第77話 他所の地方の食材
途中、向こう側に恐らくまどかや島村さんがいるかと思うとちょっと覗きたくなる欲望が膨れ上がりそうになったが、せっかくご飯を一緒に食べられる機会をふいにするのは愚かだろう……。
まぁそもそも、結構女子の風呂の領域に行くためには今日行った崖のように高い壁を乗り越えなくてはいけないからとても無理だがな……。
「フヒィ~! このコーヒー牛乳美味しいねぇ~!」
何だか直しながら使われているような古めの自販機が提供してくれたが味はとにかく最高だった。
風呂上がりのコーヒー牛乳ってのは昭和時代からあるようだが、今の時代でもこのマッチングは変わらない。
風呂で汗を流し、傷口を癒した後のコーヒー牛乳は本当に最高だった。
軽い擦り傷ぐらいなら最新鋭の治療とこの温泉でたちまち良くなった。
「あ、お兄ちゃん! あたしにも買って!」
まどかが女子風呂から出てきてすかさず僕を見つけてきた。
ここで意地悪してやることも出来るが折角汗を流したのにここでヒートアップしてしまっては全く意味が無くなる。
「ほいよ」
すかさず買ってまどかに渡してやる。
古い機種ではあるが、コスモニューロンを起動しておくだけでボタンを押すと自動的に支払いがされる便利なカメラは搭載してあるようだ。
「おいしい~! お兄ちゃんありがとね!」
まどかは満面の笑みで僕を見上げる。僕も思わず笑顔になった。
しっかし、まどかはホント気の毒になるほど胸がペタンコだよな……。身長も低いし……。
玲姉はモデルのようなプロポーションなのだから遺伝子が悪いわけでは無いだろうに。
まぁこれ以上欲情しかけてたら流石に日常生活に支障が出るから気持ち的には気楽でいいけどな……。
「とても美味しそうに飲みますね二人とも……。私も欲しくなってきました……」
気が付けば島村さんが僕の隣にいる。昨日ほどピッチリとした浴衣ではないが、とても妖艶で似合っている……。
「ちょっとお兄ちゃん! あたしが来た時と反応が全く違う! 鼻の下伸ばさないでよっ!」
まどかがプリプリと怒り出した。いや、島村さんが怒るなら分かるが、お前がキレるなよ……。
「……あの、私ってそんなに淫乱でしょうか?」
島村さんが自分の服装を見回してどこかヘンなところが無いか確かめている。
昨日はちょっとサイズが合っていなかったのか、確か胸元が少し見えるような感じになっていたが今日はしっかりと着ることが出来ている。
しかし、仮に肌面積が減っているとは言っても、風呂上り直後の艶のある髪や紅潮している肌を見ているだけでも自然におかしな衝動に駆られてしまう……。
「あ、いや僕が勝手におかしくなってるだけだから……。他の人はそんなことにはならないと思うよ」
また、何を着ても映えるのは純粋にスタイルが良いからだろう。
「それはそれで魅力が無いと言われているようで嫌ですね」
もう、どう言えばいいんだよ。島村さんも色々と複雑すぎるでしょ……。
実際に島村さんは何とも言えない表情をしている
「そ、そう言う意味では……それに、今日は昨日よりも着こなしは抜群に良いよ」
「ああ、そうですか」
取ってつけたような僕の褒め言葉に対して、ムードが更に悪化した。
島村さんの表情も険しいものになる。
僕に女の子と話すスキルが無いんだから仕方ないだろ……。
「もぉ! ヘンな空気になってないで部屋に戻ろ! そろそろ料理の準備も出来てそうだし!
グダグダしてると冷めちゃうよっ!」
まどかが時計を指差すと料理の予定時刻まであと10分だ。ある意味助かった。
確かに、ここまでの1流旅館だともう並べられ始めていることだろう。
「おぉ、島村さん。続きは後で話そう――もっとも結論は出無さそうな話だけど」
僕たちは折角着た浴衣が着崩れしない程度に足早に部屋に向かった。
まどかと島村さんの部屋の障子を開けると直ぐに良い匂いが漂ってきた。
「あら、お戻りになりましたか。そろそろ虻輝様に連絡を差し上げようと思っていたところだったんです」
女将さんのような人が笑顔で迎えてくれた。
「いやぁ、良い匂いですね~。目玉は何ですか?」
「お勧めは近江牛の最高部位を厳選してお届けしているこの肉に注目して欲しいです」
その後も魚などのメニューについて一つ一つ丁寧に説明をされたが、ご当地の品は無かった。
だが、無理もない。
「あの~福島の名産品とかは無いんですか?」
まどかが空気を読めずにそんなことを聞いてきた。
女将さんは凍り付いた。
「バカッ! ここは前線だから獄門会から毒とか混ぜられてないか警戒しているんだよっ!」
まどかの頬っぺたを引っ張りながら僕は注意した――しかし、風呂上り後だからか良く伸びるなこの頬っぺた。
「あ……ごめんなさい……」
頬っぺたを離すと直ぐにまどかは謝った。
「いえ……私どももご当地の品を出せずに心苦しくは思っているんです……。
ですが、その代わりにより鮮度に注意し、厳選した食材をお届けしているということです」
本当に申し訳ないような表情で女将さんは言った。
「大丈夫です。しっかり味わって食べますから。ありがとうございました」
僕がそう言うと女将さんはお辞儀を深々として部屋から出て行った。
まどかは泣きそうな顔になっていた。島村さんも微妙な表情だ。
「まぁ、そんな顔するなよ2人とも。ここは美味しく食べてあげることが旅館のためでもあるし、
食材になってくれた動物のためでもあると思うよ」
「そうだね! いただきまーす!」
「そうですね。いただきます」
2人とも切り替えてくれたようで良かった。島村さんはまだ微妙な表情だが……。
味は絶品だった。ひたすら食べ物が美味しいねと話をしながら食べた。
折角だから旅館の女将さんにアクセスして“みんな喜んでいるよ”と言ってあげたら、とても喜んでいた。
「ちなみに、実際に毒を混ぜられた事件とかはあったんですか?」
島村さんが食べ終わって口元を拭いてから質問してきた。
「いや、警戒しているだけで起きていないんだよね。そんな事件は」
「あ……そうなんですか。それなのに警戒しているんですね」
「多分だけど、獄門会の皆が自分達も食べるからだと思うよ。
ただ、虻利家として見たら御用達の旅館でもしものことがあったら大変だからなるべくリスクを減らしたい動きをしているんだと思うね」
「思ったのですが、虻利家はいつもリスクを低くする活動が多いような気がします」
「流石島村さん目の付け所がいいね。あらゆる管理システムがリスク回避のために存在しているんだ。
スコアが低い人間は人体実験に使われたりスラム街のようなところに押し込められてそれはそれで管理されている――勿論それが良いとは思わないけどね」
「なるほど……警戒心が強い政権程長続きしているイメージは確かにありますね。
「それじゃ、部屋に戻るわ。2人と一緒に食べられて良かったよ。ありがとう」
僕が立ち上がろうとすると島村さんが僕と視線を合わせた。
「あの……ところで思ったのですが、私って皆さんの仲間なのでしょうか? ただの居候のような気がして……。さっき他所の地方の肉や魚だと言われた時にちょっと私にも共通点を覚えてしまいました」
だからさっき何とも言えない表情をしていたんだ……。
「そんなことないだろ。とうの昔に家族同様だよ。だから、島村さんを助けようとしたんじゃないか。
島村さんだって、僕のことをそこまで嫌じゃないだろ?」
「うーん、前者は同意しますけど後者については何とも言えませんね」
おーい、そこは全面的に同意してくれよ……。
「アハハ! 知美ちゃんは家族でもお兄ちゃんは違ったりしてね!」
「いや……“お兄ちゃん”ってお前今呼んでるのにそりゃ無いだろ~!」
「ちょっとぉ! ひょっへたひゅままないへほ~!(頬っぺた摘ままないでよ~!)」
こうして楽しく食事の時間は終わった。
それにしても島村さんは結構繊細でまどかは本当に明るい。この2人は性格が違うが補完し合って本当に仲が良いんだろうなと思った。




