出戻り令嬢の願いを叶えるために
よろしくお願いします
R15は念のため
「シェリル、貴方が私の腕の中にいてくれるのなら、私はこの命も惜しまない。神が貴方を連れ去るのなら、私は魔王となりましょう」
大聖堂での婚姻式の後、祝賀の舞踏会を早々に辞して夫婦の部屋に戻ったシェリルに、遅れて戻ってきた夫である王太子─クリストファーが跪きシェリルの手の甲を己の額にあてながら言う。
かなり重い誓いだが、これまでの道程を思えばわからなくもない。
「嬉しいわ、クリス。二人で幸せになりましょう」
偽らざる気持ちを伝えると、安心したように微笑むクリストファーが立ち上がりシェリルを抱きしめた。
これから初夜を迎える。
ここがスタートなのかゴールなのかわからないが、一つ言えることは
『とりあえず一段落。長かったわ』
シェリルの頬をつたう安堵の涙をクリストファーは優しく拭い、そっと口づけをした。
シェリルが子供のいないソルレイン子爵の養女になったのは三歳の時。
子爵夫妻はもちろん遠縁にまで箝口令でも敷かれているのか、生家の話は誰もしなかった。
七歳の頃、特別な家庭教師として会う夫婦が実の両親だろうということは気がついていた。
夫と同じ髪と瞳の色、妻とそっくりな顔立ち。
何より二人がシェリルを見る目はとても優しかった。
妻は別れ際に必ず涙する。
「愛しているわ、シェリル。でも、ごめんなさい。貴方を巻き込んでしまって」
ソルレイン子爵夫人に慰められる妻、その二人を悲しげに見つめる夫とソルレイン子爵。
物心つく頃にはこれが別れの挨拶になっていた。
そして同時期に、シェリルがこれから成功させなくてはならない使命も伝えられた。
シェリルは十三歳になる年、王立学園に入学した。
裕福だったソルレイン子爵家は、シェリルを養女にしてすぐに優れた家庭教師をつけていた。シェリルの気質もあったのだろう、教えられたことはすぐに身につけ、学園では高位貴族と優秀な生徒が入るAクラスに入った。
同じクラスには、この国のたった一人の王子─クリストファー─と、宰相令息がいた。
シェリルは美しく優秀なだけではなく、とても優しかった。
微笑みながら周りを気遣うその様は皆の心を掴み、あっという間に学園中の憧れになった。
貴族としては身分があまり高くない子爵令嬢なので、たくさんの男子生徒に声をかけられるかといったら違った。
なぜなら、常に隣にクリストファーがいて、後ろには宰相令息が侍従の如く控えていたから。
美しいシェリルを誰にも渡さないとばかりに周りを牽制するクリストファー、付き従う宰相令息は学園内では当たり前の光景になった。
あの二人は婚約するのだろう。
学園中の憧れの二人を見て、誰もがそう思ったのは当然の成行きだろう。
この国は、王族の婚約者は十七歳になったら本人の意思のもとに議会で決めることになっている。
数年前に決まったこれは、現在の国王夫妻に関係していた。
現在の国王─ロディアム─がまだ王太子だった十八歳の王立学園卒業時、卒業パーティーで婚約破棄騒動を起こした。
ロディアムの婚約者はアウリティア・マカラ公爵令嬢。ロディアムと美しいアウリティアとの婚約は八歳の時から決まっていて、学園卒業半年後に婚姻する予定だった。
それを王太子側から一方的に破棄、しかも王太子の愛する男爵令嬢─マリアン─を虐めたとして修道院行きまで命ぜられた。王命であると。
冤罪ということは周りは皆知っていたが、それを王家に対して声高に言えない。
アウリティアは泣きながらも受け入れて、翌日には指定された修道院へと旅立った。
マカラ公爵家では、仕えるもの達皆が不条理だと怒り泣いたが、アウリティアが旅立った数時間後にさらなる悲報が届いた。
──アウリティアの乗る馬車が暴漢に襲われ、アウリティアは自害した──
マカラ家の者が現場に駆けつけると、既に騎士達によって暴漢は斃されていて、事後処理をしていた。
アウリティアの亡骸は、公爵家へと向かっていた。
乱暴された様子はないが、首に深い傷だけがあった。
首に包帯を巻き新しいドレスに着替えさせると、ただ眠っているだけに見えたのが、さらに悲しみを深くした。
美しく聡明で誰からも好かれたアウリティア。ただ、ロディアムに選ばれなかっただけでこのような最期になってしまった。
マカラ公爵夫妻は一人娘の最期を嘆いたが、二人を取り巻く情勢はゆっくり泣かせてはくれない。
この国は、国王派と貴族派、どちらにも属さない中立派にわかれている。
マカラ公爵は国王派だったが、貴族派からかなり誘いを受けた。
公爵夫人も貴族派の婦人から手紙が多く届いた。
娘の死を悲しむ時間も持てなくなったマカラ公爵は、アウリティアの死後半年後に、中立派に属すると宣言した。
権力があるマカラ公爵が抜けることは、国王派にとってかなり痛手だったが、皆事情を知るだけに中立派に留まって良かったというのが国王派内での一致した意見になった。
貴族派は諦めずに声をかけてきたが、マカラ公爵は中立派のまま立場を貫いていた。
しかし、国王派はじわじわと体力が削られていく。
今までは多少無理なことも推し進めてきた国王派だったが、議会の中でマカラ公爵から待ったがかかることが多くなったため、無理が出来なくなってしまったからだった。
中立派はあくまで中立。マカラ公爵が国王の政策案に賛成することもあったが、反対の方がやはり目立つ。
最初国王はロディアム王太子に愚痴を言う程度だったが、数年後にはなぜ公爵令嬢との婚約を破棄した、なぜ修道院に行かせたと怒鳴りつけることが多くなった。
修道院行きは、王命ではなかった。
国王がアウリティアの修道院行きを知ったのは、卒業パーティー翌日のことで、アウリティアが襲われたあとだった。
息子が勝手をしたせいで、自分の権力が削ぎ落とされている。イライラを募らせたまま、六年後に退位してロディアムに王位を譲った。
最後に決めたことは
『王族の婚約者は十七歳になった時に本人の意向をもとに議会で決定する』
草案はマカラ公爵だった。
二十四歳で王位を継いだロディアムも、順風満帆ではなかった。
学園卒業一ヶ月後にマリアンとの婚約を発表した。
アウリティアの事件は残念なことだが、元はと言えば修道院送りにされるようなことをしたのが悪い、という噂も一緒に流布してみたが、王太子側が思うようには広まらなかった。
反対に、イメージアップに必死になっていると嘲笑われる始末だ。
これはアウリティアが冤罪だと知っている学園の生徒や卒業生が、お茶会や舞踏会、一族での集まりなどで話しているのを使用人が聞いていて、その中で口の軽い者が町で自発的に『内緒話』として話していたからだった。
内緒話は広まるのが早い。
国内では、尻軽女と馬鹿王子という評価で落ち着いたが、ロディアムはそんな二つ名を冠しているとは知らなかったし、マリアンとの結婚に向けて幸せしか感じなかった。
マリアンとの婚姻は、卒業から半年後だった。
アウリティアとの婚姻式を予定していた日に、マリアンと式を挙げた。
その一ヶ月後には、マリアンの懐妊が発表された。
既に三ヶ月だったが、月数までは公表されなかった。
ロディアムは幸せだった。子が生まれるまでは。
初産ながらも安産で、喜ばしい男児の誕生だったはずなのに、生まれた子の瞳の色は茶色、髪の色は黒で、金髪碧眼のロディアムとも、銀髪碧眼のマリアンとも全く似ていなかった。
子供の特徴は、学園時代の同級生でありマリアンの護衛をしている近衛騎士そのものだった。
マリアンは知らないとしらばっくれたが、騎士はあっさりと口を割った。
それは、アウリティアの正当性を表す内容だった。
学園時代にマリアンが受けていた虐めは自作自演。虐めの目撃証人は、この騎士だったり騎士が依頼した生徒だった。
さもありなんという話だったが、衝撃は別にあった。
修道院へ向かったアウリティアの馬車を襲ったのはマリアンの指示、実行犯の暴漢はこの騎士が集めた破落戸だった。そしてこの事件をきっかけに、マリアンと騎士は体の関係を持つようになったと。
マリアンは在学中にはロディアムに初めてを許していたので、浮気をしてもバレないだろうと思っていたのかもしれない。しかし、流石に出産で誤魔化しがきかなくなった。
王太子妃の犯罪行為、これは流石に公表できないので箝口令を敷き、聴取の担当者には特別手当を握らせた。
あっさりと話した騎士は北部にある牢獄へ収監され、マリアンは療養の名の下に離塔へ移り、護衛は新しく採用された女性の近衛騎士のみが配属された。
そして、出産に関することも公表された。
──早産により死産であった。またこれにより、王太子妃は今後出産が不可能になった──
この日より『体調不良』が続く王太子妃は、表舞台に出てくることはほとんどなくなった。
ロディアムはショックだった。
アウリティアは全く悪くなかったのに、こんな女を信じてしまったため死なせてしまった。
しかもそうまでして自分を手に入れたくせに、婚姻前から浮気とは。
この発表の三ヶ月後にロディアムは側妃を迎えた。
当然ロディアムとマリアンは閨を共にすることはなく、側妃を寵愛するようになった。
側妃を迎えた一年後に、側妃から今度こそ正当な世継ぎ─クリストファー─が産まれる。
王太子の仕事は大変だが、心は落ち着いて日々を送れる幸せを感じていた。
しかし、ロディアムが二十四歳になると、国王はロディアムに王位を譲った。
派閥の勢力図は国王派が数を減らしている、お前が責任をとれとばかりに譲位は突然だった。
渋々王位に就いたが、やはり議会を上手くまとめることができない。
若いということのみならず、過去の行いが尾を引いていた。
すべての派閥の期待は、幼いクリストファーに向かうことになるのは仕方のないこと。
クリストファーには、きちんとした身元の家庭教師や側近候補が手配され、ロディアム国王やマリアン王妃とは距離をおかれた。
国王が我が子に会いたいと思っても週に数時間許されるだけ。ならば次の子供をと思っても、なぜか子供ができなかった。
うまくいかない。
ロディアム国王は即位後すぐに諦めの境地に達していた。
クリストファーは真直ぐに育った。
実母である側妃や家庭教師たちからは時に厳しい叱責もあったが、そこには確かに愛を感じられた。
そして十三歳、学園に入学するとすぐに恋に落ちた。
シェリル・ソルレイン子爵令嬢。
身分を気にしているのかクリストファーの近くに来ることはなかったが、それだけにシェリルを一歩引いて見ることができた。
美しく華やかな見た目に反して、慎ましく穏やかな人柄は、クリストファーだけでなくたくさんの男子生徒の心を掴んでいた。
このままではいけない。あちらが近づかないのなら自分が隣へ行けばいい。
クリストファーは初恋に積極的だった。
最初は遠慮がちなシェリルだったが、クリストファーの情熱に絆されたようで、クリストファーの隣はシェリルがいて、穏やかな笑みを浮かべながら話をしている光景というのは当たり前になっていった。
クリストファーはあと半年で十七歳になるという時、シェリルにプロポーズをした。
婚約者として指名すると。
しかしシェリルは身分を気にして思うような返事をくれない。
流石に王太子妃に子爵令嬢は無理がある。
特にロディアム国王がそれまでの不文律を破り男爵令嬢と結婚し、公にされていないだけで多くの醜聞があっただけに、王太子妃には公爵家侯爵家からということを多くから期待されている。
国王と王妃がしたことは、流石にこの歳になると耳に入る。
しかし、なぜそれがもとで自分は愛しい人を妃にできないのか。
なぜ、尻拭いを自分がしなくてはいけないのか。
この悪行を知った時から嫌悪感を抱いていたが、今はそこに憎悪が加わる。
罰らしい罰を受けていない二人。
ならば自分が罰をあたえても良いのではないか。
クリストファーは思った。
自分がやるべきことは二つ。
シェリルを婚約者にすること。
そして、あの二人に罰をあたえるということ。
まずはシェリルを婚約者にすることが先だ。
子爵位が低いというなら高爵位の養女にすればいい。
今、頭の中に浮かんでいる人物、それは今回の依頼にぴったりの人選だとほくそ笑んだ。
クリストファーが十七歳になってすぐに、王太子妃選定の議会が開かれた。
「シェリル・ソルレイン子爵令嬢を王太子妃に望みます」
我が子が学園に通っている貴族は、やはりかと納得していたが、異を唱えた人物が一人いた。
他でもないロディアム王だった。
「子爵令嬢か」
その場にいる者は皆『お前が言うか』と思ったが、口には出さない。
しかも、クリストファーはこうなることも想定済みのようで、淡々と話を進めた。
「王妃は男爵令嬢だったと記憶しておりますが、まあいいでしょう。皆さん、資料をご覧ください」
配られた資料には、シェリルの学園での評判、成績、教師からの評価等が書かれていた。
しかも発言者は記名されており、各派閥の関係者が名を連ねていた。
勿論悪評等ない。
残る問題は身分だけ。
「それに関しても、マカラ公爵に相談済みです」
「な、なぜマカラ公爵に···」
「マカラ公爵には子供がいないので、養女の相談は適任だと思いました」
そもそもマカラ公爵の一人娘を殺したのは王妃ではないか、とその場にいた皆が思ったが、箝口令が敷かれていたためクリストファーは知らないのかと納得した。
国王も当事者であったため、表立っての反対はできない。国王は苦々しく思いながらも了承した。
「そういえば、ソルレイン子爵令嬢のデビュタントは済んでいるのか?」
国王が思い出したように尋ねる。
「いえ、昨年の予定でしたが体調不良と重なったため、今年に延期したそうです」
今年のデビュタントは一ヶ月後の王家主催の舞踏会である。
そこで王太子婚約の発表もされることが決まって、今回の議会は解散となった。
デビュタントまでに養女の手続きを済ませる必要がある。
クリストファーはマカラ公爵に挨拶をし、今後の予定についての相談もした。
舞踏会当日。
シェリルは公爵夫妻と共に、舞踏会開始より早めに到着した。
舞踏会の前に、国王夫妻と顔合わせがあるからだった。
マカラ公爵夫妻にとってみれば、自分の娘を殺した王妃に自分の養女を会わせる場になる。緊張と警戒の場になるだろうが、シェリルのことは必ず守ると約束したクリストファーの言葉を信じて、感情を圧し殺すことに専念していた。
主役のシェリルもかなり緊張していたが、馬車を降りたときからエスコートしてくれたクリストファーの優しい温もりに、少しずつ気持ちが落ち着いていった。
四人は王城の奥にある、王家のプライべートな場所へと向かう。
大きく重い扉の奥へ進み応接室へと入る手前で、クリストファーは国王夫妻を呼びに行くと言って、一旦別れた。
三人は応接室のソファに座り無言で待った。
数分後に応接室の奥にある扉が開き、まずクリストファーが入ってくる。
その後に国王、王妃と続いたが、まず国王が驚愕の表情で立ち止まり、直後に王妃の絶叫が響いた。
「なぜここにいるの!死んだんじゃないの!?アウリティア!」
国王夫妻の視線の先にはシェリル。
しかし怯むことなくスッと立ち上がったシェリルは、綺麗なカーテシーをして挨拶をした。
「シェリル・マカラでございます」
「嘘!アウリティアよ!何で!?殺したはずよ!死んだってあの男が──」
「──王妃陛下、お静かに。こちらは私の婚約者であるシェリル・マカラ公爵令嬢です」
「嘘よ!どう見たってアウリティアじゃないの!皆で私を騙していたのね!私を離塔に押し込めて自由を奪って!今頃何しに来たのよ!何なのよ!」
今にも掴みかからん勢いの王妃を、クリストファーが力ずくで止めている。
すぐに王妃の声を聞きつけ入室してきた医師から鎮静剤を打たれ、侍従の手により車椅子に座らされぐったりしたまま退室していった。
予め用意されていたかのような手際の良さに国王は呆然としていた。
目の前にはマカラ公爵夫妻とアウリティア。
いや、シェリルだと言っていたか。
マカラ公爵に視線を移すと、ほんの少し愉快そうに口角が上がっている。
何が楽しいのだろうか。国王は思考停止のままだ。
「ロディアム国王、私の娘です。さあ、陛下へ挨拶を」
「ご機嫌ようロディ、私クリストファーと結婚するのよ。貴方の息子と。ふふっ、貴方、私のお父様になるのね」
ロディ。
それは国王が婚約者時代にアウリティアから呼ばれていた愛称。
ハッとして見ると、シェリルは手で口元を隠して笑っていた。
スッと伸びて揃えられた指先だが、人差し指と中指が少し重なっている。これはアウリティアが笑うときの癖。
「···アウリティアなのか?なぜ今出てきた。なぜクリストファーと」
「父上、彼女はシェリルで私の婚約者です。先月議会で承認されましたよね」
国王の近くにいたクリストファーはそう告げると、シェリルの前に歩み出て跪いた。
「この後の舞踏会で正式に公表されます。シェリル・マカラ公爵令嬢、貴方は私の婚約者で一年後に婚姻します。ああ、待ちきれません」
シェリルの手の甲にそっとキスをする様は、甘い雰囲気を纏っていた。
幸せそうな公爵令嬢。
その姿をにこやかに見つめる公爵夫妻。
国王だけが混乱から立ち直れていない。
「国王陛下、まずは座りませんこと?」
側妃の声だ。
いつの間にか入室していた側妃が、国王の近くに立っていた。
「マカラ公爵、令嬢のお話は常々伺っておりますのよ。このようにお美しく聡明な令嬢がクリストファーに嫁いでくれるのは嬉しく思います」
「ありがとうございます。クリストファー王太子殿下には、幸せにしていただけると信じております」
「まあ、あてこすりかしら?ふふふっ」
国王のみがおいてけぼりだった。
状況がどうしても理解できない。
あの頃のアウリティアの顔で声で仕草で自分に話しかけるのに、シェリルだという。
ロディ、と愛称で呼んでも誰も咎めない。
それが当然のことのように国王の周りでは話が弾み、時間は過ぎ舞踏会の時間になった。
舞踏会場へと移動し、デビュタントの後の婚約発表も恙無く終わり、ホールは発表の余韻で幸せな空気だった。
ただ、国王はぼぉっとしたまま、ホールの真ん中で踊る王太子とシェリルを見つめていた。そしてそんな様子の国王を冷たく見つめる側妃がいた。
シェリルは翌日から王城へ通い、王太子妃教育が始まった。
両陛下に会うことはなく、会うとすれば側妃。
「何かあったら、クリストファーにはもちろん私にも言うのですよ?貴方を危険な目に遭わせるわけにはいきませんからね」
側妃とシェリルは沢山話をした。そして側妃はシェリルの不安を少しずつ消し去ってくれた。
クリストファー王太子とシェリルが卒業した二ヶ月後、大聖堂にて婚姻式が執り行われた。
雲ひとつない青空で、神からも祝福されているかのようだった。
バルコニーに立ち、目の前の大歓声に手を振り幸せを分け与えているかのような王太子夫妻は、この時から王家のシンボルになるのだろう。
国中から愛される王太子夫妻。各派閥を超えての悲願が実った瞬間だった。
夜は婚姻を祝う舞踏会が催された。
最初他より少し高いスペースにある椅子に座り祝意を受けていた王太子夫妻だったが、今はフロアに降り立ち親しい友人と話をしていた。
椅子に座りその様子を見ている国王は、未だに状況が呑み込めていない。あの顔合わせから一年経っているのに。
「国王陛下、呆けてないで二人の幸せを祝ってくださいませ」
隣に座る側妃からそっと囁かれて現実に戻ってきた。
王妃は昨年から『体調不良が悪化して療養中』のため、この一年は常に側妃が国王の隣にいる。
が、元々国王夫妻の婚姻後、王妃は年に一・二回くらいしか公務に出ていなかったので、周りはあまり気にしない。反対に、静かではあるけどしっかりと手綱を握る側妃が横にいるほうが安心感がある。
この国王に期待する貴族はいなかった。
あと数年したら即位を促そう。王太子に子供が生まれたら、その時はこの国王とはさよならだ。
この祝の場のあちこちで、そんな会話がされていた。
一足先にさがるシェリルを王太子は目で追っていたが、視界に入った国王に視線を移し心の中で感謝した。
──貴方がアウリティアを手放したおかげで、シェリルと結婚できました。ありがとうございます──
王太子夫妻に世継ぎとなる男児が生まれたのはそれから一年半後。
クリストファーによく似た男児を筆頭に、二年ごとにさらに二人の男児が生まれた。そして四人目は女児。
この女児はシェリルにとてもよく似ていた。
王太子は娘を溺愛したが、時々思い出し笑いとともにシェリルに言う言葉がある。
「ふふっ、マカラ公爵の執念は凄いねぇ」
次話から個別視点です