クリストファー王太子2
クリストファー1の続きです
既に日が落ちていたが、先触れも出さずに子爵邸へ向かう。
到着すると、驚きながらも応接室に通され、子爵はまもなく戻るはずだと子爵夫人とシェリルが応対する。
二人を問い詰めたくなるが、冷静を装いつつ子爵の帰りを待つ。
二十分程で子爵が帰宅した。
挨拶もそこそこにあの返事の訳を問う。
子爵はこうなることを予測していたのか、全く慌てる様子もなくゆっくりと、私に言い聞かせるように答える。
「殿下からの提案は非常に魅力的でした。しかし、子爵家から王太子妃というのは無理があります。さすがに二代続けて下位貴族からというのは反発があるでしょう。我々世代は、男爵令嬢から王太子妃になった女の行為を昨日のことのように覚えてますし」
またしても身分。しかも、あの王妃の悪行まで持ち出された。
シェリルは王妃とは違うではないかと言っても、下位貴族は一纏めに見られがちです、と譲らない。
ならば、と考えていた案を一つ出してみた。
「マカラ公爵に相談しましょうか?」
元々シェリルはマカラ公爵令嬢。
そして、シェリルがやろうとしていることに、マカラ公爵令嬢という立場があれば、さらに効果が出るだろう。両陛下については、私が確実に抑え込む、ならば不安は解消されるのでは。
子爵は少し考えていたが、シェリルを確実に守れると約束できるのなら、という条件付きでマカラ公爵に会う約束をすると答えてくれた。
実際に顔合わせということになると、その場が一番危険だろう。今までの話から王妃が危害を加えるということは、ほぼ確定と見ておいた方が良い。ただ、国王は無気力なので、念のため程度の用心でいけるのではないか、まずは王妃を抑えることに専念したほうが良いだろう。
そして婚姻後のシェリルの安全についても考える。
一番は王妃を完全に幽閉すること。
国王については相手の出方を見なくてはいけないが、場合によっては譲位を促すべきか。
そのためには、議会をまとめる権力と私の覚悟が必要だ。
貴族に見限られないように、私の在り方がシェリルを守る重要な鍵になる。
私は既に夜会への参加も可能だ。まずは積極的に貴族との交流を持たなくてはならない。協力者を作るための地固めを。
子爵はすぐにマカラ公爵へ連絡を入れてくれたようで、次の学園が休みの日に私を入れた四人で訪ねる約束をしてくれた。
子爵家の馬車で公爵邸へ着いたとき、私の顔を見たマカラ公爵は一瞬驚いた顔をした。
私のことは伝えていなかったようだ。
まずは私の考えと、シェリルへの気持ちを知ってもらうことが重要か。
気を引き締めて公爵へと向き合った。
子爵夫妻は付き添いの立場で、ほぼ私のシェリルへ対する気持ちとこれからに対する決意を語る場だった。
「両陛下との顔合わせは勿論、シェリルのこれからは自分が守る。その前に、公爵令嬢という地位を与えて欲しい」
マカラ公爵は私をじっと見つめ、ほんの少し口角を上げ、シェリルは殿下におまかせしましょう、と言ってくれた。
その言葉にほっとしてシェリルを見ると、よろしくお願いします、と私に言う。
「それは婚約してくれるということ?」
確認すると、微笑みながら頷いてくれた。
私の待ち望んだ答えをもらい、嬉しさと共に責任を強く感じた。
シェリルはこれまで、公爵家子爵家は勿論、沢山の人達に守られてきた。これからは、私が守護者の筆頭になる。身分だけで権力がない私だが、シェリルの為に早く一人前の大人になろう。たとえ大変な過程でも、それは私の幸せとなってくれるはずだから。
婚約者選定の議会は、マカラ公爵の後ろ盾もあるので上手くいくだろうとのこと。
国王はマカラ公爵には後ろめたさがあるから、きっと反対はしないだろうと。
婚約者選定後に、マカラ公爵とシェリルは養子縁組をする。その後に両陛下との顔合わせだ。
私はその顔合わせの場を最後に、王妃を永久的に幽閉するつもりだ。シェリルに害を為そうとするのなら、王妃の乱心を利用しよう。そして、速やかに退場願おう。永久に。
医師を手配し、即効性の鎮静剤を準備しておくことも必須。念のため国王の分も。
護衛等も見直して、本当に最低限しか置かない。
これらを話すと、公爵は側妃にも話を通したほうが良いのではないかと言い出した。
側妃にはシェリルの味方になってもらわないといけないし、何より国王は側妃に頭が上がらない様子だと。
国王の無気力からくる優柔不断を、母上は叱咤激励し、時に誘導している。その姿を周りはそのように見ているのか。やはり国王としては情けない。
母上を協力者にすることを賛成し、なるべく早く母上にすべて話す、そして近いうちに母上を交えて顔合わせの打合せをすると言うことで纏まった。
城へ戻ってすぐに、母上へ話がある旨の連絡をした。
まだ日が落ちる少し前、母上ならば今からでもと言ってくれる気がした。
案の定、人払いが必要な話なら今すぐ来るように、との返事が来た。
私は急いで母上の部屋へ向かい、人払いをしてもらった。
さて、どこから話すべきかと考えていると、
「ソルレイン子爵令嬢から、良いお返事がもらえましたか?」
ふっと微笑んで、お前がソルレイン子爵令嬢にご執心だということは知っていました。いつ話してくれるのかと待っていたんですよ、と切り込んできた。
私はシェリルの話をしたことはなかったので、誰から聞いたのか、いつ調べたのかわからないが、知っているならその段階の話は飛ばして良いだろう。
現段階の情報を包み隠さず話し、両陛下を特に王妃を抑え込み、その後は完全な幽閉状態にしたい。そのために、母上にも協力してもらいたいことを、反応を見ながら話した。
これといって顔色を変えることはなかったが、シェリルの出自や訳を話すと表情が一変した。
一瞬眼を見開いて、すぐにまるで子供のようにぱぁっと歓喜の表情に変わる。
「まあ、まあそうなの?アウリティア様の妹君なの?まあ、クリス良くやったわ」
珍しく興奮気味に、しかも何故か褒め言葉も飛び出した。
母上のこんな状態は生まれて初めて見たので驚いていると、母上は嬉々として話し始めた。
母上はアウリティア様の一学年下で、ソルレイン子爵夫人とはクラスは違えど同学年だったこと。
アウリティア様は学園中の憧れで、自分もそうだったこと。
アウリティア様が儚くなってしまったことはとても悲しく、暫く寝込んでしまった。その三ヶ月前には自身の当時の婚約者が落馬事故で他界していたけど、その時よりも悲しかったわ、なんて言われたときには、それはいかがなものかと返してしまったが。
いつまでも興奮したままの母上は、シェリルに会いたい、いつ会えるのかと眼を輝かせて私に詰め寄ってきた。
協力してもらう以上会ってもらわないと困るが、これは内密だから、と母上を落ち着かせることに苦心した。
侍女を下がらせているので、下手ではあるけど私が紅茶を淹れ直す。
母上は一口飲んでほっと一息つくと、やっと少し冷静になったのか何か思案しているようだった。
そして、内密であるのなら会うのは城以外がいいだろう。近々慰問で孤児院に行くので、そこで会えるならば孤児院の院長に話をつけておく、公爵と子爵に連絡するようにと言われた。
母上の予想外の喜びようには驚いたが、力強い味方を得たと安堵し、早々に辞してマカラ公爵家とソルレイン子爵家へ約束を取付けるべく手紙を出した。
そしてその日はやってきた。
側妃と王太子が私的に慰問するという形にし、我々が院長室へ通された時には、既にマカラ公爵夫妻ソルレイン子爵夫妻、そしてシェリルが待っていた。
お茶の用意が済むと、院長も下がっていった。
母上はやはり興奮してしまい、シェリルの手をとってはらはらと涙を流すことから始まり、三十分は母上の独壇場だった。
あまり時間がないのでなんとか宥めて打ち合わせをする。
婚約者選定後の両陛下との初顔合わせについて念入りに。
母上が言うことでは、やはり国王は何もしないのではないか、とのことだった。そもそも王妃に誑かされている状態での行動だったので、王妃と顔を合わせていない今なら心配するような行動はないと思うが、念のために王妃が退室したらすぐに母上が入室するということで話はついた。
また、母上は目の前の両夫人をお茶会に誘うことも約束していた。
「シェリル嬢はいずれゆっくりね」
母上はシェリルに優しく微笑み、マカラ公爵とソルレイン子爵には、母上と私がしっかりと両陛下を抑えるから心配しないように、と約束し今日は終会となった。
この日以降、私は母上と連絡を密にし、必要な事柄は学園で私からシェリルを通し、子爵、公爵へと話が流れ、また公爵と子爵からの連絡はその反対の流れで通していった。
私自身は誰にも何も言わせないように、シェリルの調査書をきっちり纏め上げた。
そして婚約者選定の当日。
私は初めて議会場へと向かった。
入場すると既にマカラ公爵がいて、私と目が合うと優しく微笑んだ。
私は少し頷いて席に着いた。
シェリル・ソルレイン子爵令嬢を望む、と議場で伝えると、国王から爵位について問題視された。
王妃は男爵令嬢じゃないか、と舌打ちしそうになったが堪え、マカラ公爵に相談していると答えた。
すると、なぜマカラ公爵に?と明らかに動揺したが、用意していた答えを口にすると、渋々といった体ではあったが賛成し、その場でシェリルが婚約者に決まった。そして、一ヶ月後の舞踏会に正式に発表することとなった。
実行までの一ヶ月。
私は顔合わせの手配を抜かりなく済ませ、あとはその日を待つのみとなった。
顔合わせが終わったら、憂いなくシェリルとダンスができる。楽しみで仕方がなくて、学園では宰相令息にフワフワするなと注意された。
いよいよ舞踏会当日。
両家顔合わせの為に早めに到着した公爵家の馬車から、三人が降りてきた。
シェリルはデビュタントの白いドレス。
あまりに美しくて、エスコートする手から緊張が伝わってしまうかと焦ってしまった。
王族がプライベートで使う応接室の手前で三人と別れ、両陛下を呼びに国王の私室へと向かうが、その前に応接室の隣にある控室に顔を出す。
そこには母上と、依頼していた医師二人と侍従が用意したものと共に待っていた。
「いよいよね、クリス。すぐに突入するから安心なさい」
「お願いします。では、打ち合わせ通りに」
私は軽く挨拶をして国王の私室へと急いだ。
私室の扉の前で待っていた侍従がノックをし、私が来たことを伝えるとすぐに入室を許可される。
扉が開くと、ダルそうに肘掛けにもたれてソファに座っている王妃と、そこから少し離れた窓際で後ろ手に組んで外を見ている国王がいた。
これから何が起こるかも知らずに平和だな。
笑いそうになるのを堪えて、お待たせしました、と移動を促す。
私自身は両陛下を抑えるだけの役割。なのに、なんとも言えない高揚感で、ついつい足早になってしまう。
応接室の扉の前で呼吸を整える。
さあ、いよいよだ。
シェリル、待たせたね。
次は側妃視点