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見ているものが違っても


この世界には吸血鬼というものがいる。性質出自は個々に違い、共通するのは人の手に負えない血を好む人でなしであることのみ。そしてこの血を好むというのは文字通り食糧として血を吸うという意味とは限らない。比喩的な、残虐な行為を躊躇いなくするというものも含まれている。

この地の領主である串刺し公もそうした吸血鬼の一人。人喰いは基本的にしない、人から変性した吸血鬼(ひとでなしのおに)だった。彼は人であった頃から故国を守るためなら敵も国民も容赦なく処刑するような領主だが、不必要な死を厭わないほどではない。善良な民にとっては善き領主だった。

吸血鬼となってから彼は太陽に何となしの苦手意識を持つようになり、城の自室と執務室も直射日光の入りづらい北向きの部屋に移していた(ちなみに謁見室は元から玉座の後ろにステンドグラスを通した後光がさすような設計である)。

その日も公務を終えたら空き時間に何をしようかと考えられる程度には平和でいつも通りの一日、になるはずだったのだが。

「――ヴラディー!ヨワルテディアに手を貸せ!!」

「窓から飛び込んでくるなと何度言ったら覚えるのだ、ムスターシュ」

遠くの空に光るものが見えた気がして嫌な予感から窓を開ければ、いくらも経たずに黒い影が窓から部屋に飛び込んできた。それは三対の翼を持つ人間より大きなコウモリだった。翼の一つで人間の幼子を抱えており、その子供はコウモリの高速飛行で目を回してしまっている様子だった。

一度羽ばたいてコウモリは褐色の肌をした異国の(エキゾチックな)偉丈夫へと変化する。腕には幼子を抱えたままで、この地の気候に合わない半裸で平然とした顔をしている。

「地上に降りて歩いて入るのは手間だ。窓が開いているなら窓から入る方が早い」

「貴様は窓が閉まっていても強引に突き破ってくるだろう」

彼は溜息をついて偉丈夫に抱えられた幼子に目をやる。

「それで、一体何の用だ。余は貴様と違って人の血を啜る趣味はないと教えたはずだが」

「ヨワルテディアはこれをお前に食わせるために連れてきたわけではない。神殿よりこの城の方が近くにあると思いだしただけだ」

「…生きているのか?」

「死んでいれば態々持ち歩かない。食い尽くして終わりだ」

このコウモリ男もまた吸血鬼である。ただし串刺し公とは性質も出自も出身地も何もかも異なる。そんな二人がどうして知り合ったかといえば端的に言えば文通友達から始まった関係である。

ともかく、この冥界のコウモリ、死者の王の異名を持つ吸血鬼がかなり奇矯かつ人間を食糧とみている類だということを彼は知っている。食糧とみているといっても無節操に襲ってくるわけではない。が、同じく吸血鬼である彼にも味見をさせろと襲ってきたことがあるので信用できるかというとちょっと疑わしい。目付けなしに放っておけない相手である。

「では何故態々此処に連れてきた。見た所、東の地の民のようだが…」

彼の治める土地の人間ではないのは確かだ。そして死者の王と同じ地域の民でもない。肌の色と顔立ちからして極東の民だろう。

「俺は(ヒト)の生態には詳しくない。こいつが弱っているのはわかるが、何故弱っているのかはわからない。ヴラディーは基が(ヒト)だからわかるだろう?ヨワルテディアに教えろ」

「余は医者ではなく領主だ。だが…要はうちの典医に診せればいいんだな?」

「むぅ…そいつはこいつをヨワルテディアから盗ろうとはしないか?」

「場合によっては治療中預けろとは言うかもしれないが、治療が終われば貴様の許に返すよう約束させよう。それで良いか?」

「…うむ。ヨワルテディアは理性ある神だ。それでこいつが助かるのであれば約束を信じよう」

医者を呼んで到着を待つ間、勝手にソファに座って寛ぐでもなく膝に乗せた幼子を静かに見ている死者の王を珍しいものでも眺めるような目で見て、彼は聞く。

「随分その子供に執着しているようだな」

「こいつは一度で飲み干すには惜しい、美味い血をしている。それに、血と引き換えに助けてやるとヨワルテディアは約束した。ヨワルテディアは約束を守る」

「貴様はそういうやつだったな…」

要するに、助ける代わりに非常食にする契約を子供と結んだということだろう。人から吸血鬼と呼ばれるという共通点があるといっても、串刺し公と死者の王は在り方が全く異なる。ある意味人に寄り添い、人を庇護することもある鬼同士ではあるが、お互いの思考に共感はない。

彼は名も知らぬ異国の子を憐れに思った。

「…厄介なものに目を付けられたものだ」

「ヨワルテディアに目を付けられるのは光栄なことだろう。神は約定を必ず守るぞ」

「余も詳しくはないが、お前の地元と極東ではまた文化が違うだろうに」

「うん。俺も少し聞いたぞ。かの地では、"七つまでは神の内"というのだろう?」

「意味は知らないが貴様に教えたら拙い言葉のような気がする…」

薄く、口元に笑みを形を作った死者の王を見て彼は頭痛がするという顔をした。不機嫌になるのもよろしくはないが、こいつが機嫌が良い時というのは大体碌なことをしていないのだ。

「どう扱うつもりかは知らんが…人間の子供は貴様よりかなり脆い。うっかり(・・・・)壊したりしないように気を付けるのだな」

「俺も(ヒト)が弱いことは知っているとも」


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