夜って?」
「その……昨夜のようにまた閉じこめられたりはしないだろうな」
「初夜は済ませたと言っておいたから大丈夫でしょ」
「な……!!!」
真っ赤になったリュドヴィックにエリンは笑った。相変わらずこういったことには免疫のない可愛い王子である。




