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側妃

「両陛下ならびに殿下が入られました」


 侍女のその言葉を合図に、私達は急いで応接室へと向かう。

 私達のいる控室は応接室の隣とはいえ、一度廊下に出ないといけない。

 控室を出た段階で、既にあの女が騒いでいる声が聞こえる。

 急がないとシェリル嬢が危ないわ。

 私が思うのと同時に、先頭を行く医師が注射器を手に応接室へと入るのを確認する。

 私が入室したときは、既に車椅子に座らされたあの女と、呆然としたあの男がいた。

 さっと車椅子で退室した女の顔をすれ違うときに見たけど、薬が少し強かったのかもしれない。やけに効きが早かったし、涎も出てだらしなかった。

 壊れたかしら?それでもいいわ。仕事が早くてシェリル嬢は無事だったから、医師には何か褒美を考えよう。

 

「ご機嫌ようロディ、私クリストファーと結婚するのよ。貴方の息子と。ふふっ、貴方、私のお父様になるのね」


 ああ、アウリティア様がいる。

 私がずっと憧れていたあの方が。

 感激のあまり悲鳴が出そうだったけど、私がこの場を台無しにする訳にはいかない。

 

「···アウリティアなのか?なぜ今出てきた。なぜクリストファーと」


 私の横に立つあの男の顔をチラリと見た。

 呆然とシェリル嬢を見つめて、理解が追いついていかない様子だけれど、この男に対して溜飲を下げるにはまだ足りない。


「この後の舞踏会で正式に発表されます。シェリル・マカラ公爵令嬢、貴方は私の婚約者で一年後に婚姻します。ああ、待ちきれません」


 前を見るとクリストファーが跪き、シェリル嬢の手の甲にキスをしていた。

 あれは親バカでもなんでもなく、よくできた王太子だと思う。

 この場を設えたのはクリストファー。私は少し補佐しただけ。クリストファーは周りを使いつつ、結果すべて自分の願い通りにした。

 幸せそうな息子の様子は嬉しいものだわ。

 私もおすそ分けを貰いましょうね。

 

「国王陛下、まずは座りませんこと?」


 時間は有限。私はシェリル嬢と話がしたいのよ。



 私がアウリティア様を知ったのは学園入学直後。

 一つ上の学年に女神がいると噂を聞いた。

 美しいだけでなく、人間性も優れているというあの方を目標に、女生徒達は競って真似をしたものだった。

 似ている髪飾りを買った、お使いになっているペンと同じものを買った等、皆で自慢し合ったのは楽しい思い出。

 あの方が王太子妃、ゆくゆくは王妃になられるのかと思うと、王家に対する忠誠心が自然と湧き上がるようだった。

 しかしいつの頃からか、ロディアム王太子には男爵令嬢がベッタリと貼り付くようになっていた。

 あの男爵令嬢は、年上年下関係なく人気のある男子生徒に色目を使うと嫌われている。王太子は知らないのかしら?

 学園内での二人の様子が目に余るようになって来た頃、アウリティア様が男爵令嬢を虐めているという噂が流れ始めた。

 目撃者が一部の男子生徒だけだったことから、ほとんどの生徒は男爵令嬢の自作自演を確信していた。

 それでもアウリティア様にとっては気に病むことだったろう。心労でお倒れになったという話は、その日のうちにすべての生徒の知るところとなり、次にお姿を拝見したときは、周りをお友達ががっちりガードする体制がとられていた。

 そうこうしているうちに、アウリティア様が卒業を迎えた。

 我々下級生は寂しく感じ、せめて最後にお姿を目に焼き付けようとパーティーに向かった。

 そこで繰り広げられたのは、王太子から一方的なアウリティア様への婚約破棄。しかも理由は事実無根の内容ばかり。

 あの男爵令嬢は、全生徒に信用されなかったけど、唯一王太子だけには信用されたのね、とある意味感心したが、王家に対する嫌悪感で一刻も早く帰りたくなった。


 アウリティア様が儚くなったと聞いた時は、膝の力が抜けて倒れ込んでしまった。

 破落戸が馬車を襲ったというが、アウリティア様が向かわれた修道院までは治安が良い。

 なぜそんなところで、と不安や悲しみとで二日ほど寝込んでしまった。

 翌月、ロディアム王太子と男爵令嬢の婚約発表があった。そして、市井に流されたアウリティア様に対する悪意のある噂。

 男爵令嬢が流したのか王太子が流したのかはわからないけど、徹底的に潰すべく我々在校生は立ち上がった。

 デビュタントを終えた生徒は夜会や舞踏会で、他の生徒はお茶会や身内の集まりで、アウリティア様を褒め称え男爵令嬢を貶す。それらの話は使用人の口で町へと流れる。それもあちこちから聞こえてくるから信憑性があると思われ、さらに広がる。

 あっという間に王太子と男爵令嬢は嘲笑の的になった。

 在校生が少し仕返しをしたことで学生は落ち着き、数ヶ月後に私は卒業を迎えた。

 卒業するとほとんどの女子生徒は婚約者と結婚するが、私は数ヶ月前に落馬事故で婚約者を亡くしているので、喪に服しながら新しいお相手をさがしている最中だった。

 卒業して一年と数ヶ月経った頃、突如王家から側妃になるように命ぜられた。

 何故?あの女がいるじゃない?とお父様に理由を聞くと、他言無用で教えていただいた内容に驚愕した。

 アウリティア様の死には、あの女が主犯となって動いていたこと、出産した子は不義の子、出産直後に子の殺害を命じたこと······まあ、出てくる出てくる。

 さすがに今回のことでロディアム王太子は目が覚めたようで、あの女と離れることを了承したらしい。ただ、あの女を外に出すのは危険だろうとのことで、離塔へ幽閉とのことだが。


「だから、命を狙われることはないから、安心して側妃になるように」


 お父様も打診が来たときに、やんわりと断りを入れたらしいけど、歳が近い上に婚約者がいない令嬢は他にいないと押し切られたらしい。

 さすがにもう受けるしかない、一度でも断ってくれたのだから、と私も覚悟した。

 一ヶ月後に輿入れとなり、閨も嫌嫌だったが我慢した。

 わりと早く妊娠できたので、それを理由に寝室を共にすることをやめた。

 王太子妃の代わりに公務をすることがあるので、その時は顔をあわせることになるけれど、それだけなら我慢できる。

 正期産に入り、殿下の執務室で公務のお手伝いをしていたある日。突然破水し出産の体制がとられた。とにかく難産で辛く、もう私は死ぬのかなと辛い中で耐えることをやめようとしたとき、念願の産声を聞いた。

 王子誕生。私の仕事はとりあえず終わったと一安心だったけど、周りからは二人目三人目を望まれた。

 産後一年経ってから閨は再開されたけど、私にとっては苦行でしかなかった。

 

 ある時突然、国王が退位しロディアム王太子が新国王になった。

 戴冠式後、子を儲けることは国王の義務だからと言われたときは、あまりに辛くて泣きながら、妾妃を召し上げてほしいと頼んでしまった。

 そしてその日を境に、寝室を共にしなくてすむようになった。

 

 数日後、議員の各派閥の代表が非公式に面会にきた。

 クリストファーの教育についてだったが、三人の代表と派閥を超えてよく話し合い、素晴らしい人材を周りに配置できたと思う。


「クリストファー殿下には、素晴らしい国王になられることを期待します」


 そう言われたクリストファーは三歳。随分と気が早いと笑ったけど、確かにあの男のようになっては困る。しっかり導かないといけないと気を引き締めた。


 クリストファーが王立学園に入ってすぐに、私付きの手の者からある令嬢にご執心だと情報が来た。

 身分は子爵令嬢。下位貴族が好きなのは血筋かとがっかりしたけど、相手はソルレイン子爵令嬢。

 ソルレイン子爵夫人は私と同じ学年だった。

 そしてソルレイン子爵は子を望めないと聞いたことがある。

 養女か。調べても生家の情報がなく、元は平民だったと思われた。

 血がよくない。令嬢を遠ざける手段を考えていると新しい情報が入った。


「アウリティア様に似ている?」


 学園の教師をしている者の話だと、双子のように似ていると。

 ソルレイン子爵夫人も私と同じでアウリティア様に憧れていた。

 どうせ養子をとるなら、と似ている子供を探したのだろうか。

 ほんの少し興味を惹かれさらに調べることにしたが、子爵家の使用人は勿論、親戚筋もその使用人も皆口が固くて情報が入らなかった。

 ただ、子爵家にマカラ公爵夫妻がよく行っているのは気になった。

 クリストファーの周りを探りつつ様子を見ているうちに、十六歳のデビュタントが近くなってきた。

 その場でソルレイン子爵令嬢を見ることができるかしら?

 半分楽しみで待っていたけど、ソルレイン子爵令嬢は不参加だった。

 そして、クリストファーの動きが活発になった。


 今、私のもとにある情報では、せいぜい一番近くにいる異性程度の関係。このままだと婚約者として指名できないと思ったのか。クリストファーはお忍びの形ではあるけど、子爵家を何度か訪ねていた。もっとも、私に小細工は利かない。クリストファーには私付きの手の者を常に付けているから。

 ある日、クリストファーが子爵一家とマカラ公爵家へ向かったと情報が入った。

 養女の依頼かしら?

 当人達の間ではかなり話が纏まってきたようで、私はクリストファーの動きを見ているのが楽しくなっていた。

 いつ、私には教えてくれるのかしら。

 気持ちが高揚したのを感じ、お茶を飲んで気持ちを落ち着けていると、マカラ公爵邸にいるはずのクリストファーから先触れがきた。

 これはと思い、人払いが必要な話ならすぐに聞くと返事をすると、クリストファーは早速やってきた。

 

「ソルレイン子爵令嬢から、良いお返事がもらえましたか?お前がソルレイン子爵令嬢にご執心だということは知っていました。いつ話してくれるのかと待っていたんですよ」


 一瞬驚愕した表情を見せたけど、すぐ気を取り直したようで沢山の情報をくれた。

 その内容に驚くやら感激するやら。

 あまりに嬉しくて、いつ会えるのかとクリストファーにしつこく聞いてしまった。

 

 シェリル嬢と初めて会ったのは慰問先の孤児院。

 眼の前にいる令嬢は、ほぼアウリティア様。

 高揚したまま一人で長々と話してしまい、クリストファーに窘められた。


 初めて会ったあの日以降も、一見今まで通りの毎日だった。

 しかし、クリストファーとは今まで以上にお茶をする時間が増えた。

 勿論人払いした上で、話の中身は両家顔合わせの手順。


「クリスは国王陛下も何かすると思っているようだけど、きっと何もしないと思うわ。いつも無気力で、誰かに言われた通りのことしかできないのよ。王妃を抑えれば、何もできないわ」


 これはほぼ確信を持って言える。

 これまでの長い付き合いから、国王陛下はとても流されやすい人だと知っている。人の上に立つには弱い人。きっと何もできない。

 だから王妃をどうにかすれば成功するでしょうね。


 クリストファーはその日を最後に、王妃を完全な幽閉状態に持ち込み、国王についてはその時の対応次第では譲位してもらうとも考えているとのこと。

 まだ学生で足元は固まっていないけど、そのくらいの覚悟がないと守れないと話す表情は、もうすっかり大人を感じさせた。

 頼もしくも寂しく、私のことも頼りなさい、と伝えたけれど、ほぼ一人でやり遂げるような気がした。


 そして顔合わせ当日、やはりクリストファーが手配した者がきちんと仕事をし、予定通りに終わった。


 この後は舞踏会と婚約発表。

 陛下はきちんとできるかしら、と心配したら、案の定呆けたままだったので、宰相が代わりに婚約者の名を発表していた。

 仕事してほしいわね、頭が混乱していても。

 デビュタントの子女達は、学園内での二人の様子を知っているから当然と捉えているようだし、親世代はシェリル嬢を見て驚いている人が多かった。

 今まで表に出てこなかったシェリル・マカラ公爵令嬢。この場では騒ぎにはならなかったけど、きっと彼方此方で噂になるわね。たぶん悪いことにはならないだろうけど、いざとなったら守ってあげないと。


 婚約者として城へ王太子妃教育に来るシェリル嬢をお茶に誘い、私は味方だと伝えることにしましょう。

 マカラ公爵夫人とソルレイン子爵夫人も一緒にお茶をして、沢山お話をしましょう。

 望むのなら、クリストファーも誘うわ。一番の功労者ですもの。もっとも、あの子は公務が忙しくなるだろうから時間がないかもしれないけど。

 

 二人の婚姻式まで約一年。

 待ち遠しいわね。早く呼んでほしいわ。

 お母様って。






次回はシェリル視点

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[一言] 最推しの妹君が義理の娘になるなんて、そりゃちょっと強火にもなりますよね…
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