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第一話

 愛とは、美しいけれど残酷な響きの言葉である。


 なぜなら、そこには紛れもなく「差別」の含意が混ざっているからだ。


 愛情は決して万人に平等に与えられるものではありえない。ある者は広い場所で薔薇の花のように咲き誇り、多くの人に愛され、またある者は片隅で雑草のようにひっそりと茂り、見向きもされない。そのようなことはいくらでもある。


 わたしはと云えば、まさにだれひとりとして関心を向けない野の雑草だった。


 物心つく頃から侯爵と侯爵夫人である両親に嫌われ、(うと)まれ、蔑まれてきた。


 べつだん、かれらがまったく愛情を知らなかったわけではない。ふたつ年下の妹は両親の愛情を一身に受けて健やかに育ったのだから。


 しかし、どうもそれはわたしにまで与えるほど余ってはいなかったらしい。


 わたしはしばしば彼らから冷ややかな視線で見下され、あるいは無視された。理由はいつも、わたしがさかしら(・・・・)過ぎるというものだった。


 おまえは自分の賢さを自慢し過ぎている、それが嫌味でたまらない、と幾たび云われたことか。


 そのたびに、わたしは自分にそのようなところがあるのなら反省しようと考え、なるべく謙虚に見えるよう努力した。


 しかし、それがまた両親の(かん)にさわるようで、わたしはどこまでも冷遇されつづけた。


 きっと、彼らはもっと女の子らしい、素直で可愛い子供を欲しかったのだろう。なぜなら、彼らが溺愛するわたしの妹メアリーがまさにそのような人柄だったからだ。


 わたしから見ると彼女は感情的で、欲望や癇癪(かんしゃく)を我慢できない典型的な甘やかされた子供だったが、両親にとってはまさに目に入れても痛くないほど可愛い娘だったようである。


 両親の妹に対する態度は、わたしに対するそれとは天地ほども違っていた。彼女が天上の月で、わたしは路傍の石に過ぎないといった扱いと云えばわかってもらえるだろうか。


 愚かで、短気で、しかし外見だけはことのほか可憐なメアリーは、まさに両親の掌中の玉だった。


 わたしはいつもそんなメアリーをうらやましく思っていた。わたしも愛されたかった。可愛がられたかった。どうにか態度を変えればわたしも愛してもらえるのではないかと思った。


 しかし、それは子供じみた夢想に過ぎなかっただろう。わたしはいくつになってもまったく愛情の分け前を得られなかった。


 もしかしたら自分はふた親と血がつながっていないのではないかと疑ったこともある。だが、どうやらそういうわけでもないようだった。


 ただ、なぜか父も母もなぜかわたしのことを好きになれなかっただけなのだ。かれらに云わせればいつも自分の才気をひけらかしてばかりいる、さかしらで傲慢で、可愛げのないわたしを。


 わたしは云わば家族のなかの孤児だった。いつも楽しげに笑い合う三人の横で、孤独を感じていた。それは自分のせいに過ぎないと思うことも辛かった。


 その頃、わたしまだは両親の云うことを心から信じていたのである。


 わたしはひとり、読書に没頭し、さらに知識を身に着けて「さかしら」になっていった。


 王立学院を主席で卒業、たくさんの人から賞賛されたが、親はくだらないことだと云わんばかりだった。


 かれらに云わせれば、女の子に学など必要なく、もっと大切なものがあるということなのだった。その大切なこととは、素敵な男性に愛されることだった。


 わたしはその意見にまんざら反対ではなかった。じっさい、いくら好成績を取ろうと、わたしの心は冷え冷えと凍りついていたし、愛されたい、だれかに強く抱き締めてもらいたい、そのような想いは募る一方だったのだから。


 そして、わたしは結婚することもなく、二十歳を迎えた。


 幾人かの友人たちはその日を祝ってくれたが、例によって両親はまったく関心を示さなかった。まったく当然のことだったので、いまさら傷つきはしなかった。ただ、砂のように味気ない失望を噛み締めるだけであった。


 いったい、この砂漠の日々がいつまで続くのだろう。わたしは一生このまま、だれからも愛されず、だれを愛することもできないのだろうか。そう思うと、やり切れなかった。


 しかし、その運命の日、わたしの人生は一転する。


 十八歳の妹のところに、縁談が舞い込んだのだ。それは何と、はるか遠国(おんごく)の異民族の王子との結婚話だった。


 その国はわたしたちが住んでいる国と比べると野蛮で、文化の程度が低く、また異常な風習や迷信を守っているという話だった。


 だれも、大切な娘をそのようなわけのわからないところへ送り出したくはない。


 まして、メアリーは花のような美少女。このまま蝶よ花よと育てつづければ、この国の王侯との婚姻すら叶うかもしれないのだ。


 しかし、その話は薔薇王肝いりの政略結婚であり、侯爵家としてはどうしても娘を差し出さないわけにはいかないらしかった。


 いったいどうしたものか。父と母はふたりして悩みに悩み、ふと、たまさかその傍らにいたわたしに視線を落とした。


「あら」


 母は呟いた。


「そうだ、ダニエラもいたんだった」


 そして、彼女は「名案」を閃いた。


 どうせ、遠国の異民族のことである。姉も妹も変わらないに違いない。可愛いメアリーの代わりに、可愛げのないダニエラを送りつけてやれば良い。それで、王家に対する義理は果たせる。そのあと、ダニエラがどうなろうと知ったことではない、と。


 まさに素晴らしい「名案」だった。何しろ、可愛い妹を守れる上に、可愛くない姉を厄介払いできるのだから。


 わたしは黙ってその案を受け入れた。もうこの家にはいたくなかった。たとえ、どことも知れぬ野蛮な国であろうと、遠いところへ行ってしまいたかった。


 それに、もうひとつ、幾冊かの旅行記を通じて、その遠国ヴィストラリアの文化に興味を抱いていたのだ。


 皆はかれらを蛮族と蔑むが、ほんとうにそうなのだろうか。あるいは、この国の文化とはまったく異なる、もうひとつの文化がそこに存在しているのではないだろうか。そのように考えると、好奇心が(うず)いた。


 そういうわけで、わたしはこの莫迦げた身代わり結婚をひき受けた。そのときはまだわたしには家族への想いがわずかに残っていたから、いっそう孤独になることは恐ろしかったが、それでも新天地に賭けたわけである。


 どこか遠くへ。


 それだけが、わたしの願いだった。

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