ソルレイン子爵
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ソルレイン子爵視点です
私は十六歳の時に流行病で高熱が続き、将来は子供がもてないと医師から宣告されていた。
当時婚約者はまだ十歳、この段階で解消しても、まだ素晴らしいご縁は溢れているはず。
あちらのお父上に説明し、婚約解消の手続きに入ったはずだったが、婚約者が泣きながら我が家へやってきて
「婚約解消なんてしたくありません!もし解消なんておっしゃるのなら、私を妹にしてください!今から子爵家に住みます!」
と、ある意味熱意ある説得をしてくれた。
さすがに十歳の少女に恋愛感情はなかったが、彼女が嫌になったらその時に解消するのでも良いかと、とりあえず婚約は継続することにした。
きっと学園に通うようになると、素敵な令息を見て解消へと向かうだろうと思っていたが、いつまで経ってもその気配はなかった。
彼女との話は学園のこと、一学年上にいらっしゃる『アウリティア・マカラ公爵令嬢』のことが主だった。
私は城で財務部に勤めていたため、マカラ公爵とは予算の折衝等で顔見知りになり、その後子爵家の事業が忙しくなり城勤めを辞めた後でも頻繁に会って交流していた。
マカラ公爵はアウリティア様をとても大切にしており、アウリティア様が儚くなってしまったときは、公爵もどうにかなってしまうのではないか、と心配になるほどだった。
婚約者が学園を卒業してすぐに、私達は結婚した。
やはり子供は無理だったが、妻は『旦那様と一緒にいられるだけで、私は嬉しいんです』と笑ってくれた。以前と変わらない無邪気な笑顔が愛おしく、あの時早まらなくて良かった、と私も言葉にして感謝した。
暫く二人きりで楽しんで、いずれ親戚から養子をと話していたが、ある時マカラ公爵から信じられない提案があった。
「三歳になったばかりの娘を養女にしてほしい」
失礼ながら、最初は外にできた子供かと思ってしまったが、ちゃんと公爵夫人から生まれていた。
誕生の届けが出ていない理由や、今回養女に出すことに至った考え等を聞いていると、公爵ご夫妻はアウリティア様の件が未だに癒えていないと理解し、妻に相談することなく養女に迎えると即答していた。
帰宅後妻に話したが、妻はアウリティア様に憧れを抱いていたので、『こんなに素晴らしいご縁があって良いのかしら。大切にしなくちゃ神様から罰が当たるわね』と興奮気味だった。
初めて子爵家へ来たシェリルに、我々夫婦は一目惚れだったと思う。
そして可愛らしいシェリルのために、ありとあらゆる環境を整えた。
シェリルはとても健やかに、そして美しく育った。
学園に通うようになって暫くすると、何やら考え込む時があった。
きっとシェリルに夢中だというクリストファー殿下のことだろう。
私としては王家への仕返しにあまり興味がなかったので、もしシェリルが殿下のことを好きだというのなら、仕返しは中止で良いのではないかと思って様子を見ていた。
しかしシェリルにとって仕返しは決定事項のようで、実行しても殿下との関係が変わらない方法を模索しているようだった。
デビュタントが近くなった頃、事業で付き合いのある隣国の商会のパーティーがあるから行こうか、と誘った。
あまりに思いつめているように見えたので、気分転換になればと思った、ただそれだけだった。
妻もご褒美旅行だと後押しして、三人で隣国へ向かった。
この商会はとても手広くやっているため人脈もかなりのもので、隣国の第三王子も出席していた。
パーティーで挨拶をして回っていたとき第三王子がシェリルに興味を持ったと、帰国してから商会を通じて連絡が来た。
ただ我が家が隣国の子爵という身分なので、二の足を踏んでいるということらしい。
その話を知ったとき、デビュタントの場で仕返しをして、シェリルが王家からにらまれた場合、隣国へ嫁ぐのは有りだと思った。
あの商会なら、あちらの貴族に嫁ぎ先でも養子先でも探すことができるだろう。第三王子が王位継承権を放棄し臣籍降下したら、そちらに嫁ぐことも良いかもしれない。さすがにあの王妃も隣国の王族に手は出せないだろう。
ただ、シェリルの嫁ぎ先はマカラ公爵に決定権があると思っているので、まずは相談してからになるが。
そんなことを考えていたら、クリストファー殿下の動きが活発になってきた。帰国後、体調を崩して休んでいたシェリルの見舞いに頻繁に来た。
私が仕事で留守にしている最中に、たとえ殿下といえどシェリルと二人きりにするのは嫌だったので、追い返すように家の者に伝えていたが、妻は殿下に対してなぜか信頼度が高いようで、殿下が花束を持って我が家へ来るたびに、頑張ってるわねぇ、愛されてるわぁシェリル、と喜んでいた。
殿下は幼児期からの教育が成功したようで、能力は高いと聞いている。
だから殿下には悪印象はないが、やはり王家に嫁ぐのは不安が大きい。幽閉されているとはいえ、あの王妃が近くにいるのだから、仕方がないことだと思う。
ある時シェリルから、殿下から大切な話があるといわれたので、子爵家で話をしたい。その時にすべて話すつもりだ、と言われた。
シェリル自身、このままではいけないと覚悟を決めたのか。
すべてを話すことで殿下への恋を諦めるのか、幸せになれるのか、殿下からの反応で判断するのだろう。
もし殿下が不快感を示すようなら、マカラ公爵へ相談してさっさと隣国へ向かっても良いだろう。まず考えるのはシェリルの幸せが一番だから。
約束した日時に、殿下がお忍びの体でいらした。
殿下はどこかで聞いたのか、シェリルはアウリティア様に似ているのか?とぶつけてきた。
妻が答えたがその次の質問に対し、私は無礼を承知で王妃の子供に対する仕打ちを話し、殿下がどこまで知っているのかを探ってみた。
さすがに子供の話は知らなかったようで、驚愕の表情を隠せなかった。
そしてシェリルが大切な話があると切り出したので、我々夫婦は退室し、談話室でヤキモキしながら待った。
暫くするとシェリルがやって来て、殿下がお父様をお呼びになってます、と言うので急いで応接室へと向かう。
私と二人きりで話す殿下の口調は王族のそれで、少々威圧も感じた。
シェリルに何かを提案していただけたようで、検討して返事をすると約束すると、殿下は城へお戻りになった。
正直、殿下からの提案はとても魅力的だった。
しかし、二代続けて下位貴族から王太子妃というのは反対が出そうで、なかなか頷けないところではある。
もう一押しで満点回答なんだが。それに気がつくだろうか。いや、殿下はすぐに修正するだろう。
シェリルから全て聞いたのなら、養子先は自ずと見えてくるはず。
私は勿体ぶって一週間後に返事を出した。すると予想通り殿下は我が家へ突撃してきた。私が思う満点回答を携えて。
もとより、シェリルはマカラ公爵から預けられた大切な公爵令嬢で、いずれ正しい場所へ戻すべきだと考えていた。殿下が両陛下を抑えシェリルを守れるのなら、本来居るべき立場から殿下の隣へ。きっとシェリルにはそれが幸せなんだろう。
どうやら殿下もシェリルを諦める気はなさそうだ。
しかし殿下からの追加の提案に、私は即座に良しとせず、シェリルを確実に守れるなら、との条件をつけてマカラ公爵へと渡りをつけた。
妻からは、そんなに勿体ぶってると、殿下にとってシェリルの存在価値がどんどん高くなるわね、と笑われたが、それが狙いなので笑って肯定を示した。
マカラ公爵もシェリルの周りが騒がしくなっていることを知っている。
公爵は殿下の言葉をどのように判断するのか。
私は悪戯心が湧いて、今回殿下もご一緒することはあえて伝えなかった。
公爵は殿下を見てすぐに状況を理解したようで、一瞬不快そうな顔をしたが、すぐにいつもの公爵に戻り殿下を応接室へと案内していた。
今日の私はただの付き添い。殿下は公爵にご自分の気持ちを伝え、その上で公爵令嬢の位置を希望するという形をとった。
公爵ご夫妻も、危険さえなければシェリルを養女に出すつもりはなかったので、それさえ払拭されるなら殿下の話に断る理由はないだろう。
公爵は殿下をじっと見て、その要望を受け入れた。
シェリルと殿下のその後のやりとりは、その場の雰囲気を幸せにし、公爵夫人は感極まったようで、口元を手で隠しながら殿下とシェリルを交互に見ていた。
側妃様も仲間に引き入れた殿下は、積極的に夜会などで貴族達と交流をもっていた。
国王対策かシェリルとの婚約のためか、何れにせよ足元を固めている最中らしい。側妃様とのお茶会から戻った妻が情報を入れてきた。
反面教師って意外と必要なのね、とあまり表では言えないことを言う妻の中で、殿下の株は上がり続けている。
シェリルは議会で婚約者と決定次第、マカラ公爵令嬢となるべく書類を作成し、そのまま公爵邸に入る。
私達はそれまでの短い期間を、家族三人でのご褒美期間とみている。
今までも仲のいい家族ではあったが、それぞれに今を大切に毎日生活している。感謝の言葉も増えた。
デビュタントという晴れ舞台を見ることはできないが、そこは今までかなり我慢をしてきた公爵へ譲るべきだ。私が諦めていた『子供のいる生活』という夢を叶えてもらい、公爵ご夫妻には感謝しかない。
満場一致で婚約者に決まったと手紙が届いた瞬間、私は晴れ晴れとした心の中に寂しさを感じた。
シェリルからも寂しいと言葉をもらい、うっかり涙してしまったが、この涙を拭いたらシェリルの幸せを祝おう。殿下は何をおいてもシェリルを守ってくださるという程度の信頼はあるから。
公爵邸で書類作成を終え、シェリルと別れて子爵邸へ戻った私は、ああこれが男親の心情なのか、と説明できない複雑な感情に振り回されている。
妻のほうがさっぱりしているように見える。
寂しいな、と妻に零すと、
「旦那様、これから親戚へ養子を依頼しないといけません。今度は男の子です。やることは沢山ありますよ」
と私に発破をかける。
目元が潤んで見えるので、寂しさを隠して自分自身にも言っているのだろう。
「そうか、今度は男の子だな。君と一緒にまた一から始める子育ては、きっと楽しいだろうな」
本心だ。
あの時、十歳の君に受け入れてもらえたから、こんなに沢山の幸せを知ることができた。
これからも君には感謝と、私の持ちうる限りの愛を捧げよう。
私は君と一緒にいられて、本当に幸せだ。
殿下とシェリルも私と同じように、沢山の愛情と幸せを感じられるように。
そう願わずにはいられない。
読んでいただきありがとうございます。
とりあえずここで、終了となる予定です。
誤字脱字を教えていただき、ありがとうございます。
感謝しながら直しました。
皆様から★をいただけて、とても嬉しく思ってます。
ありがとうございました。