シェリル2
シェリルの続きです
子爵と話をしたい、という殿下の言葉で、私はお父様を呼びに行った。
お父様はお母様と一緒にいて、すぐに応接室へと向かった。
私は心配したお母様に色々と聞かれ、殿下から提案されたことを話した。
ああ、殿下はやっぱりシェリルを守ってくださるのね。助けていただけたらありがたいわね、とお母様は嬉しそうに微笑んだ。
お父様と殿下の話はすぐに終わり、殿下はお戻りになった。
お父様にも殿下からの提案を話し、お母様と私はお父様の言葉を待つ。
殿下と姉様のどちらかを諦めなくてはいけないと思っていた私は、どちらも諦めなくていいというこの話をとても嬉しく、お父様にも賛同してもらいたかった。
お父様は暫く考えて、このままでは賛同しかねる、と私の目をじっと見ながらゆっくりと答えた。
何がいけないのかと聞くと、今のシェリルは子爵令嬢だ、二代続けて下位貴族からというのは反対者が出る可能性がある、ここにきて公爵令嬢ではないということが悔やまれる、と。
「ではどうすれば良いのでしょう」
また振出しに戻った感じで、悲しくなった私はお父様にすがりついてしまった。
しかし、お父様はふっと笑って、
「大丈夫。殿下はきっと答をくれるよ」
と頭を撫でてくれた。
なぜそんなことが言えるのだろう。
「殿下は優秀だからね。信じて待ってごらん」
お父様は一週間後に返事を出し、きっと殿下は今日すっ飛んでくるぞ、と笑いながら仕事へと向かった。
お父様の予想通り、日が落ちているにもかかわらず殿下はいらした。
珍しく苛立ちを隠せていない殿下だったけど、お父様の帰りを待っている間に少しずつ落ち着きを取り戻していった。
そして帰宅したお父様とすぐに話し合いになった。
やはりお父様の答えは身分のことに終始している。
「マカラ公爵に相談しましょうか?」
殿下のその言葉を聞いたとき、ああ、お父様はこれを望んでいたのだ、と理解した。
私は以前、身分を理由に断ったことがある。きっとまたそれを理由にされるだろうと、殿下は養子先を考えるだろう。そして、殿下が私の気持ちに寄り添ってくれた場合、両陛下がより衝撃を受けるにはマカラ公爵以外にないと。
シェリルを必ず守るなら、と一言付け加えて、お父様はマカラのお父様へ約束を取り付けると答えた。
殿下はそれを聞いてお戻りになった。
その姿を見送ったあと、お父様は『殿下は素晴らしいよ』と嬉しそうに笑った。
マカラ公爵邸への約束の日、殿下は早めに我が家へいらした。
「シェリル、私はあなたを手放す気はありません。あなたの覚悟は私が引き受けます」
その言葉を殿下からいただいたとき、マカラのお父様が反対しても私は殿下と共にいこうと決意した。
たとえ危険があるとわかっても、私はこの方の一番近くにいたい。この方が望む限り、差し出された手を離したくない。
「殿下。ありがとうございます」
私は今、殿下を見てやっと本当に心が決まった。
公爵家では、マカラの両親が出迎えてくれた。
殿下を見て一瞬顔を曇らせたように見えたのは、気のせいだったのかもしれない。
通された応接室は人払いのあと、殿下が主に話した。
「公爵令嬢という地位を与えて欲しい」
最後にそう言うと、殿下はじっとマカラのお父様を見ていた。
マカラのお父様は少しの間のあと、シェリルは殿下におまかせしましょう、と言ってくれた。
私は嬉しくなって、よろしくお願いします、と思わず口に出してしまった。すると殿下も嬉しそうにしてくれたことで、場の雰囲気が一気に和んだ。
これから婚約者指名に向けて動き出す。
今後について話を詰めていくと、側妃様にも話したほうが良いのではないかとのこと。
殿下の生母でいらっしゃるし、側妃様が助けてくれればさらに良しということで、殿下が話しておきましょうと答えた。
側妃様が近く慰問で孤児院へ行くので、その時に会えるように手配したことを聞き、私は静かにその日を待った。
その日、公爵家子爵家共に予定より一時間程早く到着し、両家の両親は和やかな雰囲気で話をしていた。
私一人が緊張していて、周りの話は何も耳に入ってこなかった。
側妃様が殿下といらした時が最も緊張した時だったけど、部屋に入るなりささっと私の側に来て手を取り『まあ、まあ、本当に本当なのね。クリス、あなたお手柄よ』と言いつつはらはらと涙したあと、少しずつ興奮気味に、会えるのを楽しみにしていたこと等を話してらした。
殿下が止めるまで続き、私はその間にすっかり緊張は解けていた。
側妃様を交えて今後の計画等を練り、最後に側妃様は、目の前の両婦人をお茶会に誘うことも約束する。
「シェリル嬢はいずれゆっくりね」
楽しげにその場をあとにした側妃様に、私はまた会う時を楽しみに思えた。
殿下は側妃様と相談して顔合わせの計画をしているようだけど、私は当日その場にいかないと何もすることはない。
姉様になりきるシミュレーションを頭の中でしているけど、台本があるわけではないのでその場の流れで話は進むはず。
いつもと変わらない日々が過ぎていき、婚約者を決める議会の日になった。
大丈夫だと皆言うけど、やはり少し心配して待っていると、殿下から手紙が届いた。
満場一致で婚約者に決定した。速やかにマカラ公爵と養子縁組をするように。
その手紙を読んだお父様は、『シェリルのお陰で我が家は毎日楽しかった。本当にありがとう。いつでもシェリルの幸せを祈っているよ』と私の手を握り、お母様は、『私達に幸せな時間をありがとう。シェリルがこれからも幸せでありますように』と抱きしめてくれた。
私は、ソルレインの両親に愛され育てられたことに心から感謝し、また離れていくことに寂しさを感じた。
マカラ公爵家へ行くのが嫌なのではなく、ただ寂しい。
その気持ちを感謝と共に伝えると、珍しくお父様が涙した。
勿論、お母様と私もそうで、三人でひとしきり泣いた。そして、『さ、女性達は化粧を直して。まだ仕事はこれからだ』とのお父様の声で時間が動き出した。
三人で馬車に乗り、養子縁組の書類作成のためマカラ公爵邸へ向かう。
私はこのまま公爵家へ入ることになっている。
一ヶ月後にある舞踏会にソルレインの両親は入城できないけど、翌日に公爵家で行うお祝いの晩餐に招待されている。
デビュタントのドレスは、両家のお母様が二人で考えてくださったそう。ドレスに合うアクセサリーも靴も二人のお母様が選んだと楽しげに話すお母様に、こういう時父親は仲間はずれさ、と不貞腐れたように話すお父様。公爵邸へ向かう馬車の中は、温かい雰囲気だった。
公爵邸の雰囲気は、一言で言えば熱かった。
マカラの両親はいつも通りだったけど、使用人達の高揚感が否が応でも伝わってくる。
そんなに姉様に似ているのかと、今更ながらに驚いた。
作成された書類はすぐに提出され、翌日には裁可の知らせが届いた。
シェリル・マカラ公爵令嬢となった私の噂は、あっという間に学園中に広がる。
ご婚約おめでとうございます、と声をかけられる日々が続き、殿下と私は暫く落ち着かなかった。
まだ正式に公表されていないのに、いいのですか?と殿下に尋ねると、発表されていないだけで議会で決定したからね、とにっこり微笑まれた。
私と仲の良い伯爵令嬢と伯爵令息は、昨年デビュタントを終えていたようで、自分達も今年に延期すればよかった、そうすれば発表の場に立ち会えたのに、と悔しがっていた。
舞踏会当日。両陛下との顔合わせのため、私達は開始より二時間ほど早く王城へ到着した。
とうとうその時が来た。
馬車の中では緊張と不安で逃げ出したい気持ちになってしまったけど、わざわざ馬車寄せまで迎えに来てくださった殿下を見て、それらは霧散していくのがわかった。
エスコートしてくれる殿下の優しさに、確かに守られていると実感し、少しずつ前向きな気持ちになる。
殿下が用意してくださった応接室でその時を待つ。
三人は無言だった。
ノックのあと扉が開き、お待たせしました、と殿下の姿が見えた。その後に国王、王妃と続いて姿が見える。しかし直後に王妃の絶叫が響いた。
「なぜここにいるの!死んだんじゃないの!?アウリティア!」
ああ、私はこの時を待っていた。
想像していなかった程の喜びが身体を駆け巡った。
そしてそれは私の原動力となった。
「シェリル・マカラでございます」
立ちあがってした挨拶も姉様に見えるかしら?
「どう見たってアウリティアじゃないの!皆で私を騙していたのね!私を離塔に押し込めて自由を奪って!今頃何しに来たのよ!何なのよ!」
姉様のことはあなたの愛人が殺したじゃない。何をそんなに慌てているのかしら、憐れね。
殿下に力ずくで止められている王妃の姿は、滑稽としか見えない。
そして王妃は入室してきた医師から何か処置をされ、侍従の手により車椅子に座らされぐったりしたまま退室していった。
王妃がいなくなると、私には余裕が出てきた。
先程から国王は状況を理解できていないようで、ぼんやり見ているだけ。
「ロディアム国王、私の娘です。さあ、陛下へ挨拶を」
お父様がゆったりと威厳のある声で促す。
「ご機嫌ようロディ、私クリストファーと結婚するのよ。貴方の息子と。ふふっ、貴方、私のお父様になるのね」
とどめになるかしら?
国王はブツブツと何かを話して、殿下も何か答えてから、私の側へ歩いてきた。
「この後の舞踏会で正式に発表されます。シェリル・マカラ公爵令嬢、貴方は私の婚約者で一年後に婚姻します。ああ、待ちきれません」
跪いて私の手の甲にそっとキスをし、見上げてきたその瞳は、これで願いは叶いましたか?と問いかけているようで。
「国王陛下、まずは座りませんこと?」
側妃様のその声は、ゲーム終了の合図になった。
舞踏会の時間になるまで楽しく話をし、舞踏会では殿下とダンスを踊った。殿下の軽やかなリードで、会話も弾む。
「ねえ、シェリル。私の言った通りでしょ?私は場所の提供も処理も頑張ったと思いませんか?」
「ありがとうございます。殿下が助けてくださらなければ、きっと無理でした」
「それなら、ご褒美が欲しいな」
「ご褒美ですか?何をご所望でしょう」
「簡単なことだよ。ねえ、これからはクリスって呼んで」
意外な要望に、思わず足が止まりそうになってしまった。それを殿下はさり気なくフォローして、何事もなかったように流れるように踊る。
今までで一番近くに見える表情は、私の声に乗る自分の愛称を期待している様で、これはちゃんと応えて差し上げないと、と思わず口元が笑ってしまった。
「随分と奥ゆかしいご褒美ですね。クリス」
途端にぱぁっと破顔した殿下はとても可愛らしくて、ああ、こんな表情も好きだわ、と思うと頬が熱くなってしまった。
デビュタントが済んだので、私も夜会などに参加できるようになった。
殿下は度々私をエスコートし、夜会や舞踏会で社交に勤しんだ。
王太子妃教育や社交が組み込まれることで毎日忙しくなり、あっという間に卒業、さらにその二ヶ月後には婚姻式を迎えた。
大聖堂での荘厳な式を終え、これから国民へ顔見せの為にバルコニーに出る。
隣には殿下がゆったりと余裕の雰囲気を纏い、私をエスコートしてくださる。
その姿が頼もしく、私も穏やかな気持ちでいられた。
大きなガラス扉が開き、私達がバルコニーへ姿を見せると、ザワザワしていた空気から一気に歓声へと変わった。
とても大きな歓声は、私達を祝ってくれているのがわかって嬉しい。
見渡し感謝を込めながら手を振る。
暫くすると、シェリル、と殿下から声がかかる。
何だろうと見上げると、ふっと口づけされ、離れていく殿下の悪戯っぽい顔はとても楽しげだった。
それまでの歓声に悲鳴も混じり、私も悲鳴をあげたくなったけど、なんとかこらえた。
ああ、なんて幸せなんだろう。
殿下と出会えたこと、好きになってもらえたこと、そして私の願いを叶えてくれて、ただ感謝しかない。
これからは私が全力で殿下を幸せにしますね。
皆からもらった愛を私は殿下に。
その思いをこめて、殿下に微笑んだ。
次回はソルレイン子爵予定
評価ありがとうございます。
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