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知らないことは知らない

黒と藍。

多分相性は悪い


「やあ、お嬢さん」

下校中に声を掛けられ、藍月はランドセルの肩紐に取り付けられた防犯ブザーに手をかけた。その反応に男は害意はないと示すように両手を上げてみせた。

「俺は君に危害を加えに来たわけじゃない。…それとも一回顔を合わせただけだから覚えていないかな」

「……夜さまのおともだちじゃないおじさん」

「ははは。うーん、そう来たか」

小学生の容赦ないおじさん呼びに男は少し傷ついたような顔をした。しかしまあ、小学生から見れば外見年齢アラサー以上はおじさんである。そして神である以上中身の実年齢はおじさんどころではない。まあ仕方のないところではあった。

「俺はおじさんじゃなくてイツトリトナリツィンだ。OK?」

「…黒さま?」

「ん-…まあ良しとしよう。気になってたことは一つ分かったしな。そっちは…確か、(シウキリトル)とヨワルテディアは言ってたか?」

「藍月はシウじゃなくて藍月なんだよ」

「はいはいランゲツね」

死者の王がこの会話を聞いていたら頭を抱えていただろう。あまりにも藍月が迂闊すぎるので。とはいえ小学生に一応知り合いのおじさんを警戒して疑えというのも厳しいところがある。否、経歴的にはもうちょっと警戒していいはずなのだが、藍月には致命的に害意のない相手に対する警戒心が薄かった。まあだから死者の王にもすんなり懐いたというところもあるのだが。

「黒さまは藍月に用事なの?藍月は黒さまに用事ないけど」

「うーん聞き覚えのある対応。いやな、アイツが血が美味かったから(ひじょうしょく)なんて動物的な理由で君を拾ったんだって聞いたからさ。まさかアイツ本格的に(テクトリ)やめて吸血鬼になるのかと思ったんだよ」

黒き太陽は煙草を咥えて火をつけた。漂う煙に藍月は一歩後ずさる。

「おっと、そういえば昨今は煙草(シガー)は規制されてるんだったな。…はは、君に煙を吐きかけたりはしないさ」

「副流煙の方が有害なんだよ」

とはいえ、黒き太陽と藍月の身長差からいって、黒き太陽が咥えている内なら風向きが変わらなければ藍月のところに煙は来ない。

「冥界の神格は元々ヨワルテディア以外にもいたが、今となってはアイツしか残ってない上に吸血鬼なんて怪異に堕ちかけてるときた。だからアイツが神であることを辞めるならいっそ俺が冥界ぶん獲ってやろうかと思ってたんだよ。神理のバランスが崩れて世界が滅びるだろうけど」

黒き太陽は咥え煙草のままにっこりと笑う。

「いやあ、良かったよ。お嬢さんがただの怪異の餌(ひじょうしょく)じゃなくって。しかし、俺が神であると認めて、畏怖するでもなく、縋り崇めるでもなく、フラットってのも珍しい信仰反応だな。極東の子猿(こども)ってのはそんな感じなのか?あいつが目を留めるわけだ」

「…黒さまの話は難しくてよくわからない。藍月は藍月で、人間で、夜さまのものだよ。それが何?」

「ははは、お嬢さんにはまだ難しかったか」

黒き太陽が藍月を撫でようと頭に触れると藍月は威嚇のように防犯ブザーを鳴らした。突然の耳障りな音に黒き太陽は眉をしかめる。

「そんな嫌がらなくてもいいだろ、お嬢さん。頭撫でてやろうとしただけだぞ」

「藍月は黒さまに撫でてほしいと思ってない」

そう言って睨みつけて、異変に気付く。ブザーの音に他からの反応がない。何事かと彼らを見るものがいない。

「軽い認識阻害だ。これでも俺は有名人みたいなものでな。変な奴が聞き耳たててないとも限らないからな」

「くそなのでは」

「商談は当事者だけの秘密にした方がいい場合もあるからな。まあ今のお嬢さんに俺と取引する気も材料もないだろうが」

「夜さまは藍月に黒さまに関わるな(とめをあわせるな)と言った」

「こうしてお話ししちゃってる時点で俺と関わっちゃってるんだよなァ…」

「ミッ」

ショックを受けた様子を見せた藍月に黒き太陽はひらひらと手を振ってみせる。

「ほーら、手は離したからブザーは止めてくれ。煩いだろ」

「――何をやっているイツトリトナリツィン」

「おっと。…まあそれくらいの仕込みはしてるか」

「夜さま」

翼の音もなく空から駆けつけた死者の王が黒き太陽に大鎌状の刃物を突き付けながら藍月を守るように降り立つ。思い切り顔をしかめている死者の王を見て藍月はブザーを止めた。

「ちょっとお嬢さんと話してただけだよ。そんなに怒るなよヨワルテディア」

「他者の名を呼ぶ時、お前は大抵碌なことを考えていない。俺の藍に何の用だ」

「あはは。随分執着してるじゃないか、ヨワルテディア。シャーマンかメディウムかと思ったが、メトシェラだったか?マシアハって柄ではなさそうだし」

「戯言を。自分のものに横からちょっかいをかけられて不快にならない神がいるとでも思っているのか?」

「あーまあそれはそうなんだが。お前の情緒って零/百しかないのか?」

黒き太陽の問いに死者の王は何を言ってるんだお前という顔をした。

「刃を突き付けただけでまだ斬っていないヨワルテディアはとても理性的な神の筈だが」

「ああ、そりゃあもう。涙が出そうだね」

肩をすくめてみせる黒き太陽を見ても死者の王は刃を下ろさない。黒き太陽は深く溜息をついた。

「ちょっとヨワルテディアを止めてくれないか、お嬢さん(ランゲツ)。俺はまだ君に何もしていないだろう?」

「イツトリトナリツィン」

「まだ何もしていないさ。なぁ?」

黒き太陽の視線に藍月は無意識に後ずさってまた防犯ブザーに手をかけた。完全に危険人物扱いされている。

「藍月は、藍月は、…黒さまは怖いと思う」

「藍に何をした、イツトリトナリツィン」

「本当にちょっとお話ししただけなんだがなぁ」

半分ほどに減った煙草をつまんで黒き太陽は口をへの字に曲げた。そしてこれ以上留まっても切られるだけか、と煙草を足元に落して踏みにじった。

「じゃあまあ、今日はここまでにしておくか。またな、ヨワルテディア、(シウキリトル)

「だから藍に関わるなと俺は言っている」

「藍月は用事ないんだよ…」

はは、と笑って黒き太陽は煙のように姿を消した。死者の王は顔をしかめて藍月を抱き上げる。

「暫く警戒した方が良いか…?」

彼にとっては黒き太陽の行動は全くもって意味不明すぎた。実際、黒き太陽の基準では今のところ藍月に危害を加える気も加えた気もないのだろう。そこに藍月が危機を覚えないかはともかく。

「夜さま」

「登下校を送り迎えするのはどうだろう」

「藍月はちゃんと学校から夜さまのところまで帰ってこられるよ」

「そうだな…」



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