心臓のない男
番外 黒き太陽と"妹"
本編開始前 日食の儀式から一年程度
「兄様?!今まで、一体何処で何をしていらしたんですか?!」
街の一角で初対面のお嬢さんにそう叫ばれた神が他にいるだろうか。多分ない。
「あー…人違いじゃないかな?お嬢さん、俺の方には少々覚えがない」
そう返しつつも、まあ何となく事態は察していた。この猿は俺の今代の躯の元になった猿の妹なのだろう。俺が捧げられた心臓から継承するのは姿だけだし、死者のことは管轄外なので確かめる術はないが。いや現代なら調べりゃわかんのかな。
「…記憶喪失、ですか?」
「いや?」
言葉で説明するより早いだろう、と彼女の手を取って己の胸に触れさせる。人間であれば鼓動のある場所。だが、この肉体には鼓動がない。より正確に言うのなら生きた心臓はあるし鼓動が止まっているわけではないのだが、極端に遅い。この心臓が819回目の拍動を迎える頃に次の日食が来て役目を終えることになる。
女は拍動がないことに気付いて目を見開いた。
「まあそういうわけさ。幽霊を見たのだとでも思って俺のことは忘れな、おじょうさん。それがお前のためだ」
この心臓の持ち主が何処の誰なのか俺は知らない。神官どもが相応しいものを選んで差し出したものを受け取っただけだ。どのような理由と経緯であれ、合意は得ているはずである。次の日食まで俺がその姿を使うのだから。死んで終わりの他の生贄とは違う。そもそも求められるものも違う。いやまあ本人からしたら死んで終わりかもしれないが。
「じゃあな、お嬢さん」
だがしかし、思ったより早く彼女と再会することになった。いやある意味彼女の行動力を見くびっていたというべきか…。
「本日から秘書室に配属されました、ウィンリィです」
「黒き太陽だ。まあ呼びにくければ社長でいいさ」
現代社会に干渉するために一番都合が良いと判断して何代か前の時に立ち上げた会社。それなりの大企業に育っているから就職先として魅力的なのは確かだが、あまりにもタイミングがタイミングで、何らかの作為すら感じる。最高神は俺だぞ?
「もしや何か俺に用があったりするのか?ハチドリくん?」
「ウィンリィです、社長。…思うところがないとは言いませんが、用というようなものでは」
純粋な本心とはどうも思えなさそうな歯切れの悪い返答。まあ思うところはない方がおかしい。問い詰めようかと思うほどの興味は今のところない。
秘書室からは社長付きの秘書の離職率が高いというクレームが来ている。別にいびったりはしてない。単純に俺について来ようとすると複数人体制でも躯を壊してしまうものが出るらしい。まあ俺は人間なのは心臓と見た目だけだからな…。ともかく、彼女が辞めるようなことになれば俺が怒られるわけだ。社長なんだが。
「まあいい、ビジネスには妥協も必要だ。精々我が社のためにキリキリ働いてくれ」
「いわれなくとも」
ハチドリくんはなかなかガッツのある人間だった。俺はそういういざという時予想のつかないことをしてくるやつが好きだ。人は脆く儚いが時折神の思惑を退け殺すようなやつも出てくる。それがとても面白いのだ。まあそこまでの逸材はなかなかいないんだが。
「それで、知りたかったことは知れたかな?ハチドリくん」
「…社長」
企業スパイというわけではないのはわかっている。だから会社に不利益なアクションをしないなら放置でもいいかなとは思っている。労には報いるのが上に立つものの務めというわけだ。
「…あなたは、一体何者なのですか。兄は、一体何をしたのですか」
「お前にはもう名乗っただろう?俺の正体はそれが全てだ。お前の兄は…総体的に言えば死んだ、とでも言っておくのが適当か?」
人間は心臓を取り出したら死ぬものなので。その肉体は既に埋葬されている。だが、心臓だけはまだ生きて俺の中にある。それをその人間がまだ生きていると言えるかはともかく。
「あの兄様が、大人しく死ぬことを選んだとは思えないっ…」
「そう言われても俺は神官に差し出された心臓を受け取っただけだ。元の持ち主が何故そうすると決めたのかは知らないな」
別に俺がスカウトしたりしているわけではない。王として君臨するに相応しい容貌と神の力を容れても壊れない心臓の持ち主を神官が選んでいるのだ。特に後者が重要になる。壊れるとまた日食になってしまうので。
揶揄い半分にハチドリくんの顎に手をかけて目を合わせる。
「仮に、俺がお前の兄の意志に反して殺していたらお前はどうするんだ?復讐でもするのか?」
「なっ…」
真っ赤な顔をするハチドリくんを見て気付く。こいつ別に兄のことを慕ってたわけじゃないわ。まあそれ以上のことは本人が白状しなければわからないが。まったく酔狂なことだ。
ちゃんと書いた場合ハーレクインみたいになるなというおももち。
ハピエンになる予定はないんだけども。物語としてはよくある感じになる予定(書き上がってない)